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不屈の七鐘  作者: losedog
第一幕:アルヘオ王国編
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間章:そして歯車は動き始める

 そこにはもう形を成している建物は存在しなかった。数多くの人間の戦闘の余波を受けて崩れたのもあるが、その主な要因である片方の少女は、かつては十字路であっただろう場所に瓦礫の中央で佇んでいた。そんな彼女に走り寄る小柄な影が一つ。かなり小柄である。その身長は一五〇にも届いていないだろう。


「仄華上将! こちらにいましたか。それで捕えた王女はどちらに?」

「……逃がした」

「……は? ちょ、ちょっと嘘でしょう? 上将が捕まえられないほどってどれほどの実力だったんです!?」

「とりあえず、追手を出す。編成はそうだな……普通の兵士では荷が重いだろう。わたしの直属から編成しよう。編成は任せても大丈夫だな? アミナ」

「ちょ、直属ですか! 編成は問題ありませんけど、直属を使う必要があるのですか?」

「わたしの〝灼天剣〟と真正面からぶつかりあって五体満足でこの場を離脱している。普通の兵士たちでは太刀打ちできないだろう。直属でも万が一のことがあるかもしれないと感じる実力だ。私としてはアミナ、あなたが出てくれれば安心できる。どうだ? 下将」

「い、いま任せるって言いましたよぅ……」


 そう言ってアミナと呼ばれた少女は縮こまる。そんなアミナの様子を見て仄華が微笑んだ。


「いや、そうだったな。すまない。あなたの思うようにしてくれればいいさ」

「あっ。待ってくださいよ! 仄華上将!」


 少女二人がその場を離れていく。



     ●



 しかし最後のあの動きはなんだったんだ?

 仄華は後ろにアミナを連れながら、先ほどのアンナと最後に交錯した時を振り返る。

 魔法自体は私の灼天剣が間違いなく相手の魔法を打ち破っていた。問題はその後だ。アンナは魔法を打った後、残心をする間も勿体ないとばかりにこちらに飛び込んできていた。

 自殺行為に等しい。わたしの魔法に正面から飛び込むのは勇敢ではなく、無謀だ。

 自分のその思いに間違いはない。誤算があったとすればアンナの身体能力か。

 いや……あれは身体能力で済ませられる動きではなかった。単純に人の動きであそこまで至近距離にまで迫った魔法を躱せる筈がないのだ。それはわたしにだって無理だ。

 となると、やはり魔法だということになる。しかしアンナはそれまで魔導核で魔法を使っていた。それは独力で魔法を使えないということを意味している。

 魔法を使うには、疑似感覚の解放が必要だ。魔導核はいわば模造疑似感覚器官であると報告を受けている。

 アンナが魔導核で使用していたのは風の魔法則だ。最後の攻撃を避けた動きは風で己の身を加速する程度では成しえない。速さだけならば、条件を満たすかもしれない。しかし攻撃を捉える目は? それだけの高速で繊細な動きを制御できる身体のバランス感覚は? 何よりぶつかった魔法の衝撃を見極め、致命傷を避ける反射神経は? それらはとても「風」で補える能力ではない。

 そしてもう一つの身体強化の魔法だが、あれは正確には身体操作の魔法則だ。己の身体を効率的に動かせるというもの。筋力を増加させるようなものでは決してない。最少負担で最大限の力を引き出せるという魔法。たしかに超人的な動きを可能にさせるが、あの魔法則は魔法を使えるものは全員使えるのだ。自分の魔法則を観測した時に例外なく、副次的に使えるようになるもの。だからこそ、その魔法則の限界も誰もが知っている。動きは人の枠を超えても、その身体は人のままだ。

 あの時のアンナは一歩踏み込み、体を前傾に次の一歩を踏んだ瞬間、灼天剣を足場に、その上を走ったのだ。人の身体で流動体の上に足を沈ませずに立つ、もしくは歩くなどいうことは不可能だ。水の上。炎の上。雲の上。人の身体はただ突き抜ける。しかもあれは超高熱の光だ。あの高熱すらも踏み込んだということになる。

 つまり、「身体の動かし方」の魔法ではなく、「身体の動き」の魔法則が発動したことになる。しかしその魔法は、


「……アサギのものではないか」

「何か言いましたか? 上将」


 いや、と首を振って再び考える。アサギの誰かに教えを受けたことがあるのか? まさか「天下八絶」ではないだろう。

 そこまで考え、彼女はそれ以上を考えることをやめた。

 今ここでどれだけ考えてもわからないことはわからない。明らかなのはアンナがわたしを退け、この場を離脱した。それがわかっているならば、それに対処するのみだ。



     ●



 どれくらい走っただろう? 振り返ってもわたしの祖国はもう見えないのだろうか?


