挿話:一番近くの傍観者・3
すっかり加山さんの『嫉妬深い彼氏』ネタを暴きたいが故に飲み会常連になりつつある俺です。
とはいえ、加山さんはあまり飲み会には来ない。
二週間に一度くらい顔を出すかなって感じ。それが大体金曜日なのは、きっと仕事への影響を考えての事だろう。
翌日に仕事があるのに飲みすぎたことがあって、と何かの時に話していたから。
そんな加山さんの隣をキープしているのは今野さん。
俺が一番下っ端なので一番下座の末席に座って注文係に徹しているんだけれど、そんな俺の前には今野さん。今野さんの隣は加山さん。
で、加山さんの更に隣は流動的。
田島さんだったり課長だったり石川さんだったり信田さんだったり。
まあ大体四担か五担の人間が多いかな。
ちなみに俺の隣は上から覗き込むと幸せな気分になれる荒木さん。
いやー。絶景かな絶景かな。
田島さんもいい体つきなんだけれど、見せない派。
荒木さんは惜しみなく見せる派なので、非常に素晴らしいです。はい。
いや、わざと覗き込んでいるわけじゃなくて、注文する時に立ち上がったりすると必然的に。
なかなかナイスポジションをキープしてます。俺。
んなことはさておき、飲み会というある種無礼講の場で加山さんの『嫉妬深い彼氏』についてツッコミを入れているんだけれど、けんもほろろという感じで答えてはくれない。
指輪のエピソードとか聞いてみたかったのに、それとなく今野さんに話を逸らされる。
興味ないのかな。加山さんの彼氏の事。
絶対加山さん狙いだろうと思われるのに、彼氏の話を聞いても平気な顔をしている。
それだけ「加山さんを落とす」自信があるということだろうか。
まあ顔も性格もいいもんなあ、今野さん。ついでに仕事も出来て営業成績も良いし。自信たっぷりありそう。
特に加山さんにプライベートな話を聞くわけでもなく、主に仕事の話なんかをしているんだけれど、俺なんかに向けるよりもずっと優しい目で加山さんを見ている。
誰がどう見てもって感じなのに、他の誰も今野さんをからかったりもしない。
二人が並んで話をしていたりしても、ごくごく普通に受け流しているというか。
何か変なんだよな。
自分の好きな女が他の男のことで顔色変えたりしてたら、俺なら結構嫌な気分になるんだけれど、今野さんはいつもどおりニコニコしている。
諦めているから平気とか?
それも何か違う気がするんだよな。
席を外していた加山さんが携帯片手に座敷に戻ってくる。
「沙紀ちゃんもうすぐ着くって」
「じゃあ煙草吸いに行くがてら迎えに行く?」
「うん」
加山さんは煙草ケースを持って、今野さんと並んで店の外へと歩いていく。
何か今変じゃなかったか?
今の会話の何が変だったんだろう。
首を捻って考える。
うーん? 内容は別におかしくないけれど、何に引っかかってるんだ。俺。
今野さんにだけ話しかけたこと?
それもまあおかしいと言えばおかしいし、おかしくないと言えばおかしくない。
鹿島さんのことを沙紀ちゃんって呼んでいるのは前からだし。
煙草吸いがてら迎えに行くっていうのもおかしくない。
俺の引っかかりポイント一体どこなんだ。
何かに引っかかっているのは確かなのに、全然それがどこなのか見つからなくて、喉に小骨が刺さっているような感じで気持ち悪い。
悩んでいるうちに加山さんは鹿島さんを伴って座敷に戻ってくる。
「おっじゃましまーす」
以前と変わらぬテンションのまま、鹿島さんは座敷に上がってくる。
「あれ野村くん? 珍しいね、飲み会にいるの」
「……はあ。お疲れさまです」
勢いに負けていると、俺のことなどどうでもいいという感じで、鹿島さんは奥のほうを目指していく。
そんな鹿島さんの様子を、くすくす笑いながら加山さんが見ている。
ああ、笑っている。
彼氏に関係しないことでも笑うんだ。
思ったそのままのことを伝えようと加山さんのほうを見ると、加山さんの視線は今野さんに向けられている。
「緊張してたって嘘だよね」
「全くそんな風に見えないね」
加山さんと今野さんは二人で笑いあった。
なんだ、この二人の世界みたいな感じは。
一方的に今野さんが加山さん狙いかと思っていたんだけれど、この空気感は……。
「挨拶してきたー。飲むよー、ゆうちゃんっ。野村くん、ジントニック一つね」
「……はい」
鹿島さんの勢いに押されて注文の電話をするために立ち上がると、俺の席はあっという間に鹿島さんに奪われ、会話の輪からはじき出される。
鹿島さん、酷いっす。
今野さんに向けられてたのと同じ笑みが鹿島さんにも向けられ、そこに信田さんも加わって更に石川さんも追加され、五人の仲のよさを感じざるを得ない。
普段はどちらかというと口数の少ない加山さんも、鹿島さんがいるとポンポン会話を繰り出している。
しかも笑っている。
鹿島さんがもう仕事を辞めているからなのか、それとも年齢も近いからなのか、同じ派遣という立場だったからなのか、鹿島さんは加山さんに容赦なく、そしてごくごく普通に接している。
「ゆうちゃんってさ……」
「えー。でも沙紀ちゃんだって……」
所謂ガールズトークというやつだろうか。
普段は一歩引いている感じの加山さんも、鹿島さんには気安く友達のように接している。
友達!
