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Papagena  作者: 来生尚
本編
9/99

9:いびり

 泣く泣く残った粒に別れを告げて喫煙所から部屋に戻ると、ポンっと木内さんからメッセンジャーが届く。



 --おつかれさまでーす。響さん相変わらず石川さんとラブラブでした?



 ……書かれている内容が理解出来ない。いや、脳が理解する事を拒否している。

 固まってしまった私の後ろを今野さんが通り過ぎ、いや、通り過ぎなかった。

 立ち止まって私が固まってしまったのを背後から見ている。

 メッセンジャーの運んできた不可解なメッセージの内容を、多分見ている。

 すっと私のパソコンのキーボードに手を伸ばし、ささっと返信を打ち込む。



 --相変わらずだよ。きうちゃん喫煙所に確認。レッツゴー!



 立ったままの今野さんを顔を上げてみると、にっこりと笑みを返される。お局佐久間を悩殺してやまない「可愛いりょーちゃんスマイル」で。

 開封確認のポップアップが出て木内さんがニヤニヤしながら席を立つと、あっさりと自分の席に腰を下ろしてしまう。私には何も説明してくれず、何も言わないままで。

 代わりにデジタルなメッセージが届く。



 --さっきの石川さんの同期の人が響さん。こっちに響さんがいた時は付き合ってたよ。



 無常な宣告に溜息が出る。

 意識して出たのではないそれを、今野さんは見逃さなかった。



 --ショック?



 何で? 何で私がショック受けなきゃいけないの?いやいやいや、別にショックとか無いし。



 --なんでですか? 



 そんな短いありきたりな事しか返せない。作りかけのエクセルを立ち上げ、何も考えないように関数の公式をたたき出す。

 よっぽど関数を入れていくほうがラクだ。何も考えなくていい。

 だけれど、みんな私に考える事を強制する。



 --そう思ったから聞いてみただけです。



 私に何をどう答えろと。

 多分、私が石川さんに抱く感情の答えを本当は知っている。だけれどまだそれは心の中でほんのりと小さな蕾を膨らませ始めたばかりで、名前を付けるのもおこがましいほど小さなものだ。

