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4・Ⅲ

元2+αしたものです。




「お待たせいたしました。当店の新作、『苺大福』です」


 こくり、と相変わらず無言で頷く彼の前にはもう、残っている品はない。空の皿も避けてあるので、苺が正面で見えるように持ってきた小皿を置いた。


「?どうぞお召し上がりください」


 いつもならお皿を置いた途端に食べ始めているのに、今日はそれをしようとはしない。

けれど、気にはなっているようで、フードを被っているせいで分かり難いけれど、そわそわとした雰囲気でフェロニカと苺大福を往復して多分、見ている。

 どうして手を付けないんだろうか。前にも似たような形のお饅頭を食べているんだから食べ方が分からないという訳でもあるまいし。

て言うか、早く食べてくれないかな。表皮が乾いてパサパサになるし、私もお店閉めて早く食べたいし。

 いつにない目の前の彼の様子に内心で首を傾げながらも、笑顔は崩さない。だって、お客様の前だし。

 そんなフェロニカが耳にしたのは、咀嚼音ではなかった。


「……さっき、君達が話していた内容だけど」

「え、聞こえていましたか!?申し訳ありません。特に深い意味はなく、よく食べて下さるお客さんだなあって、その」

「いや、良いんだ。フード被ってて怪しいのは本当の事だし、ここの食事のファンなのも本当の事だからね」


 言われた内容にもそうだけれど、何よりも彼が喋った事に心底驚いてしまったせいでしどろもどろになってしまう。

 この彼がうちに来るようになって半年余り。ここ一月来なかった事を抜きにしても、お昼を開けるようになったのは約一年前だし、頻度も多かったので十分常連と言えるだろう。

その彼が口を開くのは食べる時のみで、喋った事は今までに一度もなかった。なので、二つに意味で混乱したフェロニカの頭は、『ローブで隠れてはいたけど体格で何となく分かっていたけど、やっぱり男なんだ』とか、『初めて聞いたけど、ちょっと高めかもだけど中々いい声してるわ』と軽く現実を逃避した。


「それよりも、気になる事を言っていたよね?」

「えっと、何でしょうか。特に思い当たらないのですが」


 他にこの男の気を引きそうな事を言っていただろうか。モニカとの会話を思い出してみるも、やはり思い当たりはない。

 フェロニカが困惑していると、男がご飯を食べているばかりの形の良い唇が今日はよく言葉を紡ぐ。


「してたよね、昔話の事」

「ああ、あれですか?どこで覚え違ったのか、この国では一番有名なお話しですのに。お恥ずかしい限りです」

「ねえ、でもそれってさ、本当に覚え違いなのかな?」

「え?えっと、聞き間違えかも知れませんね」


 いつになく饒舌な男に、流石に混乱も溶け冷静になると今度は別の意味で困惑する。この男は一体何が言いたいのだろうか。意図が掴めない。

 そんなフェロニカの困惑をよそに、男は身を乗り出す勢いでフェロニカに迫る。


「もしかして君は――」


 男が何かを言いかけた所で、ちょうど三時を告げる鐘が響き渡る。その音を聞き取った男は乗り出していた身を元の位置に戻すと溜息を吐いた。


「やばい。もうこんな時間か。久し振りだからって沢山食べ過ぎたからなあ。けど流石にもう戻らないと不味いだろうし……続きはまた今度にして、今はこれを食べる事にするよ」


 そう言うなり、男は半分に切られている分の片方を楊枝で刺したかと思うと一口で食べてしまう。


「うわ!美味しい!前のマンジュウっていうのも美味しかったけど、これもすっごく美味しいよ。アンコの甘さと苺の甘酸っぱさがマッチしてるし、この白い皮も何だかもちもちしてるけどうっすら味が付いてて、でもアンコと苺の味を邪魔しない感じで。あーもっと味わって食べたかったんだけど時間がないし。ねえ、新作って事はこれから店のメニューに並ぶんだよね?」

「え、あの、はい。でも毎日ではなくて他のと合わせて日替わりでランダムにする予定ですけど」

「ランダムに?ならまた毎日通わなくちゃなあ。あ、僕が来てない間に他に新作って出た?」

「はい、何品か。でも、今日はもう品切れになっておりましたのでお勧めいたしませんでしたが」

「あー、やっぱり出てたんだ。品切れって事は人気なんだろうなあ。て事は早めに来ないと無くなってるって訳だ」

「はい。ありがたい事に開店してから二時間ほどもあれば。元々そんなに数を用意しておりませんし」

「限定品ってやつだね。ますます食べたくなってきたよ。ふう、ごちそう様でした。今日もとっても美味しかったよ」


 一度声を出して吹っ切れたのか、まくし立てるようにして喋っている間に苺大福を食べきってしまうと上品に口元をハンカチで拭いていた。

 こうして口元を拭く所作は上品なのに、切ってない方の苺大福も一口で食べるって。余程急いでいるのだろうか。いやでも、急いでいるのならこんなにお喋りしている暇はないのでは?

