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不屈の七鐘  作者: losedog
第二幕:芸術大国・アサギ編
39/43

2章:天下往来の隔絶者たち 03

とりあえずキリがなかったので投稿。

本当はもう少し状況を進めたかったのですが、字数が多く……。

 満足そうな吐息が漏れる。木造の定食屋である。音の発生源は店の奥、入り口正面壁際のカウンター席からだ。そこに掛ける男女二人組に店内の視線――店主や他の客例外なく全てが呆気にとられていた。

 彼らの前に積み重なる皿、皿、そしてまた皿。優に十人前はあるのではないかと思わせる量の皿が、壁を作るかのように並んでいるのだ。満足そうな声は満腹感からか。


「いやぁ、食べた食べた。ここはなんて良心的な店なんだろうと思うよ、ボクは。完食すれば食費が浮くだなんて。よく潰れないモノだよね」


 二人の内、男性――アスワドが言葉を零す。話すたびに揺れる爪楊枝が元来の顔立ちにより愛嬌差を滲ませる。

 彼はこの店がまるで慈善事業で食事を提供してるとでも思っているらしく、嫌味を一切含まない声音で言ったが、本来は無謀な挑戦者を餌食に、逆に通常よりも多く利益を得ようというモノであるため慈善でもなんでもない。事実、眼前の店主は顔を引き攣らせた微妙な笑みである。


「これからも通い続ければ、この先どうなるか分かったもんじゃないけどね……」


 どこか企んでそうな笑みで、皮肉気に呟いたのは残る女性、ファン。その言葉に店主の顔が若干血の気を失う。それを見て益々目を細めるファン。獲物を嬲るような視線だった。


「あ、終わったかしら?」


 そんな二人の傍で女性の声。食事の途中でファンたちの傍にやってきた女性だった。白髪、長身。艶やかさと同時に気品をも纏う女性だった。彼女は席を立ち、立てかけていた太刀を腰ひもに差し込むと、


「じゃあ、行きましょうか」

「え?」

「は?」


 促すように入口へと足を向ける。


「……ファンの知り合いかい?」

「……いや、あたしは見覚えが無いけど」

「初対面だからね。ほらほら行きましょ?」


 既に席を立った女性とは反対側にいた、茶の三つ編みの女性が二人の背中を軽く叩いて移動を促す。胴着や袴と言った服装から感じられる武骨さとは対照的に、揺れる三つ編みがどこか親しみやすさを抱かせる女性だ。彼女は口調もやわらかい。

 彼女も白髪の女性同様、己の太刀を帯び退席する。何が何やら分からないアスワドとファンは顔を見合わせるが、


「まぁ、付いて行けば答えは出るよね!」

「何か用があるから呼ばれてんだろうしな」


 入口へと向かう二人。最後、それを見送った三つ編みの女性は、


「代金はこれで足りる?」


 カウンターに代金を置いた。本来、アスワド達は条件をクリアしたので払う必要のない代金だ。しかも店主にとっては相手が相手であった。


「あ、いや、滅相もございやせん! 受け取れねぇですぜ、そりゃあ!」

「気にしないで。個人的に彼らの食べっぷりを楽しませてもらったから、そのお礼だとでも受け取ってちょうだい」


 苦笑して店内を見回し話す彼女に、店内の全ての人間がつられて苦笑した。そんな彼らの中で代表するように店主が慌てて言葉を返す。


「あ、ありがとうございやす」

「いえ、こちらこそ中々有意義に過ごせたわ」


 彼女は入り口前にたどり着き、言葉を結ぶ。


「さて、と。その代金分以上はお国のために動きましょうか」


 深々と(こうべ)を垂れる店内の人間に視線を向けることなく彼女は外に出る。


「……あなたにも、誰かが手を差し伸べてくれるだろうことを祈っているわ。浅緋」


 最後の呟きは、店を出た途端に耳に届く関所のざわめきに紛れて散っていく。



    ●



 アスワドとファンが白髪の女性の背中を追ってやってきたのは関所の外だった。


「……出ちゃったけどいいのかな?」

「関所内の建物や住人たちに被害を出したくないですし。まぁ私たちは色々と顔が聞きますし、また関所に入る際には融通効かせてあげます」

「……今頃だけど、あたしたちに何の用だい? 関所に顔が効くって、この国でそれほど力持つ人物に呼び出されるような理由が思い当たらないんだけど」


 訝しげに問うファン。言われるがままに付いてきてしまったが、自分たちが「アルヘオ事変」の当事者であり、あまり知られていないとは言え自分たちの個人情報は知っている人は知っているから注意しろと、ヴィオレッタに口やかましく言われていたことを思い出したのだ。

