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Papagena  作者: 来生尚
続編:Long Island Iced Tea
56/99

21:束縛の糸・1

 ランチタイムのざわめきで、店内に流れるジャズの音楽は遠くに微かに聞こえる程度。

 夜に来るとすごく落ち着いたお店なのに、今はあわただしさだけが流れている。

 ランチセットのデザートを待ちながらぼーっとしていると、ふいに野村さんに声を掛けられる。

「加山さん。連休はどこかに出かけたりするんですか? 彼氏と」

「いえ。しないですよ。彼が予定があって前半の連休は会わないですし、後半の連休も特にこれといった予定は入れていないです」

「そうなんですか。じゃあうちの担当はみんな十連休なんて取らないんですね」

 野村さんが確認するように問いかけると、担当長の村田さんが頷き返す。

「別に休んだって構わないんだぞ。連休の合間の平日なんて仕事があってないようなものだし」

「村田さんは家族旅行行かないんですか?」

 大学を卒業してすぐに結婚したという村田さんは、現在小学生と幼稚園生のお子さんがいたはず。

 折角の連休を家族で旅行に行ったりしなくていいんだろうか。

 そんなわたしの気持ちを代弁するかのように田島さんが聞いた。

「この時期出かけても高くつくだけだろ。近場のイベントで十分だ。旅行は夏休みに取っておく」

「そんなもんなんですか?」

「大体、合間に学校だって幼稚園だってあるのに、家族旅行で休ませるわけにもいかないだろ」

 まだ子供どころか配偶者さえいないので、その辺の感覚は良くわからない。

 テレビなんかだと、大型連休に家族で旅行に行きますっていうのを見かけるけれど。

 あれって学校休ませて行ってるよね。

「それよりも、最初の連休の間に五担と合同でバーベキューやる話はどうなったんだ? 悪いが俺はパスな」

「やっぱり奥様来るのは難しいですか?」

「恥ずかしいから嫌だそうだ。すまんな、誘ってもらったのに」

 聞き返した田島さんに、村田さんは大きな体を申し訳無さそうに折り曲げる。

 もしもわたしが奥さんの立場だったら、やっぱり旦那さんの会社のバーベキューなんて顔を出しにくい。だから断った気持ちはすごく良くわかる。

 しかもお子さん連れて参加となると、色々大変だろうし。

「なーに他人事みたいな顔してんだよ。暇人、お前は参加決定な」

 行くとも行かないとも返事をしてなかったバーベキューに参加しろと、石川さんが強引に誘ってくる。

 行ってもいいんだけれど、なんとなく気後れしてというのと、稜也くんがいないのに飲み会に参加するのはと二の足を踏んで返事を曖昧に誤魔化していた。

「沙紀ちゃんも来るっていうんだから来いよ。どうせ彼氏いなくて暇なんだろ」

「暇って言えば暇ですけれど……」

「じゃあ参加な。野村。ゆうも参加ってことで」

「はあ」

 押し切られた格好で、結局四月最後の連休は海辺の公園でのバーベキューになった。


「ゆうちゃーん」

 バーベキューの待ち合わせ場所に行くと、真っ先に沙紀ちゃんが駆け寄ってきた。

 久しぶりに会ったけれど、沙紀ちゃんは辞める前と変わらないままだ。

 まだ1ヶ月も経ってないから当たり前かな?

