番外編:「そうだ、京都、行こう」6
【大阪20時45分】
今野さんはいつの間にか懇親会の会場から消えていた。
頭の中は「可愛い彼女」の事でぐるぐる。
可愛い彼女がいるのに、どうして笑いかけてくれたんだろう。
色んな矛盾を感じながらも、でもやっぱり今野さんのことばかり考えてしまう。
そうやって悶々としながら飲んでいたのが悪かったのか、体調が悪くなり、懇親会を中抜けさせてもらった。
一人で帰れる? と心配してくれる同期たちに「大丈夫」と断りをいれ、大阪駅で一人。
野洲行きの電車が来て乗り込み、タイミング良く座れてほっとする。
乗り換えの京都まで約30分。
眠るには微妙な時間。
ふーっと溜息を吐き出して、ぼーっと車内を見渡す。
なんかみんな疲れた顔してるなあ。金曜日だからかな。
あとは浮かれた感じのUSJ帰りの人たち。
カップルが楽しそうにお土産袋片手に話しているのを見て、うらやましくなる。
今野さん、USJとか好きかな。
一緒に行けたらいいのにな。
きっと無理だけど。
もう一度溜息を吐き出し、そっと目を瞑る。
瞼の裏に映ったのは、懇親会のときに見た今野さんの笑顔。
ダメだなぁ。重症だなぁ。
同時に「可愛い彼女」の事を思い出し、目を開く。
あんまり思い出したくないから。
期待と絶望が同時に湧き上がり、胸が苦しい。
どうしてとか、でもとか、色んな想いでいっぱいになる。
眠ることも目を瞑ることも諦めて車窓を見る。
暗い夜の色と、煌びやかなネオン。
まるで私の心の対比みたい。
「あれ?」
思わず口から言葉が出た。
隣の席のおじさんに怪訝そうな顔をされたので、咳払いをして誤魔化す。
それよりも、あれって。
目を凝らして、気になったあたりを再度見つめる。
私服だったから気がつかなかったけれど、今野さんだ。
この偶然はなんなの! 神様からのプレゼント?
一気に気持ちが盛り上がる。
気持ち悪さも霧散し、眠気もどこかへ吹き飛んでいった。
どうしよう。
声かけようかな。それともやめようかな。
立ち上がろうかと思ってやめ、また立ち上がろうかと足に力を入れてやめ。
そんな事を繰り返しながらも、今野さんを見つめる。
ずっとそこに座ってたのかな。
案外近いところに座ってたのに、立っている人が邪魔になっていて、今まで気がつかなかったのかも。
大阪で気がついていたら、今野さんの傍にいったのに。
もっと早く気が付けば良かった!
今野さんの私服、初めて見た。
私服姿もカッコイイ。
グレーのジャケットが今野さんに似合ってる。
ラフなジーンズもカッコイイ。
こんな人が彼氏だったらいいのに。
今野さんは手に持ったスマホを見ながら、時折にっこりと笑みを浮かべる。
いつもどおりの魅力的な笑みに、心を奪われる。
私だけに、その笑顔を向けて欲しい。
どんなものを見ているんだろう。
メール? SNS?
今野さんが笑うのは、一体どんなものなんだろう。
結局声を掛けるタイミングを逸し、そのまま今野さんを観察し続ける。
手からスマホを離さないけれど、時々画面から目を離して外を見たりもしている。
今野さんが見ている景色はどんな景色なんだろう。
振り返って外を見ると、ちょうど駅に着いたところで、駅の確認をしていたのかもしれない。
あれ、そもそも今野さんどこに行くんだろう。こんな時間に。
懇親会は早く抜けたから、一度帰ってるんだよね、自宅に。私服だし。
この時間から出かけるのは何か用事があるのかな。
この時、偶然私服の今野さんと一緒になったことで、嬉しくて、色んなことが頭から抜けてしまっていた。
懇親会の時に今野さんが何て言っていたのかすら抜けていた。
彼女がいるということも。
彼女と約束があるという事も。
自分の視界に映る、私服の今野さんというサプライズプレゼントに浮かれすぎていた。