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7・夜の危険な聞き込み調査①


 昨日はあれから、その材料はどこが産地なのか、どこで買ったのか焼き時間は等々、根掘り葉掘り聞かれフェロニカは精神的に疲れてしまった。

 その上、予測済だったとは言え、オルデリオとの関係をこれも根掘り葉掘り聞かれた事にも相当な精神力と体力を使ってしまった。

 幸いだったのは、フェロニカが連れてきたのがオルデリオだという事に誰も気が付かなかっただろう。

 やはり、一瞬通りすぎた程度では、あの目立つ制服を着ていないと皆も分かり難いのだろう。

 何とか適当に誤魔化したけれど、相手がオルデリオだと分かっていれば、もっと執拗に聞かれていたかも知れない。

 いくら心の美さえもうたっていようと、恋する乙女心はどうにもならないのだから。

 それに、誤魔化したと言っても、今までフェロニカに男の影が無かったのも災いしてか、あの日からまだ会っていない知り合いに会うたびに目をキラリと光らせる事を止めて欲しかった。

 自分の事だろうが、他人の事だろうが、恋の話になると女の子って怖いのだ。

 けれど、だからと言ってずっと家で待ってばかりはいられない。

 あの日の様子では、きちんと捜査をしてくれるか不安でじっとしてはいられないから。

 それに、前世でもそうだったではないか。

 国の、犯罪を取り締まる為の機関は、事が起こってからではないと動けなかった。

 この国の仕組みもよく知らないのに、そうではないとどうして言えようか。

 もし同じで、間に合わなかったら?

 そんな事ばかりがフェロニカの脳裏に過る。

 だから、フェロニカは行動を起こす事にした。


 いつもなら午後二時過ぎまで開けている食堂も、今日はピークが過ぎたら直ぐに閉めてしまう。

 そして扉に掛けてある木札を“食堂は本日も営業中です”から“食堂の本日の営業は終了しました”へとひっくり返したら完了だ。

 フェロニカが独自に調査を始めて早三日目。


「……よし!」


 気合いを入れようと頬をパチリと叩いて拳を握る。

 未だ収穫は無いけど、今日こそは何かを掴みたい。

 いや、絶対に掴んでみせる。

 内心でそう息巻き、フェロニカは歩き出す。

 取り敢えずは昨日の続きで、聞き取りから。

 結婚適齢期の、十六から二十四才位の娘がいる家へ足を運ぶ。

 そして最近、結婚か婚約が決まったかを聞いて、決まっていたり、申込みがあったならそれとなく相手について探りを入れる。という地味かつ、効率の悪いやり方で。

 勿論それでも「どうしてそんな事を聞くのか」と尋ねられる事がある。

 そういった時は、「結婚が決まった時に贈る、新しい料理を考えている」と言う事にしている。

 そう言うと大抵の人はそれを疑う様子もなく「楽しみにしている」と言ってくれるのだ。

 その時の罪悪感は半端ないが、事件が解決した後、本当に作ってしまえば嘘を吐いた事にはならないだろう。

 それに、派手に「昔世話になったからその娘た結婚したいって言ってくる人は居ませんでしたか!」と聞けば、変な事を聞いてくる奴が居る。

 そういう噂が出回って、調査が出来なくなるかも知れないし、敵もなりを潜めてしまうかも知れない。

 だからフェロニカは地味で効率が悪かろうと、他の方法を取る事が出来なかった。


「(こことここはもう行ったから、今日はここら辺に行ってみようかな)」


 簡易ではあるけれど、大まかな建物や通路を書き出した手描きの地図には既に行った事がある場所とそうではない場所を区別する為に、既に行った事がある場所は分かり易く円で囲っている。

