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不屈の七鐘  作者: losedog
第一幕:アルヘオ王国編
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1章:類は友を呼ぶ 04

ベルデとブルの自分語り(?)です。



 そんなこともあったが、とりあえず落ち着いたのでやっと警戒をせずにくつろげるようになったカネミツたち。

 自己紹介は済んだが、どうしてブリスコアにいたのかなど知らないことは互いにたくさんあった。

 今日知り合ったばかりの連中だが、自分たちに降りかかる面倒事を一切構わずに、コキアを助けに入ったお人よしでもあるので、気が合うかもしれないと思うカネミツはもっとほかの六人について知りたいと思っていた。

 そしてそう思っていたのは彼だけではなかったようで。

 いま、コキアを含め輪になり、自分たちのことを話すことになった。


「……わたしはあの場でこそコキアを助けに入りましたが、過去の行いからとてもそんなお人よしだとは言えないと思っています」


 初めに話し始めたのはベルデだった。


「わたしは物心ついた時から、名前も知らない大人に育てられるままに生きてきました。そしてその大人に名前を付けられることもなく、仕事を手伝うためだけに育てられていたということも直接言われました」


 ただでさえ表情の乏しさから怜悧な印象を受けるが、いまはそれにも増して冷たい雰囲気だった。


「その仕事は暗殺請負です。今までに何度も何度も、依頼のままに人を殺してきました。ひたすら暗闇で人の命を狩る日々です」

「……それがどうしていまこの国にいて、コキアを助けることになったの?」


 そう、優しい声音で相槌を打てるヴィオレッタはさすがに大人だと思った。

 ベルデが暗殺者だったという事実は、ベルデ自身とても辛そうに話すのでどういった顔をすればいいのか、どんな言葉をかければいいのか、カネミツには全く見当もつかなかったからだ。

 表情こそ乏しいベルデだが、その声が、その瞳が、何よりも彼女の感情を周りへと伝える。


「ある日、いつもと同じように仕事に向かったわたしが、標的として出会ったのはコキアと同じような年齢の少女でした。裕福な家庭の子どもで、その少女の父親に面識がないのにも関わらず、自分が貧乏だという理由だけで、依頼された仕事でした」


 ベルデはちらりとコキアに目を遣って、話を続ける。


「少女の部屋に侵入した際、少女はただこちらを向きわたしに言ったのです。知らない人間が入ってきたことに驚きもせず、人を呼ぶこともせず、言ったのです――どうして、泣いているの、と」

 ひゅっ、と誰かが息を呑んだ。


「今までも仕事の時は、頬が冷たったことを覚えています。そしてその少女に言われて、初めてわたしは気づきました。わたしは、いつも、泣いていたんです」


 すこし躊躇うように言葉を区切りながら話すベルデを、コキアが心配そうに見つめている。


「指摘され、とても仕事などこなせなくなってしまったわたしに、少女が話をしようと持ちかけてきたことは、いまでも鮮明に思い出せます」


 ふっと表情を緩めるベルデに、周りの雰囲気も和らぐのがわかる。あの状況でコキアを助けに入るようなお人よしである彼女の過去が、陰鬱のままではないだろう。

 そうでなければ、お人よしではいられないだろうから。


「いろいろなことを話しましたが、少女が一番熱心に話すのは好きな本についてでした。あまり有名な本ではないそうですが、ほとんど知名度がないというわけでもありません。――祝福の鐘、という題名です。知っていますか?」


 知っている。カネミツ以外も頷いて肯定する。

 生まれた時から孤児院で生活していた少女が主人公の話だ。苦しい生活ながらも一生懸命生きる主人公だが、まわりのいじめや大人たちの冷たい仕打ちに次第に弱っていく。

 それでも他人を思いやることをやめない主人公だが、待ち受ける運命は残酷だった。

 孤児院が経営難のために、少女を奴隷商へ売ったのだ。

 やがて奴隷商の仕打ちに死に絶える主人公だが、最後には救いが待っていた。

 天使が主人公のまっすぐなやさしさを評価し、天使として天国へと連れ帰り、少女に対しひどい仕打ちをしてきた人間に罰をあたえる。

 そして物語は祝福として、教会の鐘が鳴り響くシーンで幕を閉じる。

 そこまでを思い出したカネミツはそこであることに気づいた。

 たしか「祝福の鐘」の主人公であった少女の名前と、最後に登場する天使の名前が……。


「主人公の名前は、ベルデ。そして天使の名前がメルクリオ。わたしに名前がないと知った少女が贈ってくれた名前は、ここからきています。人殺しに手を染めてしまいながらも、涙を流すわたしになにを見たのか、わたしが持つ生来のやさしさをこれからも忘れないように、そしていつかそのやさしさを評価してくれる人が現れるようにと、そんな言葉と一緒にこの名前を、くれたんです」


 皆、言葉を挟まず聞き入っている。

 なにか気が合うところがあったのか、アスワドと先ほどコキアに飴を遣っていた男たちが、肩を抱き合い号泣していたが、全員無視することにしたようだ。カネミツも皆に倣うことにした。


