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Papagena  作者: 来生尚
本編
4/99

4:喫煙所

 懇親会を境に、一気に社内に知り合いが増えた。

 お昼は電話当番の時以外は鹿島さんが誘ってくれるので、一人でご飯を食べるというわびしい思いをしなくて済むようになった。

 そして鹿島さんは喫煙所仲間に誘ってくれた。

 どうやら彼女もスモーカーだったようで、食後の一服しようとか少し休憩しようとか、メッセンジャーと呼ばれるソフトで勤務中にメッセージを送ってくれるようになった。

 そして今日もそんな午後の一服時間。

「コーヒー飲みたいね」

「飲みたいですね」

「しかも美味しいやつ」

「缶じゃないクリームが乗っているのですよね。わかります」

 二人で空を眺めながら背後にある自販機にケチをつけつつ煙を燻らせる。

 たまたま空の雲を見ていたからそう思ったわけではなく、何となく午後三時、脳に糖分を欲しがっているのかもしれない。

「おっ。コーヒー飲むの?」

 ポンポンと煙草の箱を指で叩きながら信田さんが現れる。

 信田さんは大体こうやって鹿島さんと煙草を吸いに出ると姿を見せるので、もしかしたらメッセンジャーで鹿島さんが誘っているのかな。

「飲みたいねーという話です。実際にそんなもの買い込んで机に現れたらお局がヒステリー起こしますよ」

「確かになぁ」

 うんうんと信田さんが同意する。

 お局とは佐久間さんのこと。ちょっとでも業務と関係ないものが机にあると怒り出すのだ。まして勤務時間中に抜け出してコーヒーショップで買い物してたなんてバレたら、何を言われるのか。面倒な事になるのは火を見るより明らかだ。

「煙草吸うのも、あんまり良く思われてなさそうです」

 トイレに行くついでにほんの数分席を外しているだけのつもりだけれど、それでも佐久間さんは気に入らないらしい。

 煙草の臭いが染み付くから、何も言わなくても傍を通れば煙草を吸ってきたんだなってわかるし。

 ちなみに今野さんもスモーカー仲間なのだけれど、彼に対してはそういう態度を取ることはない。多分、私が気に入らないのだろう。

「吸わない人には吸う人の心情なんて理解不能だからなあ。世の中嫌煙ブームだし。俺たち形見が狭いな」

「はい」

 同意をすると、後ろからにゅっと手が伸びてきてコーヒーの缶が頬に付けられる。

 あまりの冷たさにぎょっとして小さな悲鳴を上げてしまうと、石川さんがケラケラ声を上げて笑う。

 いつの間にここに来たんだろう。気配まで消せるとは恐るべし。

「こないだの百円のお礼ね。今ここでぐいっと一気飲みしていけばお局にバレること無いし」

「ずるーい。石川さん私にもコーヒー買ってくださいよぉ」

 ぷうっと頬を膨らませる鹿島さんの女子度は高すぎると思う。それ、狙ってもなかなか出来ないし。下手にやったら猫被っているの丸わかりにしか見えないのに、鹿島さんがやると可愛い。そっちのが百倍ずるいぞ、鹿島さんっ。

「こないだ加山ちゃんに百円借りたんだよ。だから利息つけて返したの。おまえに奢る理由は無い」

 一刀両断されたのにも関わらず、鹿島さんは楽しそうに笑い声を上げる。

「百円は百円玉で返したほうがいいですよー。コーヒーで返すよりも。ね? 加山さん」

 いや、あのそこで私に振らないで下さい。

 コーヒーと石川さんを交互に見比べ、どうしたものかと頭を悩ますと、今度は信田さんがあははははと笑い声を上げる。

「困ってるから、加山さんが」

 ああ、何か言わなきゃ。何でもいいから。えっとコーヒーでもいいですって言えばいいのかな。それとも百円玉で返してって言ったほうがいいのかな。でもそうしたらこのコーヒーが無駄になるし。ああっ。混乱してきた。

 ぽんっと肩を叩かれ、手の上にコーヒーの缶が手渡される。

「ブラック無糖。よければどうぞ」

「あ、ありがとうござます」

 冷たいコーヒーの感覚と低い声に頭の回路が寸断される。

「じゃあ私はカフェオレでお願いしますー」

「はいはい」

 じゃらっと小銭を取り出す音と、暫くしてからガチャンとコーヒーが自販機から落ちる音。

 その短いような長いような間、私は呆然と石川さんの背中を見つめていた。結局奢ってあげるんだ。優しいな。そんな風に思いながら。

 石川さんは更に小銭を入れてコーヒーを買い、外を見つめる私と鹿島さんとは対照的に、窓際の台のようになっている部分に腰を下ろして窓にもたれかかる。背が高いからそんなことが出来るんだろうな。

