1・筆頭守護騎士の帰還
前1と差し替えました。
王都に帰還し、女王陛下へと帰還した旨の報告をするべく謁見を済ませたオルデリオを待っていたのは積み重なった書類の山だ。
いくら辺境へ仕事で出向いていたと言っても、無駄に地位の高い位置に居ると下から上がってくる報告書は待っていてはくれない。
執務室に入れば案の定、机の上には所狭しと紙で出来た山がいくつも連なっている。更には机の上どころか、応接用に置いてある机の上にまでも浸食していた。
それを見て溜息が出ない者はいないだろう。オルデリオもその例に漏れず、溜息を吐いた。
先ずは急がなければならない書類から手を付けなければ。そんな風に算段を着けながら席に着いて一息吐けば、ふと、部屋に居る筈の者が居ない事に気付いて眉間に皴が寄る。書類にばかり目が行っており気付くのが遅れてしまったようだ。
「おい、ザムはどうした?」
「それよりも先ずは言う事があるのではありませんか?」
質問の答えが返って来なかった事で更に眉間の皴が深くなったけれど、この男に無暗に逆らうのは時間の無駄である。
それに、挨拶を怠ったのは確かに自分の方なので、オルデリオは素直に従うことにした。
「今戻った」
「はい、お帰りなさいオルデリオ」
シュトルツは満足そうに頷くと、ちょうど書き終えたのかペンを置いた。
「それで、彼の事なのですが、それを尋ねたいのは私の方なのですよ」
「……つまり、彼奴は帰還してからここに一度も来ていない、と」
俺は女王陛下と謁見して、疲れた体を押して溜まっている書類を片付けたり、今回の報告書を仕上げに来たというのに、堂々とサボりだと?
込み上げてくる憤りを
「またか」
「また、ですね」
どうせまた、城下のどこかで買い食いしているのだろう。探し出して連れ戻すべく、部下に命じようとオルデリオが踵を返した次の瞬間、軽快な足音と陽気な声と共に扉が開かれた。
「たーだいまー」
足音から予測出来ていた通り、ザムソンだった。
声色からも分かるように随分と良いらしい機嫌に、オルデリオの頬は引き吊った。
「あれ、オルデリオ先に帰って来てたんだねー。謁見はもう終わったの?随分早かったね」
「“帰って来てたんだね”じゃないだろうザム。今までどこで何をしていたんだ。帰還したら執務室に直帰するのが決まりだろう。服務規程違反だぞ。それに、謁見は通常通りで全く早くない。お前が戻ってくるのが遅すぎるんだ。どうせ城下で食って来たんだろう」
「うん。でも、お腹が空いたらお仕事出来ないでしょ~?だから、仕方ないよね?」
「腹が空いたのなら城の食堂で済ませれば良いだろう」
「うーん。ここの食堂も悪くはないんだけど、どうせなら美味しい物が食べたくない?」
悪びれるばかりか、さも正論だと言わんばかりにザムソンはニコリと笑みを浮かべる。
これで何度目だろうか。何度経っても、否、何度目かすら分からない程同じ事を繰り返されているから余計に湧いてくる怒りに思わず拳を握る。
とてもいい大人、しかも歳上とは思えない所行にオルデリオの肩は震え、叱責を飛ばそうと息を吸い込んだ。
「まあまあ、落ち着いて下さいオルデリオ。ザムも、ルールにはきちんと従わなければお給料が減らされてしまって美味しい物を食べに行けなくなりますよ?」
「それはとっても困るね!」
「そうでしょう?ですから次からは気を付けて下さいね」
「うんうん。あそこの料理はそんなに高くないけど沢山食べるにはお金はあるにこした事はないよね。あ、あそこで思い出したんだけど、」
懲りずにまた喋り出そうとしたのをシュトルツが笑顔で遮った。
「そんなに美味しいのなら、また今度紹介して下さい。それよりも、貴方は大人しく自分の机にある書類を片付けなさい。一つでも提出日を過ぎたら減給しますよ。それと、遠征の報告書も忘れないで下さいね」
「え~?……書類仕事は苦手なんだけどなあ」
書類の数を減らしてはくれないだろうかと、ザムソンは少しばかり期待してシュトルツを見れば、ニコリと一つの陰りもない笑みを浮かべられたので、大人しく席に着くことにした。
