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Papagena  作者: 来生尚
SIDE STORY
24/99

彼女の横顔:2

「お前、加山と飲みに行ったんだって?」

 残業の合間に喫煙所で煙を吐いていたら、ふいに石川さんに問われる。

 ついにお耳に入りましたか。いつかは聞かれると思ってたから不思議は無い。

 小さなコミュニティの中では大概のことは秘密にしておくことが難しい。

「はい、先日。パソコンを教えて貰っているのでお礼にと思って」

「ふーん」

 石川さんと信田さんの声が重なる。

 二人同じタイミングで漏れた声の質が違う。

 石川さんは不愉快そうで、信田さんは楽しそうだ。

「今野、お前もしかして加山ちゃん狙ってんの?」

 面白がるついでにとばかりに、信田さんは腕組みしながら問いかけてくる。

 石川さんは興味ありませんって顔で煙を燻らせているけれど、興味津々なのはチラっと向けられた視線でわかった。

 正直じゃないですね、石川さん。

「狙っているとかではないですよ」

「えー。そうなのか? 俺の読みが外れるなんて珍しい」

 ぼやく信田さんに向かって笑いかける。

 信田さんは確かに人の心の機微に敏感で、人の好意や悪意には誰よりも早く気が付く。

 決して外れではないけれど、敢えてここで全てをつまびらかにする必要は無い。

「僕よりも石川さんのが加山さん狙いなんじゃないですか。僕は同じ担当として業務上のお付き合いをしているだけですよ」

 悲しいかな、それは現実で事実。

 彼女の心の中に俺の居場所は無い。むしろそこにありたいと思う場所には石川さんがいる。

「別に」

 ぎゅっと煙草を揉み消して石川さんが喫煙所を出て行く。

 その後姿に信田さんが溜息を吐き出す。

「あいつの本音はさっぱりわからんね」

 まだ残る煙草をゆっくりと咥え、煙と一緒に溜息を吐き出す。

「俺から見ると桐野ちゃんが可哀想でならない。桐野ちゃんと何とか上手くいってくれたらと思ってたけど、お前が見てもやっぱり加山ちゃん狙いに見えるか?」

「そうですね。僕はてっきり加山さん狙いなのかと思ってたんですが、桐野さんと何かあったんですか?」

「……知らないならいい」

 四担の派遣さんの桐野さんは一年中ダイエットを口にしている少々ぽっちゃりとした人だけれど、ニコニコとよく笑って包容力のある派遣さんで、実は社員内では人気がある。

 失敗したりしても笑って「大丈夫ですよ」と言ってフォローしてくれる姿は、一緒に仕事してたら癒されるだろうなと同期内では有名だ。

 仕事が丁寧で優しくて、新人にも怒ったり注意したりする事も無い。

 本当にいい人なのだ。桐野さんは。

「でもお前は加山ちゃん狙いなんだろう?」

「まあ、そういう事になるんでしょうね。だって加山さん可愛いじゃないですか」

「……可愛いか?」

「可愛いですよ」

 疑問に即答したけれど、同意は貰えないようだ。

 仕事に関しては正確迅速。無表情か眉間に皺を寄せてパソコンを叩き、電話は2コール以内で手に取って、綺麗な敬語を操り、ビジネスマナーも完璧。

 まさに仕事の鬼。

 二担の鬼と呼ばれる派遣さんの出水さんとはまた違う意味で鬼のような仕事ぶりだ。

 ちなみに二担の鬼はミスを許さず、正確無比に欠点を抉るのが得意なのだ。二担の社員たちは出水さんに書類を渡す時には必要以上に緊張するらしい。

 二担の鬼とあわせて「阿吽の像」にも例えられる加山さんだ。可愛いという部分に疑問を持たれるのはわからないわけではない。

 でもお局の攻撃に心を痛めて傷ついていたり、何かの瞬間にふわっと笑った時には可愛いとしか表現できない。

 普段は無表情を装っていたり、強いフリをしているけれど。

「まあ、いいんじゃないか? 頑張れよ」

「とりあえず内緒にしておいて下さいね。仕事しにくくなるといけないんで」

「ばーか。学生じゃねえんだから、そんな事を他人に言ったりしねえよ」