 例えば、国の重鎮とか。


「……おい、アスワド。ホンット~に今更だけど、あたしら自分たちの立場って言うもんを分かって無いのかも知れないぞ」

「……いつになく消極的だね、ファン。いいかい? ボクたちは皆になんて言われてるか覚えてる?」


 声を潜めてアスワドに自分たちが何か途轍もなくあり得ない行動をしているのではないかと不安を訴えるファンが首を傾げた。対し、アスワドが自信満々に言い放った。


「ボクたちは、馬鹿なんだ」

「…………」


 ファン、絶句。

 何より、耳鳴りが残るほどヴィオレッタに身の振り方に対する注意を受けたのに、これほどまで無防備に動いている自分を鑑みて、全く否定できない。


「馬鹿は、難しいことは考えずに動くのみさ。人生ってのはなるようになるもんだよ」

「流石〝不屈の七鐘〟と言うところかしら? その楽観……いえ前向きさが直面した苦境に於いては乗り越える原動力になるのかしらね」


 そんなアスワドの言葉に応えるのは、後方からの声。追い付いてきた三つ編みの女性だ。彼女の言動でアスワド達の正体がばれていることが分かる。


「……あんたら、何者? 無警戒過ぎたあたしらもあたしらだけど、あたしらの正体を知っていてわざわざ声を掛けてくる相手に友好的に接することが出来るほど、馬鹿になったつもりもないよ」

「あら、今更の警戒ね。さっきの食べっぷりとか本当に微笑ましかったのに」


 頬に手を当て笑う仕草一つさえも、艶やかで品のある白髪の美女。彼女が、名乗る。


「――芸術大国アサギ〝隔絶級〟(しら)(くぬぎ)。天子の願いより〝不屈の七鐘〟の腕試しに来たわ」

「――同じく〝隔絶級〟支子(いちじく)。あなた達にとあるお人の命運を預けられるかを見極めるために、お手合わせ願えるかしら?」


 続いて三つ編みの女性が名乗る。

 それを聞いたアスワドとファンの行動は早かった。


「あらまぁ……」

「即断ね……」


 白橡と支子が呆れるくらい見事な速度で走り去ったのだ。

 逃走である。



     ●



「ボク、もう少し賢くなろうと本気で思ったよ!」

「あたしも、ヴィオに素直にお叱りを受けようと、今回ばかりは本気で思う!」

「いくらボクでも〝天下八絶〟くらいは知ってる! それを言えば褒めてもらえるかな!?」

「アルヘオの出来事が、かわいらしく思えるよ! あと、火に油を注ぐだけだと思うから、言うのはやめときな!」

「そうねぇ。自分の立場も考えなしに、始めて訪れた国で見知らぬ人の誘いを受けてる時点で手遅れだもの。そんなことを知っているって訴えても、だからどうしたって感じよね」

「今更そんなこと言われる人にとっても、今のあなた達の状況を考えれば何の慰めにはならないモノね」

「あ、やっぱりそう思う?」

「ええ」

「そうね」

「……いや、それより……なんで会話する相手が増えてんの?」


 ハッとするアスワドとファンがそれぞれ左右を見れば、自分たちと並走する白橡と支子が居た。大きく目を見開いて内心の驚きを示すと、


「「ぎゃああああああああ!?」」


 それを力の限り吐き出した。



     ●



「ひどいわぁ……。人をバケモノみたいに……」

「逃げることも許されないとは……〝天下八絶〟恐るべし……」

「いえ、あの……まだ何もしてないのに恐れられても……」

「噂に違わぬ、実力の片鱗を垣間見たわ……」


 四人が逃走劇をやめて向かい合う。白橡はどこか傷ついたように嘆息し、アスワドが悔しげに唸る。それを見て支子が若干戸惑い、ファンに至っては慄いていた。それぞれが好き勝手に反応するので周りから見れば緊張感がないこと甚だしい。

