5:キミを知る・2
待ち合わせに指定されたのは稜也くんの最寄り駅。
うちからだと電車で三十分弱の距離。
遅れるわけにはいかないからと出てきたけれど、行きの電車の中で既に泣きたい気分。
全然デートっぽい格好じゃないんだもん。
気を抜きすぎって感じのラフな服装しか持ってなくて、クローゼットの前で顔面蒼白状態。
前に休みの日に石川さんと出かけた時には最初から体を動かす前提だったからデニムでも問題無かったけれど、私服で人に見せられるようなスカート持ってないって。
女子力低すぎでしょ、わたし。
仕事の時はスーツかそれに準じた服装だからスカートくらい持ってるけれど、それじゃ私服じゃないし。
会社に行くわけでもないのにカッチリした格好っていうのも。
今まで休みの日に出かけるっていっても、せいぜいヒロトと映画見に行くくらいで、ヒロも映画見る時に足組むならスカート履くなとかって煩いから必然的にパンツスタイルばかりになってたし。
ああ。もう泣きたい……。
もうちょっと普段からお洒落に気を使えば良かった。
そうやって悶々としつつも、ちゃんと目的地には着いてしまう。
目的の駅で降り、溜息交じりに階段を降りていくと改札のあたりに稜也くんの姿が見える。
ちゃんと稜也くんは私服もカッコイイのに、わたしって。
どよーんとした空気を纏いつつ、あれ? っていうような顔をした稜也くんに手を振ると、にっこりといつものように笑みを浮かべて手を振り替えしてくれる。
あっという間に目の前には稜也くん。
目の前に手を差し出すので、稜也くんと手を何度か見返して、それからゆっくり手を重ねる。
きゅっと握られた手から伝わってくる体温に、心の棘が少し解けていく。
でも今日のわたし、全然デートっぽくない。
「優実、普段はそういう格好なんだね」
ああっ。いきなり突っ込まれた。そこには触れて欲しくないのに。
「うん。デートなのにこんな格好でごめんなさい」
思わず謝ったわたしにくすくすっと稜也くんが笑い声をあげる。
笑うほど酷いのかな。
ショックでちょっと視界がぼやけてきたかも。
「何でそこでそういう顔になるかな。俺は別にそういう格好が悪いなんて言ってないよ」
「え?」
立ち止まった稜也くんがわたしの前髪に触れる。
指で開けた視界の向こう側には困り顔の稜也くん。
「優実はそういう格好が好きなんでしょ?」
「……うん」
「それでいいじゃん。今日はキミを知る日なんだ。だから今まで知らなかった優実を知れて嬉しいよ。だからそういう顔しないで」
指先が目の下をなぞっていく。
繋がっていないほうの手で稜也くんのコートを掴む。
いつもの黒色のコートじゃなくって、綺麗な色のカジュアルなもの。
稜也くんらしくてよく似合っている。
「あのね」
「うん」
「ちゃんともっとデートっぽい服装しなきゃって思ったんだけれど、全然そういうの持ってなくって。だからがっかりしてない?」
ははっと稜也くんが笑い声をあげる。
「がっかりなんてしないよ。別に服装一つで嫌いになったりしないし。優実は俺が超変な格好で現れたら逃げる?」
「逃げない」
「でしょ。だから気にしないでいいから。そういうことはさ。寧ろ」
何かを言いかけたところで、次の電車が来るというアナウンスが流れる。
行こうと促され、ホームに上がり、結局何を言いたいのかはわからずじまいになってしまった。
けど、どうしようもなく恥ずかしくて情けなかった気持ちは、ほんの少し軽くなった。
次の時までに洋服買っておこうと心に決めていることは口に出さずに。
繁華街まで出てきて、これといった目的も無く歩くのもということで、とりあえず少し早めのランチにする事にする。
一人暮らしをしているせいもあり、お互い凝ったものを普段作らないから、和食を食べる事に決める。
まだピークの時間ではないので、店内はまばらにしかお客さんが入っていない。
日替わりランチを二つ頼んで、セットのアイスコーヒーを飲む。
コーヒーはブラックのままで、ガムシロップとミルクはテーブルに二セット置かれたまま。
「行きたいところとかある?」
