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Papagena  作者: 来生尚
SIDE STORYS
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番外編:「そうだ、京都、行こう」10

 遅くなった朝ご飯をホテル内のレストランで食べ、部屋に戻って優実が持ってきたガイドブックをパラパラと捲る。

 捲りながら欠伸を一つ。

 なるべく寝る時間は確保しようと思ったけれど、表情から察するに、若干の眠気と気だるさが残っているようだ。

 欠伸で滲んだ涙を擦る表情が可愛い。

「どこか行きたいところある?」

 何気なく聞いた言葉に、優実が目を輝かせる。

「あのねっ」

 結構元気っぽいから、観光には支障なさそうだ。良かった。

 備え付けのインスタントの紅茶を入れて、ソファの前のティーテーブルに置くと、優実が別のガイドブックを取り出してくる。

 パラパラパラっと優実がガイドブックを捲って、予想外のページで指を指す。

 え? ここ?

 比叡山延暦寺って。

 ここって紅葉の名所だったりした?

「この間ね、テレビで見たのっ」

「どんな番組だったの?」

「あのね。千日回峰行って知ってる?」

「初めて聞いた」

 優実は相変わらず目をキラキラと輝かせている。

 どうやらそれは優実の心を鷲づかみにするような内容だったようだ。

「あのね。私が見たのはね、9日間寝ないで食べないで飲まないで座らないでお経を唱えるっていうのだったのね」

「うん。それはすごいね」

「でしょ! でもね、その前に何年間かかけて、1日に何十キロも歩くの。山の中を。雨が降っても、雪が降っても」

「比叡山の中を?」

「うん、だと思う」

「それを見て比叡山に興味が沸いたの?」

「うんっ!」

 さすが優実。

 想像の斜め上をいく希望だ……。

 例えば宇治の辺りまで世界遺産巡りをしたいと言われるとか、奈良の大仏が見たいとかは想定していたけれど、まさか比叡山とは。

 比叡山はさすがに行き方を調べてなかったな。

「でね、その飲まず食わず寝ないで修行した後にね、今までよりも長い距離を歩くようになるの」

「う、うん。どのくらい歩くのかな」

「そうそう、それがね」

 頑なにガラケーを使っていたのを、不便だからとスマホに変えてから数ヶ月。

 どうやら元々コンピュータに強い優実は、スマホを難なく使いこなしているみたいだ。

 変える時はあんなに嫌がったのに。

 トントンっと指で叩いて、スライドして、何度か操作してから顔を上げる。

「堂入りっていう、あ、さっきの飲まず食わずで9日間お経唱えるの、その後は一日歩く距離が伸びて、京都大回りって言って、比叡山から京都のお寺にも歩いて回るみたいなのね」

「うん」

「それがどのくらいの距離なんだろうなぁって思ったの。平安神宮とか八坂神社とか清水寺も回るみたいなの」

「うん」

「あ、それから北野天満宮行って、下鴨神社に行くみたい」

 ガイドブックの地図を広げて、今言った神社やお寺の場所を優実が指で指していく。

 完全に頭の中にはその行程を歩く修行僧のことで一杯だろう。

 どこのご飯が美味しいとか、どこの景色がきれいだとかということよりも、テレビで垣間見た修行僧に心を奪われる。

 優実らしいなと思う。

 感覚のアンテナの張り方が、人とは少し違う。

 だから今みたいに、想像した答えと全く違う答えが返ってくる事もある。

 紅葉の季節の京都だから、どこの紅葉がきれいだとかというのでもなく、どこが有名で美味しい料理が食べられるというのでもなく、世界遺産だからというのでもなく、修行僧の歩く道。

 優実から見る世界を垣間見る瞬間、自分の世界も広がっていくように思える。

「今言ったところで全部?」

「ううん。ガイドブックで目に付いたところだけを言っただけ。他にもあるの」

「そっか。ちょっと待って。優実、メモか付箋持ってる?」

「持ってない。直接丸で囲んじゃってもいいかな」

「いいよ」

 左手にスマホ、右手にボールペンを持ち、京都中心部の地図の幾つかのお寺や神社に優実が丸をつけていく。

 その手が止まるまでの間、入れてくれた紅茶を飲みながら地図を見つめる。

 今まで考えた事も無かったルートが見えてくる。

 手の動きが止まって、優実がボールペンを置くのと同時に口を開く。

「そこが優実の行きたいところ?」

「……かな」

「結構な数だから、全部行くのは難しいかもしれないね。まずは比叡山からだっけ?」

「うん。でもりょうが行きたいところがあるなら、そっちを優先させて。りょうはどこに行きたい?」

 気遣ってくれる優実の髪を撫でる。

 されるままになっている優実を引き寄せて、まだ口紅を塗っていない唇にキスをする。

「優実といられるなら、どこでもいいよ」

「それじゃ答えになってないじゃない。りょうがどこに行きたいか知りたいのに」

 本当に優実といられるならどこでもいいんだけれど、それでは優実は納得しないだろう。

 自分の意見だけを優先させるのは、とても苦手だという事を知っている。

「そうだね」

 地図上に現れた優実の行きたいところ。

 その全てを回るのは厳しいかもしれない。更に自分の希望も織り交ぜるとなると。

 それでも、ここで自分の意見を言わなければ、優実はずっと気にしてしまうだろう。

 気を遣わせてしまったと。

 自分のわがままを通してしまったと。

 だから、にっこりと笑い返した。

「場所はどこでもいいんだ」

「行きたいところ無いって事?」

「うん。優実が着物を着てくれたら」

「……え?」

「レンタル着物っていうのがあるみたいでね、着物着た優実と回れるならどこでもいいよ」

 一気に優実の顔が凍りついた。

 面白い。

「繁忙期だから、事前に予約してなかったら厳しいんじゃないかな?」

「うん。だから今日じゃなくて明日でいいよ。今日は比叡山に行くんでしょ。山歩きに着物は厳しいよね」

「りょーやくん、あの」

「駅の傍にもレンタルやってるところあるみたいだから、そこで予約できるか確認してから比叡山行こうね」

「決定なの? それ」

「ダメなの? 着物」

 恥ずかしいとか、多分そういう理由なんだろう。

 優実が口ごもる。

「ダメじゃないけど」

「優実着物似合うから大丈夫だよ」

「……ううっ、はい」


 けれど、結局着物の優実を堪能する事は無かった。

 何故ならば、道行く観光客が着物を着ている人を断り無く撮ったり、一緒に記念撮影させてと言っているのを見たからだ。

 赤の他人が優実の着物姿の写真を保存しているのは、あまり気分が良くない。

 それは独り占めしておきたい。

 だから、止めた。

 心が狭いと言われても構わない。

 優実には、歩くのに着物だと疲れてしまうといけないからという事にしておいた。

 あからさまにほっとした顔をしたので、本人も乗り気ではなかったのだろう。

 照れて恥ずかしそうにしているところも、他の奴らには見せたくないし、ちょうど良かったのかもしれない。

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