 その後の「だけどなあ」という呟きは、多分俺に向けられたものじゃない。

 信田さんが何を懸念しているのかはわからないけれど、きっと俺に言うつもりは無いだろうという事だけは肌で感じる。


 本社に異動になった石川さんのモトカノ響さんが支社にやってきた。

 同期である二人の様子は付き合っていた頃と何ら変わりない。

 横に座る彼女も二人の間柄に気が付いたようで、その週の金曜日は一緒に飲んでいても溜息が多かった。まあ、ダメ押ししたのは俺なんだけれど。その辺り、きうちゃんはいい仕事したなー。あのタイミングであの内容をメッセンジャーで送ってくるなんて。

 だけれど実際には石川さんと響さんは別れているわけだから、溜息を吐く横顔に気付かれないように、俺もこっそりと溜息を吐いた。

 いっそよりを戻してくれると助かるんだけれど。

 彼女と駅で別れ、課の飲み会に参加する。

 来いと諸先輩方から言われてしまえば、まだまだ下っ端としては断るわけにもいかない。

 送っていきましょうかと聞いても大丈夫ですって彼女には断られるし。

 いつものように先輩社員から煙草の買出しを命じられて店の外に出ると、携帯片手に談笑している石川さんがいる。

「お疲れ様です」

 声を掛けると、石川さんが驚いた顔で振り返る。

「ああ、すみません電話中に」

「別に」

 何をそんなに驚くことがあるのだろう。謝りを入れて通り過ぎようとした俺の目の前に電話が差し出される。

 電話の相手は「加山優実」

『別に』

 ほんの一時間くらい前に横に座っていた彼女の声が、普段よりも不機嫌そうな響きを含んで聞こえる。

「何が別になんですかー?」

『え? え? 今野さん? あの、えっと、お疲れ様です』

 そんなに慌てなくても。

 思わず笑みが零れてしまった。けど同時に嫉妬心が湧き上がってくる。俺、加山さんと電話もメールなんてした事ないのに、石川さんとはするんだ。

「俺知らなかったな。加山さん、石川さんと電話するほど仲良かったんですか?」

『そんなこと全然無いです。今日初めてメールも電話も貰いましたっ』

 慌てて否定しなくても。

 でもその慌てっぷりに少しだけ安堵した。

 俺が思っている以上に二人の関係が進展しているのかと思ったけれど、まだそういうことにはなっていないようだ。

「あはははは。そーなんですね。じゃあ俺も後で初メール入れてみまーす」

 浮かんできた醜い心は封じ込めて、一瞬出てしまった棘も上手く誤魔化し、そのまま石川さんに電話を戻す。

「んじゃ石川さん、俺煙草買いに行くんで」

 煙草を買いに行く道すがら、何度か書いては戻して推敲したメールを彼女に送る。

 当たり障りの無いメールだと自分でも自覚している。

 もうちょっと捻ったり匂わせなりとかするべきなんだろうか。

 だけれど、これ以上は無理だな。

 そう思いながらスマホをポケットに突っ込むと、送ったばかりのメールに返信が届く。

 その素っ気無さが胸をくすぐる。さすがだ。絵文字も無い。当然デコってるわけがない。

 パソコンを操る器用さがあるのだから、こういう部分に拘ったりしても不思議ないのだけれど、何故かそういうところは妙に機械音痴っぽい。携帯の着信音が黒電話だし。

 そういうところ、本当にぶれないな。

 意外性が現れるのは飲んだときくらいかな。

 必要以上に浮かれていたけれど、メールはあくまでも淡々と返して居酒屋に戻る。

 何故か入り口で煙草を吸っている石川さんに声を掛ける。

「加山さんと仲いいんですね」

「……お前ほどじゃねえよ」

 どーだか。

 冷ややかな思いに駆られたけれど、にっこりと笑っておいた。

「僕はあくまでも業務上のお付き合いをしているだけですよ。石川さんみたいにプライベートで電話するような仲じゃないんで安心して下さい」

 返事を待たず店内に戻った。

 答を聞く必要は無いと思ったからだ。

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