 しかしそれも、白橡と支子が佩いていた太刀に手を掛けるまでであった。

 どこか締まりきらない、緩んだ雰囲気が霧消する。


「――ふぅん? 反応は上々ってところかしら」

「やるからには全力で行かせてもらうけど。遠慮はいらないんでしょ? 白橡とか言ったっけ? あたしを阻むからには覚悟はできてるんだね?」


 白橡は先ほどとは違うファンの苛烈な戦意に満足そうに微笑んだ。


「覚悟も何も。私たちに覚悟という概念はないわ。常勝無敗。一騎当千。そんな私たちは覚悟を試す立場よ」

「……じゃあ、あたしが覚悟するってことがどういうことか教えてやるよ」

「是非も無し」


 瞬間、二人の姿が音もなく消えた。途轍もない速度による戦闘に突入したのだ。その場に残るはアスワドと支子。


「では、お手合わせお願いできる?」

「アスワド・ネブトン。宜しく!」


 こちらも先程の逃走が嘘のように潔く戦闘態勢に入る。


「――参ります」


 一方の体が膨張し、一方の三つ編みが翻る。

 それぞれの相対が、始まった。



     ●



 広い大地を高速で駆ける影がある。

 ファンと白橡だ。二人の表情は実力差を示しているのか、対照的だ。

 険しい表情の、ファン。

 余裕のある、白橡。

 どう攻めるか迷うファンに対し、白橡は先手を譲る形で相手の攻撃を待つ姿勢だった。彼女たちはただ移動しているだけではなく、既に高度かつ緻密な駆け引きによる戦いを展開しているのだ。

 僅かな挙動、それに対する相手の反応。視線、足の運び。それらから相手の情報を集めていく。相手の狙い、持ち味、長所、短所。

 それらを統括して戦闘の流れを組み立てているのだ。

 しかしファンはそこから先へ、戦闘を進めることが出来なかった。それだけイメージしても自分の攻撃が当たるとは思えなかったのだ。


「来ないのかしら? なら……こちらから行くわよ?」


 そんなファンの躊躇いを待ちくたびれたのか、白橡が腰の太刀を僅かに抜いたその瞬間、


「――ちっ……!」


 ファンが突撃する。

 勢いを乗せた左の抜き手が奔る。その攻撃を白橡は右半身を反らせることでやり過ごした。

 それだけではない。その動きに合わせて右腕も引かれるに任せて、太刀を抜く。

 迎撃だ。

 しかしファンとてそれくらいは予測している。左手を突きだせば当然引かれる右腕の勢いを利用して、身体をのけ反らせたのだ。

 仰向けになる体勢だ。地面を背中に。踏み込んだ左足を軸に、右足が動きに合わせて地を滑る。


「んぎっ……!」


 バランスを保つのも厳しい体勢。そんなファンの鼻先を白橡の太刀が滑ってゆく。

 倒れるに任せ躱しきると、右手に続いて左手も地に着いてバック転するように姿勢を戻しに掛かる。姿勢を戻す際に転がっていた石を拾い、起き上がると同時に投じた。


「あら。当たると痛そうね」


 ごりっという異音が生まれる。既に腕を振り切った現状、ファンの攻撃を迎撃不可能な白橡の太刀からだ。

 すると彼女が薙いだ軌跡が割れて、まるで咢のようにファンの投石を呆気なく呑みこんだ後、咀嚼音。


「……なんだそりゃ」

刻印魔法(サイン)〝剣軌の一・砕牙〟」


 白橡の動きが止まらない。動きに合わせ、彼女の愛刀童子切りが翻れば薄く紫の軌跡が後を引く。その後に起こるのは、


「――噛みなさい、童子切り」


 天下八絶・白橡と、天下五剣・童子切りによる、貪りの剣技だった。



     ●




 ――冗談じゃない! 軽く放った技がこの練度なら奥の手はどうなる!?