「ううん。これといって」
ストローでアイスコーヒーの中の氷を掻き混ぜながら答える。
カランと氷がグラスにぶつかる音が響く。
「普段はどういうことしてる?」
「うーん。実家帰ったり、弟のヒロトと時間が合えば映画見に行ったりかな。稜也くんは?」
「俺? 俺はホームで試合があればだけれど、土曜日はサッカー見に行く事が多いよ」
「ホーム?」
全くといっていいほどサッカーのことがわからないので説明してもらうと、稜也くんはJリーグのあるチームが好きで、そのチームの試合がホームゲームという本拠地でやる試合だと、試合を見に行くということらしい。
ホームとかアウェイとか聞いた事無い? って聞かれたけれど、ワールドカップの時くらいしかサッカー見ないからよくわからなくて。
「どうしてサッカーの、そのチームが好きなの?」
「昔の知り合いがそのチームでプレーしてるんだ。だからかな」
「えーっすごいっ。プロの選手が知り合いなんだっ」
「子どもの頃サッカーやってた時に同じチームだっただけだよ。そんなすごくない」
淡々と否定するけれど、普通プロに知り合いなんていないよね。すごいなあ。
「稜也くんもサッカー上手いの?」
「上手くは無いよ。現に普通のサラリーマンだし。今は見るのが専門。それで満足してる」
「じゃあ今日も試合あるの? 見に行かなくていいの?」
苦笑して稜也くんがコーヒーを一口飲む。
「いいよ。今日は優実と過ごすって決めてるんだから」
でも好きな試合、見に行きたくないのかな。
わたしと一緒にいるからって我慢してるんじゃないのかな。
嬉しいけれど、嬉しくないかも。
「今日はどうやって今の加山優実が出来たか知りたいんだ。どんな事が好きで、どういう風にしたら喜んでくれるかとか」
「稜也くん」
「上辺だけの付き合いをしたいわけじゃないからね」
舞い上がるほど嬉しい。
本気でそういう風に思ってくれているっていうのは視線から伝わってくる。
「でも、わたしだって知りたいよ。稜也くんが何を思って、何が好きでどういうことしたら喜んでくれるのか。だから」
「だから?」
「今日はサッカー見に行こう」
「優実。話聞いてる?」
ふーっと溜息を吐き出した稜也くんは、ほんの少し不機嫌そう。
だけれど一方的に知って欲しいわけじゃない。わたしだってすごく知りたい。
本当に何が好きなのか。
「聞いてるよ。今日はわたしが稜也くんの事を知る日にして欲しいの」
暫く視線がぶつかり、稜也くんが手元に目線を落とす。
「まあ、焦ることは無いか。じゃあ今日はサッカー。明日は映画っていうのはどうでしょうか、優実さん」
「それでお願いします」
稜也くんにつられて敬語で話すと、ぷっと稜也くんがふきだす。
「意外に頑固だよね、優実って」
楽しそうに言う稜也くんの様子に恥ずかしさが込み上げてきて頬が熱くなる。
「そんな事無いです。全然無いです。からかわないでっ」
「で、可愛いよね」
「もーっ」
居たたまれなくなったところに、店員さんが冷静な声で「日替わりランチお待たせしました」と料理を運んでくる。
この気まずさ、どこにぶつければいいのだろう。
目の前に置かれた食事をじとーっと見つめるようにしていると、稜也くんがぽんっと頭を撫でる。
その手に促されるように顔をあげると、稜也くんが少し腰を浮かせてわたしの頭を撫でている。ぐしゃっと掻き回すように撫でて、稜也くんの手が離れていく。
「ご飯、食べよう」
促して割り箸を割る稜也くんと同じように割り箸を割って、目の前の出来立ての日替わりランチに箸を伸ばす。
わたしばっかり振り回されっぱなしで悔しい。
悔しいから、何か言い返してやろうと思ったけれど気のきいた言葉が出てこない。
今まで知っていた稜也くんは笑顔が可愛くて、それでいつもニコニコしてて、優しかった。
こんな風に意地悪な事言ったりもしないし、からかったりすることも無かった。
けど、今の稜也くんといるほうがずっと居心地が良い。そう思うのは、少し彼の今までとは違った一面を垣間見ているせいなのかもしれない。




