2章:天下往来の隔絶者たち 06
白橡の攻撃を受ける直前、ファンの前に飛び込んできた影が彼女を包み込んだ。
「うわっ?」
結果、白橡の攻撃は空を切る。音もなく優雅に地に足を付けた白橡が振り向けば、
「ベルデ!? なんでここに居んだよ!?」
「あら……懐かしい顔ね」
右肩から衣服が大きく裂けて、そこから痛々しい刀傷を覗かせるベルデがこの場に交じっていた。
「……ファン、急いで皆と合流しましょう。この国に長居は……」
ふらりと倒れそうになった少女をファンが慌てて支える。今はまだ命に別状はないだろうが重傷には間違いない有様だった。
そしてベルデ以外にもこの場に交じる人数が増えていることにファンは気が付かなかった。追い詰められた緊張感、満身創痍のベルデへの心配がファンの注意力を散漫にしていたのだ。
「おう、白橡。お前ぁさんの相手はお眼鏡に適ったかぁ?」
「あら、蘇芳。あなたが相手を取り逃がすのも珍しいわね」
「それだけベルデ・メルクリオの遁甲が練り上げられたものだったということじゃぁ。お前ぁさんこそ〝白髪童子〟を使うのは久しぶりじゃろぉ?」
「そうね。それだけ相手の実力があったということだと思ってもらっていいわよ」
「じゃあ白橡と蘇芳は相手に合格を上げたのかしら?」
今まで戦っていた相手が新しくこの場に姿を現した人物と会話するのを見て、敵が増えてきたことを警戒していたファンが思わず叫んだ。
「アスワドッ!」
この場に合流した支子が肩に担いでいたのは痩身の男性、アスワドだったのだ。気を失っているのか手足には力が無く支子が歩く動きに合わせて揺れていた。
彼の服装はズタボロに斬り裂かれており衣服としての機能をほとんど果たしていない。対し支子はいたって身ぎれいなままであった。それほどまでに一方的に嬲られたのだと窺える。
「そう言うお前ぁさんはどうなんじゃぁ?」
「んん……相性もあったのかもしれないけれど、まぁいいんじゃないかしら? 個人的にはもう少し頑張ってほしいところだったけど」
「どういうことよ?」
「私の相手……彼自身は魔法を扱うわけじゃなくて魔法そのもののような存在だから、いくら能力があろうとも結局は身体能力や戦闘技術が彼の地力になっちゃうの。今の彼はただの力押しが基本だから。それじゃあ通用しない相手がごまんと居るでしょ?」
呑気に自分の仲間の実力を表する天下八絶の三人。怒りからか目の前が真っ赤になるファンだがなんとか自制する。
このままでは敵わないことが分かっている。敵に捕らえられたようなアスワドに満身創痍のベルデ。対し相手は無傷の三人。挑みかかることがバカらしい状況だ。
悔しいが相手の狙いがこちらの実力を見極めることならば殺すことは無いという希望的観測に縋って大人しく状況の推移を見守るしかファンには行動のしようが無かった。
そんなファンの前に支子が歩み寄ってくる。彼女は丁寧な動作でアスワドの身体を横たえるとファンに向けて控えめに微笑んだ。
「ごめんなさいね。無理矢理こちらの事情に巻き込んでおいて上から目線の対応で」
「……お前ら、絶対に許さねぇぞ」
「構わないわ。それだけのことを押し付けた自覚くらいはある。でもね、誰だって身内がかわいいものでしょ? 天下八絶だって恐れられていても個人としての力なんてあまり役に立たないもの。
国として動いて身内の命を助けられるなら、負担を減らせるのなら他人に対して恨まれ役だって買うわ」
ファンはその言葉に謙遜が過ぎると思った。天下八絶の実力は個人の範疇を凌駕しているだろう。強すぎる能力から危険視されてもそれを跳ね除けるだけの、彼らが参加するだけで数の差など覆るほどの実力者だ。
それでも彼らは今まで目立たないように国の動きに参加しないという、力を持ちすぎた個人としてのセオリーを守ってきたのだ。そのスタンスを崩してまで動いたということは、浅緋と浅葱の姉妹にそれだけの思い入れがあったからだろうか。
「悔しいけれどあんた達の掌で踊るしかないようだね」
「そう。お礼を言うべきかしら? あなたたちがいくらもう帝国に目を付けられているからと言ってもこちらとしてはかなり身勝手な要求だしね。それに」
「今はね」
言葉を遮って付け加えたファンのセリフに支子が目をパチクリと瞬かせる。彼女の後ろで会話を聞いていた二人、蘇芳は面白そうに片眉をあげ、白橡は、
