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6・オルデリオの失敗



 心行くまで気になる事を聞き尽くしたオルデリオは、その足で執務室へと向かった。

 今日は休日ではあるけれど、民を、引いては国を守る為には休んでいる暇は無い。


「おや、今日はお休みだったのでは?」

「ああ、だが気になる事を聞いたのでなって、近いぞザム」


 執務室に入った途端、顔を近付けながら自身の周りをくるくると回るザムソンの顔を押し退けた。


「ねえ、オルデリオからスッゴい良い匂いがするんだけど、どこに行ってたの?」

「今からその話もするから大人しくしていろ」

「えー、うん。絶対教えてよ?」


 シッシッと手を振って追い払い、各自の机の中央に置いている応接用テーブル付きのソファーへと腰掛けた。


「どうぞ。どうせ貴方の事だから歩いて来たのでしょう?」

「ああ、丁度喉が渇いてたところだ。悪いな」


 シュトルツが入れた紅茶を一口飲んでからオルデリオは口を開いた。


「それで、俺がここに来た理由だが、先日聞いた婦女子を狙った殺人詐欺事件に関して気になる事を聞いたからだ」

「あの件について、ですか」

「そうだ。ある少女が警邏に訴えていた所を俺が引き取って話を聞いて来たんだが、その概要はこうだ。『友達が噂で聞いた内容と酷似した状況に陥ってるかも知れない』と。その噂の内容も、我々が調査した内容と余りにも酷似していた為、調べる価値はあると思ってな」

「成程、貴方がそう思うのでしたら、その可能性は高いと思いますよ。何せ、我々のカンの高さは女神の折り紙つきなのですから」


 その情報は確かに調べる価値がありそうだ。

 そう判断したシュトルツは詳細を書き留めていく。

 そして書き終わり「早速調べてみましょう」と立ち上がりかけたシュトルツを「待て」とオルデリオは制した。


「他に何か言い忘れた事でもありましたか?」

「いや、その、事件とは関わりがないのだが、ケラススという植物の効能を調べて貰えないか」

「ケラスス、ですか?あれは確かこの時季に花が咲く木だったと記憶していますが、これと言った変わった成分や効能は無かったと思いますけど」

「そこを、頼む。既に分かっている事は俺でも調べられるが、全く聞いた事がない症状なんだ。あれほどのものなら何かしら話題になっていそうだが、聞いた事は無い。だから、何か見付かっていない物があるかも知れない。それは俺では見付けられないだろう。けど、お前なら見付けられるかも知れない。だから、頼むシュトルツ」


