2章:天下往来の隔絶者たち 01
更新が遅れて申し訳ありません。
少しずつ、再開していきます。今後もよろしくお願いします。
浅緋を自分たちの魔動力車に連れてきたブルは、そのまま彼女を車内に招き、けがの治療をすることにした。
浅緋は魔動力車のようなものは初めて見るのか入る前からもの珍しそうに視線を巡らしており、車内には居ると移動手段の乗り物に関わらず予想以上に広い車内と中央にある座卓や隅にある収納式の寝台などに驚いたようだった。
「……すごいな。それほど豪華というわけでも無いが、必要以上に生活環境が整えられているのだな。話には聞いたことはあるが……ブリスコア、技術大国というだけあって中々画期的な発明を生んでいるのだな」
浅緋が驚くのも無理はない。ブルたちのように国の重鎮でもなければ裕福な商人や、富裕層でもないのにブリスコアの最新にして最高級の発明品を使用している人間は普通では考えられない。
ソムニオンでは馬車や牛車を始め、動物たちに牽いてもらうような生き物を動力源にしたものが複数の移動手段や輸送手段では主流だからだ。発明国ではないアサギの人間である彼女が初めて目にしたことは不思議なことではない。
「ほれ、薬を塗るからこっちに来んか」
初めの印象とは違い、少し子どもらしい振る舞いをしている浅緋に頓着せずに救急箱を取り出し浅緋に近づく。
浅緋の手を取り、血や汚れを落とした後、薬を染み込ませた清潔な布巾で傷を軽く撫でるようにしていく。浅緋は薬が染みるのか傷に布巾が触れるたびに掴まれた腕を引っ込めようとするが、
「……お前さん、武人なんだから痛みにはある程度慣れてるものではないか?」
「それとこれとは別だ。全く、ブルはもう少し気を遣うんだな」
気まずそうに目を逸らして、拗ねたようにそっぽを向く浅緋に苦笑して治療を続けていくブル。布巾を浅緋の傷に当てる仕草は少し慎重になっているあたりブルも気の利く男である。
「……手慣れたものなんだな」
「なに、こんな時代に傭兵家業で稼いでいた時期もあったのでな。己の生傷を治療することもざらではなかった。今は戦闘行為に加担するのではなく、そういった行為に介入して人助けのようなものを生業にしようと、一月ほど前に出会った者たちと決めたんだがの」
「…………どうしてこんな時代に、あえてそんな困難な道を選んだのか聞いても?」
浅緋はそこにブルたち〝不屈の七鐘〟の、強さの理由があるのではないかと思ったのだ。自分も過酷な現実を前にした今、その強さを知りたかった。
「ふむ。なに、大層な理由があったわけではない。何も自分たちが理不尽な現状に直面したわけではないのだ、ワシらは」
浅緋の腕に包帯を巻きながら、ブル。
包帯を巻かれるままの浅緋は少し拍子抜けした。というのも、彼らが〝アルヘオ事変〟で見せた行動は、過酷な現実に対する怒りや不満から来ているかと思っていたのだ。それ故、彼ら自身過去に何らかの理不尽な目に遭ってきたのではないかと思い込んでいたのだ。
「ただ、今の時代、強大な力を持つものが利己的に起こす行動で大多数の弱者が虐げられておる。彼らにしてみればとても理不尽だとは思えんか?
家族と、友人と、恋人と、ただ一日一日変わらぬ日々を過ごしたいと思っても、より大きな利益を求めるものらが動いた余波に巻き込まれる……戦争なんてまさにそうだとは思わんか?」
国の上層部の人間にしてみれば、国の為だというのだろう。事実そうであるのかもしれない。それでも、その行為は絶対に必要なモノだと言えるだろうか?
