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Papagena  作者: 来生尚
SIDE STORY
27/99

彼女の横顔:5

 諦めたらいいのか、それとも諦めなくていいのか。

 彼女は「好きになってもいいですか」と聞いた。

 それは即ち、今現在俺のことは好きではないというか、特別な感情を抱いていないという宣告だよな。

 冷静に考えて、どん底に突き落とされた。

 あれは、そーいう意味だよなー。

 曰くありげな一担と四担と五担の打ち合わせに彼女を奪われてしまって、気もそぞろで仕事に身も入らないので、諦めて煙草を一本咥える。

 喫煙所には他に誰もいない。

 あーあ。俺、何でここで今煙草吸ってんだろ。

 はー。

 溜息ばかりが出てきて止まらない。

 好きになっていいですか、かあ。きっついなあ。でも嫌がって無かったし。

 後はぶつかって野に砕け散るのがいいのだろうか。

 石川さん、結構ギリギリと激しい目で俺を睨みつけてた。多分あれは嫉妬だろう。自分にも覚えがある。

 あの雰囲気で流されてくれたけれど、石川さんが本気で彼女にぶつかっていったら勝ち目、ないよなー。

「味見、するんじゃなかったな」

 ぼやきを聞く相手はいない。


「何だったんですか。話って」

「契約の事で」

 席に戻ってきて帰りの準備をしている加山さんに声を掛けると、言いにくそうな表情をする。

 どんな話し合いが行われたのか、聞いてもいいんだろうか。

 後で聞いてもいいですか? と問いかけようと思ったら、石川さんに掻っ攫われた。

 くっそー。全力で仕事を終わらせて早々に邪魔しに行ってやる。

「石川さん、本当にデートなのかな?」

 不思議そうに首を傾げているきうちゃんに「さあ」と返すのが精一杯だ。

「加山さん困ってたから、デートじゃないのかな?」

 困ってた? きうちゃん、ナイス観察力!

 のんびりと独り言のように言うのを聞きつつ、あちこちにメッセンジャーで飲み会のお知らせを送る。

 急遽決まった飲み会だけに、参加者は十人程度だ。

 ラボの報告書を叩いていると、携帯が着信を告げる。

 珍しい相手からの着信に、席を立って応答する。

「きうちゃん、僕ちょっと電話するので外、出ますね」

「はいはーい。いってらっしゃーい」

 取引先からのファックスを待っているきうちゃんが盛大に手を振って送り出してくれる。

「今どこ?」

『いつもの居酒屋なんですけれど、人数確認したくて電話しました。10人以下なら個室も空いているということですけれど、どうしましょうか』

「んーとね、10人で足りると思う。急だったから派遣さんは鹿島さんしか来ないって言うし」

 廊下ですれ違う人に頭を下げながら喫煙所を目指す。

 電話で聞く声も心地いい。

 さっきの余韻を全く感じさせないのが悔しいな。少しは意識してくれたっていいだろうに。やっぱり俺、対象外なのか。

『そうですよね。じゃあ個室で予約しておきます。今野さんは……』

「行くよ。早く来て欲しい?」

 癪だからほんの少し意地悪をしてみた。

 電話越しの声が明らかに揺れる。

 早く来て欲しいって言ってよ。早く俺に会いたいって言ってよ。傍にいて欲しいって言ってよ。

「りょーちゃーん」

 背後から聞こえてきた声に、内心がくっと力が抜ける。

 邪魔をするなあっ。

 カラオケボックスでの石川さんからの電話といい、廊下まで追いかけてきて声を掛ける佐久間さんといい、何でみんな俺の邪魔をするんだ。

「じゃあ。また後で」

 早々に佐久間さんの用件を終わらせて、石川さんの邪魔してやるっ。

 はい。腹いせです。



「お疲れ様です」

 居酒屋に着いてすれ違った彼女に声を掛けると、ほっとしたかのような笑みが返ってくる。

 ポンっと肩を叩いてすれ違い、個室の中に入っていく。

 部屋の中では石川さんが不機嫌そうに煙草を燻らせている。

「石川ー。まだ飲んでなかったのか?」

「ああ。全員揃ってからのがいいだろ?」

 それだけが理由ではないんじゃないか? そう思ったけれど口にはしなかった。

 いつものように下座に陣取ると、部屋に戻ってきた彼女がいつものように俺の左側に腰を下ろす。

 それは飲み会での指定席なんだけれど、今日の今日でいいの?