 これは珍しい事もあるものだと、シュトルツは瞬いた。

 他の者が頼み事をしてくるのは少なくはないが、オルデリオが頼み事とは珍しい。

 しかも、いつになく必至な様子にシュトルツは一ニ無く頷いた。


「構いませんが、事件の事もありますので少々時間を頂きますよ?」

「それで構わない。助かる」


 どこかホッとした様子のオルデリオに、本当に珍しい事もあるものだと、シュトルツは笑う。


「それで、その症状とは一体どのようなものだったのですか?」

「……あー、その、何だ。言葉では形容し難いんだ」

 そう難しい事を聞いた訳では無い筈だけれど、言い澱むオルデリオに首を傾げた。


「足りなかった何かが満たされていく感じだ」

「それは、何とも抽象的ですね。他には無いのですか?」

「いや、それ以上他にはないな」

「そうですか。まあ、一応どの植物なのかは分かっていますし、やってみましょう」

「俺も調べてはみるが、頼む。ああ、そうだ。メインはそれだが、合成した結果にそうなったのかも知れない可能性もある。レシピはこれだ」

「レシピがあるのですか?」

「ああ、聞いてきた。待ってろ。今書き写す」


 レシピがあるのなら、それを作った者が居るという事だ。

 だったら、その者に成分や効能を聞くのが一番だろうに。

 けれど、こうして調べてくれと言うのなら、それが出来ない状況だったのだろう。

 そう思いながらシュトルツは書き写されていく文字を追っていき、首を傾げた。


「出来た。これがレシピだ」

「これは、」


 渡されたそれに改めて目を通したけれど、やはりどう見ても変わらないそれに困惑した。

 ケラススの他に書かれているのは、小麦粉とバター、塩や砂糖等の調味料にふくらし粉。

 材料の下には、製作課程まで書かれているそれは、何をどう見てもお菓子のレシピにしか見えなかった。


「本当にこれで合っているのですか?」

「それで間違いはないだろう。現物を見たが、確かにその課程で作られた物だと思う」


 シュトルツが確かめたくなる気持ちも分かるけれど、実際にそうなのだから仕方がない。なのでこれ以上聞いてくれるな。

 そんなオルデリオの思いが通じたのか、シュトルツは溜め息を吐いたけれど「分かりました。調べてみましょう」と頷いた。


「では、見たというその現物は今ありますか?」

「……これだ」


 どこか渋々といった風にオルデリオが差し出したのは、脇に置いていた小さなバスケットだった。

 オルデリオには似つかわしく無いそれだが、中身を考えれば納得がいく。

 それをテーブルに置いた途端、茶色の駄目犬が手を伸ばしたのを叩いて落とす。


「では、お預かり致しますね」

「や、待て。全てを持って行く必要は無いだろう。お前に渡すのに分けるから少し待て」


 差し出されたから受け取ろうとすれば、思いの外強い力で引き戻された事にシュトルツは目を丸くした。

 レシピが確かなら、バスケットの中身はお菓子の筈だ。それにも関わらず、甘い物が苦手なあのオルデリオが全て渡すのを拒否した?

 そう驚いたものの、シュトルツが引かなければならない理由にはならない。

 それに、オルデリオが渋る程の物に興味が湧いた。


「何を言っているのですか。未知の物を調べるとなると、実験にどれくらい必要になるのか分からないんですから、全てこちらに寄越して貰いますよ」


 この時のオルデリオの表情は何とも見物だったと、シュトルツは語る。


「オレもその中身欲しいんだけど!」


 今度こそオルデリオが手を放したバスケットを持ち、自身の机へ持って行こうとすると今度は反対側から待ったが掛かる。


「貴方は論外です」

「えーケチ!」


 「ブーブー」とまるで子供の様に駄々を捏ねるザムソンにシュトルツは冷たい眼差しを送る。


「当然です。持ち主であったオルデリオでさえ駄目なのですから。そんなに気になるのでしたら、出元を聞けば良いじゃないですか。オルデリオに」

「え?」


 ピシャリと取り付く島もないかと思えば、急に自身へと矛先が変わった事に驚くオルデリオ。


「それもそうだよね!」


 ザムソンも納得し、「ねー、どこで買ってきたの?ねー、ねー、」とオルデリオに纏わりつく。

 「まあ、残りがあるかどうかは分かりませんが」と言う呟きは聞こえなかったようだ。

 纏わりつかれた方のオルデリオは堪ったものではない。


「……それをくれた相手も、貰い物だそうだから、俺も知らん」


 別に、正直に話をしても良かった。けれど、どうしてだかそうする事が出来なかったオルデリオは、とっさに嘘を吐いてしまう。


「ホントに?」

「嘘を吐いてどうなる」


 ジーッと見詰めてくる眼差しに嘘を吐いている罪悪感から怯みそうになるも、何とか堪え切る。

 答えに興味を無くしたのか「なら良いんだけど」とザムソンが離れた事にホッと肩を撫でおろした。


「あーあ。でも、甘い匂いを嗅いでたらオレも食べたくなっちゃったな」

「何を言っているんですか。貴方のお仕事はまだあんなに残っていますよ?」


 二人のやり取りを見ていたシュトルツがニコリと微笑んでザムソンの机を指さした。

 そこには未だ終わってはいない書類で紙の山が幾つか出来ていた。


「えー。うーん。でも確かに今日は姫のお店は定休日だしなー」


 どうしようかなあと唇を尖らせながら、他の店で妥協するべきかザムソンは悩む。


「姫、ですか?」

「うんそう。僕のお姫様がやってるお店なんだけど、週に一回お休みなんだよねー」

「成程、そういう“姫”ですか」


 巷では、恋人等の愛おしく思う女性側の事を“僕のお姫様”と呼ぶ事があるらしい。

 ザムソンもそうだったとは初めて知った。と言うよりも、恋人がいる事も初めて知った。

 我々はそういった事を話す中でも性質でもないので当然の事だろうと、シュトルツは独りごちる。


「あ!姫のお菓子やご飯が美味しいからって、あげないからね?」


 あの、食べ物の事ばかり考えていた彼が恋人を持つまでになるとは何とも感慨深いものがある。

 まあ、とは言っても、やはり食物関連ではあったようですが。

 自分の“姫”に興味を持ったと思ったのか、牽制までしてくるザムソンにシュトルツは苦笑した。


「心配なさらずとも大丈夫ですよ。今の私は仕事と研究で手一杯ですから」

「そっか、なら安心だね」

「ええ。安心されたのなら仕事に戻って下さいね。後で茶菓子を持ってきますから」

「ホントに!?うんうん。ならオレ頑張るよ!」


 態度を一変させ机に向かったザムソンを見送り、オルデリオの肩を慰めるようにして叩いたシュトルツも託された仕事を熟すべくその部屋を後にした。




やっぱりみんな気付かない。

オルデリオはここに来るまでに分けておけば良かったと後悔したとかしなかったとか。

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