 そこは、フェロニカの生活圏内なので、誰がどこに住んでいるかある程度把握していた為にやりやすかった。

 けれど、今日からはそう簡単にはいかなくなるだろう。

 フェロニカは気合いを入れ直して、地図を鞄に入れてちょうど目の前を通り過ぎようとした女の子に声を掛けた。



「すみません──」




   ◇◇◇◇




「(ここも駄目。この辺りも駄目だった)」


 地図上に丸は確実に増えていくけれど、肝心の情報は手に入らない。

 一人で捜査を始めてまだ三日。でも、もう三日でもある。

 モニカが居なくなってからを考えると、既に二週間以上が過ぎてしまった事になる。

 安否すら分からない今の状況では、一日一時間さえも貴重な時間だ。

 時刻は既に夕方で、黄昏時になろうとしている。

 如何に治安が良いとは言え、夜に女性の一人歩きは推奨されてはいない。

 昨日までならこの時間で切り上げていたけれど。


「(今日はもう少しだけ調べてみよう)」


 今日も何も情報が得られなかった事がフェロニカを焦らせていた。

 帰ったら両親に叱られるだろうな、と思いながらも長く影の伸びる路地を歩く。

 それで、どうせなら昼間は空いていないような店に行ってみようと、少し細い路地へと進んでいく。

 あの噂を聞いたのだって、夜に店を手伝っていた時だ。

 自宅付近でこんな時間に彷徨いていたら、直ぐ様知り合いに会い家まで送られてしまっただろう。

 けれど、ここはそこから離れているため、その心配はない。

 酒場が開くにはまだ少し早いけれど、開いている店が無い訳では無い。

 灯りが漏れている店の看板を確かめ、その内の一つへと足を踏入れた。


「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」

「あ、はい。一人です」

「では、カウンター席へどうぞ!」


 この店の看板娘なのだろうか、エプロンを身に付けた女の子に出迎えられフェロニカはホッとした。

 きっと、この子も自分と同じ様に家の手伝いをしているのだろうと。

 陽が沈みきっていないまだ早い時間だというのに、店の中には既に人影がポツリポツリと存在していた。

 その内の何人かが、反射的に扉の方、つまりフェロニカの方を見て首を傾げたりしているのが目に入る。

 この国ではまだまだ女性が酒場に来る事自体が珍しいのに、フェロニカに至っては一人で入ってきたからだろう。

 そうと分かっていても、気になるものは気になってしまう。

 出来るだけ気にしていない風を装いながら、フェロニカは言われた通りカウンター席へと向かう。

 酒場の主であろう男の人も人の良さそうな顔をしているのがフェロニカを更に安心させた。

 それに、ここの料理も美味しくて、ついお腹一杯になるまで食べてしまった事が失敗だったのだろう。

 この辺りで、結婚した女の子が全く連絡を寄越さないようになった子は居ないかだけを尋ねるつもりが、それよりも踏み込んだ事を言ってしまった。

 実は噂を聞いて不安になった事。

 騎士にも既に相談している事。

 それでも、じっとしてばかりはいられなくて、こうして自分でも調べている事。

 酒場なら、地方から来ている人もいるだろうから、何か噂を聞いた事がないかと期待していたのもある。

 けれど、それは間違いだったのだと、フェロニカは知る。


 結局、酒場ですら情報を得られなかったフェロニカは意気消沈しながら帰路へ着いた。

 おつまみ程度の小皿を、ちまちまと食べながら随分と粘ったのだけれど。

 しかし、関係のない話ではあったけれど、フェロニカの知らない話をいくつか聞く事が出来た。

 やはり、酒場には様々な噂話が集まってくるらしい。

 明日からは、陽が落ちるまでは街中を、それ以降に酒場を回るのが良いかも知れない。

 始めは利益ギリギリだったけれど、最近は試作を作っても少しずつ貯金が出来るようになっていた。

 温かくなり始めた懐が多少寒くなってしまうけれど、致し方無いだろう。

 明日こそはと意気込むフェロニカだったけれど、家が段々と近付く度にその足取りは遅くなる。


「(……怒ってるだろうなあ)」


 モニカの事について調べている事は両親も知っている。

 あまり良い顔はしなかったけれど、自分の仕事を疎かにしない事を条件に許してくれている。