 縦横無尽に視界を埋めつつある紫の軌跡を前に止まることは出来ない。線が走ったあとにまつのは割れた空間が生んだ咢による捕食だ。

 ファンにとって救いだったのは、その攻撃は時間差のあるものであったこと。軌跡が出現した後に回避行動をとる猶予があるからだ。


「世界最強の一角とは言ったもんだ! あんたを倒せば自慢できるかな!?」

「ふふ――やってみる?」

「上等!」


 ファンの身体から覇気が迸る。もともと灰色の髪は光を放ち、銀に。黄色とも茶とも取れる瞳は黄金に。魂魄型(スピリット)自由奔放(フライハイト)の魔法則、その加護魔法(プロテクション)〝リベルタ〟。

 ファンの周りで空気の流れが変わる。彼女を中心に空気が押しのけられるように爆発したのだ。

 白橡とファンが同時に一歩を踏んだ。再び高速の駆け引きに入る構え。しかし先ほどとはファンの速度が桁違いだった。

 地が爆ぜる。


「へぇ……」


 白橡が振るう剣筋から紫の軌跡が消える。攻撃をやめ、防御に回る。

 剣戟と爪撃が甲高い音を連続で響かせる。


「その加護魔法、周りの影響を拒絶……いえ、〝反発〟かしら? どうやら魂魄型のようだけど、見た感じ我を通すといった感じかしら? 周囲の束縛がそんなにお嫌い?」

「大きなお世話だよっ!」


 白橡の言うとおり、ファンの加護魔法の本質は反発だ。他人からの過ぎる干渉に逆らうように、己を取り巻く環境に逆らうのだ。

 空気抵抗を、重力を、相手の攻撃を、身体に掛かるすべての負荷を反発する。


「一目で見抜かれたのは初めてだよっ!」


 ファンの抜き手が白橡の顔を掠めれば、


「あなた達を見極めに来てるんだからそれくらいは当然でしょう?」


 白橡の太刀筋がファンの髪を散らす。

 互いに強振して相手を大きく後退させる。戦闘の流れは自然に、一時的にだが停止した。


「あんた、最初から見極めに来たとか言ってたけど、あたし達の何を見極めに来た?」

「あなた達に任せられるかをね」

「任す?」

「そうよ〝不屈の七鐘〟。私たちはとある人が抱いた想いをあなた達に託したい。だけど無条件で任せられるかと問われれば疑問が残る」


 構えを解いて、肩を竦める白橡。


「……それだけの実力があるんなら自分たちで何とかすればいいじゃんか」

「今の時代、曲がりなりにも国の重鎮クラスの私たちが出張っていい問題じゃないのよ。その人物にも立場というモノがあるし、立場なりに身の振り方ってものがある。それでも、どうしても諦めきれないものがあったのよ」


 ファンはその話を聞いて嘆息する。頼まれればいいものじゃない。少なくともファンは。


「他の奴らはどうか知らないけど、あたしはアルヘオ事変(あのとき)も自分がアンナを助けたいと思ったから動いたのであって、頼まれたからって無条件に誰彼かまわず助けるとは限らないよ?」

「それは大丈夫」

「あん?」

「だからあとは、あの子を託せられるだけの力があるかを見たかった」


 瞬間、ファンは途轍もないプレッシャーを感じた。己の加護魔法を発動しているはずなのに身体が何かを背負ったかのように重くなり、手足が水の中に居るかのように鈍い。

 視線の先では、白橡の額に二本の角が生えていた。

 動作型(モーション)の加護魔法は鍛錬の果てに発現する、単純な身体機能だ。それは圧倒的な知覚能力や運動能力という形で効果を表す。

 蘇芳(すおう)の「絶技・無明(むみょう)()(でん)」が稀代の暗殺者であるベルデの隠密を見破ったように。

 白橡の「絶身・白髪(はくはつ)童子(どうじ)」は天下八絶の中でも全てにおいて圧倒的な肉体強度を生む。

 動いたのは同時。危機感から突き動かされたファンに、白橡が迫る。自由奔放を体現するファンの魔法則は地面という概念にすら反発する。足場に縛られず彼女の脚は思うままに身体を運ぶ。


「――ちょっと、やばいかな……」


 それでも天下八絶は振りきれない。相手はファンのように魔法によって周囲の環境を無視したのではない。魔法による超常の運動ではあるが、それは、単純に大気すら、空気中の塵芥をも蹴りうる戦闘技能だ。


