1章:類は友を呼ぶ 02
カネミツは、あの時はまだ見ているだけのつもりだった。
その場をはじめに見たときは咄嗟に飛び込みそうになったが、ほかの人間が続々と助けに入るのを見て、このご時世にこんなお人よしがよくいたものだと呆れていたのを覚えている。
結局、最後に助けに入ることで、自分も歴としたお人よしであることを証明するわけだが。
そんなことを思いながら周りの会話を聞き流していると、件の少女がこちらへやってきていた。トイレに行くと言っていたから帰ってきたところだろう。
そんな取り留めもないことを考え続けるカネミツだった。
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コキア・アルクスは自分よりも年上の人たちが笑顔で話しかけてくる今の状況に、うれしさと戸惑いを感じていた。
コキアは特戦税を納められないということで、技術院に連行されそうになったところを見も知らぬ他人であった七人に救われたのだ。
つい先ほど起こったことでありながら今でも信じられない。なぜなら、
――お母さん以外に笑顔で語りかけられたのは、はじめて。
父親は徴兵されてすぐに戦死したと母に聞かされていたコキアにとって、母は唯一の味方だった。そんな母もなくしたコキアは周りの大人たちのいいカモだった。
金目のものは強引に持っていかれ、必要なものを買うのにも足元を見られ高額で買わされる始末。
特戦税を納めるために搾り取れるならば、搾り取り尽くすのがコキアの知る他人だった。
だから自分にこんなにやさしくしてくれる人たちが、自分とは何の関わりもないということがコキアを戸惑わせる。
それでも諦めていたところを助けてくれ、いまもやさしく接してもらえることに今までにないうれしさを感じて、
「ひっく…」
ぽろぽろと涙があふれる。そんなコキアを見て周りの七人は、
「――っ!」
あたふたと慌てはじめ、それがまたうれし涙をコキアに流させる。
いまは頼りなく慌てふためく彼らを見ながら、先ほどの彼らと軍人たちとの戦いを思い出し、まるでおとぎ話の英雄のようだった今との違いが少しおかしくて、自然と笑顔がこぼれた。
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まず一番に戦闘に入ったのは先ほども交錯したアスワドだった。今度はアスワドも腰を落として構えている。
相手も普通に攻撃しては来なかった。アスワドに腕を掴まれた際、魔導核なしではびくともしなかったことを警戒しているようだ。
「ならボクのほうから行かせてもらうよっ!」
すり足で相手へと向かい、左手で牽制の拳を放ちながら右手で攻撃を防ぐアスワド。
相手は魔導核で増した身体能力でのごり押しだった。
「さっさと終わらせようか」
アスワドの体つきが変わる。今までの痩身から、細身ながらしなやかさを内包し、一目で力強さも感じる体つきへと。
「な、なんなんだお前は」
相手の言うことはもっともだ。一瞬で体つきが変化する人間など聞いたことがない。だがその動揺はおおきな隙だった。
「いけないな、戦闘中にそんなに取り乱しては簡単にやられてしまうよ?」
相手がハッとするがもう遅い。苦し紛れの突きは体をのけぞらすことでやり過ごし、鋭さはないが柔らかな動きで肉薄するアスワド。
相手の鳩尾へ蹴りを放つ。まるで鞭のようなしなやかさで吸い込まれた蹴りは空気の破裂したような甲高い音とともに、相手の体を数センチ浮かび上がらせるほどの威力を見せた。
そのまま地へ伏し起き上がる様子のない相手を見下ろしながら元の体つきへと戻る。
そして振り返ったアスワドが見たのは先ほどと変わらぬ様子で立つ、ベルデとヴィオレッタ。
足元には二人の軍人がうめき声すらあげずに倒れている。
「やっと終わりましたか、アスワド」
「……キミたちとは敵対しないよう努力すべきだと僕の本能が言っているね」
嘆息しながら彼女らの下へ近づいたときヴィオレッタがつぶやいた。
「もう一人の大男はいつの間に片づけたのかしら? どこにも見当たらないけれど」
「へ?」