「久しぶり、沙紀ちゃん」

 お互いに手を取り合って再会の挨拶を交わすと、こそっと耳元で囁かれる。

「今野くんは?」

「妹さんの結婚式で実家に戻ってます」

「そうなんだー。だから今日いないんだね」

 体を離しながら、沙紀ちゃんが周囲を見回す。

「でもさ、今野くん何も言ってなかった?」

「何もって?」

「……なんでもない。ゴメンね、気にしないで」

 笑うだけで、沙紀ちゃんはそれ以上何もその事には触れなかった。

 先に来ていた信田さんと沙紀ちゃん。それから食材搬入係の石川さんと田島さんと合流し、道具を洗ったり、野菜を洗ったり切ったり。

 外でバーベキューするなんて初めてだけれど、学生時代の飯盒炊飯を思い出す感じで面白い。

 仕事の話だとか最近見た映画の話なんかをしながら下ごしらえを進めていくとパラパラと人が集まりだし、全部終わった頃には四担と五担の全員が揃う。

 全員が揃ったところで、ついにバーベキュー開始。

 色々焼きあがるのを待ちながら、晴天の空の下飲むビールは結構美味しい。

 稜也くんもいたらいいのに。

 しょうがないとわかっていても、いたらいいなって思ってしまう。

 楽しい時間は共有できたらいいのにな。

 来られないのはしょうがない事だってわかっているけれど。

 嬉しいとか楽しいは分け合ったらもっと嬉しくなりそうだし、楽しくなりそうだもの。

 缶ビールを飲みながら、あっという間に焼きあがっていくお肉たちを頬張り、楽しい時間が過ぎていく。

 お酒も入り、お腹も大分満腹になってくると、今度は食べる事よりも話すことに口を使う時間が長くなる。

「加山さん。今日バーベキュー来て大丈夫だったんですか?」

 野村さんに問いかけられ、意味がわからず首を傾げる。

「大丈夫というのは?」

「いや。彼氏がですよ。自分がいないところで飲み会行くのも嫌がるような人なのに、バーベキュー来て大丈夫だったのかなと」

 飲んでいたカクテル飲料の缶を握りつぶし、野村さんがぽいっとゴミ袋に投げ入れる。

 クーラーボックスに手を伸ばしながら「飲みます?」と聞かれたけれど、まだ手持ちの缶には結構入っているので断り「まだ入ってます」と答える。

「日陰行きません?」

 そう誘われて、バーベキューをしている場所から少し離れた木陰へと場所を移す。

 まだ五月とはいえ日差しが結構きつかったので、野村さんが日陰に誘ってくれたのは助かる。

 缶を開けつつ、野村さんは木に凭れ掛かる。

「俺、正直言うと、会社の集まりとか苦手なんですよね。彼女だって休みの日に会社の集まりで出かけるとあんまりいい顔しないし」

「そうなんですか?」

 彼女がいるという事実は初めて知ったけれど、だから家が遠いのもあるけれど飲み会にあまり行きたくないのかと納得してしまった。

 もしかしたら野村さんのことを、家で待っている彼女がいるからなのかもしれない。

「彼女、結構キツくて。性格がどうこうじゃなくって、やきもち焼きというか、独占欲が強いというか。だから何となく加山さんの彼氏と似てんのかなーなんて勝手に思ってたんですよ」

「どうでしょう。独占欲ですか。あんまり感じないですけれど」

 思ったままに答えると、野村さんが声を上げて笑う。

「いやいや、独占欲無いヤツは、自分のいないとこで飲み会行くななんて言いませんって」

 ははっと笑った野村さんは、お酒のせいか本当に楽しそうにしている。

 笑顔のままで、更に質問される。

「どんなヤツなんです? 加山さんの彼氏って」

「どんなというと?」

「ほら。色々あるじゃないですか。性格がどうだとか、見た目がどうだとか」

「……うーんっと」

 言っても構わないのだろうか。

 当然稜也くんだという事は言えないけれど、どんな人か説明したら野村さんにバレちゃうんじゃないかな。

 大丈夫かな、少しくらいなら。

「優しいです。すごく」

「それから?」

「あとは、そうですね。急に聞かれても出てこないですね」

 どんな人かを具体的に説明しようとすると、どうしても本人に繋がりそうな気がして、上手く言えない。

「優しいところが好きなんですか?」

 思いもしない質問に、かーっと顔が熱くなっていく。

 多分すごく顔が真っ赤になってしまったに違いない。恥ずかしくって咄嗟に顔を俯ける。

 好きとか急に聞かれると、すっごく困るっ。しかも全く稜也くんの事を知らないわけじゃない人に言われると……。

 しばらく俯いていると、頭の上からコホンという咳払いの音が聞こえてきて、恐る恐る顔を上げる。

 なんとも表現しがたい表情の野村さんと目が合って、気まずくなる。

「すみません」

 咄嗟に謝ったけれど、野村さんは黙ったまま缶ビールを喉に流し込んだ。

「……加山さんって」

 野村さんが何かを言い掛けた時、ポケットに入れたままの携帯が着信を告げる。

「ちょっと失礼します」

 断りを入れてから、バーベキューの輪からも野村さんからも少し離れたところで携帯の通話ボタンを押す。相手が誰なのかは、稜也くんが着信の鳴り分け設定をしてくれたから、画面を見なくても鳴った瞬間にわかった。

 今日実家から帰るって言ってた稜也くんからだ。

「もしもし」

『今大丈夫?』

「うん。どうしたの?」

『んー? 何も無いよ。これから帰るよ』

 帰ってくるんだ。

 ほんの数日なんだけれど会えなかったから、帰ってくるのが嬉しい。

「何時頃こっちつくの?」

『新幹線で3時間は掛からないと思う。そこから乗り換えだから、掛かっても4時間くらいかな。今日そっち行ってもいい?』

「うんっ」

 くすっと電話越しに笑い声が聞こえた。

『じゃあまた後で』

「うん。またあとでね」

 電話を切って話している途中だった野村さんのところへ戻って問われるままに会話の内容を伝えると、野村さんが苦笑を浮かべる。

「彼氏、なんだかんだで気になってしょうがなかったんですね。加山さんの事」

「どうして?」

「だって出かけているってわかっているのに帰るって連絡いれてくるなんて、本当は心配で心配でたまらないんじゃないんですか? 多分彼氏、結構独占欲強い人ですよ」

「そんな事ないですよ。着く時間を連絡くれただけで」

 ははっと野村さんが乾いた笑い声を上げる。

「それってその時間には帰って来いっていう暗黙の要求じゃないですか。気付いてません?」

「……そう、なんですか? 全然そんな風に思ってませんでした」

「鈍いんですね。加山さん」

 笑った野村さんに、訂正する事はできなかった。

 そんな風に思ったこと、一度も無かったから。寧ろ、全然束縛もしないし、独占欲なんて無いと思っていたから。

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