3、彼女なんて、許さないから
妹はどんな時でも僕の想像の上をいく。
「ただいまー……ん?」
学校帰り、居間に入るとソファーに俯せている妹がいた。しかし、いつものような威勢はなく静かだった。
「どうかしたの?」
妹の足元に座ってゆっくりと妹の様子を伺う。普段の妹なら僕がここに座った時点で狂ったかのように怒るのに、今日は怒らない。
今日は何か大変なことが妹に起こったのだろう。兄の勘とか関係なく、虐げられている者としての直感だった。
「ううー。おにぃちゃー…」
妹が声をあげた瞬間、僕はびくりと体を震わせていた。妹の声は震えていて泣いていることを分からせたからだ。
「な、何かあったの? 嫌なこと?」
足元にいると妹の顔が見えないと判断し、妹の顔が見えるような位置に移動して座り込んだ。
そして慰めるために妹の頭に手をのせて、撫でた。ゆっくり、優しく、落ち着かせるように。
「ゃなことぉ……ひっく……」
僕を見た妹の顔はぐしゃぐしゃに涙で歪んでいた。
いつもならどんなに悲しいことがあったとしても、僕の前では弱い部分を見せようとしないのに、相当辛いことがあったに違いない。
「ぎゅーして」
妹が仰向けになり、僕に向かって手を伸ばした。小さい頃のように抱き締めて慰めて欲しいんだと思う。
僕はそう受け取って、頭を撫でていた手を滑らせて妹の背中へと手を回した。
ぽんぽん、ぽんぽんと良いリズムで妹の背中を叩くと落ち着いたように小さく息を吐く音が聞こえた。子供のようだ、なんて思ってしまう。
「何が原因か、お兄ちゃんに話せる?」
僕が優しく聞くと、耳の後ろでずずっと鼻を啜る音の後に「うん」と、か細い返事が聞こえた。
だから、背中に回していた腕を緩めようとすると「……だめ、今は顔を見られたくないの」と言われ、回したままにしておいた。
「教えて?」
「あのね。引かないでね……?」
「うん、大丈夫だよ」
安心して、という思いを込めて妹の背中を再度叩いた。
たとえ、妹がどんな酷いことをされていたとしても僕は全てを受け入れるよ。なんて、妹を好きでもないのに兄貴面して、耳を傾ける。
「あのね。私の大好きなれいきゅんに、彼女がいたの……うわぁぁぁ……ん」
……ん? れいきゅんに彼女?
もしかして、れいきゅんというのは妹が大好きなアイドルのことを言っているのかな? うん、絶対そうだ。でも、当たり前だよね。人間だもの。
「れいきゅんは、れいらーのためのれいきゅんなの! 彼女一人だけのれいきゅんなんて、れいきゅんじゃないのぉぉ!」
「う、うん。そうだね」
「お兄ちゃんも分かってくれるよねぇ! そうだ!」
できれば僕の耳元で大声をあげるのは勘弁して欲しい。てか、さっきまでの殊勝で可愛らしかった妹はどこへ消えた。
「お兄ちゃんがれいきゅんの彼氏になれば良いんだよ! したら、れいきゅんは女の子のためのれいきゅんになるし、最高だとは思わない?」
「あー、ははは……僕はそういうことに偏見がある訳じゃないけど、別に男を彼女にしたいと思ったことはないなー」
それに相手は同姓愛者じゃないから彼女がいるんだろう?そもそも実の兄をアイドルに女を近づけさせないように贈るってのは、妹としてどうだろうか。
「えー。何でよ。お兄ちゃんってほんっとに使えないよね」
そう言って僕を突き飛ばしたかと思うと、妹は立ち上がりいつものように僕を睨んでいた。
こんな兄と妹の関係はおかしいかもしれないけど、僕はこの関係に戻ってくれたことに感謝していた。
妹が泣いて可愛らしい部分を見せる? 何だよそれ。アリエネー。だから、戻ってくれて一安心。
「ほらっ、早く私のおやつ用意してよー!」
妹は先程泣いていたとは思えない大声で僕を呼びながらも、れいきゅんのポスターを眺めてはまた「ううっ、彼女なんて嘘よねっ?」と泣きそうになっている。
忙しいやつだ。
「はいはい」
ほんと、妹って分からないよ。
タイトル、「彼女なんて、許さないから」→妹の心境。決して主人公の僕への言葉ではない。