「動作型の刻印魔法、名を駆天脚。我ら八絶、己が肉体で辿り着けぬ境地無しっ!!」


 宙で連続する両者の攻防。白橡の加護魔法は圧倒的だった。一撃はファンを防御の上から吹き飛ばし、肉体は防御を必要とせず鋼のごとく。

 そして白橡の連撃の果て、ファンは防御の崩された視界でそれを見た。相手が連続の動きの勢いのまま、童子切りを右肩に担ぐように構えたのだ。本来なら隙も動きも大きく、あまり褒められた構えではない。だが、その太刀に乗る威力は絶大だ。相手の技量に防御も姿勢も崩されたファンは、加護魔法で強化された白橡の一撃を躱すことが出来ない状態だった。


「――剣軌の二・鬼兜」


 動きの起点は空気の爆発を引き起こし、ファンの目に一つの影が映った。



     ●



「それで降参、というわけではないでしょ?」


 場に凛と響いたのは、支子(いちじく)の声だ。彼女の手には既に愛刀・大典太が握られている。彼女の前方には痩身の男が一人立っていた。

 アスワドである。

 彼の服はところどころで斬れ、その下から覗く肌からも赤い線が見受けられる。また息も荒い。それでも彼の目には諦めや絶望というような負の感情とは無縁の力が宿っている。


「困ったね。地力に差がありすぎて攻撃は当たらないし、防げない。これじゃあボクがキミに勝つ、または逃げるという未来は中々想像できないね」


 言葉の内容とは裏腹に彼の声音は普段と変わらない。事実、彼の負った傷は徐々にその痕を消していき元の肌地を取り戻す。


「魔物の魔法則……。ブリスコアも酷なことをするものね。その身体にどれ程の刻印魔法を施されたのかはわからないけれど、さぞ苦痛だったんじゃない?」

「そうだね。でも感謝してるよ。ボクはこうして生きているんだからね。人体実験すら受けられなければ、原形を留めないままあの世行きだったさ」


 痩身が膨れ上がる。彼に施された刻印魔法の大本、概念型(イメージ)である魔物の魔法則は「得体のしれない、不気味」という印象を体現する能力を彼に与えた。

 肉体創造。それはまさにモンスターと呼ぶに相応しい能力だろう。


「ディアブロ、と言ったかな? アサギの言葉ではないけど意味としては〝悪魔〟か。確かにその変貌ぶりは悪魔の所業だと言われても納得しそうになっちゃうかな」


 重い足音を響かせ、己の体重で地面を陥没させながらその質量だけで脅威と化したアスワドが支子へと駆ける。

 ズン! という踏込とともに右腕を振りかぶり、


「動きが大きいわね。事前に〝あなたを殴ります〟と相手に伝えて〝ハイ、そうですか〟と受ける人が居ると思って?」


 轟音と共に、アスワドの腕が空を切る。支子の姿は彼の後方、僅か二、三メートルにあった。アスワドの動きを剛とするなら支子の動きは柔だ。

 力のままに振るわれるアスワドの攻撃は直線的で荒々しい。

 対し流れに身を任せるように避ける支子の動きはゆったりとしていた。一挙手一投足が常に先の動きの起点となっていく。ゆらり、ゆらりと舞う木の葉のごとく。いくら天下八絶とは言えども、悪魔的な剛力から放たれるアスワドの攻撃をその所作で交わし続けるのは人間業ではない。事実、その動きは――


「どう? 動作型の刻印魔法は目にするのは初めてかしら? 動作型に掛かればただの歩みが今のように洗練された回避行動にまで昇華する」

「ぬぐぐ……。奇妙な動きをするんだね! 一体なんだい、それは!?」


 後退していた脚を、前へ。

 躱し続けていた動きは転じて肉薄する動きへ。アスワドはその動きを止められない。掴もうとすれば掌から溺れ落ちるように、殴ろうとすればいなすように接触を拒まれて、


「はい、到着」


 トン、と人差し指で支子がアスワドの額を突いた瞬間、


「!?」


 彼の膝が崩れ落ちた。



     ●



 アスワドの視界はぼやけ、明滅し揺れていた。



 ――一体ボクは何の攻撃を受けたんだ!?



