訪れる危機
三章に入ります。
日影視点
時が立つのは早いもので、あれからもう一か月が過ぎた。5月ももう終わりとあって、中間試験に向けた準備をしている生徒も少なくない。
俺たちはというと、あの後すぐに皆元通りの良好な関係になり、俺と咲が交際を始めたことも皆理解してくれている。ちなみに俺は今、咲と呼び捨てで呼んでいるがこれは咲に呼び捨てで呼んでほしいとねだられ、俺は戸惑ったが押し切られて結局こうなったのだ。彼女も俺のことは日影と呼び捨てで呼んでいる。
この一か月は平穏そのもので、俺たちは楽しい学園生活を過ごしていた。
今日も全員そろって昼食をとっている。
「それにしても今更だけどあんたたち案外すぐに付き合ったわよねー。咲のことだから、もっとめちゃくちゃよぼよぼになるまでかかるかと思ったけど」
と相変わらず立花先輩は咲先輩をいじっている。
こんなことを今更になって言っているのには、ちょっと事情があって……。
俺が二見に告白されたからなんだけど。俺は二見のことは、それこそ特別な友達だと思うが、付き合うことはできなかった。俺は咲のことが好きで、彼女と付き合っていたからだ。
それからちょっとだけ微妙な時期があったが、今はすっかり元通りだ。
二見は、「新しい恋見つけてやるー」、とか「振ったこと後悔させてやるー」とか言ってきて、まあ元気そうだから安心している。加藤に聞いても、二見はもう俺のことはなんとも思ってないらしい。二見ならそう遠くないうちにいい人を見つけられるだろう。
「なによそれー、私だってやるときはやるんだから」
「でも告ったの神谷君だし、咲は何もしてないでしょー。囚われのお姫様になってただけよねー」
今じゃあの時のことも笑い話だ。
「私が囚われてたら、朝倉君は助けてくれるのかな……」
とかすごく小さな声で加藤がつぶやいた気がするが、俺は気にしないでおくことにする。朝倉の気持ちに達也は全然気づかないよな。俺も人のことは言えないが相当鈍感だ。人のことは結構気づく癖に、自分のこととなるとからきしなんだよな。
そんな達也はといえば、二見とご飯をかけたじゃんけんに負けたせいで財布がすっからかんのようですごく寂しい食事をとっている。周りの声など全く届かないくらい悲しみに打ちひしがれているようだ。二見は逆にものすごく幸せそうにご飯を食べてるな。
そうして俺たちはいつも通り昼食をとっていると、放送がかかった。
「一年、神谷日影と3年、水野咲、立花穂香は至急学園長室まで来てください」
なんだろう、一年と三年の生徒が同時に呼ばれるというのはものすごく珍しいことだからな。
そんなことを考えつつ、俺たちは3人そろって学園長室に向かった。
学園長室に入ると、そこには堂々とした態度で学園長の椅子に座る……師匠がいた。
何やってるんだこの人は。
「やあやあ、すまないねわざわざ。特に日影と水野君はラブラブタイムの邪魔をしてしまったかな」
などと軽口を叩いてくる。咲は顔が赤くなっている。そんな顔見せたら師匠にいじられるばっかりだよ。などと考えつつ俺は師匠に尋ねる。
「そんなことより師匠、俺たちを呼んだ理由は何です?」
「そうですよ、里香先生。このラブラブカップルと一緒に来させるなんて何事なんですか」
立花先輩……せっかく俺が真面目な空気にしたのに。
咲はますます顔を赤くしてるし。
「まああまり時間もないし、本題に入ろうか。君たちには国家代表選抜大会に出てもらいたい」
国家代表選抜大会というのは、国の代表として国連からの任務をこなす人間を選ぶ大会だ。師匠は以前この大会で優勝して代表となったのだが、今は引退している。しかし、なぜこのタイミングで選抜大会が。これは4年に一度だけ開かれるはずだ。すでに去年行われているので、今年行う理由はないはずだが。
「君たちももう疑問に思っていると思うが、今年国家代表選抜大会を行うのには理由がある。それは、ニュクスという組織の動きが活発になっていることだ。ニュクスは世界各国の犯罪級の能力者を集め、最近になって力をのばしてきている。もうすでに様々な国の主だった都市が被害に合いはじめており、最もひどいパリでは、都市の半分が焼失したらしい。」
一つの都市の半分が焼失だなんて並大抵の話じゃない。俺は自分の村が焼かれたときのことを思い出していた。もしかしたら……。復讐のことなど今の俺は考えていないが、俺と同じような苦しみを味わう人間をもう生み出したくない。
「これは、君たちの命に係わることになりかねないから、よく考えてほしい。強制はしないから」
「俺は出ます。あんな思いをするのは俺だけで十分だ」
俺はそう即答した。
「私も出ます。私だって身近な人が危険な目に合うかもしれないのを放ってはおけないです」
咲もそう答える。
「私は、すみませんがお断りさせていただきます。私は、私の家族を守るだけで手いっぱいですから」
立花先輩はそう答えた。
「分かった。立花君、気にすることはないからな。私から話しておいてなんだがその判断は私も正しいと思う。これは上からの指名だったから君も呼んだが、私はできれば君を出したくないと思っていたんだ。君は一人で4人の弟、妹を世話しているそうだからね」
立花先輩はそれを聞いて少し安心した様子を見せた。
「そっちのカップルにはまた後日連絡するよ」
カップルと呼ばれたことはとりあえず気にしないとして、これからはまた大変なことになりそうだ。でも咲がいれば俺は大丈夫。彼女がいるだけで俺はどんな時でも自分を見失わないでいられると、そう思うから。
俺が彼女の方を見ると、彼女も同時にこっちを見る。
俺たちがしばらくそうしていると、
「あー、熱い熱い」
と立花先輩が茶化すことでその場が収まり、俺たちは学園長室を後にした。