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Papagena  作者: 来生尚
続編:Long Island Iced Tea
34/99

3:隣の席の恋人・3

「ランチ、石川さんと行ったんだってー?」

 沙紀ちゃん(鹿島さんと呼ぶならコーヒー奢らせるよと言われてしまい勢いで押し切られた)がソファに座ったかと思うと口を開く。

 つい一昨日「石川さんは加山さん狙い」なんて言った張本人の沙紀ちゃんに聞かれてしまい、うーんとお茶を濁す。

 何をどう説明したらいいのだろう。

 特にこれといって何か話したというよりは、いつもどおりの感じだったと思うのだけれど。

「何か言ってた? 石川さん」

「特に、何も」

「へー。そうなんだ。何も言わないとは珍しい事もあるもんだ」

 一人納得する沙紀ちゃんに、あのねと切り出してランチの顛末の恥ずかしい妄想部分を除いて話す。

 うんうんと首を縦に振りながら聞いていた沙紀ちゃんが、全部聞き終わると苦笑を浮かべる。

「まあ、それじゃあ何も言えないよね」

「どうしてですか?」

「……加山さん、じゃなかったゆうちゃん。敬語はやめようね同い年なんだし」

 質問に対してまるで稜也くんみたいなツッコミが返ってきて、思わず頬が綻ぶ。

 ここ数日、このやりとり多いかも。

「あ。笑った。今ぜーったい、ゆうちゃん今野さんのこと思い出したでしょ」

「えっ?」

 何で心の中が読めるんですかっ。指摘されて一気に顔が熱くなる。

 お昼の時に石川さんにも指摘されたけれど、もしかしてわたしって考えてる事全部顔に出ちゃうのかな。

「あはははは。やーっぱりそうだ。絶対そうだと思ったんだ」

「そんなに顔に出てる?」

 くすくすっと沙紀ちゃんが笑って、コーヒーの上に乗っているホイップを口に入れる。

 小休止みたいに一拍タイミングを置いたかと思うと、ホイップを口に入れたスプーンでカップをかき回す。

「勘かなぁ。普段そういう風に笑わないから、もしかしたらって思っただけ。きっとこんな感じで石川さんも惚気られて何も言えなかったんだろうね」

「のっ。のろけてなんかっ」

「まあまあ、とりあえずコーヒー飲もうよ」

 軽くいなされて、訂正すら聞いてもらえない。

 別に石川さんに惚気たつもりなんて無いんだけれど。今の沙紀ちゃんに対してもそうだし。あれはそういう感じに取られちゃうのかな。だったら次から気をつけないと。

 この季節だけのバレンタイン限定のコーヒーはチョコレートシロップたっぷりで、何となくあのカクテルを思い出させる。

 ホイップにチョコレートシロップ。

 その絵だけで幸せな気分になれるなんて、お手軽すぎるかなあ。

「ところでさー。今野さんのどこが好きなの?」

「ふえっ?」

 思わずホイップが口から飛び出しそうになってしまう。まさかそんな質問されるなんて思っても無かったから。

「ああ、ごめん。興味本位っぽいよね。言いたくなかったら言わなくていいからね」

 慌てて沙紀ちゃんが付け加えたけれど、今まで稜也くんのどこが好きかとか考えた事無かったかもと思い至る。

 どこが好き、なんだろう。

 可愛いりょーちゃんスマイル? それじゃあお局と同じレベルだよね。

 でもそれだけじゃないんだよね。あのブラックなほうの笑みで笑われると胸がぎゅーっと締め付けられる感じでドキドキするし。

 落ち込んでいるのには誰より早く気が付いてくれて、優しくて、でも何か企んでて。

 今朝作ってくれたサンドイッチも美味しかった。ファミレスでバイトしてたから作れるだけだって言ってたけれど、すごいなあ。

 でも朝から、あれは……自粛して欲しい。

 ああっ。またそんな事に考えが至ってしまった。

 忘れなきゃ忘れなきゃ。また挙動不審になっちゃう。

「ゆうちゃん?」

 不審げな顔をしている沙紀ちゃんにはっとして、やっぱり挙動不審だったかもと凹む。

「ごめんなさい。色々考えてみたんだけれど、浮かばなくて」

 咄嗟に言った一言に「いいよー」と沙紀ちゃんはいつもどおりの笑顔で答えてくれる。

 そうだ。

「沙紀ちゃんは信田さんのどこが好き?」

「どこって言われてもねー。うーん」

 沙紀ちゃんは真剣に悩んでしまったみたいで、腕を組んで頭を捻っている。

 好きだから結婚するんだよね? なのに悩むものなの?

「聞かれると困るね。どこっていうんじゃないかも。一緒にいたいし、いて欲しいって思ってるよ」

 そういう沙紀ちゃんの頬はチークの色なんかじゃないピンク色に染まっている。

 本当に信田さんのことが好きなんだなーってその表情からも伝わってくる。

 ふいに沙紀ちゃんがコーヒーカップを指差す。

「バレンタイン、何かあげるの?」

「沙紀ちゃんは?」

「んー。たっかーいチョコ買うの。んで半分はあたしが食うっ。バレンタインなんて名目なかったら高級チョコなんて買わないもん。なんでそんな稀少品をダーリン一人に食べさせなきゃいけないの。勿体無い」

「確かにそうかも」

 思わず笑いが漏れると、沙紀ちゃんも一緒に笑ってくれる。

 一粒二百円とかの高いチョコ。あげるだけじゃなくて食べてみたいもんね。

「今野さん、お局にチョコ貰ってきそう。去年も貰ってたし。ホールでチョコレートケーキ。一緒に今晩食べましょうよーってクネクネしてたけれど、サラっと断ってたよ、今野さん」

