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5・Ⅳ




 フェロニカがオルデリオを連れて来たのは、商店街の一角にある、とある店。


「どうぞ、狭い店ですみませんけど」


 自身の家の店だった。

 一週間、七日ある内の一日は食堂の定休日にしている。

 その休日を利用してレングンの事を訪ねて行ったのだ。

 本業である宿屋に休みは無いけれど、酒屋も兼ねている為、両親は昼間のこの時間に休息を取っているので店には来ない。

 なので、人払いをする必要がない。

 もし仮に聞き耳を立てようとしても、ずっと外で待機しなければならなくなるだろう。

 そんな怪しい人物は、ご近所さんという名前の優秀な見張りが居るから大丈夫だ。

 店に入るまでに数人と出会してしまったので、後日質問攻めに合うだろう事が目に見えているけれど、彼女らは聞き耳を立てるなんて無粋な真似はしない。筈だ。きっと、多分。

 後日の事を考えると嫌になるが、ここを選んだのは自分なので仕方がないと諦めた。


 折角来て頂いたのだから、お茶の一つも出さないのは失礼だろう。

 相談するのはこちらなのだしと、オルデリオに椅子をすすめたフェロニカは奥の厨房へ向かう。


「(お茶を出すなら、茶菓子も必要だよね)」


 そう考えたフェロニカだったけれど、今日は休日だった為、店で出しているデザートは無い。

 ついでに、出掛ける予定があったので、誰かを招く予定も無かったし、試作品を作る予定も無かった。

 あるのは。冷蔵庫を開けて、チラッと桃色のそれを見る。

 この世界、と言うか国には桜によく似た花が咲く、ケラススという木がある。

 調べれば毒性は無いとあったので、桜の代わりに使ってみれば、驚く事に桜と全く遜色無かった。

 なので、この時季になるとその花を使って色々とお菓子を作っているのだ。

 これはその内の一つで、二日前に作って、身内でちまちま食べている物の残りだ。

 いくら多少日持ちするとは言え、食品系はその日に作った物しか販売しないのに、人様に出しても良いのだろうか。

 そもそもこれは販売用ではない為に、見掛けが地味だし。

 けれど、今から買いに行くって言っても、それでは待たせてしまう事になる。

 フェロニカは散々悩んだ末に、結局それを持って行く事にした。


「お待たせ致しました」


 「粗茶ですが」とついで口を開き掛けたのを、へらっと笑って誤魔化した。

 これは、他国では通用しなかった様に、この国でも本来の意味は通じず、あの国でしか美徳とされない言葉だ。

 他の客に対しても普段から使った事は無い。

 それでも今回、無意識の内に言ってしまいそうになったよは、この人が“特別なお客様”だからだろうか、と内心首を傾げた。

 普通なら、こうして言葉を交わせるような相手ではない。

 雲の上に居るような人なのだから、仕方ないよね。そう一人ごちながら。

 今更ながらに緊張してきたフェロニカだったけれど、それを悟らせないよう自身も椅子に腰掛けた。


「それでは早速だが、先程の件について詳しく聞かせて貰いたい」


 オルデリオは目の前に置かれたそれを、一瞥しただけで直ぐに目線をフェロニカへと戻した。

 それを見たフェロニカは、やっぱり庶民の出すような食べ物なんかには手を出さないよね。知ってた。

 自分の作った物を否定されたように感じて、フェロニカは少し気分が沈んだ。

 けれど、今は落ち込んでいる場合ではない。

 フェロニカは腿に置いた手でスカートをぎゅっと握り締め口を開いた。


「えっと、先程少しお話ししたと思いますが、私の友人のモニカに縁談の話が来ました。その相手は、モニカの姉二人と婚約していた人でした。過去形なのは、婚約中にお姉さん達が二人共、事故で亡くなったからです。事故と言っても、一人は薔薇園で蜂に刺されて。もう一人は毒草を誤って口にしてしまった事が原因だそうです。一人だけならまだしも、二人とも亡くなるなんて。しかも、二月(ふたつき)も経たない内に、です。相手は、モニカ達のお祖父様に世話になったから、どうしてもその身内からめとりたい。そう言って乞われたので、今度はモニカが嫁ぐ事になったんです。けど、モニカ伝いに話を聞いてみれば、いつお祖父様に世話になったのか等、具体的な事は何一つ分からなかったそうです」


 言葉を探すように、少し視線をさ迷わせながら、フェロニカは続ける。

 これから話す内容は、相手を乏すようなものだ。

 人を疑うなんて駄目な子だと、頭が可笑しいと思われないだろうか。

 けれど、そう思われても構わない。只、内容までは疑わないで欲しい。

 私情は過ぎる程に入っているけれど、嘘は吐いていないのだから。


「この国の人なら私もそこまで心配はしなかったんです。この国の人は滅多に嘘は吐かないから。でも相手は他国の人で、素性もよく分からない人でした。なので元々、大丈夫なのかと心配していたんですけど、相手は大棚だから大丈夫の一点張りで。そんな時、噂を聞いたんです」