「名前とは、人を表すもっとも大きな指標だと思っています。名前をもらってはじめて、わたしはこの世界に人として認められた気がします」


 そこでベルデは急に俯いた。よく見ると顔が若干赤くなっている。恥ずかしがっているのだろうか。

 なぜ、と疑問に思っていると、ベルデが続きを話し始める。


「名もなく、闇に消えていく暗殺者ではなく、ベルデ・メルクリオという一人の人間として生きた証を遺したい、と思ったのもその時です。その夜からわたしは、今まで世話になった暗殺者の許から離れました。そして分不相応ですが、少女にお礼もしたかったのです。少女は本が好きでしたから、本を贈ることはすぐに決めましたが、ただ買ってきた本を贈るのでは気が進まなかったのです」


 それほどまでにわたしはその少女に、感謝していました、と続けたベルデの顔がまた一段と赤くなるのを見て、カネミツはやっと気が付いた。

 これから話すことは、本来ベルデが胸の内に秘め、誰にも話すことのなかった夢であり、信念であり、目標。

改めて口にして他人に話すことは恥ずかしいのだろう。それに話した結果、それを貶されたり、否定されることが怖いのだ。緊張のため顔が赤くなっている。


「仕事を失敗した時点で、その国を出て、旅の身になることはわかっていました。だから、わたし自身が旅で見聞きしたことなどを本にして贈ろうと思ったのです。その身分から外の世界にあまり出られない少女に、外の世界を教える本を、わたし自身が書いて、贈ろうと」


 ベルデが周りを見渡す。そこにはただ黙って続きを促す顔があった。


「本は、その著者が生きた証として後世に遺ります。少女のお礼とともにわたしが生きた証も遺せると考えたんです」


 軽く目を閉じ、胸に手を当てるその姿から、話の締めに入ることが窺えた。


「わたしは、ベルデ・メルクリオとして生きた証を遺すため、恩人である少女のためにいつか本を書きたいんです。そのためにいろいろな場所を旅しています。それが、わたし、ベルデ・メルクリオのすべてです」


 この国へは旅の途中で立ち寄ったのだろう。そう話を終えたベルデに、周りの皆から拍手が送られた。

 その拍手はベルデの夢を応援する拍手であり、肯定する拍手だった。



     ●



「では、次はワシが話そうか」


 そう言って皆の注目を集めたのは、ブルだ。

 ベルデのように深い話ではないから、期待はするなよお前さんら、と言って始まる。


「ワシはもともと傭兵として世界を回っていたんだが、職業柄いろんな噂話を耳にすることが多かった。その中にはの、どう考えても眉唾としか考えられんものもあるんだが……。お前さんらエグ・マリンという石の話を知っておるか?」


 全く聞いたことがなかったため、皆知らないだろうとカネミツは思ったが、答えが返ってきた。

 ヴィオレッタだ。


「たしか、どんな土地にでも潤いを与える石だったかしら? その石に枯れた草花を近づけるとたちまち葉を広げ、花を咲かせ、地に埋めればその土地は芳醇な森となる、と言われている魔法石ね」

「そうだ。その石は人が触れるだけでその人間の喉を潤し、衣服までもを水を滴せるようにするという。雨が塊になったとも言われておるな」


 そういうブルの目は、子どもが好きなことを語るかのように生き生きと輝いている。


「その石があれば砂漠である土地も潤せる。夢のような話だと思わんか? ワシらサギール族は砂漠を主な生活区にしておるが、好きで砂漠におるのではない。過去に砂漠へと追いやられた過去から、砂漠に住んでおる」


 コキアはその魔法の石の話にとても興味を示し、とても大きな動作で相槌を打っていた。

 ファンもわくわくした雰囲気が誰でもわかるくらいに笑顔で聞いている。


「ワシは昔から腕っぷしだけの男だったから、故郷に対して何かできるといったら、傭兵で稼いだ金を送ることだけだった。しかしな、エグ・マリンの話を聞いてから考えが変わった。ワシの話を聞いたものは、そんなものは眉唾だと笑うんだが、それでもワシは思うのだ。――その石があれば故郷に笑顔を溢れさせることができる、とな」

 笑顔で語るブルは、とても楽しそうだ。その石で故郷に水をあふれさせた光景でも思い浮かべているのだろう。


「砂漠での生活というのは、とても辛い。だからこそ故郷の皆に楽をさせたい。傭兵として戦争の片棒を担ぐより、眉唾物の石を探すほうが胸を張って自慢できると思った」

 どうだ、バカな男だろうと言うブルに、ファンが言う。


「すっげぇなぁ! その石で水を溢れさしゃ、お前故郷の英雄じゃん! あたしは傭兵よりもそっちのほうが、夢があって好きだぜ」

「わ、わたしも好きです! ぜったいその石はあると思うな!」

 コキアもファンに同調して明るく言った。

「そうか、そう思うか! ワシもあると思う。だからこそ探しておるんだ。この国へは食料などの備蓄が切れたので、補充のために立ち寄ったのだが、お前さんらに会えて良かった。まぁとりあえずワシの話はこんなところかの。ワシは故郷に水と笑顔を溢れさせたいんだ」


 そう話を締めくくり、ブルの番が終わった。

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