 ぷっと沙紀ちゃんが吹き出した。

 そうなんだ。ホールでケーキなんだ。佐久間さん。やっぱり強烈過ぎる。

「でね、食べきれないからってみんなでカラオケボックスで食べたんだー。で、ゆうちゃん何かあげるの?」

「うーん」

 一昨日から付き合いだしたばっかりだし、自分の気持ちを意識しだしたのもその日だし、全くバレンタインなんて考えてなかった。

 コーヒーショップでこのバレンタイン限定のを注文するまで、バレンタインだって事も忘れてたくらいだし。

「どうせあげるなら好きなものをあげたいと思うけれど、何がいいかわからなくて」

「今野さんの好きなものかぁ」

 素直に気持ちを吐露すると、うーんと沙紀ちゃんも一緒に悩んでくれる。

「スポーツ全般見るのが好きっていうのは知ってるんだけれど、だから何をあげるのかと言われると」

「そうだねー。確かに難しいところだねぇ。今野さん、モテるから他の人からも貰うだろうし、そこは差をつけたいところだよね」

 さりげない沙紀ちゃんの一言が、ぐさっと胸に刺さる。

 今まで見ないように、気が付かないフリをしていたけれど、お局を筆頭に稜也くんのことが好きという人は何人かいる。

 ロッカールームでそういう話が耳に入ることもあるし、噂話で稜也くんがモテるというのは聞いた事がある。

 今はわたしのこと好きだっていってくれてても、もし別の素敵な人が稜也くんの前に現れたら、あっさりそっちに行っちゃうんじゃないのかな。

 わたしなんて何の取り得も無いし、人よりちょっとパソコン得意な程度だし。

 また誰かに獲られたらどうしよう。どうやったら嫌いにならないでくれるんだろう。

 一緒に、傍に、横にいてくれたらこんな風に不安にならないのに。

 どうしてこんな風に不安になるんだろう。不安で不安で仕方ない。

「サプライズ感は無いけど、いっそ本人に聞いてみたら? 一緒に買い物行って好きなプレゼントを選ぶっていうデートもいいんじゃない?」

「うん。そうだね。そういうのもいいかも」

 不安から心を切り離して、沙紀ちゃんの意見に同意する。

 変に考えてたって仕方ない。考えて結論が出るようなことじゃないもの。

 でもほんの数日前までは感じなかった胸のもやもやが消える事は無くって、折角沙紀ちゃんが考えてくれたのに心から「うん」と頷くことが出来ない。

 どうしようかなー。バレンタイン。

「お疲れ様です」

 ぽんっと肩を叩かれて、胸がどきんと大きな音を立てる。

 その声だけで稜也くんだってわかって勢いよく振り返ると、稜也くんがくすっと笑う。

 肩に乗せた手をそのままにして、稜也くんは沙紀ちゃんに「お疲れ様です」ともう一度挨拶をする。

「僕、お邪魔じゃないですか?」

「ぜーんぜんっ。むしろ待ってましたって感じ?」

「そうなんですか? 別に面白いこと何も無いと思いますけれど」

