1章:類は友を呼ぶ 05
今回はヴィオレッタとファンの自分語り(?)。
「じゃあ次は、わたしが話してもいいかしら?」
そう断りを入れ、ヴィオレッタが語り始める。
普段のどこか余裕を感じさせる雰囲気は、背筋を伸ばし、手を膝に置いたうえに、どこか早朝の凪いでいる湖を思わせる顔つきのせいで微塵も感じられない。
それは聞き手に、これから話す内容がとても真面目なものであり、話し手が――この場合はヴィオレッタが、カネミツたちと真剣に向き合う態度を示していた。
「まず言っておきましょう。わたしはエタン帝国の元軍人だったわ」
この告白には、皆例外なく驚いた。全員が同じタイミングで体をのけ反らせることでその心情を表したので、そのわかりやすく、どこか子どもらしい反応にヴィオレッタは目を丸くすると、次いで苦笑した。
「ふふ。正直嫌悪感くらいは抱かれるかと思ってたけど、喜劇のようなその反応だと大丈夫そうね」
エタン帝国が侵略をやめないからこその、世界中の緊張状態がある。
戦争の被害者や、その悲惨さを目の当たりにした人のなかには帝国人というだけで嫌悪感をむき出しにする者もいる。それが帝国軍人ともなれば殺意に変わるだろうと口にする人もいるくらいなのだから、ヴィオレッタの心配も理解できる。
お人よしどもは、単純に驚きだけだったようだが。
「軍人だものね。いろんな国を攻めたわ。わたし自身が手を下したこともあるし、命令ひとつで地図が変わったこともあったわ。最初はなにも疑問に思うことはなった。それが必要なことだと思ってたし、戦場では物思いに耽るような行為は命とりだったからね」
ふと、ヴィオレッタが遠い目をする。
「ただ、ある土地での作戦が終了し、時間に余裕ができたからその地を歩くことがあったの。そのときに自分たちが侵略し、壊して、蹂躙した街中に今までわたしが見たこともないような建築方式や民族衣装などがあったわ。いま考えれば当然よね。その土地にはその土地の歴史や文化が根付いているし、積み重ねられているわ。侵略するっていうことは一つの歴史や文化をこの世界から文字通り、消しているのだと思ったらはじめて怖くなったの。人を殺す覚悟は、軍に入った時からあったわ。だけど、過去の人たちが歩んできた証拠までを消しているという自覚はなかった」
そのときコキアが唐突にヴィオレッタの手を握った。よく見るとヴィオレッタの手が震えている。それが今まで感じてきたヴィオレッタのイメージとは違いとてもはかなく見えた。それはまるで、触れればあっけなく砕けてしまう氷のように危うく見えたのだろう。
彼女はそんなコキアに、ありがとうと呟いて続ける。
「それは人を殺すよりも惨いことだと思ったわ。いまは亡き人たちを、過去にすら存在していなかったことにしてしまう、そんな気がして恐ろしかった……。なによりそう思えるのは、侵略後には何事もなかったかのように、帝国の建築様式で街が出来、帝国の服を着た人たちが生活する。過去にそこに存在した文化や歴史は、ひとかけらも残っていないの。だれもその土地の過去を知る人はもういない、ということ」
ベルデが身震いをする。先ほどの彼女の夢を聞いたものなら、その身震いの理由がわかるだろう。それは生きた証を消されるということ。己の成したことも、遺したことも、受け継がせたことも何一つ残らず、世界から自分の痕跡がなくなるということ。
「わたしは、その罪滅ぼしとは言わないけれど、過去の人たちの歴史を次の世代へと受け渡していこうと決めた。もう血で汚れてしまったこの手でも、人や国、文化の存在までを否定してしまうことだけは耐えられなかったの」
そして懐から、拳大ほどの塊を取り出した。それは何かの欠片のようだった。
「この石は既に存在しない国の建物で使われていた柱の一部分。その国の存在を証明するものはもうこれしかないわ。とても変わった造りでね。天井は高く石で出来ていて、柱は必要以上に細かった。帝国の円形のアーチやドーム、煉瓦や石目塗りのしっくいの外壁といった建築様式とは違うものね」
ヴィオレッタはそういってその塊を懐にしまう。
「ただこれだけしか残っていないけれど、もともとの建物はスケッチしてあるの。いつかそのスケッチと、この欠片から調べられる限りの知識を使ってその建物を再現すればその国の存在を再び明らかにできると思わない?」
にっこりと笑いカネミツ達を見渡す。
「いまはもう、歴史の闇に消えていった過去の人たちの存在した証を探して、ほんのわずかな欠片から掘り起こす。一度途切れた痕跡を次の世代へと受け継がせることができるの。今まで帝国は侵略の果てに数多くの歴史を闇へと葬ってきたけれど……」
いったん言葉を切ったヴィオレッタが、いまだなお手を握るコキアに微笑みかけ、再びカネミツ達を見渡してから言葉を継ぐ。
「歴史に罪はないものね」
