1章:類は友を呼ぶ 06
この話で1章は終わります。
長かった…。とりあえず徐々に物語が加速していく様を書けたらと思っています。
前書きはこの辺で、お待たせしました!……あ、待ってる人はいねぇか。
「さて、残りは俺を含めてあと三人になったが……、俺とアスワドについては一緒に説明したほうが早いだろう」
「言われてみると、そうだね! 説明することは得意じゃないからグレイに任せるよ!」
「どういうこと? あなた達、もともと知り合いだったとでもいうの?」
グレイとアスワドの会話を聞いていた皆の気持ちを代弁するようにヴィオレッタが尋ねる。その質問に対して、皆の予想を裏切るように首を横に振りながらグレイは説明し始めた。
「いや、知り合いというわけではないな。ただ似たような境遇だというだけだ。アスワド、皆に見せる。悪いがお前も見せてやってくれるか?」
「うーん。任せた手前、仕方ないね!」
グレイとアスワドが上半身の服を脱ぎその素肌を露わにする。
グレイは服の上からでは分からなかったが、かなり鍛えられているだろうと想像できる引き締まった体だ。たとえるなら鋼のような肉体、では済まされず更にその鋼を用い造った鎧そのもののような肉体だった。
アスワドは見た目通り細い体つきだ。しかし弱々しいという印象は全くなかった。柔軟さを惜しみなくさらけ出す筋肉は、幾百年も経た樹木のような力強さを内包している。
だがカネミツ達の目を引いたのは、彼らの自慢してもいいだろう体つきではなかった。もっとも周囲の人間たちの目を集めたのは彼らの体の隅々まで行き渡る刺青だった。
「それは……まさか、刻印魔法!? 人の体に直接施すなんて話聞いたことがありません! なんていう無茶を……」
刻印魔法はその記号や文様――魔法文字と呼ばれている――に秘められた術式を、いろいろなものに付加したり、魔法文字の組み合わせで術を発動する魔法だ。しかしその物を変化させたり、新たに能力を付け足したりと、対象の本来の姿を変容させるという性質から生き物には使用できないというのが、刻印魔法に対する共通認識であったのだ。
その共通認識がいま、目の前で覆されている。
「俺たちはこの国の技術院で〝造られた〟人造の兵士だった。この国の武国化政策はコキアの件で分かっていると思うが、刻印魔法の人体実験も行われていたわけだ。まぁ適応者は数少なく多くの犠牲者を出したことと、適応者たちを思うように扱えなかったという点で処分されるに至ったというわけだ」
「ボクたちはなんとか逃げおおせて今に至るわけ。グレイもそうだけれどこの国の人間は本来魔法を遣えない人間がほとんどだからね。魔導核もそういった人が魔法を使うための発明であるわけだし」
その言葉にひとつ頷きグレイは続ける。
「アスワドが先ほどあの場で力を使っていたから、同じ実験体だとわかったわけだ」
「アスワド、あなたも苦労しているんですね……見かけによらず」
「ベルデはいつも一言余計だと思うんだ!」
皆でまあまあとアスワドを宥める。そしてグレイにどうぞどうぞと身振りで続きを促すカネミツ達。
「……先ほど知り合ったばかりだが、お前たちといると退屈しないな。アスワドはどうか知らないが、俺は自分の存在意義を求めている。造られた存在である俺が生きる意味が本当にあるのか知りたい。この世界に必要な存在だったと、己の価値を見定める。俺の目的はそういったところだな。そろそろこの国にいることは難しくなっていたところに騒ぎがあったんで、もとからお尋ね者だった俺には特に問題はなかった、ということだ」
「ボクも似たようなところかな。ボクの目的は、誰かに必要とされたい。こんなボクでも必要としてくれる人を探す、そしてその人のために生きることがボクの夢さ!」
「わたし、アスワドに感謝してるよ?」
「ありがとう、コキア! キミに必要とされるのも嬉しいんだけれど運命の人というのがボクにもいると思うのさ!」
コキアにサムズアップを返しながら応えるアスワドだったが、例によってここでまたベルデがボソッと一言。
「アスワドにしてはまともな目的でしたね。もっと捻りなさい」
「……ボクに何の恨みがあるんだい、ベルデ?」
ついでにベルデはアスワドに手厳しいということを確信した話だった。
●
「さて、最後はカネミツね」