 見上げる顔は、いつもどおりの『今野さん』だ。けど、手が『稜也くん』な気がする。

「何飲んでるの」

「バレンタイン限定の」

「甘い?」

「うん。チョコ味だから。ホイップにチョコレートシロップ掛かってるし。飲んでみる?」

 立ったままの稜也くんにコーヒーカップを差し出すと、一口飲んで「甘いね」とカップを返してくる。

「コーヒー買ってくるけど、何かいる?」

「ううん。大丈夫」

「鹿島さんは何かいります?」

「だーいじょーぶよー」

 ニヤニヤ笑う沙紀ちゃんに頭を下げて、稜也くんは注文カウンターに歩いていく。わたしの座っているソファに荷物を置いて。

「なーんか二人でいるの、意外にしっくりくるね」

 稜也くんの後姿を見ていると沙紀ちゃんに声を掛けられ、「え?」と聞き返すとニヤリと笑われる。

「だって普段はあんまり笑わないのに、ゆうちゃん自然に笑ってたよ。なんか納得しちゃった」

「何を?」

 頬の火照りを掌で押さえつつ聞くと、沙紀ちゃんが笑う。

「ゆうちゃんにとって、今野さんは特別なんだって。阿吽の片鱗一切無しだもん」

「もー。恥ずかしい事言わないでっ」

 いよいよ頭から煙が出るのではというくらい気恥ずかしくて堪らなくなって、沙紀ちゃんの顔を見るのさえ出来なくなる。

 俯いて顔をあげられないわたしに、沙紀ちゃんのクスクス笑う声だけが聞こえてくる。

 もう少し顔に出ないようにしなきゃ。すぐに顔が赤くなっちゃうんだもん。

 せめて会社では顔に出てバレないようにしなきゃ。

 隣の席に座っているのが危険なリスクを孕んでいるような気がするけれど、他の人に譲るのは、やっぱり嫌だし。

 手を伸ばせばそこにいる。今はその距離感が安心するから。


「優実」

 あの後合流した信田さんと四人で食事をして、駅で別れた。

 始発電車に乗って動き出すのを待っていると、稜也くんにふいに名前を呼ばれる。

 お昼休みから、ずっと名前を呼ばれてなかった。二人きりでいる時にしか、名前を呼ばない。

「家、寄っても良い?」

 きゅっと手を繋がれて、ドキっと胸が撥ねる。

 さっき信田さんたちに、バレると面倒なんで誰にも話さないで下さいなんて言っていたのに。

 こうやって手を繋いでいたりして、もしも誰か会社の人に見つかったらどうするんだろう。言い訳出来ない状況なのに。

 手を引っ込めようとしたけれど、稜也くんは手を離してはくれず、真っ直ぐに見つめてくる。

「もう少し一緒にいたい」

 ストレートな言葉に、胸が締め付けられる。

「……うん」

 繋いだ手をぎゅっと握り返すと、稜也くんがふわっと表情を緩める。

 その笑顔に自然と笑みが漏れる。

 窓に反射して映る並んで座るわたしたちは、自分で言うのもおこがましいけれども、とっても幸せそうに見えた。

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