 その時、聞いた内容を思い出すように一つ一つ噛み締めながら口を開く。


「家はご覧の通り、宿屋と食堂を経営しています。その宿泊客が食堂で話していました。『女を狙った詐欺があるらしい』と。その内容が、貴族や裕福な商人を装い婚約を持ちかけて相手の女性を誘い込み殺害しているらしい、と。しかも全て事故死に見せ掛けているとか。そして犯人は未だ捕まっていないとも。その話をしていた人達も只の噂だろうと、余り気にしていない様子でした。けど、私はその話を聞いて居ても立っても居られなくなって相談しに行ったんです」


  長文を喋った為か、口内が乾いてしまい上手く声を出せなくなってしまったので、フェロニカはコップに手を伸ばして一口、二口お茶を飲んだ。

 フェロニカは喋る事に意識の大半を奪われていた為に気付けなかったけれど、話の内容が進めば進む程にオルデリオの目は細められていった。

 そして、噂の内容を聞いて確信に到り眉根を寄せた。

 オルデリオもその話を聞いたばかりだったからだ。

 そして、その内容の正確性と伝達の速さに、更に目を細めた。

 まだ百歩譲って、女性が狙われているという事はいい。

 小さな事件では無かったので、多少の噂が広がるのは当然だ。

 けれど、騎士団はまだ事件の事について調査中であり、情報を公開してはいない。

 それにも関わらず、犯人像と殺害方法までも知れ渡っているとなると、誰かがつい口を漏らしたか、或いは本人か。

 前者となると、その者を調べて処罰を下さなければならないし。

 後者で、敢えてその噂を広めているとすれば厄介だ。

 貴族や商人以外を装い、油断させまた犯行を繰り返すつもりなのかも知れない。

 そうしてまた噂を広めていけば、最終的には知り合い以外の全ての人を信用出来なくなってしまうだろう。

 そうなってしまうと、人を疑う事を良しとしないこの国の民は、罪悪感に苛まれやがて──。

 とそこまで考えてオルデリオは頭を振った。

 そうなってしまう前に解決するのが騎士(おれたち)の役目だ。

 だから、それ以上を考える必要はないと。

 それと、今も多少広がっている噂も、厄介ではある。

 けれど、噂とは、往々にして尾びれ背びれが付くものだ。

 只の噂として皆が認識するように仕向けるか。

 こういうのは、俺ではなく他の奴の方が得意なんだが、居ないものは仕方がない。

 と、オルデリオが眉間に皺を寄せたまま溜め息を吐いたので、フェロニカはビクリと肩を揺らした。

 慣れ親しんだ相手であっても、目の前で険しい表情を浮かべ溜め息を吐かれるのは心臓に悪い。

 それに対して今居る相手は慣れ親しんだ者どころか、知り合いですらない。

 本来のなら対面する事の無かった相手である。

 話を聞いてくれると言うので全てを話したのだけれど、何か不味かっただろうかと、肩を縮こませた。

 この国では、理不尽な事で圧力を掛けられたりする事は無い。

 けれど、身分差というものはある。

 なので、やろうと思えばその時の気分次第で何でも出来てしまう事を知識として知っているフェロニカはそれを恐れているのだ。

 今まで身分差というものとはまるで縁が無かった為に、余計に前世(まえ)の知識での有り様を想像して顔を青ざめる。

 これでこの人にまで頭が可笑しいと思われたら、何も調べて貰えなくなる上、家族にも危害を加えられるかも知れない、と。

 そんなフェロニカの内心を知る由もないオルデリオが、考えがある程度纏まり視線を上げて見たものは、体を縮み込ませ顔を青ざめさせている少女だった。


「すまない。君のような少女にとっては口にするのも恐ろしい内容だったろうに、よく話してくれた」


 話している内に、友達だという少女の事を思い出してしまったが故だろう。

 そう思ったオルデリオは、少しでも気分を和らげようと微笑みかけた。


「いえ、これでモニカが助かるなら」


 あれ、何かちょっと違うのかも?その言い方だと、信じてくれたっぽいかな?