渋々ながらも書類に手を付け始めたのを見届けたシュトルツは改めてオルデリオへと向き直る。
ペンを取ったザムソンの手が非常にゆっくりなのは見逃す事にして。
「それよりも、貴方達が留守にしている間に少々物騒な事がありましたよ」
「物騒?お前が言う位だ。穏やかじゃないな」
目の前の男からにしては珍しい言葉を聞き、オルデリオは腕を組み眉間に皺を寄せた。
「買い被りすぎですよ。ただ、心さえも美しいモノを好む女神シェンリーベが守護するにしては、ですから」
「それでも日頃からちょっとしたいざこざ位はあるだろう。けどそれをお前は物騒だとは言わないだろ?」
「たいした力もないチンピラ等が酔って暴れる程度が物騒だとは誰も言いませんよ」
シュトルツはクスリと上品に笑う。
「余所者、か」
少し間を開けて答えたオルデリオにシュトルツは口角だけを上げる。
こう笑う時は肯定の合図だ。
面倒だな。とオルデリオは思った。
心さえも美しさを求める女神のお陰で、この国には犯罪発生率が非常に低い。
けれど、それに当てはまるのはこの国出身の者だけだ。
そういった風に、基本的に人を疑うという事を良しとしない国民性もあり、他国の者にとってはカモにされやすく、一度犯罪が起こると被害が拡大する場合が少なくない。
それは、犯罪を取り締まるべき者達にも当てはまる。一部を除いてだが。
それ故に、疑うべきを疑えず被害が拡大する場合があふので、その一部である自分達が指揮をしなければならなくなるのだ。
また仕事が増えるのかと思うと嫌になるが、仕方がない。
それが、己達の役目の一つなのだ。
オルデリオは一つ溜め息を吐いて先を促した。
「まだ確定はしていませんが、内容の残忍さからしてその可能性が高いでしょうね。今も調査は進めさせていますが、成果は芳しくない様子です。それで、その内容ですが、被害者は若い女性ばかり狙われているようです。結婚詐欺、と言うのでしょうか。婚約を持ちかけられた者の屋敷に行く途中で不慮の事故に遭ったりと表向きはそう見せ掛けていた様ですが、実際にはその屋敷内で殺されて居たようで、遺体が発見されています」
「そういう報告があると言う事は逃げられたのか」
「はい、残念ながら。騎士が駆け付けた時には既に逃亡した後だったようです。しかし、逃げるまで時間があまり無かったのか、屋敷内は殆ど片付けられておらず、色々と残っていたようですよ」
「て、その残っていた色々の内に遺体もあった訳か。その遺体は今どうなっている?」
「遺体検分は既に終えていますが、新たな発見があるかも知れませんから捜査が終わるまでは安置所に置かれるそうですよ」
「そうか。なるべく早く帰してやらないとな」
「ええ。ですが、このまま帰して差し上げない方が幸せかも知れません」
「どう言う事だ?」
「全て回収しましたが、どの遺体もバラバラに切り裂かれていました。照合し繋ぎ合わせましたが、肢体に欠損があるようです。そんな状態で返還するのは、本人、家族共に悲しむのではないかと」
「……それでも、帰してやらなければけじめが付けられないだろう。彼らが前へ進む為に恨まれるのが俺達の役目だ」
人を疑い、憎むことは美しくない事だと、恨まないようにしようと思っても人の心とは儘ならないもので、どうしても悪感情を抱いてしまう事がある。
そんな時、その矛先を他へ向け、更なる悲劇を生み出さないように自らその役を買って出るのも自分達の仕事だとオルデリオは思っている。
「ねー、それさあ、女の子が狙われてるんだよね?」
「そうですけど、今の貴方の仕事はそれを片付ける事なので、お気に為さらずとも結構ですよ」
話している内容が気になってので尋ねてみたけれど、シュトルツの言葉に撃沈したザムソンは大人しく続きに手を付ける事にした。
まだ二人が何やら話をしている様ではあるけれど、書類仕事をしながら他の事が出来るほど器用ではないので、内容は入ってこない。
そんなザムソンが書類に集中する前に脳裏に過ったのはとある少女の姿。
「(……姫とか、狙われないと良いんだけど)」