「ただ、目の前で困っている人間を、放っておけなかっただけなのだ。ワシらは。きっと周りの人間はバカだと言うのだろうよ。それでも、放っておくことの方がワシ等にとっては悔いの残るモノでな」
包帯を巻き終えた腕を軽く叩いて浅緋に「ぎゃっ」と呻かせながら、
「――しいて言うなら性分、かの」
「……それだけで、世界の流れに抗うの?」
「それだけとは言うもんだの。人間、生を受ければ後は老いて、または病で、他者や自然災害というような外的要因で、死にゆくのみ。誰でも等しく結果が変わらぬ人生を精一杯生きるということは、それこそ〝抗う〟と言ってもいいだろうに。
人間は誰だって、いつでも、どこでも、死に抗って生きておる。その抵抗が続かなくなりそうな人の背中を少しばかり押してやる。ワシ等はただそんなことをやっておるだけだ」
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浅緋はようやく気付いた。彼らは強いのではなく、
――優しい、と言うべきなんだろうな。それも、他に類を見ないくらいに甘いと評すべき位に。
彼らのように、人の善性ばかりを体現している人間が多いわけではない。広い世界、厳しい時代だ。先ほどのブルの言葉を借りるならば抵抗の末に他者を生贄にする人間だっている。
彼らの甘さは付け込まれることも有るのだろう。
「……それでも、その生き様がブルたちの〝抵抗〟か」
「まぁ、そんなところかの」
眼前の小柄な体躯が今更照れたように落ち着きなくそわそわする。
と、視線の先に捉えたのはキッチンだろうか。動きを止めてこちらに提案してきた。
「お前さんから聞いたこの国の状況も仲間に話せんといかんからの。お茶でも飲んで待つとしようか。お前さんもお茶ついでに疲れを癒しておくがいい」
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関所の中でも人のざわめきが大きい道をきょろきょろ落ち着きなく歩く、小さな姿があった。
コキアだ。
横にはヴィオレッタ、少し前にはベルデが歩いている。彼女たちはコキアを連れてどこか軽食でもとろうかと考えていた。
「ずっと保存食か、サバイバルだったものねぇ。食材を買うのは当然としてもまずはちゃんとした料理を久しぶりに食べたいわ」
「ベルデの故郷なんだよね? 何かおすすめとかないのー?」
「……そうですね。軽食とはいっても時間からしてあまり量は求めない方がいいでしょう。ですから団子なんかちょうどいいと思いますね」
ちらり、と振り返って答えるベルデ。その所作に黒髪が揺れる。
「まぁ、妥当なところかもね。おやつ的な感じで。歩きながらでも食べられるし」
茶屋を探して人混みを縫っていく。
ベルデは目の動きで、コキアは団子を知らないので興味の向くままに首をめぐらし、ヴィオレッタはベルデに任せてコキアに意識を向けながら。
「あそこにしましょうか」
ほどなくして一軒の茶屋が見えてくる。軒先に一つ長椅子が置かれており、建物の中にも椅子とテーブルがセットでいくつか設置されていた。軒先の長椅子に男性客が一人いるが、他の客はいないようだったので待ち時間も少ないだろうとベルデとヴィオレッタはその店で団子を買うことに決め、コキアを連れて向かう。
入り口の暖簾を手で掻き分けてベルデが先ず店内へ。コキアは暖簾に頭が届かないのでそのままポテポテと付いていくだけだった。入り口に入るまで男性客の服装が初めて見るものだったのか、視線を外さずにいた。
男の服装は頭を頭巾でもかぶるように布で覆い、白と黒二色の出で立ち、脚にはバランスの取り辛そうな高下駄を履いていた。横に置かれた皿には幾つもの串が重ねられており、今も黙々と団子を頬張っている。
コキアが完全に店内に吸い込まれ、その後をヴィオレッタが続き……男が首をめぐらして店内へと顔を向けた。
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興奮に包まれた場所がある。
関所内にある、とある定食屋。店内は落ち着いた雰囲気を出す木の壁だが、飾られた赤い提灯やそこかしこに貼られたメニューが庶民に親しみやすさを感じさせる。メニューに混じって壁に貼られた紙には「完食できたら無料! 巨大筍定食」と書かれたものがあり、
「おいおいおい! まさか他所モンが初めての完食者になっちまうのか!?」
店内の客が固唾をのんで見つめる先には、二人の男女が巨大筍定食とやらを貪っていた。男の方はその食べっぷりからは信じられないくらい痩身だ。その横に腰掛ける女は髪の毛が跳ねており野性味を感じさせる、長身だった。
アスワド・ネブトンという青年と、ファン・ムシンという女性である。彼らは関所に着いた瞬間、少ない金額でより多く腹を満たせる店を探して駆けずり回った結果、この店の完食できたら無料という告知を見付け乗り込んだのである。
