番外編:「そうだ、京都、行こう」2
【大阪18時-2】
ふと腕時計を見る。
もうすぐ18時。優実も仕事が終わる頃だろう。
スマホからメッセージを送ろうかと思い浮かんだけれど、律儀に返事を変えそうとするだろうからやめておこう。
そのせいで乗り換えがバタバタしたりしてもいけない。
新幹線が19時10分発だから、その頃にしよう。
京都に着くのが21時27分か。
あと3時間半。
久々に優実に会えると思うと頬が緩む。
毎日のように電話もしてるし、メッセージのやり取りもしているけれど、会うのは2週間ぶり。
京都に優実。
どう考えても似合いすぎる。
着物、着てくれないかな。絶対に似合うと思うんだけれど。
でも舞妓の格好は違うんだよな、イメージ的に。
着物のことは良くわからないけれど、顔を白塗りにしちゃうのは、優実の良さを台無しにしてしまう気がするから、普通の着物がいいんだけれど。
きっと着物のレンタルなんかもやってるよな。
でも直前になってからで予約出来るかな。
その前に優実の希望を聞いておかないと。もしかしたら色々歩いて見て回りたいかもしれないし。
昼間の紅葉もキレイだけれど、ライトアップしたところもキレイだと言うし、色々優実と見て回りたいな。
妄想は終業のベルの音で途切れる。
帰り支度もほぼ終わっている。
後はパソコンの電源を落して、ジャケット着て鞄を持てば終了だ。
逸る気持ちを溜息で押し殺して、パソコンが完全に電源が切れるのを待つ。
「今野ー」
頭上から声を掛けられて、顔を上げる。
プロジェクトチームの先輩の金子さんだ。
「お疲れさまです。金子さん。何かありましたか?」
愛妻家で知られる金子さんは、残業をしてはいけない日には誰よりも早く帰る。それこそベルと同時に。
プロジェクトチームの名物でもある。
もっとも、プロジェクトチームの主任を任されているだけあって、仕事もものすごく速い。
だからこそ、名物の光景に誰も何も文句をつけず、ほほえましく見守り、酒の席ではからかわれていたりもする。
今日は残る理由も無いので、普段なら既にエレベータに乗っている頃のはずだけれど。
残業禁止の日の終業のベルの後にいるということは、プロジェクトに何らかの問題が発生したということだろう。
ちゃんと優実に会う時間までに終わるかな。
そんな心配が顔に出たのか、金子さんは「ちゃうちゃう」と言いながら笑う。
「お前、今日の懇親会出ないんか?」
「そのつもりですが」
「今日はマーケ(ティング部)全体の懇親会やから、もし時間あるなら顔出せって課長がゆうとった。お前そそくさと帰ろうとしてたやろ」
「予定があるんで」
「あー。なるほどなぁ」
ニヤニヤと笑う金子さんは、僕の事情に明るい。
だから容易に彼女(優実)と会うという事がわかったのだろう。
「お前が素っ気なーい時は大概あれやもんな」
こそこそっと声を潜めながら言うのは、本人なりの配慮かもしれない。
別に隠すつもりはないのだけれど。
「わかっているなら、そういうことで」
懇親会はすげなくお断りさせてもらう。
一度実家に戻って着替えをして、荷物も取りに戻りたい。
実家から京都までは一時間は掛かるから、懇親会に出ていたら約束の時間に間に合わなくなる。
「おいおい。今野。先輩の話はちゃんと聞けや」
「聞いてますよ。だから予定があるから無理ですよ」
「少しでも顔だしとき」
そこまでしてでも出たほうが良いという事か。
課やプロジェクト全体の懇親会は何度かあったけれど、部全体のというのは初めてだ。
確かに顔を繋ぐためにも、ここは出たほうがいいかもしれない。
課長も金子さんもそういう配慮があったんだろう。
「わかりました」
21時半前に優実が京都に着くから、実家を20時くらいに出るように考えると、そうだな……。
「19時過ぎには出ないといけませんが、それで大丈夫ですか?」
「あー。今日の会は18時半スタートらしいから大丈夫やろ」
「わかりました」
パソコンの電源が落ちたのを確認し、ジャケットを羽織り、鞄を手に持つ。
営業の仕事をしていた時に学んだ、人当たりが良い笑顔を先輩に向ける。
何故かそんな僕を見て、金子さんはほっとしたような顔をした。