「いいわよ。決着が着いてないものね?」
「やられっぱなしは好きじゃないんだよ、あたしゃ」
強がりの色合いが濃いがそれでもファンは獰猛に笑って吠えた。それを受けて支子がくすくすと笑い声を上げた。
「それでこそ試した甲斐があるわ。浅緋を助けに動くだろうあなた達が、私たちの思惑を超えてどのような結果をもたらすのか楽しみにしてるわ」
そして音もなく三人の隔絶者は姿を消した。
「いいさ。やってやるよ。その浅緋って女もこの国も。あんたらの期待以上に助けてやろうじゃんか。あたしらを焚き付けて利用することがどういうことか教えてやるとも」
ベルデとアスワドを抱えてファンは覚悟を決めた。
頼られることは嫌いじゃない。ただ利用されることは嫌いだ。人にものを頼むなら対等の立場でこそということを教えてやると決意する。
頼られればやぶさかではないくらいにファンもお人よしであったが、その人柄に付け込むような動きをした以上は意趣返しくらい許されるだろう。
「いくらお人よしだと言っても仲間を傷つけられてまで無条件にやさしくなった憶えはないよ」
●
パラパラと白金色の髪に粉塵が降り注ぐ。しゃがみこんで見上げる少女の視線の先には黒髪の女性が真っ直ぐに立っていた。
天下八絶の一人、菫である。
「王女。あなたは身に宿した魔法の制御すら覚束ないですね」
「……」
実際、自分がこの身にどういった魔法則を宿したのかさえ明確にわかっていないアンナは歯を食いしばってその言葉を甘んじて受けた。わかっているのは精神型だということだけだ。
アルヘオ事変の危機的状況から解放感覚は一気に「触覚」まで解放というなかなか才能を思わせるものだったが如何せん解放から日が浅すぎる。
「加えて武器は大量生産品。それでは私たちの武器の相手は極端にしても、あなたの実力からしても分不相応ですね。せめて一品物の業物くらいは手にするべきです」
「大きなお世話……」
会話の途中で何かが崩れ落ちる轟音が響き渡る。先ほどから派手に暴れている者がいるようだ。
「紅花……もう少し建物に気遣って動けないのですか……」
独り言のような菫の言葉にアンナは派手に暴れている人物が誰なのかを知った。だがその言葉に応答が返って彼女の鼓動を跳ね上げた。声は彼女の真後ろから。
「ふん。我の技がどれも豪快なのは知ってるだろう。繊細などと言う弱々しい言葉からは無縁なのだ、我の技術は」
「雑の間違いでしょう」
冷酷な菫と感情の起伏が激しい紅花の傍、積み重なった瓦礫から白い灰が巻き上がりアンナの横に集まった。それはすぐに人の形となる。
「グレイ」
目立った傷は無いものの荒れた呼吸、ダルそうに猫背に立つ姿からかなりの消耗具合を思わせる。施された刻印魔法ゆえに外傷は出来ないが、代わりに全てが疲労となって積み重なるらしい。顔色も病的なまでに白い。
「……参った。到底準備が足らんな。格上相手に策も無く挑む厳しさはアルヘオでも痛感したつもりだが……」
彼の武器はアルヘオ事変の先に失われており徒手空拳を強いられたグレイにとって格上、しかも天下八絶のような世界最強クラスの相手など荷が重すぎた。
「どうにせよ、まだまだ力を付ける必要があるってことだな」
グレイの吐露に別の声が交じる。
アンナの手を引いて立ち上がらせたカネミツだ。
「カネミツ……ありがとう」
カネミツは擦り傷だらけである。ところどころには赤い色も目立つ。彼も武器をアルヘオで失って左腕の義腕を楯に防戦一方であった。
彼の相手をしていた茜がこの場に合流する。
「アルヘオで王女を助ける啖呵を切っただけあって若い割になかなかですね。それに神楽一派の技術。伸びしろがある分色々と楽しみな少年です」
「茜。あなたの相手は合格ですか」
「そうですね、菫。カネミツと言いましたか。叶うなら違う形で会って手ほどきしたいくらいです」
「我も! 我の相手も今までに無かった珍しい者だったぞ、菫! あれはあれで独特な戦闘法を教えてやると面白いのぅ!」
「聞いてませんよ」
「お前はいつも我に素っ気なくないか!?」
「あなたがもう少し落ち着けば相手にしますよ。
王女もまだまだ荒削りですが今後に期待というところでしょうか。この先、私たちが用意した状況の中でどれだけ成長し、必要な時に必要なだけの実力を身に付けられるか……」
