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Papagena  作者: 来生尚
続編:Long Island Iced Tea
70/99

34:奔流・6

 淋しいと泣くわたしの頭を真っ白にした「結納」

 あれからりょうはとんとん拍子で話を進めていって、ついにその日。

 ミイに絶対振袖! と押し切られ、前日から実家に帰って朝から美容院。

 着付けとお化粧と髪の毛のセットをして貰い、ヒロの運転する車で家族総出で、指定されたホテルへと出向く。

 りょうの実家はお父さんが転勤族の為、現在の住居はくしくも関西。

 先日結婚したばかりの妹さんの新居も関西になるのに、ご両親と妹さんと旦那さんがわざわざこちらに出向いてくれた。

 りょうと会うのは昨日の会社以来なんだけれど、普段しなれない格好をしているせいもあって、妙に緊張する。

「変じゃない?」

 何度も聞くせいか、ミイが思いっきり溜息を吐き出す。

 運転しているヒロがちらっとこちらを横目で見て「変じゃない」と幾度目かになる答えをくれる。

 ブラコンな弟の律儀な褒め言葉に、心が軽くなる。

「おねえ、自分で鏡見なよ。どっからどう見ても変じゃないからっ」

「そうかなー」

 鞄から鏡を取り出そうとしたわたしに「後にしなさい」と母からストップが入る。

「下手に触って崩れたら困るから」

 母もわたしもミイも誰一人として着付けは出来ない。

 だから母の言葉に素直に従った。


 指定されたホテルにご両親と妹さんご夫婦は泊まっているそうだけれど事前にご挨拶するのもおかしいので、念入りに最終チェックをしてから待ち合わせの場所へ家族で赴く。

 待ち合わせの時間よりは余裕を持って着いたはずなのに、そこにはもうりょうが待っている。

 こちらに気付くと、いつもの笑顔で歩み寄ってくる。

「今日はご足労いただきまして、ありがとうございます」

 両親に挨拶をするりょうは、いつもと同じようなスーツ姿。

 そのスーツが何着かあるりょうのスーツの中でも「ゲン担ぎ」のスーツだという事を知っている。

 大切な契約を取りたい日など、ここぞという時にしか着ないスーツ。

 普段は着られることもなく、クリーニングから戻ってきたままの状態でクローゼットに並んでいる。

 そういう意味のスーツを着ている事に気付き、心がくすぐったくなる。

「いやいや。今野くんのご両親ともお会いしたいと思っていたので、とても嬉しいよ」

 父は鷹揚とした態度で答え、りょうもにこにこと笑っている。

 両親とひとしきり会話を交わした後、りょうがわたしの目の前にやってくる。

「鹿島さんじゃないけれど、本当に日本人形みたいだね」

「でしょう! おねえ着物似合うから絶対振袖着るように勧めたんですよっ」

 鼻息荒く自分の手柄だと主張するミイに、りょうは親指を立てた拳を突き出す。

 それに気をよくしたのか、ミイもりょうと同じように親指を立てた拳を突き出して、二人がこんっと拳をぶつける。

 妙に意気投合してません?

「何を着ても可愛いけれど、着物姿はめったに見られないから嬉しいよ」

 もやもやっとした気分になったところに、りょうの褒め言葉。

 あっという間に嫌な気分は吹き飛ぶどころか霧散して、代わりに気恥ずかしさが込み上げてくる。

 きっと頬が赤くなっている。けれどお化粧で少しは誤魔化せているかな?

「けっ」

 感じの悪いヒロに着物だというのにミイが蹴りをいれ、両親がまあまあと止める。

「両親が待っていますので、こちらへどうぞ」

 いつもどおりの雰囲気は消え、ぴりっとした緊張感がりょう以外の全員の顔に表れる。

 導かれるままに和食のお店に入り、奥の座敷に招かれた時には、もう心臓の音は限界まで鳴り響いていた。


 りょうの両親はりょうに雰囲気がよく似ている。

 お父さんはおおらかで、お母さんは人好きのする笑みが印象的。

 妹さんはりょうと面立ちの似た美人で、旦那さんは爽やかそうな人だ。

 最初のうちは緊張しっぱなしでお互いに自己紹介なんかをしたけれど、食事をしながら話していくうちに、徐々に打ち解けている。

 けれど、わたしは聞かれた事に答えるのが精一杯で、食事の味もお酒の味も正直よくわからない。

 ころころと良く笑うお母さんがにっこりとわたしに微笑み掛ける。

「稜也を選んでくれてありがとう」

「いっ。いえっ。わたしは、そのっ」

 どもってしまって上手く喋れなくなってしまったのを笑うのではなく、お母さんは優しい瞳で包み込むように見ている。

「あの子、難しいでしょ。何考えてるかわからないし、一度こうと決めたら引かない頑固なところがあるし。見た目はお父さんに似てるから多少見られるけれど、ワガママで困らせていないかしら」

