想い
授業を受けてても、休み時間になっても、友達と弁当を食べていても、どうしても朝の事が気になってしまう。
…あの人、誰なんだろ。
「夏海ー?どしたの、さっきからボーッとして!」
弁当を一緒に食べていた友達、相武若菜が私の顔を覗き込んだ。まさか、今朝起きたら知らない人がいて、その人の事を考えていたなんて言えない。私は若菜の方を見て苦笑いしながら、
「なんでもないよっ、疲れてるのかも」
答えた。若菜は、そっかーと言い、鞄からケータイを取り出した。そして、「あ!」と大きな声を上げたかと思ったら、
「ねぇ!夏海!見て!8月に公開の映画なんだけどさ、真島くん出演だって!」
映画の広告ページを私の目の前に見せてきた。真島というのは、若菜が好きな俳優の事だ。
「私は興味ないよー。しかも、恋愛モノじゃん。観る相手いないしー」
映画のストーリーは、戦時中の恋愛物語だった。日本史に疎い私には、到底観に行く気もなかった。だが、若菜は執拗に私に広告ページを見せてくる。ふと、出演者の真島の服装を見てみると…
「あ!!!」
私はクラスに響くほど大きな声をあげてしまった。若菜は何があったのかと、きょとんとしていた。私が声をあげてしまった理由は、真島の着ている服にどこか、見覚えがあると感じたからだ。そして、答えに辿りついた。
「あの人…」
私はすぐにご飯を食べ終わると、ちょっと体調が悪いと若菜に言って早退させてもらった。
授業をサボってしまったのは悪いと思っているが、今すぐにも家に帰りたいという気持ちのが強かった。
玄関の扉を開け、急いで2階の自分の部屋へと駆け上がった。勢いよくドアを開け、部屋の中を見渡す。――が、今朝見たあの男性の姿は見当たらなかった。
「…どこにいるの?」
私は部屋の中をくまなく探した。なんとしてでも、あの男性に会って、真実を確かめたい。その思い一心で。
クローゼットの中も、勉強机の下も、ベランダにもどこにも彼の姿はなかった。
「…なんで出てきてくれないの」
私は悲しさと絶望のため、近くにあったベッドへと倒れ込んだ。――と、その時。
「重い…」
「……!?」
彼の声が聞こえた。
「どこ!?どこにいるの!?」
私は周りを見回したが、どこにも見当たらない。すると、
「お前の下だ。早くどいてもらいたい…」
お尻の下から声が聞こえた。立ってどいてみると、男性は私のベッドの中に入って休んでいるところだったのだ。ベッドの中には帰宅してから置いた、スマホも入っていて、彼の腕で押されている。
「ちょっと!これ、私のベッド!!スマホ潰れちゃうし!」
彼は首を傾げ、
「…スマホ?とは何だ?」
質問をしてきた。
「…やっぱり」
彼はスマホが分からないのだ。私はもう、その理由を知っていた。だから、彼に尋ねるのは簡単だった。
「あなた、兵隊さんですよね?」
若菜が見せてくれた真島の服。それは軍服だった。そして今、目の前にいるこの男性が着ている服もまた軍服…
この人は、れっきとした日本兵だったに違いなかった。
彼は、さも当然だと言うかのように頷いた。そして、
「御山慶二だ。…飛行機に乗っていて、気付いたらここに来ていた…」
自己紹介をしてくれた。
「浅間夏海です。飛行機ってことは、もしかして…」
飛行機と聞いてパッと頭に思い浮かんだのは、敵軍に自ら突進していく、あの悲惨な光景だった。しかし、そんなもの、テレビのドラマでしか見たことがなかった。御山さんは、少し私の目を見つめながら、
「お前が何を思っているのかは分からないが、きっと正しいだろう。自分は神風特攻隊として立派にお役目を…」
彼は急に口をつぐんだ。
「…どうしたんですか?」
「…お役目を果たしたつもりなのだが。こんな所にいるんだ、何も果たせていない」
悔しそうに唇を噛む彼を私は、ただただ見つめる事しか出来なかった。私には日本史の知識もない。ましてや、本物の日本兵の霊と話せる能力もある訳ではない。彼は、自分が死んでいる事をちゃんと分かっているのだろうか。とても不思議に思えた。
私が1人で思いを巡らせていると、
「…なつみ」
「!?」
「…なつみ、か」
彼が独り言のように、私の名を呟いているのが聞こえた。
「はい。夏海ですよ」
私は彼に笑顔を見せた。彼は安心したのだろうか、私に少し心を許したのだろうか、やっと笑顔を向けてくれた。
「きっと年も、そう変わらないだろう。自分の事は、慶二と呼んでもらいたい」
気のせいだろうか、少し胸に熱いものを感じた。
「…慶二……さん?」
きっと気のせいだ。彼があまりにも不意打ちのように笑顔を見せるから。たとえ美青年だとしても、相手は霊なのだ。
きっと…。この気持ちは一時的なものなんだ、そう思っておこう。
私は慶二さんが寝転んでいるベッドの上に、また腰を掛けた。