表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死物語  作者: 倉田公
2/2

01 伝ゆ

「あ。」

微かに声があげられた。方を見る。ツインテールの女の子。そういえばうちのクラスに居た気がする。

わずかに向けた視線を、すぐにまた、窓の外に広がる光景に戻す。


 彼女も、窓の外も、僕には関係のない世界だ。

 

 軽々と上がる白球。年季の入ったあれは、もう白くなんてない。しかし空に浮かぶ白よりも白く感じるのは何故か。


 ふと、背後の空気が揺らぐ。

 彼女は後ろの席だったらしい。忘れ物でも取りに来たのか、じじ、と鞄のジッパーを開閉する音がする。

 グラウンドでは、とり逃されたボールが、わずかの休息を得ようと遠くに転がってゆく。

学び舎としての本日の役割を終え、静寂に満たされた教室。しんとした教室にふいに声が響く。

「ねぇ。」

 静寂を乱さない程の、ごくごく、小さな声。

 その声は誰に向けられたものか。

 おそらく、ここには居ない僕に向けて。つまりは自分自身へとつぶやく言葉か。

「死ぬってどんな気分。」

 世間話をするかのような声の調子で、彼女が僕の机にむけて発する。当然、僕は返事などしない。

 窓の外に広がる光景。心地よい汗を流す、スポーツの声。

 あれから時間の過ぎてしまった僕の記憶は、うつろである。あの時どんな気分だったのだろうか。もう、わからない。

「悲しかったよね。」

 用が済んだのか、彼女が横を通るのが感じられる。だが、通り過ぎはせず、僕のすぐそばに、彼女は立ち止まったらしい。目の端に、机のふちをなぞる細い指が映る。僕の視線は、その指から手首、腕、肩、そして伏せたまつげへと誘われる。何もない僕の机を見下ろす、無感情な彼女の瞳。その瞳を縁取る繊細なまつげ。

 はたして僕は悲しかったのだろうか。もう覚えていない。

「きっと未練とかもあったんだろうね。」

 やり残したことはあった気がする。いや、確かにあった。たくさんあった。

しかし、もはやどうでもいい。僕を認識しなくなったこの世界で、何をしようとも、何を伝えようとも、なんの意味もない。

 役割を終えた僕は、ただ何にも逆らわずに静かに還ってゆく。

 もう、そう決めたはずだった。


のに。


 彼女の視線が、ふいにあげられる。その深い黒は、逃げそこなった僕の瞳を、心をまっすぐに捕えた。

「だから、あなたは、まだここに居るのよね。」

 そういって、彼女はなぜかにやりとほほ笑みかけた。


 ばしっと音がし、白球が、構えられたミットへと収まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