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Papagena  作者: 来生尚
本編
18/99

18:本命

 飲み会は、なんと信田さんと鹿島さんが結婚するという大大大ニュースで大盛り上がり。

 わたしの契約問題から始まった話は、何故鹿島さんが辞めるのかっていう事に繋がり、それで照れくさそうに結婚を二人が口に出した。

「いーなー。結婚かあ」

「結婚したいんですか?」

「お前にはまだ早いだろ」

 何の気なしに洩らしたのに、驚いたような今野さんと、思いっきり貶してくれる石川さん。

 いつものように下座を陣取る今野さんの隣にわたしが座って、いつもなら隣に座っている信田さんが鹿島さんと二人お誕生席に移動したので隣には石川さん。

 両隣から聞こえてくる違う反応に、はーっと溜息を吐き出してモスコミュールを一口。

「わたしだって年頃の女の子ですよ。30前には結婚したいですよ」

「ははっ。お前はまず相手探しからだろ。大体あのヒロトのお眼鏡に適う男を探すのなんて並大抵の男じゃ無理だぞ」

 辛辣なご意見ありがとうございます。

 確かに前の男と別れてからずーっと彼氏いない歴を更新し続けてるけれど、今それ言う?

 ヒロトのことまで引き合いに出して。

「ヒロトって?」

 ほらー。今野さんが不思議そうな顔してるじゃないですかっ。

「弟です。実の。で、石川さんの大学の後輩なんですよ、弟が」

「へー。そうなんですか」

「そうそう。んで、ついでにこいつ、俺の中学の後輩」

 追加情報要りませんってば。大体この会社入るまでお互い存在を認識してなかったじゃないですか。

「そうだったんですか。だから仲がいいんですね?」

 念を押すように聞かないで下さい、今野さん。一応嘘じゃないですから。そんな疑いの目を私に向けられても。

「あー。ゆうの事よろしくってヒロトに言われてるからな」

「ふーん。そうだったんですか」

 何を納得しているんだか、していないんだかみたいな表情してるんですか。

「てっきり、僕は二人がお付き合いしているのかと思っていましたよ」

 にこやかスマイルで爆弾落とすのやめて。

 固まったのはわたしだけで、石川さんは「はははっ」と声を上げて笑っている。

「そんな噂があったのか。知らなかったな」

 陽気に笑い飛ばしてないで否定しましょう。否定。

 ほら。周りも聞き耳立てているじゃないですかー。明らかに話題の中心が信田鹿島カップルからこっちに移ってますよ。

「付き合ってもいいけどなあ。これじゃーなー」

「人を指差して笑うのやめてくださいっ。これってどういう意味ですかっ。これって」

「んー? ちんくしゃ?」

「ひっどーい!!」

 怒るわたしが面白いのか、ゲラゲラと石川さんが笑い出す。

 そんな腹抱えて笑うのやめてくださいよ。もうっ。一応傷ついてるんですよ、これでも。

 大体ちんくしゃって何ですか。人の容姿をあげつらうような人は最低ですっ。大体そんなに顔の中心にパーツ寄ってませんから。

「嘘、嘘。可愛い可愛い」

「あからさまな嘘はどん引きです」

 調子のいい事を言い出した石川さんに冷たく切り返したら、どうやらそれもツボだったようだ。

 お酒って本当に人を陽気にさせるよね。嫌になるくらいに。

「加山語録おもしれー!」

 何ですか。その加山語録って。もうっ。

 きゅっと下唇を噛んだ瞬間、テーブルの下にあった右手を今野さんの左手が握った。

 ドキっとして今野さんを見るけれど、何も無かったかのように涼しい顔をしてビールジョッキを口に運んでいる。

 本当に普段は感情を見せない人だよね、今野さん。

 でも今、わたしが嫌な気持ちになったの気が付いてくれたんですよね。そういうところを表に出すことはないけれど、その優しさが嬉しくなる。

 ただ緊張のあまり繋いだ手に汗を握ってるんじゃないかって思うと恥ずかしくなる。

 だけれど繋いだ手が緩むことはない。

「やっぱ一家に一台加山ちゃんだよなー」

 誰に同意を求めて言ったのかわからないけれど、社員さんたちが「うんうん」と首を縦に振る。

「ド●えもんじゃありませんっ」

 湧き上がる大爆笑は個室中に広がっていく。

「ホント飲むと面白いよな、ゆうは」

 涙目でひーひー笑い声を上げている人を睨みつけるけれど、全然堪えてもいないようだ。

 そのまま他の社員さんたちと冗談話を始め、結局今野さんの疑問はうやむやになってしまった。

「私は今野くんが加山さんと付き合っているのかと思っていたけれど、違うの? だからお局も加山さんいじめてたわけでしょ?」

 予期せぬところから爆弾が投下される。

 二担のナイスバディな荒木さん。今野さんの同期でもある。

 勤続年数が短い二人は、今日は参加していないもう一人の同期の寺内さんと一緒にいつも下座に座っている。

 冬なのに胸元を強調する服を着ている荒木さんの胸元に目線がいくのを修正して、未だ手を離そうとしない今野さんに助け舟を求める。

 それはお局の誤解ですとか何とか言ってくれないかな。

「佐久間さんが加山さんに辛くあたる理由がそんな事なら担当長としてどうなんでしょうね?」

 否定も肯定もしないんですかっ。あなたまでっ。

「折角仕事が出来る派遣さんなのに、もったいないですよね」

「そうよねー。ちゃんとそういうところで判断すべきよね。これで辞めてしまったら勿体ないと思うわ」

 そして二人の話は仕事と私情の切り分けだとか、仕事上の判断がどうだとか、うん、今野さんの思惑通り違うところにいったようです。

 今野さん、話題逸らす作戦成功ですね?