「キリキリ話しやがれよ。あたしだけ笑われるのは納得いかないからな……。変な話だったら笑ってやる……」
ファンは皆に笑われたことに大層ご立腹のようだった。そんな彼女を半目で一瞥しつつカネミツも話し始める。
「ファンよりもくだらない話だけどな、俺の話は。とりあえず、皆のように夢や目的があって旅をしたり、これから旅に出ようとしていたわけではないんだ。旅そのものが目的って言えばいいのかな。まぁ皆の話を聞いてわかったことは……俺がやっぱりお人よしだってことかな……」
カネミツはそう言って苦笑する。そう、皆の話を聞いて彼は確信した。目的のある旅の途中で人助けをするのではなく、旅をすることが目的になるほど困った人を放っておけないくらい、自分はお人よしだったと。これまでの話から皆の人間性を推測するに、皆は旅の途中で困っていたり苦しんだりしている人を見れば、自分たちの目的を後回しにしてでも助けるし、助けたせいで降りかかってくるであろう面倒事にも頓着せず行動するような人間だろう。そんな彼らも十分お人よしだ。
人は楽ができるのならば、できる限り楽をすることを追及するという一面を持っていると、カネミツは思っている。そして人に関わるということは、期せずして柵を得るということ。それが確実に大きな柵を持っているであろう困ったり苦しんだりしている人間に自ら関わろうというのだから、そんな人間をこそお人よしと呼ぶべきだろう。だが、
「俺は故郷や家族、友人などを戦争で亡くしてる。今の時代、戦火はどんどん広がっているからそれは仕方のないことなのかもしれない。でも、俺たちのような見ず知らずの人を衝動のままに助けるような人間もいるってことを知っている。だからこそ俺は今ここにこうして生きて話をしているんだ。俺を育ててくれた人もまた、戦火に呑まれていったけど、受けた恩は俺の中に根付いてる。そんなことを思った時にあることを思ったのが切っ掛けだった」
「カネミツ、あなたいま幾つなの?」
「また急だな。一七だけど?」
「そう……。あなたも過酷な人生を歩んでいるのね。ごめんなさい、話を続けて頂戴?」
ヴィオレッタの急な質問に答えながら、話を続ける。
「じゃあ続けるけど……戦火が広がるなら、人のほんの小さな善意や善行も広がるんじゃないかと思った。人から奪ったり、人よりも優位に立って優越感に浸ることなどが人のすべてなんかじゃない。さっきも言ったけれど赤の他人を衝動的に助けるような人も確かに、いるんだ」
そう言ってカネミツは軽く握りしめた自分の左手を見つめる。その手の中に自分が受けた善意が握られているかのように、柔らかく大切そうに包み込む拳だった。
「転んだ人を助け起こすようなことでいいんだ。そういったことをすれば助け起こされた人は、他人に優しくすることが普通だと感じるかもしれない。そうやって小さな、本当に小さな行動がいつか巡り巡って世界中を覆ったら……今行われている戦争もやめようという動きが出てくるかもしれない。俺はただ艱難辛苦に遭う人にほんの少し手助けできればいいと思って、いろんなところを渡り歩いてる。綺麗事? 理想論? 夢物語? 言いたい奴は言えばいいさ」
カネミツがふと顔をあげる。その皆を見渡す顔は、自信にあふれたとも、不敵であるとも、子どものように無邪気だとも言える笑顔だった。
「いつからこの世界は、夢も理想も語れないほど残酷になったんだ? そんなことにはなってない。楽することが賢いと言うなら、俺は馬鹿でいい。苦労してでも伝えたい。赤の他人に手を差し伸べる人がいるということを。そんな優しさが確かに世界にはあるんだと、知ってほしい」
そう話を終えたカネミツが見たのは、顔を見合わせている皆だった。そんな中でコキアはニコニコとカネミツを見ている。どんな反応が返ってくるだろうかと身構えながら目を合わせているとベルデ、ブル、ヴィオレッタ、ファン、グレイ、アスワドの順に、
「まったく、カネミツはお人よしですね」
「お前さんはお人よしだの」
「カネミツ……あなた、お人よしねぇ……」
「キシシシシ。お人よし!」
「正真正銘、お人よしだな」
「ボクもカネミツはお人よしだと思うよ!」
と笑顔で言われた。カネミツは苦笑で一言、
「お前らお人よしに言われたくない」
とだけ返した。