 酒場の手伝いも、元々出来る時だけで良いと言ってくれていたので、それに甘えている。

 けれど、それはこんな夜遅くまで出歩いても良いという訳では無い。

 下手をすると、怒られるだけではなくて、モニカの捜索も止められてしまうかも知れない。

 どんなに止められたとしても、止める気はないけれど、両親と喧嘩がしたい訳でも無いのだ。

 どうやって説得しようかなあと嘆息を漏らした時、不意に自分以外の足音が妙に耳についた。

 昼間よりは静かだとは言え、今の時間帯でも人々が営む音は聞こえてくる。

 けれど、足音が聞こえてくる程近くに人影は無い。

 という事は自分の後ろに居て同じ方向に歩いているのだろうと直ぐに結論付けた。

 しかし、それだけにしては妙におかしいのだ。

 フェロニカは普段からゆったり歩く方だけれど、今はそれよりも遅い。

 なので、普通に歩いていれば、既に追い越されていてもいい筈なのだ。

 酔っ払ってしまい千鳥足なのかと思ったけれど、ふと、ある事を試してみようと耳を済ませた。

 元々、今のフェロニカの足取りは、心と同調するかのように不規則だったから今歩調を変えてもバレる事は無いだろうと。

 コツコツ、コツ、コツ、コツ、コツ。

 早く帰らなければと思えば速くなったり、両親の事を思えば緩かになる。

 そうして聞こえてきた足音と言えば。

 コツコツ、コツ、コツ、コツ、コツ。

 全く同じ歩調だった。

 そんなまさかと、反射的に振り返りそうになるのを堪える。

 気のせいかも知れないと思い、再度歩調を変えてみるけれど、結果は同じだった。

 その事にパニックになりそうになりながらも、フェロニカは考える。

 思慕が募ってだとか、恨みがあってだとか、誰かに後をつけられるような覚えはない。

 あるとすれば、自分の食堂の客足が増えた事によって相手の店の客が減った恨み、とかだろうか。

 けれどそれも、自分の所よりも人気のある店は他にあるので、可能性としてはかなり低いだろう。

 誰かが自分に恋をして云々は、自身の容姿を自覚しているフェロニカの視野には端から無かった。

 確かに、自惚れではなく、前世の頃よりは遥かに可愛いと思う。

 けれどそれは、飽くまで前世と比較してである。

 ここは美と愛の女神が守護する国だ。

 故に、貴族は勿論、平民に至っても美しい容姿を持つ者ばかりだ。

 そんな彼、彼女らと比較すると、どうしても劣ってしまうので、「誰かが私に惚れるとか、有り得ないわー」と内心で全否定する。

 けれど悲しいかな、今こうして後をつけられているのは事実だった。

 今はまだ、何かあれば気付いて貰える程度の距離に人影がある。

 なので、幾分か安心して歩く事が出来ているけれど、それがいつ絶えてしまうか分からない恐怖。

 このまま辿り着けたとしても、家を知られてしまうかも知れないという恐怖。

 家に着くまでに何とか出来たら良いんだけど。

 相手が男であった場合、純粋に力だけで叶わないし、女性であったとしても、魔力の少ないフェロニカでは確実に相手にはならないだろう。


「(……詰んでるわー)」


 余りの詰み加減にフェロニカは頭を抱えたくなる。

 確かに、漫画やアニメのような魔法を使ってみたかったという思いはあったけれど、普段使うには支障は無かった為、魔力量の少なさを今まで恨んだ事は無かった。

 けれど、今始めて恨みたくなっていた。

 こんな時に魔法が自在に操る事が出来れば、姿を眩ます事も、自分をつけている相手を確かめる事さえも簡単だっただろうにと。

 今更無い物ねだりをしても仕方がない。

 少し遠回りになるけれど、小道を歩いて相手を撒くことにしよう。

 既にこんな時間なのだから、今更もう少し遅くなったとしても怒られる事に変わりはないのだし。

 もう少し進めば、あそこは自分のよく知る庭のような町だ。

 今、後をつけてくる位なのだから、きっと相手は近所の人ではないだろう。

 近所の人なら今でなくても良いのだから。

 ならきっと、地理に詳しくは無いだろうから撒ける筈だ。

 つけられている事に気付いているとバレない様に、絶対に後ろは振り向かないよう気を付けながら、フェロニカは前だけを見つめ歩き続けた。




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