カネミツはその言葉を聞いて実感する。戦争の犠牲者は今を生きる人たちだけではなかったのだと。その余波で破壊された街にはもう二度と戻らない過去がある。その街を形作ってきた故人たちまでもを蹂躙しているのだ。
「この世界から消えてしまいそうになっている、故人たちがこの世界に生きた証を復元し、守り、受け継がせたい。かつて彼らの痕跡を傷つけてしまったわたしだけれど、それがヴィオレッタ・サートゥルヌスの目的であり、夢よ」
●
「……あたしも話さなきゃ、ダメか?」
ファンが顔をしかめて周りの人間に問う。いつの間にかアウグストゥスまでも聞き手に加わっており、おそらく彼の仲間たちも全員集まっているのではないのだろうか。
「え~~。みんな話してるのに、わたしファンの話も聞きたいよ?」
「自分だけ話さない、という選択はナシです」
「観念して早く話したほうが、楽になれると思うわよ?」
同じ女性陣にそう促され、話さざるを得なくなったファンが渋々ながらも話し始める。
「みんなに比べてホントにしょーもないんだけどな、あたしの場合は。あたしの出身がプラデラだっていうのは話してないよな?」
プラデラ。通称「妖術大国・プラデラ」という呼び名で知られている、エタン、ブリスコアに並んで四大国のひとつである。これに「芸術大国・アサギ」を加えた四国が大陸の東西南北を担っている。
「まぁ、あたしもブルと同じでただの人じゃなくてユルルモンって種族なんだけど、そこに伝わる民話でちょっと面白いもんがあってさ」
ファンが髪の毛を掻き揚げ隠れていた耳を露わにすると、その耳は尖がっており、なおかつ毛に覆われていた。また「イーッ」と指で口を横に広げると、まるで狼のような鋭い犬歯が見える。
「ある男、周りは生い茂る木々しか見下ろせぬ小高い丘で、歌を披露する。すべての生き物たちが耳を傾けて聞くさなか、ただ己の孤独を憂いながらも、決して他人に媚びぬ気高き声は、世界の果てまで澄み渡る。その声に応えるものあり。それは月明かりを浴びてほのかに輝く蛇であった。蛇が言う。何を求めて啼いている?」
カネミツ含め、皆身を乗り出し聞いていたのだが、そこでファンは話をやめてしまった。
待っても話す気配がなかったので仕方なく聞いてみる。
「……続きは?」
「ないよ」
「は? おわり?」
「おう。おわり」
何とも言えない空気が漂う。いったいファンは何が言いたかったのだろうか。いや、この場合はこの民話が、だろうか。
「この話は、自らその丘を見つけ出して、自分が歌って続きを確かめるしかねぇんだ。その蛇がなんだったのか、いったいどんな答えを返すと正しいのか? 正解なんてなくて、返ってくる答えは一緒なのか、そもそもその場所自体が存在するのか、全部わからねぇんだな、これが」
聞いている者たちは顔を見合わせる。いったいどんな答えを返せばいいのだろうか。というかこの民話がいったいファンにとってどういった位置づけで、彼女の中に存在しているのかも把握できなかった。
「子どものころにこの話を聞いてさ、ずっと気になってたんだ。続きが気になるし、その丘や蛇がホントに存在するのかも気になって、うずうずしちゃって……。で、確かめるために故郷を飛び出してきたってわけ」
「……そんだけ?」
「だから言ったじゃん。あたしの話はしょーもないって」
カネミツは思わず尋ねたが、本当にそれだけのようだった。再び何とも言えない空気が漂い場が静かになった。
そのとき、
「ふっ……、ふふっ、あはははは!」
突然コキアが大声で笑い出した。いままでコキアの大きな声を聞いていなかったカネミツたちは、こんな声を出せるのかと驚いてしまった。ファンは顔を真っ赤にして、
「なっ、なんだよコキア! そんな笑うことないじゃんかよぅ!」
恥ずかしさのあまりちょっと話し方が変わっていた。
「だって、気になったって理由だけで世界を旅するっていうのがとてもファンらしいなぁって。今までのベルデやブル、ヴィオの話もとても皆らしいと思ったけど、ファンは皆とは比べ物にならないくらい、ファンらしいなぁって思ったら、おかしくて……ふふっ」
その言葉を聞いて皆、確かにそうだと納得してしまったのか頷いている。カネミツも納得してしまった。
「みんななんだよっ! なにがおかしいんだ? おい、答えろよ~!」
顔を真っ赤にしたファンが皆を問い詰める。そんなファンを見て場が笑い声に包まれる。
この話で分かったことは、ファンは気になったことを確かめるためだけに故郷を出、その途中で自分の身を省みずコキアを助けるような、見た目通り奔放な人物だということだった。
ちなみに、まるで本能のままに生きてるようなやつだとカネミツは思ったが、それを口にすると、まさに「本能のままに」ボコボコにされそうだったので黙っていようと決めたとか、決めないとか。
一応あと1、2話で1章を終える予定です。
そして間章を挟んで2章へいく予定です。
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