「あっ……」


 何もない道で足をもつれさせ転んでしまう。苦しい。今わたしは呼吸が出来ているのだろうかと疑問を感じるほどに。しかし自分の耳に聞こえてくる音は、荒い呼吸音だけだ。


「……わたし、生きてる」


 いまだに実感できない事実を噛みしめる。仄華との最後の立会、互いに放った魔法がぶつかり合って、こちらの魔法が打ち破られたときは本当にダメだと思った。

 だけど、それでも身体は動いた。そこで立ち止まることを良しとせずただ前へ。何も考えていなかった。目の前にある苦境を乗り越えることに、生きるという目的のために必死に。

 恐怖はなかった。ただ立ち向かうための勇気はいつだって自分の胸にあったから。その一歩を踏み込んだ。他人が無謀と呼ぶであろうその一歩を。

 そして今ここに居る。


「あのとき、いったい何が……?」


 自分自身どうしてあの一撃を潜り抜けられたのかわからない。考えられるとすれば、自分が何か魔法を使ったことだと思うが、それこそ信じられない。

 なぜなら自分はまだ魔法則を観測できていないからだ。魔法則を観測するための疑似感覚を解放し、魔法則を観測して初めて魔法は使える。疑似感覚すらまだまともに開放できていない自分が魔法を使うということはありえないのだから。

 魔導核にプログラムされている魔法でも仄華のあの一撃を躱せるものではなかった。だからこそ、いま、ここで、自分が生きているということが実感できないのだから。

 だけどわからないままに身体は動く。安全を確保するために、ふらつく足で何とか立ち上がり、走る――周りから見ると頼りない足取りで歩いているようにしか見えないが。

 思考がまとまらない。わたしは何のために走っているのだろう? どうして身を脅かそうとする者から距離をとるのだろう? なぜあの時、死力をもって仄華と戦ったのだろう? そこまで考えて、心に湧き上がる思いがあった。


「生きたい……!」


 そうだ。家族も国も亡くしたけれど、最後のあの時、皆がわたしに言ったのだ。


――これからは王女という立場ではなく一人の女の子として生きろ。


――わたしたちの代わりに生きてほしい。


――逃げおおせたほかの者たちとともに、アルヘオという国があったことを語り継いでほしい。


 それは自分にとって周りの勝手な願いでしかなかった。自分だって王族として生まれてきたのだから、一緒に戦って皆とともに、国とともにこの世を去る覚悟だってあったのだ。

 そう反論した自分に返ってきた言葉は。


――この世を去るだなんて悲しいことを言わないでください。


――まだ二〇年も生きていない身で、そんな責任は負わせられない。


――せめて最後は王族としてではなく、ただの家族として親の役目を果たさせてほしい。


――それでも納得しないのなら、王族の責任などというものではなく、己の意志で行動できるようになるために、世界を見てこい。お前の未来に、どれほどの未知が待ち受けているのか、その身で確かめるために、生きろ。


 笑顔で言うのだ。その眼から透明な涙をまっすぐに流しながら。

 わかるのだ。皆の願いが自分に生きてほしいということだと。

 揺らぐのだ。戦場で見せる、今までの王族や兵士といった立場の顔ではなく、ただ一人の人間としての顔を見せられたら。

 思うのだ。こんなにも思われて、命を懸けて懇願されると。こんなところで死んではダメだと!


「――っ」


 頬に温かいものが伝うのがわかる。

 進む。ふらつきながらも、目が霞みながらも。

 一度転んでからどれほど歩いたのだろう? 気が付けば周りは気に囲まれている。いつのまにか日は沈み、空には鋭い曲刀を思わせる月が出ていた。

 どうやら目的地であるブリスコアへの道は間違っていなかったようだ。あの国は帝国とは最も仲が悪い。あの国に入れさえすればひとまず帝国の追手は手を出せないだろう。

 もちろんそんなことで安心はできないだろうが、身を休めることはできる。それにこれからのことも考えなければいけない。あの国に住むことはしないが、大きな集団の中に紛れ込み、一時的にでも身を守ってもらおう。身分を明かす必要はない。国土に入ればいいのだから。

 ようやく思考がまとまってきて、ひとまずの目的を定める。

 流石に疲れた。ちょっと休憩をしようと思い、街道からさらに遠ざかり、近くの木に寄りかかって座り込む。

 瞬間、意識が遠のく。


「ダメ……、少し、休むだ、けなん、だから……。寝、たら、追い、つ、かれ、る」


 そんな思いもむなしく、意識を遠のくことを止められなかった。



     ●



 木に寄りかかり、目を閉じて身じろぎひとつしない少女を夜天に煌めく三日月が見下ろしている。

 その少女――アンナ・アルヘオ・モリートヴァはかつてアルヘオ王国であった土地とブリスコアを結ぶ街道の途中にある林の中で、あまりの疲労のために意識を手放した。

 そこはブリスコアの首都、コラジエムからは馬車で三日ほど、元アルヘオ王国からは徒歩で遅くとも一日という距離だった。

 しかし帝国側では、侵略後の事後処理のためなかなか追手に人手を割けず、追手を出せるようになるまでには最低でも三日はかかるだろうという予測が出でいた。

 そして世界中にアルヘオ王国の滅亡の報が知れ渡るのは、カネミツたちが出会ってから二日後のことである。

 アルヘオ王国の滅亡から、この世界「ソムニオン」は大きな動きを歴史に残していくことになる。

 いまはまだ、誰も知らない。ここから世界中の人の運命が交わり始めるだろうことを。

 その交わりが徐々に世界に広がっていくであろうことを。

 後世の歴史家はこう言った。


「運命の歯車はこのとき初めて噛み合い、動き始めた」

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