 どうなんだろう。と思案して顔を伏せたフェロニカにオルデリオは舌打ちをしそうになった。

 まだ不安と恐怖に苛まれているように見えたからだ。


「(アイツ、何が婦女子には微笑んでおけば取り敢えず何とかなる、だ。全く効果ないじゃないか)」


 ヤツが帰って来たらどうしてくれようか。

 目が鋭くなるのを自覚したけれど、今のを見られてはいないか慌ててフェロニカを見やり、そうでない事を知り安堵する。

 安堵したものの、どうしたものかと頭を悩ませる。

 こういった、婦女子の対応をするのもヤツの得意分野だから今までは任せきりで、どう対応するのが正解なのかが分からないのだ。

 他に何かないかと目を走らせた時、それが目に入った。


「それを、頂いても構わないだろうか」

「え、あ、はい。どうぞ」


 それは元々お客様(オルデリオ)へ出した物なので、フェロニカが断る理由はない。

 唐突に変わった話題に困惑しながらも、フェロニカが頷けばオルデリオはそれに手を伸ばした。

 淡い桃色のそれは、見知った物より素朴ではあるものの、どう見ても焼き菓子だ。

 話題に出来そうな物が他には無かった為に仕方がないとはいえ、甘い物か。

 今度は顔に出ないよう心掛けながら、覚悟を決めてそれを口にした。


「(──これは、)」


 一口サイズのそれを口に含み、噛み砕いた途端に広がる味は想像していたものよりも甘味が少ない物だった。

 けれど、それ以上にオルデリオを驚愕させたのは、自身を満たす、ナニかだった。

 まるで、渇いた大地に雨が降り注がれ、それを吸収し潤っていく(さま)のような。

 一口食べ終えてもなお残る余韻に、オルデリオは目を見開いたまま、ピクリとも動かなくなる。

 それに一番驚いたのはフェロニカの方だ。

 タイミング的に、オルデリオが身動ぎ一つしなくなったのは、自分の作ったお菓子が原因としか考えられなかった。

 今朝も摘まんだばかりなので、まさかとは思うものの、食中りだろうか。

 いや、でも冷静に考えると口にして直ぐに食中りする筈がない。毒が入っている訳では無いのだし。

 毒から次に連想されたのはアレルギーだったけれど、そもそもこの世界でアレルギーが存在しているのかも分からない。

 一応、その手の発疹等の症状が出ていないか確認するも、別段変わりは無い。

 そう様子を伺っている間も、全く動く事の無いオルデリオにフェロニカは段々と顔が青くなる。

 まさか、本当にアレルギーが有って未知の症状が発症しているんじゃ。

 医者を呼ばなければ、とフェロニカが立ち上がりかけた時、オルデリオが口元まで上げていた片手を下ろした。


「あの、」

「すまないが、これはどこで?」


 「大丈夫ですか」と続く筈だった言葉はオルデリオに遮られた。

 その事に少し目を丸くしたけれど、これだけ話せるなら大丈夫そうだと分かったので質問に答える事にした。


「えっと、それは私が作った物です。お口に合わないようでしたら申し訳ありません」

「いや、そんな事はない。私は甘い物はそう得意ではないが、これならいくつでも食べられそうだ。これには何か特別な物でも入っているのだろうか?」


 先程感じたモノの正体は、きっと材料が原因に違いない。オルデリオはそう確信して問いを重ねた。

 柔らかな物腰に変わりは無いけれど、やや食いぎみに問われた事にフェロニカは心持ち後ろに下がった。


「え、いえ。特に何か変わった物は入れておりませんけど」

「本当に?では、材料名を全て明かして貰えるだろうか」

「一応、商売に関わるので、申し訳ありませんが」

「そこを何とかお願い出来ないだろうか」

「……絶対に誰にも明かさないと約束して下さるのなら」

「ああ。約束しよう。七家の一つ、ラスオーンの剣に誓って」


 騎士が、否。七家の者が自らの家の剣に誓うという事は、死ぬような目に遭っても絶対に誓いを守り通すという事だ。

 何もそこまで大層な物に誓わなくても良いのに。

 ふざけた様子は無く、至って真面目な様子のオルデリオにフェロニカは折れざるを得なかった。


「本当に普通の材料ですよ?タルト生地は小麦粉とバター、お塩にお水です。中のスポンジも、小麦粉とバター、ふくらし粉とお砂糖、卵。それからケラススの花弁の塩漬けを使っています」

「ケラススの花弁とは?」


 聞き慣れない名前にオルデリオは首を傾げた。

 食用花は存在しているものの、この国では、花を食べる習慣は無い。

 精々が、飾りとして添えるか薔薇ジャムを使った紅茶やお菓子位だ。

 その飾り花はどこでもよく使用されるので存在は知ってはいても、名前までは知らないのは普通だ。


「ちょうどこの時季になると、淡い桃色の小さな花が咲く木があるんです。その木をケラススと言います」

「成程、ケラススだな。それで、それはどこで採取した物なんだ?」


 更なる問いに、オルデリオに目をやれば、いつの間にか手帳を取り出している事に気が付いた。

 その手帳に先程の事を書き付け終えたのか、視線を上げたオルデリオと目が合った事にフェロニカは頬を引き攣らせた。





オルデリオは気付かない。気付いてない。

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