 あー。でも聞けない。

 もし聞いて彼女が他の席に行ってしまったらと思うと、言える訳が無いっ。

「何飲みます?」

 メニューを手渡しながら彼女に聞くと、うーんと彼女が首を捻る。

「甘いのがいいです」

 毎週金曜日に繰り広げられるのと同じ答が返ってきて、思わず頬が緩んでしまう。

 でもはっとしたかのような顔で「とりあえずビールで」と付け加えるのが可笑しい。

 別にいいのに。最初から好きなもの飲んだって。

 ビールと鹿島さんの好きなジントニック、それから彼女の為にカルーアミルクを注文する。

 目の前に置かれたカルーアミルクに彼女の表情が和らいで「ありがとうございます」と言われると、くすぐったいような嬉しいような気持ちが広がっていく。

 だけれどはたと気が付いた。

 もしかして「俺は彼女の事を何でも知っている」的な優越感があるんじゃないかと。

 あー。俺ってこんなヤツだったっけ?


 飲み会の話題は信田さんと鹿島さんの結婚の話に。

 うっとりと「結婚いいなー」と言う彼女の横顔に「結婚したかったのか」という驚きを覚える。

 てっきり仕事に生きていきたいタイプだと思っていたから。

「大体あのヒロトのお眼鏡に適う男を探すのなんて並大抵の男じゃ無理だぞ」

 ヒロト?

 聞いた事の無い名前に首を捻ると、彼女が慌てて弟だと説明する。どうやら石川さんと彼女の弟のヒロト氏が知り合いのようだ。

 彼女の事をなれなれしく「ゆう」と呼ぶ裏にはそういう事があったのか。

 でもなんかなー。

 俺が言うのもなんなんだけれど、石川さんの「加山優実には近付くな」オーラって弟に頼まれているからとかっていうのとは違う次元な気がするんだよな。

「てっきり、僕は二人がお付き合いしているのかと思っていましたよ」

 それは無いと知っていたけれど。

 石川さんも加山さんもお互いにお互いを良く思っているけれど、それ以上では無いっていうのは知っている。

 もしもお付き合いしているような関係ならば、昼間、真面目な彼女が「好きになってもいいんですか」なんて言わなかっただろう。

「そんな噂があったのか。知らなかったな」

 はい。今捏造しました。

 石川さんは俺のカマかけをかわして笑いを取っている。

 だけれどそれは彼女を貶めるようなものだ。

 彼女の表情が曇って俯いてしまうのに、石川さんは気付いているのだろうか。

 テーブルの下の膝の上でぎゅっと彼女が指に力を篭めた。

 我慢、してる。

 横顔が悲しそうだったから、思わず頼りなげな指先に手を重ねて握りしめる。

 手の甲を上から握っていたので、掌を返して、指と指を交差させるようにして手を握りなおす。

 拒絶されないことをいい事に、その後もそのままにしておいた。

 けれど同期の荒木が今度は俺たちが付き合っているのかとカマを掛けてきて、それに答える事は出来ないので誤魔化していると、彼女は手を離して上座へと移ってしまった。

 何て答えたらよかったのだろう。

 付き合っているわけじゃない。俺は彼女が好きだけれど。

「今野くんさー」

 荒木がテーブルに頬杖ついたまま笑っている。

「ほんっとに加山さんばっかり見てるよね」

「僕が?」

「そう。気が付いてないの?」

 いや、気が付いているけれど。というかめっちゃ意識してますけれど。

「バレてた?」

 気恥ずかしさを誤魔化すように言うと、荒木は呆れた顔ではーっと盛大に溜息を吐き出す。

「ばーか。それこそ課の中では有名な噂よ。どうすんの? あれ、勝ち目あるの?」

 くいっと指差した先にいるのは加山さんと、加山さんに煙草を貰う石川さんの姿。

「どうだろう。無いかもしれない」

「諦め早いのね。さすが草食系男子。ガツガツ猛アピールしたりしないんだ」

「何それ?」

「知らないのー?『私の大好きな可愛いりょーちゃんは今流行りの草食系男子で子犬系なの』って佐久間さんが言ってるじゃん」

 草食系で子犬系? 俺が?

「まあ確かにあんまり執着するタイプでもないし、盛ってもないし、淡白だって言われるけど、そういうのが草食系って言うの?」

「そうじゃないかな、多分。まあ今野くんの場合は大概がその顔で騙されてるんだと思うけれどね」

 ふーんと思いながら加山さんと石川さんの様子を見ていると、石川さんがすげなく鹿島さんに追い払われる。

 代わりに今度は大声で俺が呼ばれる。

 どうやら加山さんの飲み物が無いらしい。

 注文して持っていくと「とりあえず飲もうと思います」と少し思い詰めた声で彼女がグラスを見つめて言った。

 一体何があったんだ?

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