番外編:「そうだ、京都、行こう」8
【京都21時45分】
そこに島崎さんがいることは知っていた。
けれど優実を見たら全部そんな事は吹き飛んで、いつものように抱きしめた。
もう少し太ってもいいのにと思う華奢な体は、小さくて折れてしまいそう。
この体を抱きしめるたびに、守ろうって決意が沸いてくる。
優実を腕から解放し、何が入っているのかわからないけれど重そうな鞄を持つと、優実がにこっと笑って「ありがとう」と言う。
全部自分で何から何までやりたい性格の優実が、拒絶する事無く俺にはこうやって託してくれるのが嬉しい。
他の人になら「いいです。いいです。自分で持てますから」と言うのに。
優実は鞄を持つ腕と反対の肘のあたりに手を掛けて、見上げるように見てくる。
この角度可愛い。
首傾げるとか、凶悪すぎる。
ごめん、ご飯食べさせてあげられないかも。
一瞬そんな事も考えたけれど、時間はたっぷりあるんだし、今は優実との時間を楽しもう。
「お腹すいてない?」
「サンドイッチ食べたから、すごく空いてるってほどじゃないよ。りょうは?」
立食形式の懇親会ではほとんど食べなかったから、それなりには空いてる。
「普通に空いてる。ホテル着いたら考えようか。先にチェックインして荷物下ろそう」
「うん。そうだね。荷物、重くない?」
「全然」
パンパンで重そうに見えたのは、服がかさばっているせいのようで、実際には大して重たくない。
けれど優実には重たかったのかもしれない。
申し訳無さそうにしている優実に笑いかける。
「大丈夫だよ」
「ありがとう」
ほっとしたような顔をするから、頭を撫でたくなったけれど、今は出来ないので後にしよう。
後でなら何しても良いみたいだし。
もしかしたら一度触れたら止まらなくなるかもしれないけれど。
チェックインして部屋に入ると、優実が小走りで窓へと走っていく。
駅の上にあるホテルということで、夜景がものすごくきれいに見える。
荷物を運んでくれたホテルマンが、微笑ましそうに優実を見て、それから一通りの部屋の説明をしてくれる。
当然優実は全く何も聞いていない。
もしかしたら、彼の存在など頭からキレイに消えてしまったのかもしれない。
今回こっちに来ないかって誘って良かった。
父親にホテルの予約譲って貰えたのも良かった。
かなり無理にごり押ししたけど、どうせ電車で1時間なんだから泊りじゃなくたって京都に来られるんだから構わないだろう。
窓に張り付いて夜景に興奮している優実を後ろから抱きしめる。
首の周りに腕を回し、長い髪に頬を寄せる。
優実のさらさらと流れる黒髪が好きだ。
そして真っ白は首筋を見たら、そこに唇を寄せずにはいられない。
暗い窓が鏡のようになり、優実を抱きしめる姿が映る。
普段は見ることの出来ない表情を見ようと、鏡のような窓越しに優実を見つける。
映っていることに気がついていないみたいだ。
指先を腕に触れるように動かした優実の表情は、穏やかで嬉しそう。
込み上げてくる愛おしさのまま、ぎゅっと華奢な体を抱きしめる。
恥ずかしそうにしているんだろうと思っていたから、こんな可愛い顔をしているなんて想像していなかった。
「外のほうが気になる?」
そんな事は無いってわかってるけど、意地悪が言ってみたくなった。
鏡のような役割をしている窓越しの表情に、そんな事が無いというのはわかっているのに。
「ううん、外も気になる。でも」
振り返ろうとするのがわかったので腕の力を緩めると、優実が体を反転させてゆっくりと手を伸ばして抱きついてくる。
「今はりょうとキスしたい」
背伸びしながらちゅっと唇を重ねた優実は、頬を染めながら見上げてくる。
あー。もう夕食いらないや。
「優実」
甘いおねだりにスイッチが入る。
後で優実がお腹すいたというなら何とでもしよう。
でも今はまず、優実を美味しくいただこう。
「りょー」
少し鼻に掛かった甘えた声に、どくんと鼓動が大きくなる。
まるでキスを催促するかのような声に、唇を重ね合わせる。
ゆっくりと何度も合わせ、徐々に開いてきた小さな口の中に舌を差し込む。
歯列を舐め、唇を噛み、舌を絡ませ、優実の欲を煽っていく。それが余計に自分自身を煽る。
今すぐ鳴かせたい。
そんな風に思うほどの強烈な欲望に脳が焼ききれそうだ。
優実以外の誰にも感じたことの無い強い欲望を辛うじて押さえ込み、やわやわと体の線をなぞる。
指の動きを敏感に感じ、身を捩ったり甘い声を上げる優実が、がくんと膝を落す。
難なく両腕で受け止めて、強く抱きしめる。
「我慢できない」
「……私も」
普段は恥ずかしがって口を噤んでしまうのに、真っ赤な顔で目を潤ませた優実が真っ直ぐに見つめてくる。
「りょうが、ほしい」
言いながら、再び唇を寄せてくる。
何このイヤらしくて可愛い生き物。
とてもじゃないけれど、我慢なんて無理。
理性を総動員しても、結論が変わることなんて無かった。




