1章:類は友を呼ぶ 03
場所と時間は戻って。
なんとか少女を泣き止ませることに成功し、一息ついたカネミツが顔をめぐらすと、同じようにほっとした表情をした顔があった。
なんとなく弛緩した雰囲気になるが、これからのこと思うと渋面にならざるを得ない。
まだ一人も名前を把握していないことを思い出したカネミツは、自己紹介をきっかけに今後のことを相談しようと決めた。
「あー、俺まだここにいる全員の名前も知らないんだけど、自己紹介でもして今後のことも話しとかない? そこの女の子も助けたはいいけどこれからについても何も考えていないだろうし……」
そう言うと、この中で自然に主導権を握るようになってきているのか、栗色の髪の女性が応じる。
「それもそうね。わたしもアスワドとベルちゃんくらいしか名前を聞いてないからちょうどいいかもしれないわ。なによりいつまでもここに居るわけにもいかないでしょうし」
「じゃあ、提案者の俺からでいいかな? 俺はカグラ・カネミツ。見ての通りこの国における軍人候補の人間、ではないんだな、これが。……とりあえず服をそこらから拝借して、助けた。一人身だしこのあとどうするかは全くの未定だ」
その名乗りを聞いてなにやらしきりに頷いていたのは、ボブカットの小柄な女の子だった。同い年だろうかと考えているカネミツに顔を向け、
「では次はわたしが自己紹介させていただきましょう。この国へは旅の途中で立ち寄りました。ベルデ・メルクリオといいます。これからどうするかは未定です」
「では続いてボクが名乗ることにしよう! アスワド・ネブトン! ここで会ったのも何かの縁だと思うから、末永く付き合えることを願っているよ。何者かと問われるなら、そうだね……〝錬筋術師〟とでも言っておくよ」
外見通りはきはきとした口調で名乗るベルデと、聞いてもいない情報を喋るアスワド。
錬金術師というと、何かの金属に関する魔法則を扱うのだろうか。
「じゃっ、次はあたしでいいかな? ファン・ムシンってんだ。宜しくな!」
ファンはこの中で一番の長身だ。ところどころはねた髪とその喋り方から奔放な印象を感じる。女性だけど何か相談を持ち掛けたくなるような、堂々とした振る舞いをしていた。
「ブル・テッラという。何はともあれ皆無事でよかったというべきだろうの」
ブルはサギール族という種族であるため、身長が成人男性の腰ほどまでしかない。その独特の口調は実年齢が読みにくいが、小さな体からこぼれる雰囲気はどこか、土から芽を出す草花のように若々しいため、意外に若いのかもしれない。
「グレイ・プルトナスだ。この国には偶々滞在していた」
グレイはもっとも口数が少ない雰囲気をしている。
灰色の短髪と彼が持つ鎌状の刃物――ザグナルという持ち手に弧を描いた両刃を垂直に取り付けた片手武器――そして鋭い目つきからどこかとっつきにくい印象だが、あの場で少女を助けるために動いたということに根は優しいのだと感じる。
「ヴィオレッタ・サートゥルヌスよ。アスワドとベルちゃんには言ったけど気軽にヴィオとでも呼んで頂戴。ヴィオレッタとは言いづらいでしょうし」
そういって栗色の髪を右手ですくいながら少女へと笑顔で自己紹介を促すヴィオレッタ。
「えっと、コキア・アルクスです。あの、ありがとうございました!」
最後に自分たちが助けた少女――コキアが勢いよく頭を下げて、全員の自己紹介はおわりだ。
「で、ここからが大事なんだけど……これからどうすんの? 俺たち」
「とりあえずこの国は出たほうがいいよね!」
「アスワド……元気よく言うことじゃねぇだろう」
呆れるようなファンを見る限り、ファンも良い意見はなさそうだ。
「いずれこの国を出るべきなのは当然ですが、まだ追手が手配されていない今のうちに身を隠す場所は確保するべきでしょう」
「しかし当てはあるまい。そうなるとやはり追手が来る前に距離を稼ぐべきではないか?」
「……まだこの全員で行動すると決まったわけじゃないだろう」
グレイの言葉には思うところがあったのか、ベルデが口を開こうとした。
しかしグレイの言葉は終わりじゃなかった。寡黙そうな印象を裏切るように、長い言葉が、だが、と言ったグレイの口から続く。
「コキアを放っておくわけにはいかないだろう。ここに居る八人がそれぞれ別行動というのは得策じゃないと思う。それにあの状況じゃ俺たちは仲間だと思われているだろうから、追手やここら一帯の包囲網もおのずと対集団用の規模のものになるだろう。具体的にはそうだな……先ほどの徴税や街の見回りなどを主要任務としているような巡回兵ではなく、場合によっては戦場に派遣されるような集団行動に長けた兵士を複数名、または既に編成されている部隊のいずれかだろうと思う。単独じゃいくらなんでもきついな」
そこで最後にまだ何も言っていないヴィオレッタに視線が集中した。