 幹のように太い脚に力を込めても立ち上がる動きを見せる様子が無い。まるで自分の意志が脚にまで届いていないかのようだ。


「動作型の妨害魔法(ノイズ)も初めてでしょう?」


 言われてアスワドは微かに耳鳴りらしきものを感じる。恐らく相手は額を突いた僅かな振動で自分の鼓膜を震わしたのだろう。結果、魔法そのものとも言える己の身体は動きが阻害されたわけだと推測する。

 本来、魔法を妨害する手段がアスワドにとってかなり有効的であることを実感した瞬間だった。


「いくら自在に身体を変化できようと、その程度じゃ任せるわけにはいかないわね」

「任せる? 何をだい?」

「……そうね、少しは知っておいてもらった方がやる気が出るかもね」


 そこで支子が語るのは、アサギのとある姉妹の物語。


「やんごとなき家系に生まれながらも、双子として生まれた姉妹。彼女たちの家系こそこのアサギにおいて天子を代々務める〝浅葱〟を輩出する〝琴吹〟。だけど彼女たちに待ち受けていたのは通常とは違う姉妹関係だったわ」


 古来、アサギに於いて双子とは忌子であったと支子は続けた。それは本来生まれ持つ徳をそれぞれ半分ずつしか持たないからだとも、併せ持つ陰と陽の性質が二分されてしまい血縁でありながらも家を、国をすらも巻き込んで血と血を争う出来事を巻き起こすとも言われたからだ。


「当然それは昔のことであって今ではそこまで問題視されるわけではないけれど、彼女たちの生まれた家こそが問題だった。アサギ建国より常に国の旗頭としてあった琴吹家。この国には伝統を重んじるところがあるわ……それが悪しき伝統とは言え、ね」

「……まさか一方、いや両方とも……」

「それは回避したわ。彼女たちの母がね。それでもこの国は過去より積み上げてきたことを誇りに思う民族なのね。時が経てども重臣たちの間ではその忌子がこの国の未来を脅かすと思えてならなかった」


 未だ身体の動きが思うようにならないアスワドを余裕なのか、話をする際の礼儀なのか戦闘態勢を解いて見下ろす支子。


「一方は次代の浅葱として。もう一方はその護衛として。姉妹に常に一緒に在るべき姿を、守り守られる関係を望んだ先代はアサギに新しい風を取り入れることを狙っていたのかもしれない。それでも姉妹が一〇歳の時、この国を襲った天災で命を落としたよ。民を守るために挑んでね」


 人が本来抗うことが出来ないであろう自然の驚異。それはいくら武芸に秀でたアサギの人間でも変わらない。だが、そのアサギの象徴としてある天子――琴吹家は代々伝わる加護魔法がある。


「動作型の加護魔法は練磨の果ての極致。だけどもう一つ。血による継承があるのはあまり知られていない。この国の象徴を代々務められるほどのソレは、天災から民を守るために立ち塞がる程度には力があったわ」

「――程度って、それは……」


 アスワドが絶句するのも無理はない。それでも支子、いや彼女を含める天下八絶にとっては「その程度」。


「問題は生まれて一〇年しか親という最大の庇護を得られなかった姉妹。琴吹の当代が忌子である現状を嫌う者たちはここぞとばかりに動いたわ」


 それでも姉妹は、彼女たちに味方する数少ない者たちの助力を得ながらそういった苦難を乗り越えてきた。どんな時でも手を取り合って――そんな両親の願いを常に胸に抱いて。


「そしていま。エタン帝国が侵略を進めるこの世界が姉妹に牙を剥いたわ。アサギの練磨された技はエタンの底の見えない力に摩耗して、遂には天子を差し出せとまで言われる始末。当然そんな要求呑めるわけが無かった。でも……その要求を呑みつつも、忌子の問題すら解決できることを気づいた者がいくらか居たの」

「どういうことだい?」

「当代天子である六代目浅葱は双子であり、瓜二つの姉が居るということ。その姉こそが忌子であり、数年の苦難の内に影武者にまで貶められた――時代に望まれなかった者」


 アスワドは戦闘中だったことも忘れて支子の唇に注視し、その声に聴覚の全てを集中していた。


「琴吹 浅緋。時代の流れに望まれず、故郷の人間に忌み嫌われ、妹を守るために課してきた己の生が人身御供としてしか受け入れてもらえない。天子は、六代目浅葱は言ったわ」


 支子が再び大典太をアスワドに向け構えた。


「姉を助けてください……ってね。先代たちの忘れ形見の一欠片。あなた達にアルヘオのお姫様のように、彼女を救う力はあるかしら不屈の七鐘(おひとよし)?」


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今後も宜しくお願いします!

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