「だって四人いたのだから、誰かが二人相手にしなきゃいけなかったでしょう? わたしとベルちゃんで一人ずつ相手にしたから、あとは自然にあなたが二人、でしょう?」
「……へ?」
「……まさかとは思いますがアスワド。あなた男のくせに女であるわたしたちにより多くの軍人を相手にさせようとしていたのですか?」
冷や汗を流し始めるアスワドだったが、さすがにそんなことを話し合っている場合ではないと気付く。
三人が慌てて振り返ると、大男が少女へと襲い掛かるところだった。
「しまっ――!」
「馬鹿ですかっ! アスワド!」
「間に合わないわね……」
思わず叫ぶアスワド、アスワドにとって理不尽なことを言うベルデ、憎々しげにつぶやきながらも駆けつけようとするヴィオレッタ。
大男の拳が呆然と見上げるコキアの顔へ吸い込まれる瞬間。
いきなり地面が盛り上がり、コキアと大男を分け隔たてる。
「ぬうっ?」
その剛腕は隆起した土の壁の前に弾かれる。
「3人そろって何をやっとるんだ、お前さんらは……」
コキアよりも頭一つ小さい――一二〇センチ程度だろうか――鼻がツンと上に向いた人間とは違った造形の顔をした男が立っていた。
サギール族と呼ばれる、成人しても一五〇センチにも満たない種族だ。そのサギールの男は髪の毛を頭頂で一つに結っている。
右手に握る己の身長を超す斧槍は穂先を地面に付けており、そこには何かの記号のようなものが描かれている。
「……新手か。次から次へと今日は反逆者が多くて困るな」
「ふん。どうにも逆らってみたくなるようなことをしでかすお前さんが悪いのだろうよ」
「オレにとって蟻のごとき貴様などに何ができるとも思わんが、邪魔をするのであれば叩き潰すのみだ」
サギールの男はコキアよりも低い身長のせいで、ほとんど真上を向くようにして大男を見上げている。
さすがに不安なのかコキアが心配するように見ていた。
「ワシを踏み潰すのもいいが、お前さん後ろのヤツはどうにかせんで良いのか?」
ほかの軍人に命令するだけのことはあったのか、振り返るような愚は侵さずに、瞬時に真横へと転がる大男。
そこにまた新たな人物が立っていた。
「あんたが言っちゃったらだめじゃん……」
ところどころはねた髪を無造作に背にたらし、ヴィオレッタよりも背の高い女性が口を尖らせていた。
それを見た大男は顔をしかめている。部下がやられた時点で一対三だったものが、一対五にまでになってしまっている。
不利どころの話ではなく、戦闘を避けるべき状況になっていた。
「で、どーすんの? この国には途中で立ち寄っただけなんだけど、あたしもさすがに見過ごすことはできないなぁって出てきたらさぁ、ここまできちゃうと逆にあたしたちがこの男をいじめる状況じゃない?」
新たに現れた女性が腰に手を当て、よく通る声で言う。
「そうだね!」
「それならそれで構わないのではないのでしょうか?」
「それはまずいんじゃないかしら…」
「ふむ」
「あんた考える気がないでしょ?」
順に、反射的に応じるアスワド、大男を睨みながら呟くベルデ、それを窘めるかのように言うヴィオレッタ、ただ相槌を打つサギールの男、その相槌に半目でツッコむ長身の女性。
呑気に会話をする五人。
その状況を変えたのは、先ほどこちらから距離をとった周りの大人たちだった。
「一体どういうつもりだ、お前ら!」
「そうだ! 反逆者を助けるなんてどうかしてるぜ!」
「おい! だれか人を呼んで来い! 反逆者どもを捕えるんだ!」
遠巻きに騒ぎ始める大人たちを冷めた目で見渡す五人。コキアは顔を青ざめさせて周りからの罵声に怯えている。
「はやくここを離れたほうがいいわね」
そのときだった。周りにできた人垣から何かが飛んできた。
「あっ!」
石だ。それは大けがをさせるほど大きくはないが、間違いなくコキアの頭にあたった。
「てめぇらこんな子どもに石を投げつけるほど腐ってやがんのか!」
激昂し周囲へ怒鳴る長身の女性に対しまた声が返ってくる。
「うるさい! お前ら反逆者はただこの国のために人柱にでもなっていろ!」
その言葉に絶句する、コキアをかばうアスワドたち。そしてその言葉に賛成するかのように、周囲からの罵声は大きくなっていく。
ヴィオレッタがコキアを抱き寄せるようにしながら、こちらを見つめニヤニヤ嗤う大男と睨み合っている。