「そんなことないですっ。りょ、稜也くんは、難しくなんかないですし、ワガママを言っているのは寧ろわたしのほうばかりです」

 慌てて否定すると、くすくすっとお母さんが笑みを零す。

「こうやって私達を急に引っ張り出してきたのは、稜也のワガママのせいでしょう? でも優実さんはそれをワガママだとは思わないでくれるのね」

「……はい」

「ありがとう」

 お母さんは微笑み、りょうに視線を向ける。その視線に、りょうは気がついていない。

あやの結婚式の時に話を聞いてからずっとお会いしたかったの。優実さんにも優実さんのご両親にも」

「結婚式の時に、ですか?」

 一体どんな話をしたのだろう。

 りょうはうちの父と稜也くんのお父さんと妹の彩さんの旦那さんと日本酒を飲み交わしている。

「人の結婚式の親族席でもノロケ話してたらしいですよ。親戚の誰かがお前は結婚しないのかみたいに話を振ったらしいんですけれど」

 美人というよりも可愛らしい、りょうより三つ年下の妹の彩さんは、茶目っ気たっぷりな身振り手振りを加えて説明してくれる。

「日本人形みたいな黒髪が印象的キレイな子で、真面目で涙脆くて可愛い人だって。本当はすぐにでも結婚したいけれど、時期が来るのを待とうかと思っているから少し待ってくださいなんて言ってたのに」

 りょうが話していた「彼女像」は全くわたしとは重ならないような、五割り増しくらい話が盛られているような内容で、慌てて否定する。

「全然っ、本当にこんな感じですし、今日はお化粧しているから見栄えが多少良くなっているだけで全然普通ですし、可愛いだなんて現実像と離れすぎてますよっ」

「……ゆうは可愛い」

「ちょっ。ヒロっ。何でそこで口を挟むのっ」

「事実だ。ゆうは可愛い。悔しいが、よくそこに気付いたと言いたい」

「おにい。そこで気持ち悪い発言しないでくれる? おねえに結婚を機に縁切られるよ」

「縁を切りたいと思っているのかっ」

「もーっ。そんな事言ってないでしょっ。TPOを弁えた発言してよっ」

 ヒロを押しのけて、はたと視線に気がつく。

 お母さんと彩さんが目を丸くしている。

 しまった……。いつものヒロとミイのペースに乗せられてしまった。

 かあっと頬が一気に熱くなり、恥ずかしさで俯きながら「すみません」と謝る。

 けれど、しばらくして笑い声が聞こえてきて、おそるおそる顔を上げる。

「確かに可愛らしいお嬢さんだわ」

 お母さんのそれは褒め言葉なのだろうけれど、醜態を晒した恥ずかしさに頬は余計に熱を持つ。

「可愛らしい優実さんを泣かさないように、ちゃんと稜也は監視しておきますからね」

「お母さん、お兄ちゃんを実家に一緒に住まわすんだそうです。子離れ出来てない気持ち悪い姑でごめんなさい」

「彩っ。稜也と一緒に住みたいのはそういうのが理由じゃありませんっ。あの子が急に結婚する、費用は全部自分が出すなんて言い出すから、一人暮らしの費用が勿体無いし、少しでも手助けが出来たらと思ったからよ」

「ありがとうございます」

 咄嗟に出たのは感謝の言葉だ。

 りょうの異動の事や、わたしたちの結婚のことを色々考えた結果、一緒に住むという結論に達したのだろう。

 それを負担に思わせないように、監視しておくだなんておっしゃってくださって。

 その短い言葉だけで十二分に伝わったのか、彩さんもお母さんもりょうに似た笑みをわたしに向けてくれる。


 結納というのは形だけで物の遣り取りはせず、婚約をするにあたって両家の顔合わせをしようと言ったりょうの言葉どおり、会食は和やかに進んでいった。

 デザートの水菓子も食べ、お茶を飲みながらお互いの情報交換めいた話をしていると、こほんっとりょうがわざとらしい咳払いをする。

 何だろうと思ってりょうを見ると「座ってて」と口パクで合図される。

「今日は僕の無理を聞いて頂き、集まっていただいてありがとうございます」

 本当に座っていていいだろうか。

 ちゃんとわたしも挨拶しなくていいのかな。

 そわそわと落ち着かない気分でりょうを見つめるけれど、りょうは小さく首を横に振る。

 わたしが立つ代わりに、りょうがわたしの傍へとやってきて、膝を下ろして目の前に座る。

「はい」

 スーツのポケットから取り出したのは、絶対に貴金属が入っていると装丁だけでわかるもの。

 ぽんっと手の上に置かれたそれを開けば、以前ピンキーリングを買った時に何軒か見て回ったお店の一つで売っていたリング。

 可愛いね。きれいだね。でも普段使いにはちょっとねって言っていた、しっかりと意味を主張したような薬指に嵌めるリング。

「金銭や物の遣り取りはしないと事前に申し上げましたが、どうしても僕が彼女にこれだけはプレゼントしたかったんです」

 固まったまま動けないわたしにりょうが微笑み掛ける。

「受け取ってくれるかな?」

「はい」

 家族全員が揃っている場だというのにも関わらず、とても嬉しくって涙は止め処なく流れ落ちていく。

 涙を指でこすろうとした瞬間、あちらこちらからハンカチやタオルが差し出される。

 わたしは、幸せだ。

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