 ぎゅっと一度だけ今野さんの手を握り返し、その手を離す。

 あっさりと離れていく指が寂しいなんて思うの、おかしいかな。

 全然こっちの様子なんて気にしないで荒木さんと話している姿に胸がちくんと痛む。

 なんか、わたしの事なんて全く興味がないみたい。あの誘惑ってなんだったんだろう。本当はどう思ってるんだろう。

 ふわふわとして掴みどころのない想いが、今は自分に向かって突き刺さる刃のようだ。

 そんな痛みを誤魔化すために離した右手でから揚げを摘み、口の中に放り込んでお酒で流し込む。

 すると上座に座る鹿島さんがにこやかに手を振って招いてくれる。

「ちょっと移動しまーす」

 コップだけ持って、信田さんの隣に座る鹿島さんのところまで移動する。ちょうどそのあたりに座っていた社員さんたちがトイレなのか席を外していたので、周囲はぽっかり空いている。

 興味津々といった目で鹿島さんがこそっと耳打ちしてくる。

「で、どっちが本命?」

 キラキラとした目で見つめられて、思わず助け舟を信田さんに求める。

 信田さんは口をへの字に曲げたまま、笑うのを堪えている顔で成り行きを見守っている。

「どっちって」

 返答に困っていると「つっこむねー、沙紀ちゃん」と信田さんの囃し立てるような声が上がる。それに周りの興味もひきつけられたようだ。

「ちょっと。ガールズトークに男は不要。入ってこないで。もうっ」

 怒ったふりをする鹿島さんに苦笑し、何かを察したかのように信田さんも席を立って場所を変える。

 意外に広かった個室の中は、それぞれの集団が出来て、それぞれに会話を楽しんでいる。

 それに倣い、鹿島さんは二人きりのガールズトークをするから他のヤツラは不要! と切り捨てたようだ。

 こそっと声を潜め、鹿島さんが耳元に口を寄せる。

「石川さんと今野さん」

 ぎょっとして鹿島さんを見ると、いひひっと柄にもない笑い声を上げる。

「二人とも猛烈アタック掛けてるのに、加山さんってば全然気付いてなかったでしょ」

「猛烈アタックって。それ昭和の匂いがします」

「あははははっ。突っ込みどころそこじゃないでしょ。だから一家に一台とか言われるんだよ」

 普通のつもりなんだけれどな、自分では。

 なんとなく気恥ずかしくて手許のモスコミュールを飲み干す。

 あー、無駄に喉が渇くわ。今日の飲み会。

「今野さーん。加山さんのグラスが空ー」

「はーい。加山さん何にします?」

 目ざとい鹿島さんが荒木さんと話している今野さんに声を張り上げると、いつもの調子で今野さんから返答が戻ってくる。

「カシスオレンジでお願いします」

「私もー」

 鹿島さんが一緒にオーダーすると、他からも追加オーダーの声があがり、今野さんはいつものように電話で注文している。手伝わなくて大丈夫かな。荒木さんもいるから平気かな。

 注文が終わると、親指と人差し指で丸を作って鹿島さんに合図をし、鹿島さんがヒラヒラっと手を振り返す。

 その姿をぼーっと見つめていると、くすくすっと鹿島さんに笑われる。

「本当に気が付いてないんだね」

「え?」

「今、今野さんが見てたのって加山さんだよ」

 言われた瞬間、かーっと頬に血が上る。良かったお酒飲んでて。でも絶対過度に赤くなっている気がする。

 耳まで赤いのは気のせいじゃない。心拍数だって上がってる。

「もうっ。可愛すぎるっ。食べちゃいたいっ」

 鹿島さんに抱きつかれ、おおっ女の子の胸が当たるーなどとオッサン臭いことを考えてしまい、手のやり場に困る。

「そこでレズるな。ったく」

 目の前に枝豆のお皿が置かれ、どかっと石川さんが腰を下ろす。

 抱きついていた鹿島さんが冷ややかな視線を石川さんに向ける。

「ガールズトークの邪魔しないでっ」

「うるせー。タバコ貰いに来ただけだ。ゆう、一本ちょうだい」

「はい。どうぞ」

 箱ごと渡すと、その中から一本出して咥えて信田さんが座っているあたりに場所を移す。

 そんな様子もどうやら鹿島さんには面白かったらしい。再び笑いの導火線に火がついたようだ。

「石川さんも、なんだかんだと構いたがるし。ね?」

「……そうなんですか?」

「そうだと思うよ。だからさっき今野さんも聞いていたでしょ、付き合っているのかって。石川さんが何も言わなかったから何もないんだなと思ったけれどさ」

 今野さんはともかく(今日そういう話をしたばかりだから)石川さんはてっきり響さんの事が好きなのかと思っていたのに。

 あの出かけた日だって「ばーか」って言い残して帰っちゃったし。意味がわからないよ。

 正直なところ、昨日までのわたしは二人と特別な「何か」を築いてきたわけじゃない。石川さんとも今野さんともビジネスライクに付き合っていたつもりなのに。

 どこにそんな恋の花の種が埋まっていたのだろう。二人はどうしてわたしを選んだのだろう。

 いや、今野さんはともかく、石川さんに関してはそうと決まったわけじゃない。

 そもそもわたしは……。

 今野さんに「はい」といつもの笑顔でロンググラスを手渡される。オレンジ色のカクテルだ。

 ふと今野さんを見上げて考える。今週の金曜日はあの甘いカクテル飲めるのかな。連れて行ってくれるかな。でももし……。

「わからなくなってきました。とりあえず飲もうと思います」

「じゃーとことん付き合うよー」

 ぎょっとした顔の今野さんとは対照的に、鹿島さんは陽気な宣誓をする。

 そして夜は更けていく。考えることを拒絶したまま。

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