長い夜の始まり
「ナギサはいるか!」
楽しい晩食の時間には不釣り合いな切羽詰まった声が外から響く。
声から察するに双子の子供を持つ村人のトラルさんだ。
何事かと俺たちは、食事を中断して席を立ち、出入口へと向かう。
ドアを開いて視界に映ったトラルさんは、ヒョロリとした体型で眼鏡を掛けた男性だ。
年齢は三十後半くらい。
その顔には余裕がなく強張っていた。
「ウチのリトとラタがお邪魔していないかい?」
間髪入れずに口を開いたトラルさんの言葉で、俺たちはすべてを察するにことができた。
詳しく聞いてみると、家に帰って来ない双子を捜しているらしく、村中を聞き回っているところ、お昼過ぎに、森の方へ歩いていく二人の姿を見掛けたという証言が浮上したらしい。
トラルさんはナギサのところに子供達が遊びに来ていないか念の為、確かめに来たのだ。
しかし、双子はナギサの家には来ていない。
となると、森に出掛けた双子がまだ森から帰って来ていない可能性が濃厚ということになる。
トラルさんが慌てているのも当然だ。
俺たちはトラルさんの話を聞いて村の集会所に向かう。
トラルさんの奥さんのユテラさんと、村の大人達が集まっていた。
その中に村の村長の姿もあった。
双子の捜索で大人達が準備が整い次第、山狩りをはじめるそうだ。
「大騒ぎだな」
俺がぼやくとナギサのエメラルドの瞳が細まる。
「そうね…」
この後、ナギサは大人達の和に加わり、大テーブルに広げられた地図を見詰めながら山狩りをする人数と捜索する範囲の分担を決めていく。
率先して意見出し合い大人達と会話するナギサの姿は、普段のそれとは違ってなんというか、村の中でも一目置かれている存在だと感じた。
「なあ? ナギサって引っ込み思案なところがあるからさ、村の連中とも距離を置いて暮らしていると思ってたよ」
他人との距離を取る生き方。
人付き合いを避けようとするタイプだと俺はこの二週間、ずっとそう思っていた。
イリスは俺の問いに少し考えて小さく笑った。
「コガネの想像は、半分正解。基本的にナギサは、ズカズカ前に出るタイプの人間じゃないわ。でも亡くなったおじいさんは、色んな意味で村の為に動いてくれていたわ。流行病が流行すれば薬草を採ってみんなに配ったり、村の収穫祭になれば、猟で大物を獲って無償で振るまったり、猟師仲間が行方不明になったときだっていの一番に捜索に乗り出すような人だった」
俺は静かにイリスの話を聞く。
「おじいさんが生きていた頃から、ナギサはそのお手伝いをしていたの。死んだ後は、それを受け継ぐ形でこの半年、ナギサは村の為に貢献しているわ。今回の件だって村には猟師が複数人数いるけど、おじいさんの元で狩りをしていたナギサより、上手く狩りができる人間はいないかな。山の地理もナギサほど詳しい人はいないでしょうね」
「ナギサって実は凄いやつ?」
それを聞いてイリスが吹き出す。
「ええ、そうよ。三ヶ月前、村にゴブリンどもが押し入って来た時、ナギサが人一倍奮戦してくれたおかげで怪我人は出たけど死人は出なかったのよ。あれが決定的だったわね。ちょっとしたヒーローみたいな?」
まるで自分の自慢話をするようにイリスが鼻高々と話をしてくれた。
「ゴブリンなら、俺も今日倒したぜ!」
「え、そうなの? やるじゃない!」
「だろ? まあ、色々と危なかったけどな…」
「それもこれもナギサとの一週間訓練の賜物でしょ?」
「あれはきつかった。いま思い出しても嫌な汗が出る……。まあ、そのお陰だな。ナギサには頭があがらない」
「……ちょっと二人とも、無駄話はその辺にしてちょうだい…」
不謹慎だと怒られて俺たちは、口を固く閉じた。
そして、ナギサは大人達との会合を終えて山狩りに出る支度の準備に家に戻った。