「そうね、グレイの言った通り単独では行動しづらいと思うわ。それにあれほどの一般人に姿を見られている以上顔は覚えられているでしょうから、街中で人に紛れて移動するという単独行動の利点が生かせない。だからまずは身を隠すことを優先しましょう」
「だがコキアの家なんかはもちろんダメだぞ? 宿のほうも手が回っているだろうから却下、となると誰かの手助けを得たいところだが……先ほどのコキアに対する大人たちの反応からは期待できない」
グレイの言葉の途中でコキアが顔を俯かせるのを見て、ベルデが咎めるような視線を送る。
それに手を掲げることで謝意を示したグレイが、ヴィオレッタの答えを待つ。
「当てに関してはわたしに任せてもらっていいわ。この国に来たのはある人物と会うためだったからちょうどよかったわね。今の時代には珍しく、お人よしを集めて活動している人なんだけど、コキアのことも何とかしてもらえると思うわ。わたしたちもお世話になりましょう」
カネミツは、知り合って間もないヴィオレッタにこの先ずっと頭が上がらないような気がしてきた。
何から何まで一番頼りになるのはやはり年の功……とでも考えたのだろうかものすごい形相で睨むヴィオレッタに全力で頭を下げるアスワド。
「当分先のことはもう少し落ち着いてから各々考えましょう。まずは今このときの身の安全。案内するわ。付いてきて」
コキアの手を取って歩き出すヴィオレッタに、カネミツたち六人がついていく。
●
そんな彼らが辿り着いたのは、首都郊外にあるうっそうと茂った森の中だった。
そこにはいかにも、もう使っていませんというような寂れた倉庫のような建物。
かつてはこの森の中で重要な技術の研究でも行われていたのだろうか。一つではなく大きな建物が三つ並んでいる。
ヴィオレッタがそのうちの一つへ入る。そのあとに続いたカネミツたちは相当驚いたのだろう。目を見開いて、周囲を見渡している。
「おう、来たか! ヴィオ」
「久しぶりね。アウグストゥス」
中に入った彼らを出迎えたのは誰が見ても老人だとわかる白髪をしていた……わけではなく。白髪ではあるのだがその体つきはとても逞しいものであった。
アスワドが爪楊枝に見える。
「アスワドが爪楊枝のようですね」
「ベルデ、ボクを苛めて楽しいかい……?」
そんな二人を含めた皆に振り返ったヴィオレッタが老人を紹介する。
「アウグストゥス・テンペスト。戦争で家族を失った人たちや、戦争の悲惨さから逃げ出してきた各国の軍人たちを集めて、活動しているわ。主にそういった人たちが集まって互いに支えあって生活するための相互扶助の集団なんだけど、軍の経験者や戦争に嫌気がさした人たちも多くいるためなのか、戦闘真っ只中の街中に突入して住民の救助を一方的に行うようなお人よしたちがいるっていうことで、知っている人は知っている集団ね」
「まぁ、正確にはオレが全部を仕切ってるわけじゃねぇんだがな。ここで知り合ったやつらのなかにそういった活動をしている者もいるってだけで、オレ自身はただいろんな国とかをぶらっと立ち寄ってはいろんな奴を拾ってきて面倒見てんのさ」
そんなことを言うアウグストゥスだが、周りの人間たちを見るととてもそんな風には見えない。そんなカネミツたちの心情に気づいたのか、
「おいおい、べつにテロ活動しているわけじゃねぇんだぜ? ホントに救助だけで、街中で軍人と遭遇した時も戦闘もしねぇで一目散に逃げる。食いもんを分け合うとか戦災孤児に勉強を教えるとかそんなことしかやってねぇんだ」
慌ててそう言うアウグストゥスの言葉に改めて周囲を見渡すカネミツ達の目に飛び込んできたのは、いかにも歴戦の猛者然とした男たちが飴――いわゆるぺろぺろキャンディーである――を両手に持ってコキアを窺うシュールなものだった。
そのいかつい顔が、表現に窮する奇天烈な表情になっているため、当のコキアはヴィオレッタの背に隠れているが。
「……コキアを心配しているのは理解できますね。……その顔は理解できないほどに不気味ですけど」
「ベルデよぉ、もっと言葉をオブ、オビ? なんだ? とにかく包んだらどうだ?」
「意味が分からないことを言っているぞ、ファン。それにそれを言うならオブラート、だ」
「そんな平然とツッコむお前さんも、どうかと思うが……。とにかくベルデ、お前さんは思ったことをはっきり言い過ぎなんだ、少しは躊躇せい」
最後にブルがそう締めくくるが、周りの男たちは床に手をついていた。
「思いのほか、繊細だったね!」
「アスワドッ!」
ヴィオレッタとカネミツが注意するが、男たちは「あぁぁぁぁ……」と声をあげ地に伏してしまった。
その止めのせいで、気を遣われるべきだったコキアが、逆に男たちに気を遣うことになり、すすめられるままに断りきれず、飴を一三個食べることになったことは余談である。
やっと、皆の自己紹介。おそっ!
読んでくれる人がいたなら、感想くれるとうれしいです…。
つたない文章ですみません。