そうか、友達か。
いつも以上に表情豊かなのも、よく笑いよく喋るのも、鹿島さんが友達だからか。
あー。そっか。
そうすると今野さんも「友達認定」されているってことだな。
哀れ、今野さん。
どんなにアピールしても、加山さんの中では友達だからこその気安さなんだし。
大体『嫉妬深い彼氏』の話題にちょこっと触れるだけでも動揺するほど彼氏のこと好きみたいだから、今野さんの入る隙は無いな。
まあでも今野さんだから、いつものようにどこかで告られて新しい彼女作るんだろう。
そういえば最近今野さん彼女作ってたか? あんまりそういう話聞かないな。会社の外で作ってるから聞かないだけかもしれないな。
「野村ー。沙紀ちゃんにカシスオレンジ。ゆうにカルアミルク、あと生中3つな」
「はい」
石川さんの注文を聞いて、他の人にも声をかけて注文の電話を掛ける。
背後から聞こえてくる笑い声。
その中には加山さんのものも混ざっている。
お願いです。どうか仕事中もそういう感じでいてくださいっ。
「じゃあおつかれさまー」
二次会も終わって、それぞれ最終電車に飛び乗るようにして帰っていく。
三次会に行く人もいるみたいだけれど、俺はここで帰らせてもらう。そこまで付き合う義理もないし。
「ゆうちゃん、オールしよ!」
改札の手前で鹿島さんが加山さんの腕を掴んで引き止める。
ぎょっとした顔をした加山さんは信田さん、石川さん、それから今野さんの順に顔を巡らす。
「どうしよう」
誰に問うたのかわからないような呟きを背に聞き、何となく使命感に燃えてみた。
「加山さん、嫉妬深い彼氏が家で待ってるんじゃないんですか?」
助け舟を出したつもりだったのに、鹿島さんがぷっと噴き出す。
「嫉妬深い彼氏っ!! そうなの、ゆうちゃんっ」
お酒の力もあったのか、鹿島さんがお腹を抱えて笑い出す。
豪快な、あははというよりかは、ぎゃははという表現が似合う笑い声が駅の構内に響き渡る。
冷ややかな視線を感じたのか、信田さんがぽんっと鹿島さんの肩を叩く。
「沙紀。笑いすぎ」
「はーい……ぷぷっ」
笑いを堪えきれない感じで肩を揺らす鹿島さんに、信田さんはふうっと溜息を吐き出す。
「沙紀」
もう一度信田さんが鹿島さんをそう呼んだ。
「沙紀?」
口に出してしまったのはわざとじゃない。だって、なんかものすごい違和感があったから。
「あー」
決まり悪そうな顔をして鹿島さんが笑うのを止めて信田さんを見上げる。
けれど信田さんはいつもどおりの表情のまま改札の向こう側を指差す。
「野村、お前の乗る電車、あと2分で出るみたいだよ」
「げっ。やばっ。じゃあお先に失礼しまーす」
「おつかれさま」
挨拶をしてホームを駆け上がり、ぎりぎりの電車に飛び乗ってから気がつく。
走り出した電車は、石川さんも加山さんも今野さんも乗る路線だったはずなのに、何で俺だけなんだ。
気がついたのは加山さんの最寄り駅である隣駅に着いてから。
結局信田さんと鹿島さんの関係もあやふやのまま誤魔化されたし。まあでも多分付き合ってるとかそんなとこだろう。
この会社って社内恋愛多いんだな。俺は会社で見繕うのは嫌だけど。