 逆にいえばいつでも引き返せるような類の。

 だからそれを日のあたる場所に出すつもりは今は無い。そんなゴタゴタを職場に持ち込んで居辛くなるのも嫌だ。



 --心配御無用。びっくりしただけです。


 最後に顔文字まで使ってみた。

 そうやって私は心の中にブラインドを下ろした。


 与えられた仕事をこなすため、カチャカチャと無機質な音を響かせて、時に電話に出たりしながら、淡々と仕事をこなしていく。

 私は最短6ヶ月でここから消える身。深入りなんてしたらいけない。面倒を起こさずに契約更新を狙わなくてはならない身なんだ。

 大企業という事もあって、ここの時給は他の派遣先より少しばかりいい。出来る事ならここで契約更新をしてもう少し長く勤めたいと思っている。

 ただお局佐久間との相性が最悪なので、切られる可能性を大いに感じている。

 この仕事はこいつじゃなければと思わせるほど、契約更新したいと思わせるほどに頑張らなくては。

「加山さんっ」

 キーキー声を上げるお局の元に馳せ参じる。

「はい。何でしょうか」

「これっ。コピー取ってきて頂戴! 出来たら急ぎで。この後会議で使うのよ。20部ね」

 さも大事件が起こったかのような剣幕のお局に心の中で溜息を吐き出す。

 もっと早くわかっていただろうに、相変わらずの嫌がらせをどうもありがとうございます。この分厚さ、それなりの時間が掛かりそうなんですが。

「会議、今日はデジタルじゃなく紙ベースなんですか?」

 一応確認しておく。コピーした挙句にノートパソコン持参会議で大量にコピーが無駄になった過去があるからだ。しかも叱責のお小言付きで。

 確認したのも御気に障ったようだ。

 ふんっと鼻の穴を膨らませたお局の顔が醜く歪む。

「取引先も参加するからです」

 か・ら・で・す。と強調してくれてありがとうございます。よくわかりました。

「わかりました。コピーが終わったら原本とコピーを持ってきます」

「原本はこちらに戻して、コピーは会議室に運んでおいて」

「わかりました」

 何でいちいち嫌味っぽいんだろうと思いつつも、気にしない気にしないと言い聞かせてコピーブースに向かう。

「コピー頼まれたので、席外します」

 木内さんはまだ戻っていなかったので今野さんに声を掛けると「わかりました」と返ってくるので、パソコンをスクリーンセーバーにする為に一度書類を机に置く。

 マウスに触れると、タスクバーでアイコンが点滅しているのが目に入る。



 --今日多分飲み会あります。行きますか?



 --考えておきます。


 

 今野さんからのメッセージに返信を送り、コピーブースへと足を向ける。お局の指定時間までは今からコピーしてもギリギリ間に合うかどうか。

 何でこんなに切羽詰った時間で言うかな。お局に時間配分を誰か教えて欲しい。

 コピーという単純作業(機械任せ)は基本的には機械と付きっ切りじゃなくてもいい。けど、お局はコピー機に書類を放置して機械任せにするのを嫌う。だから仕方なくていつもコピー機番長と化す事になる。

「おつかれー」

 柔らかな声で鹿島さんが書類片手に現れる。

「コピー?」

「うん、20部。10分後から会議だって」

「げー。相変わらずだなあ、一担は。ホントお疲れ様」

 言いながら鹿島さんが書類をスキャンしていく。どうやらコピーじゃなくてスキャン作業のようだ。

 コピー機の前に立ち尽くしているだけなので、ついつい暇でその作業を目で追ってしまう。大変そうだなと思いながら。

「そーだ、今日飲み会やるって信田さん言ってたけど、加山さん行く?」

「あー。どうでしょう。実は今月金欠なんですよ」

 一人暮らしを始めて外食だけでなく夜のコンビニ食が増えたせいもあって、更に家賃と水光熱費の負担も増えてお財布事情があまり芳しくない。

「そうなんだー。加山さん行かないならやめようかな。今日本社から来た人いるでしょ。多分、それで急遽飲み会になったんだと思うんだよね。今日遅くなるって親に言ってなかったからご飯作ってくれてるだろうし」

「じゃあお互い都合が悪いということで」

 うんうんと頷きあいながらお互いの意思確認を完了する。

 乗り気じゃない飲み会に行ってもつまらないし。それに鹿島さんがいないと楽しくないし。

 鹿島さんの同意も取り付けると、コピー機番長の仕事が最後のホチキスの音で終わりを告げる。

「じゃあこれ届けに行ってきます。お先でーす」

「おつかれさまー」

 ひらひらっと手を振る鹿島さんに手を振り返し、対して重くないコピーの山の上に原本を載せ、書類の束を両手で持ち上げる。

 よいしょっとオバサンっぽい掛け声にコピーの山を顎で挟むという育ちの悪さを披露しつつコピーブースを出たところで横から歩いてきた人とぶつかりそうになる。

「ああっ。すみません」

 時間がギリギリで焦っているのもあいまって誰かも確認せずに咄嗟に謝る。

「ゆう? ああ、ゴメン邪魔だったな」

 大きな背中が横にずれ、頭上から低い声が振ってくる。

 人前でそんな風に呼ぶこと無かったのに。何で今そうやって呼ぶんですか、石川さん。

「すみません、石川さん。急いでいるので失礼しまーす」

 石川さんが響さんと一緒なのがわかったから、急いでいるのを口実に脱兎のごとく逃げ戻る。

 自分の席に一端コピーの山を下ろすと、パソコンには付箋紙が張り付いている。

 お茶出しもよろしく。

 あなたは鬼教官ですかっ。お局めっ。

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