可愛い彼
朝。今日は土日。休日だ。私は部活に入っていない為、こういう日は友達の若菜と遊びに――
「だめだ」
「えっ?」
午前8時。いつもなら若菜とどこへ行くか決めあっているじかんたいだ。だが、今日はそうはいかなかった。なぜなら――
「少し友達と遊びに出かけるんです。離してくれませんか?」
「行くな。自分を置いていくというのか?」
慶二さんはしっかりと私の腕首を掴んで離そうとしないのだ。自分…。慶二さんは、一人称が自分なのだ。なんて紛らわしいのだろう。
彼はじっと私の目を見つめている。ブレない、しっかりとした意思を持った目だ。私は何故か、ドキっとしてしまった。
「…わ、分かりました」
彼に行くなと止められている。自然と私も彼から離れたくないと思ってしまったのだ。これが恋である事を私は知っている。だが、彼はきっと違う…
「それで良い。自分から離れるな」
この言葉だけ聞いていれば、どれほど幸せだろうか。
好きな人に自分から離れるなと言われている。こんな嬉しいことが他にあるだろうか。
「ここの世はきっと平和なんだろう。だが、知らない世で一人にさせられては困る」
…ごもっともです。
彼は知らない間にこの世に来ていたのだ。ちゃんと飛行機乗りだった頃の思い出も覚えていながら――
そこで私は、ふと疑問に思う事があった。
私は彼が好きだ。気のせいだ、そう思っていたかった。だがこの思いは確実に…。だが、彼は私の気持ちには気づいてないだろう。
彼は自分が飛行機乗りだった時の事を覚えている。という事は、もしかしたら――
「慶二さん、質問いいですか?」
私は寝転んでいる彼の方を見て言った。
「どうした?」
私は質問をしようかどうか、一瞬戸惑った。
知りたいという気持ちもあるが、知ったらショックを受けるというリスクもある。そう思ったからだ。
だが、聞かずにはいられなかった。
「慶二さんには、お付き合いされていた方がいたのですか?」
怖かった。返事を返してくれるまでの時間が異様に長く感じた。
慶二さんは、暫く目を伏せていたが、きちんと私の方を向いて、口を開けた。
「あぁ」
身体が一瞬にして凍りついた。
一番聞きたくなかった答えだった。
慶二さんは、私の表情が曇ったのを察したのだろうか、
「大丈夫か?」
優しく声を掛けてくれた。
だが、その優しさが今ではもう辛い。
私が暫く黙り込んでいると、
「まぁ、昔の話だ。あの子ももう、この世にはいないんだろう?…もしいたとしたら、知らない女の部屋に上がり、共に寝ているという状況を見たら確実に怒るだろう」
苦笑いしながら話し掛けてきた。
「…一緒に寝てる……?」
私は涙ぐんでいる目を彼に向けながら言った。
確かに、考えてみればそうだった。
私のベッドで彼は寝ているのだ。私と2人で。
彼は私が泣きそうなのが何故なのか、言わずとも察したのだろう、大きな手を私の方へ差し出してきた。
私の涙を拭こうとするために。
だが、その手はあと少しの所で私の頬へは届かなかった。
「…え?」
私は期待していた分、思わず声が漏れた。
彼は、少し目を逸らし、
「…女には慣れていないんだ。勝手に触るなんて、無礼だろう」
恥ずかしそうに、頬を赤らめた。
「…かわいい」
本当にかわいかった。
ここまでシャイな男性だっただなんて。
彼は私の言葉にムッとしたのだろう、目を吊り上げて、
「お前、からかったな!?」
「ひゃぁ!!」
気づかない間に私は押し倒されていた。
大好きな人に、ベッドの上で。幸せだった。
彼は少し腹が立っているのだろう、私の腕をしっかりと抑えている。
「ごめんなさいって!ねぇっ!」
私はひたすら謝った。が、
「許さん。気が済むまでやらせてほしい」
「…え?」
その言葉の意味を理解するまで、少し時間がかかってしまった。
彼は私の首にキスをした。
「ひゃっ!」
思わず声が漏れる。
続けて胸元に。そして何度も何度も、嫌と言うほどキスマークを付けてきた。
幸せだった。彼が好きだから。
「…今日はここまででいい」
首と胸にキスマークを残し、彼は唇を離した。
私は少し物足りなさを感じたが、
「……はい」
彼の方を向き、笑顔を向けた。