 常連ながらも、味の好み以外で初めて触れた内面にフェロニカは困惑する。上品さと大胆さ、やけにフレンドリーな態度。ちょっとちぐはぐで、人物像がいまいち掴めない。


「あ、お代はこれで。今日は急いでるからお釣りはいいよ。まだ店頭に出てない新作デザートのお礼って事で」


 そう言って差し出されたのは大銀貨が二枚。

 この世界の貨幣は、鉄銭、小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、更に小金貨に大金貨の順番で価値が上がる。

価値も、十進法が採用されており、鉄銭が十枚で小銅貨、小銅貨が十枚で大銅貨と上がっていく。

フェロニカの家のように大衆向けの食堂で一品食べようと思ったら平均は大銅貨五枚くらいで事足りる。

フェロニカの前世で言う五百円くらいの価値だと言えば分かりやすいだろうか。

 男が食べたのは二十五皿。多少値段は前後するものの、大体、大銀貨一枚に小銀貨二枚、大銅貨五枚くらいだ。チップとしても明らかに多すぎる。

 その事をざっと計算したフェロニカが顔を青くする。


「そんな!こんなに頂けません!」


 多すぎる金額に慌ててお釣りを渡そうとしても時すでに遅し。男は既に店の外に出ていた。

フェロニカが慌てて追いかけるも、その背中はもう店から随分と離れてしまっている。


「またすぐ来るね!新作を楽しみにしてるから!」


 大声でそう告げた男は走り出したかと思うと、その姿はあっという間に見えなくなってしまった。モニカが店に居てくれるとは言え、店は留守に出来ないし何より追いかけたとしても、あの男の速さに追い付く事は出来ないだろう。仕方ないので手の中の大銀貨を握り締めながら店へと戻る。この多すぎるお釣りは、もし次に来たらその時の分から引いておこうと溜息を吐きながら。


「やー、さっきは驚いたわね。あのローブ男が喋るところなんて初めて見たわ」


 ちょっとした嵐が過ぎ去ったような出来事に遭って、精神的に少し疲れてうな垂れたフェロニカを迎え入れたモニカはあっけらかんと笑ってみせた。


「私も初めて聞いて、それに驚いてたら、お釣りを渡し損ねちゃった」

「あら、デザートのお礼なんでしょう?ありがたく貰っておけば良いんじゃない?」

「金額がちょっと多いんだよね。それに、あれは元々、誰かさんが騒がしくした事のお詫びで出したんだから、こんなに貰えないでしょ」

「フェロニカってそういう所、とっても律儀よねえ。良いじゃない少しくらい。だってあの男、多分良いとこのお坊ちゃんだろうから、それ位貰ったとしても別に罰は当たらないと思うわよ?」


 フードで顔を隠していたのは怪しかったけれど、ローブは地味に見えて良い品の様だったし、食事の時の所作はいつも背筋が伸びていて美しかった。

だから、モニカの言う通りきちんと教育を受けている階級、つまり貴族か大商人の人間なんだろうと分かる。

 と言うか、多分貴族の方だ。だって、商人の方なら別に素性を隠す必要は無いと思う。けれど、貴族がお忍びで遊びに来るというのは“よくある話”なのだし。

 体裁やら面子って、大変よね。なんて、前世で読んでいた物を思い浮かばせながらフェロニカは苦笑した。


「それよりもさ、もう食べても良いわよね?」

「はいはい、どーぞ」

「何これ、思ってたのよりもモチモチしてる。でもおいしー」


 まるで“待て”から“良し”の指示を出されていた子犬の様に尻尾が揺れている幻が見える様だ。

 口に合ったようで良かった。そう思いながらフェロニカも皿に手を伸ばした。


「けど、ちょっと食べ辛いかも」


 「うーん」と首を捻ったモニカに、“始まった”と思い、フェロニカは心持ち姿勢を正した。


「この皮の部分は、モチモチしてて面白い触感だけど、柔らかすぎて食べてる途中で中身がこぼれちゃいそう。食べ慣れたらそうでもなくなると思うけど、これを食べるのはみんな初めてなんだし、難しいんじゃない?それに、掴むと周りの粉で手が汚れちゃうのは絶対にダメね。だから、さっき刺す物を添えてたのは良いと思うわ」


 成程、と思いながらフェロニカは手帳にペンを走らせる。


「それから、これは誰をターゲットにした物なの?甘い物を想像して食べたら、思っていた物よりもすっぱかったわ。多分、苺の大きさに対してアンコの割合が少し少ないんじゃない?私はこれも美味しいと思うけど、お菓子は基本、女性や子供をターゲットにしているのだから、もう少し甘めでも良いと思うのよね。でも、この皮とアンコ、それから苺の触感の違いは良かったから、値段次第で売れるんじゃないかしら」


 そう締めくくったモニカは紅茶を一口飲んでから微笑んだ。


「いつもながら参考になるわ。ありがとう。指摘されたところ、ちょっと直してみるね」


 モニカに試食品を出すのは、何も作り過ぎたからではない。

 両親を含め、ただ美味しいよとしか言ってくれない他の人とは違い、真っすぐに良い所、悪い所を指摘してくれるからだ。

 そしてその指摘は、“前”の感覚が色濃く残っていて、つい常識がズレがちになるフェロニカにとって、とても有り難いものが多い。

 こんなに真っすぐ向き合ってくれる人が友達なんて、私は本当に恵まれている。フェロニカは心底そう思っている。


「お礼なんて良いのよ。こうして美味しいお菓子を誰よりも早く食べられるんだもの」

「そんな大げさな」

「んもう。謙遜するのも良いけど、もっと自信を持ちなさいよね。貴女の作る物は美味しいんだから」

「私は美味しくても、他の人もそうとは限らないじゃない?だから、こうして正直に話してくれるモニカが友達で私は嬉しいよ」

「……貴方はまたそう恥ずかしい事を言って」


 そう言って照れているモニカは、同姓であるフェロニカから見てもお世辞抜きに可愛らしかった。けれど、少しいつもと様子が違う。


「何かあったの?」


 そう尋ねるフェロニカにモニカは苦笑を返した。


「実は、」




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