カネミツ達は悠々と交わされる会話をただ眺めるしかできない。今のままでは到底相手に掠り傷さえ負わせられないことを嫌というほど実感してしまった。
アルヘオ事変で理不尽に抗う生き様を格好よく吠えておきながら、実力者が出てきたトタンその人柄を利用されるように付け込まれ跳ね除けることも出来ない。
想いの成すことのなんと難しいことだろう。
「カネミツ……私、悔しいよ」
「奇遇だな。俺もだ。アルヘオのことがあって高くなった鼻をへし折られた気分だよ」
理不尽がまかり通るのはそれを咎めるだけの力がないからだ。アルヘオみたいにいつもうまくいくことなんて寧ろ少ない。
もっと力が欲しい。
「それだけの自覚があるなら大丈夫でしょう」
「……どうやらお人よしには拒否権さえ認められてないらしい」
グレイが憎々しげにつぶやく。
「用意された舞台で強制される人助けより、自らの意志で挑む人助けがお望みなら腕を磨いてらっしゃいな。押し付けがましいけれど今回、アサギの事情に巻き込まれたことは教訓として受け取ってくださいまし」
「ではの! 縁があるならまた会うだろう! 我を失望させてくれるな若人たち!」
立ち込める粉塵を乱すことなく消える。彼らの動きを僅かばかりも目に追えなかった。
「自分たちに降りかかる火の粉も振り払えないで人助けなんて甘いことだな……」
カネミツは自嘲するが、アンナが彼の瞳を見れば決して挫けたわけではないとわかった。この挫折も乗り越えて貫くからこそ彼のお人よし(バカらしい)人柄に惚れている。
「そうね。私たちまだこれからだもの」
「……皆に合流して今後のことを決めないとな」
最後にグレイが言って、彼等も皆に合流するためにその場を離れる。
●
「……やってくれるわ」
ヴィオレッタは自分の腹にコキアの顔を押し付けるように抱きしめていた。
「ヴィオ?」
「コキア、少し車の中に居てくれる? 良いというまで外に出たらダメよ?」
「? うん」
コキアを振り向かせないようにして魔動力車に乗せた後、ヴィオレッタはコキアに見せなかった光景へと歩み寄る。
壁に、地面に黒い花弁が染み込んでいる関所の門付近。その中央には小柄な影が伏していた。
「ブル……」
そっと仰向けにさせる。動かしたことで身体に痛みがあったのかブルが咳き込んで意識を取り戻した。
「ヴィ……ヴィオ、か……?」
「無理しないで。手当てが先よ。すぐにほかの皆も帰ってくるわ」
ヴィオレッタはそう言いつつブルがこの様なら他の仲間たちの方でも怪我人が居るだろうと苦々しく思う。
「助けたい、者ができた……」
「そう。でもそれは本当に自分の意志?」
いくら人助けをするからといっても、相手に命令されて不利益極まりない状況を押し付けられてそれを甘んじて受けるほどバカになった覚えはない。
「相手の……思惑だって、越えて……それで、文句ない結果で……ガハッ……助けたいのだ……だってワシらは、どんな理不尽だって省みず……ただ真っ直ぐに突っ込む……お人よしだろう?」
苦しい呼吸を繰り返しながらそれでもブルは微笑んだ。人好きのする柔らかい顔である。
「……ふふ。馬鹿ねぇ。だったらその傷治して。実力付けて。私たちを試しただなんて抜かすいけ好かない奴らもぶっ飛ばしたうえで――これ以上ないくらい壮大にバカをしようじゃない?」
そっとブルの瞼を閉じさせて、
「だから今は少し眠ってなさい」
「スマンの……」
彼を抱え上げたヴィオレッタが振り返る。
「聞こえていたでしょう? この国を、天下八絶を、世界を。全てを見返す人助け、やるわよ!」
「……おぉう。いい感じに怒ってんな、ヴィオ」
「なんだ、ファン? 自分が対象じゃなくて良かっただけだろう? 相手が八絶だと気付かずに着いて行ったって言ってたもんな」
「グレイも皮肉が言えるくらい元気で良かったです……。ほら私なんて結構重傷ですよ……ケホッ。ヴィオに負けず劣らず虚仮にされたようではらわたが煮えくり返そうです。そこの露出狂はどうです……?」
「怪我してても毒舌には陰りが無いね! 好きでこんな格好してるんじゃないよ!」
「どうでもいいけど前は隠してよ、アスワド!」
「あー、世界を見返す人助けね。結構やる気出る文句じゃないか」
満身創痍、傷だらけ。それでも彼らは折れない。
祝福届ける不屈の鐘の鳴らし手は、その福音を届けるためには倒れない。
まだこの国では人助けを始める第一声の啖呵を切っても無いのだから。