「所詮、反逆者は反逆者ということだな。今まさに国民の鏡ともいうべき男が言ったように、貴様ら全員技術院で人柱にでもなってもらおうか」
「あれがこの国の鏡というべき人間なら、心底腐ってるとしか言えないわね、この国は」
コキアの危機、大男たちへの抵抗、周囲の大人たちの軍人たちへの同調と推移してきた状況はここでまた変化する。
「はやく抵抗をやめて技術院に行っちま――っ」
「お前たちのような人間はこの国に必要ないんだよ! ――っ」
「すこしその薄っぺらい言葉しか吐けない口を閉じたらどうだ?」
罵声を上げ続けていた男性二人に背後から近づいた若者が一人。その両手にまるで鎌のような形状をした刃物を持って、それらを二人の首に突きつける。
「自分たちよりも弱いものにしか強く出られず、何かを主張するにも多数派でないと不安になる。そのこと自体が悪いとは言わないが、それが己の二倍以上も歳の離れた子ども相手ということ、そしてその主張がどれほど腐った倫理観をしているか省みたほうがいいな。そんな貴様らに俺から贈る言葉は一つ――恥を知れ」
「なんだとっ!」
「いい気になるなよ! ガキが! それで格好よく助けに来たヒーローのつもりか!」
その他の大人たちもただ傍観しているわけではなかった。また一人増えた反逆者を軍人の手ではなく、自らで捕えにかかる。
若者は襲い掛かってくる大人たちに対して躊躇しなかった。
細く鮮血が宙に舞う。
「いてぇ!」
「うあっ」
襲い掛かった男たちが腕を抑えて蹲る。
「貴様……傷害罪も受けたいようだな」
「自己防衛だ」
言葉少なに言う若者だが、彼自身も本気で言っている様子ではなく、むしろただ言ってみたという印象が強かった。
「ヴィオ。周りの大人たちが一種の暴徒になりかけています。はやく少女を連れてこの場を離れたほうがいいですよ」
「わかっているわ。でもこれだけ囲まれていると抜け出すよりも先に新たな軍人が来てしまいそうね……」
ヴィオレッタは先ほどひとりだけこの場を離れていくのを横目で確認していた。そして騒ぎを聞きつけて今も周りの人垣が厚くなっているのが現状だ。
軍人たち三人を無力化したが、状況は悪くなってきている。時間が経つほど人数の有利も消えていく可能性が増加していく。
そんなことを考え始めたヴィオレッタやベルデの視界に状況を悪化させるだろうものが映る。この国の軍人養成施設の制服を身にまとう人物が一人こちらに向かってきていた。
正式装備なのか腰には片手剣が一振り、さげられている。
その容貌はまだ少年と言っていいようなものだ。その少年が人垣をかき分けながら大男のほうへ近づいていく。
「どうやら時間切れのようだな。間もなく数を揃えた応援も駆けつけるだろう。わざわざ反逆者になるためにご苦労だったな」
少年の姿を確認したのだろう。大男が勝ち誇るように言いながら戦闘態勢を解く。
その瞬間、大男の下にたどり着いた少年が腰の片手剣を抜き、背後から斬りつけた。完全な不意打ちだった。
誰もが唖然とする中で少年が少女のほうに顔を向け叫ぶ。
「付いてこい! 軍人たちが駆けつけるのも時間の問題だ!」
アスワドやベルデを含む、少女の味方であろう五人がヴィオレッタに視線を向ける。流石にヴィオレッタも、これまでの早すぎる状況の推移にここにきて遅れ始めたのか、目を見開いていたが、視線に気づき我に返る。
一度少年のほうに目を向けたのは信用できるのか否かを確認するためだろうか。それからヴィオレッタを窺う五人を見渡し、
「ここを離れるわよ! ベルデ! 先に行きなさい! アスワド! その女の子をしっかり連れてきなさい! その他は付いてくるのもここで別れるのも好きにしなさい!」
「わかりました。アスワド今度こそ仕事をしなさいよ?」
「今日初めて会ったはずなのに、扱いが冷たくないかい……?」
少年がかき分けた人垣の合間を、ベルデが先行し再び囲まれないように飛び込む。その後ろに少女を抱えたアスワド、ヴィオレッタと続き、残る三人も顔を見合わせてから一緒になって走る。
「く、くそ……。待て反逆者どもめ……」
大男が呻いていたが待つ者はもちろん一人もいなかった。