寡黙な少女
あれからノノキノさんに小一時間くらいこってり絞られた後、俺が立ち寄ったのは、万屋バンコックだ。
ここで靴やグローブなど必要な物を揃え、冒険で手に入れたギルドが引き取ってくれない物を売却している。生活用品も取り揃えているので、日常でも足を運ぶことはある。元冒険者のムキムキマッチョのオヤジが経営する良心的なお店だと俺は評価していた。
ゴブリンから手に入れた首飾りと刃こぼれしたショートソードを売り払い、更に少しだけ懐を暖めた俺は、いま居候させてもらっている宿主に献上するお土産を持って帰路に着いた。
村の東側にある二階建ての木造建物の家は、外観からしてもかなり老朽化が進んでいる。
三日前に雨漏りを修理したばかりだ。
俺は立て付けの悪いドアを開けて家の中に入る。
「ただいま」
心持ち大きな声を発してみるが、返ってくる返事はない。
いつものことなので俺は気にせず家の奥へ足を進めた。
台所で人影を見つけると俺は苦笑を浮かべてもう一度「ただいまナギサ」と挨拶を口にする。
台所で夕食の仕込みをしているのは、この家の主にして森の中で行き倒れていた俺を助けてくれた16歳の少女である。
彼女は銀髪の髪を腰まで伸ばし、それを後ろで束ねていた。
整った容姿にまだどこか幼さを残す彼女は、自分より一歳年下だが、俺よりもしっかりしている。
それはこの二週間でよくわかった。
そして彼女は、無口だ。他人を寄せ付けない壁を俺はいつも感じている。
必要最低限の干渉しか望まないし、交わす言葉も少ない。
「おかえりなさい……」
ナギサは、そのエメラルドの瞳で俺をチラリと見た後、料理の仕込みに戻る。
素っ気ない素振りだが、機嫌が悪いわけではない。
寧ろ言葉が返ってくるだけで機嫌が良いとさえ思えた。
そんな人間関係を疎ましく感じる彼女がなぜ俺を助けてくれたのか、俺は不思議に思い以前に聞いてみた。
すると彼女は自分と同じ境遇だったからと教えてくれた。
そう、彼女もまた俺と同じ異世界人なのだ。
でも異世界人である俺と彼女は、元いた世界の記憶が大分削られている。
漠然とは思い出せるのだ。友達がいて家族がいて毎日学校に通っていてそれなりに充実していた私生活を送っていた日々。
でも友達の名前も住んでいた住所も思い出せない。
なぜこの世界に迷い込んだのかその理由も皆目見当が付かないのが現状だ。
そんな俺が生きていられるのはナギサのおかげだと断言できる。
彼女がいなければどうなっていたか、十中八九ろくな目に遇っていないだろう。
異世界人と聞いてナギサの容姿に強い違和感を覚えたが、なぜかはわからない。
時間が経ったいまもその理由がわからないままだ。
自分の容姿を鏡で見たときも、やはり違和感を感じた。
俺ってこんな外見だったけ? 何かが違う。 絶対違う。 でもどこがだろう?
しかし、いくら自分の顔を鏡越しに見詰めても、その答えを得る事はできなかった。
恐らくこの先もわからないまま。
気のせいと流すには、違和感が大きすぎる。
それでも日々の生活に追われているいま、そんな些細な事は近い将来忘れてしまうだろう。
そんな事を気にかけている暇は俺にはない。
異世界での生活は、大変なのだ。
俺は、ナギサが作る晩御飯が出来上がるまでの時間を、有意義に過ごす為、明日の準備に取り掛かった。
装備のチェックは、冒険者の基本だ。隙あらば呆気なく死ぬ。
なら精々、出来る事はやっておきたい。じゃないと死ぬに死ねない。
それが俺がノノキノさんから最初に教わった冒険者の心得である。