「コーヒーラッキーだったね」

 にっこりと笑いながらプルトップを開ける鹿島さんに同意して、ブラックのコーヒーに口をつける。

 缶じゃないクリームが乗っているコーヒーが飲みたかったはずなのに、何故か缶のブラックコーヒー。しかも無糖。

 頭に糖分が欲しかったはずなのに、カフェインだけが流し込まれる。

 甘くないコーヒーだけれど、どこか甘い気がするのは気のせいなのかな。

 ちびちびと煙草を吸いながらコーヒーを飲んでいると、社内放送で信田さんにお呼びが掛かる。

「ごめん、先行くね」

 そう言い残して鹿島さんもコーヒーの缶を持ったまま喫煙所を去っていく。

 まだ煙草は半分以上あるし、コーヒーもまだ入ったままだから、後を追うのはおかしいだろう。

「石川さん」

「あれ、先輩呼びはやめたんだ?」

 意地悪そうな言い方だけれど、嫌な感じは全くしない。目が笑っているからかな。

「社内で先輩呼びは可笑しいと思います。コーヒー、ご馳走様です」

 甘く感じる本当は苦いはずのブラックコーヒーのお礼を言ったのに、石川さんの目は優しくてどこか甘い。

「加山ちゃんさ、お局にいじめられてんの?」

 どきっとした。そんなところ見られてたのかって。

 でも素直に「はい」なんて言えない。お局佐久間さんは社員さん。しかも担当長。石川さんも社員さん。

「苛められているっていうか、ご指導受けているというか。多分私が覚えが悪いんですよ」

 ごにょごにょと口ごもりつつ佐久間さんのフォローをすると、ははっと石川さんは笑い声を上げる。

 そんなに長くない前髪を掻き揚げる指先に、つい見とれてしまう。

「謙遜だろ。仕事早いって一担の奴ら言ってたよ」

「いやいやいやいやいや。早くないです。全然早くないです」

 すごい勢いで否定するのを、何故か石川さんは冷ややかな目で見つめる。

 何か間違った事を言っただろうか。

 本当に人より早く出来るわけではないのに。派遣会社の登録試験のタイピング速度だって5段階で上から2番目だったし。

 コピーだってコピー機任せだし。電話は一応3コール以内に出るようにしているけれど、それって誰でもそうだと思うし。

「かわいくねえ。そこは素直にありがとうございます、だろ」

 可愛くない?

 一体どういう発想からそういう発言が出てくるんでしょうか。

 目をぱちくりさせる私の頭の上に石川さんの大きな手が乗る。フリーズ。パソコンだったら青い画面かって位すごい勢いで思考が止まる。

 思いがけない行為に、目を見開いて石川さんを見たけれど、石川さんは相変わらず不機嫌そうに煙草を咥えて眉間に皺を寄せている。

 横を向いてふーっと白煙を吐き出した石川さんと目が合う。

「お前は出来るって言ってんだよ。ばーか」

「はい?」

 なんで突然バカ呼ばわり?

「わかりやすくもう一度言ってやる。お前は仕事が速い。お局の陰険な嫌味なんか気にすんな。以上だ」

 言い切ると煙草を灰皿に押し付け、ぐびぐびっとコーヒーを横で飲み干していく。

 いつの間にか頭の上にあった手はいなくなっている。

 あ、石川さんのコーヒーもブラック無糖だ。

 もしかしたら石川さんはコーヒーブラック派なんだろうか。

 そんなことを考えながら石川さんの手許を見ていると、じーっと見つめてくる視線を感じて慌てて顔を上げる。

 この場合、何か言わなきゃいけないよね。ええっと。

「ありがとうございます」

 ありきたりだ。でも何か頭がまだ上手く整理できなくて上手い事なんて言えない。

 ただ、石川さんが私の仕事ぶりを褒めてくれるのは嬉しかったから、本当に本当にありがたいと思う。

 まだ慣れない派遣先なのに、こうやって努力をわかってくれる人がいるのは。

「イーエ、ドウイタシマシテ」

 ひらひらっと手を振りながら、石川さんは喫煙所を後にする。

 あ、コーヒーまだ残ってたんだ。

 本当は机まで連れて行きたいコーヒーだったけれど、お局チェックに引っかかることは間違いないので、ぐいっと一気に飲み干す。

 ブラック無糖。でもへこんでいる時には甘い言葉をくれる石川さん。

 握りつぶせない硬さのスチール缶をぎゅっと握り締めてから、ゴミ箱に投げ捨てた。

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