「……中々ボリュームのあるメニューだね!」
「……あたしは出来れば肉が良かったけど、この際文句はないかな。腹は満たせそうだし」
タケノコをぼりぼり齧りながら会話を交わす二人の前で、店主が苦虫を噛み潰したような顔をしている。そもそもあんな張り紙をするということは、食べ切れる人間などいないとでも思い無料を餌に挑戦する愚か者からしっかり代金を頂こうという腹積もりだったのだろう。悔しがるのも無理はない。
「筍というモノは初めて食べたけれど、歯ごたえがいいね」
「同感だよ。このご飯とかいうのも初めてだけど、これに入ってるのも筍?」
「……へぇ、炊き込みご飯でさぁ」
完食も時間の問題だと悟ったのか、店主は溜息とともに表情を緩め質問に答える。
「お客さん、米を知らねぇんで?」
「んー……大体パンがメインだと思うよ」
「この箸ってのも使いにくい」
「米と箸はアサギとその近辺でしか見られない食べ物と食器だものねぇ」
と、会話に加わってくる者が居た。
アスワドとファンが一旦箸を止め、右を向く。そこに腰掛けていたのはファンと同じくらい身長のありそうな、白髪の女だった。
「筍もアサギ周辺の山でしか見つからないんじゃない?」
今度は左を向く。姿勢よく膝に手を置いた、茶色の髪を三つ編みにした女が微笑みながら言う。
「それにしても……二人とも気持ちのいい食べっぷりね」
「あはは! こんなことで気持ちが上向くなら、もっと食べるよ!」
そして再開する二人の食事は、中断する前にも増した勢いで眼前のターゲットを消化していくものとなる。
「ホント、清々しいくらい勢いあるわねぇ……」
「見てるだけでスカッとする他人の食事風景なんて、初めて見たわ……」
アスワドとファンを挟んだ女はどちらも、所有物であろう太刀を近くの椅子に立てかけていた。
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「……あの豆タンク、どこ行ったんだ?」
「豆って……ブルが聞いたらどう言い訳するの?」
「タンクというほどガタイがいいわけでも無いがな」
雑踏の中を、右に左に視線を巡らせながら進むのはカネミツ、アンナ、グレイ。元々、ベルデ達と行動していたアンナは途中、何かを探すそぶりを見せる二人を見付け理由を聞いたうえでこちらのグループへと移動したのだ。
「大体、お金をブル一人に預けるなんて何考えてるの」
「いや、ブルが一番任せられそうだったし」
「……右に同じだ」
呆れた、と呟いてブルを再び探し始めるアンナ。カネミツ達三人の中でお金を持ち歩いていたのはブル一人だったので、万が一トラブルに巻き込まれていないとも言いきれない。そんなこともあり、こちらに混ざっているアンナである。
「見知らぬ土地では万が一のことを考えてお金は分散して持ち歩くの! 一人の場合でも普段の場所以外に、服の下なり靴の中なり用心するものなの。その土地の人にとって余所者っていうのは、それだけいいカモに見られてるんだから」
商人などのように仕事で、または国の役職のような肩書と関係なしに地元を離れることのできる人間はこの時代少ない。費用が掛かることは勿論、世界規模で治安が悪化しているので余所者は〝かなり余裕のある人間〟がほとんどだからだ。
「無銭飲食するつもりだったのかこいつッ!」
と、どこかから怒鳴り声が聞こえた。カネミツ達三人は顔を見合わせてから早歩きでその場所へと向かう。
「ブルかな?」
「どうかしらね。でもトラブルの気配はするから可能性はあるでしょう」
「……しかしブルは金を持っている。今の怒鳴り声はおかしくないか?」
人混みを掻き分け三人が目にした光景には、見慣れたサギール族は居なかった。グレイの指摘したようにブル絡みのトラブルではなかったようである。
彼らの目の前に居たのは四人の人間。一人は怒鳴り声の主だろう、前掛けをした中年男性。その前に居るのは三人の女性。
一人は小柄で子どもと言われても納得できそうだ。しかし背負った物が異彩を放っている。布に包まれた三メートル超の、棒状の「何か」。
横にいた腰までの黒髪を持つ、凛々しい顔立ちで冷たい雰囲気の女性が小柄な方へと声を掛けた。彼女も長い棒状のものを布に包んで持っていた。
「……あなた、お金はどうしたのです」
「お主が我の代わりに払うだろうと思ってな」
「……それは人としてどうなんでしょう」
最後に呟いたのは、ずっと目を伏せた女性だ。リボンで纏めた琥珀色の髪の毛が僅かな挙動で解ける。穏やかな雰囲気があるのに腰には太刀を佩いている見た目がどこか歪に感じられる。
「黙れい! 我の代わりだぞ、光栄ではないか!」
「傍迷惑です」
「ちょっとご遠慮させてもらいます」
カネミツ達が地団駄踏む人物を中心にした集まりを、少し呆気にとられて見つめていると三人の女性がその視線に気づいた。
「そこの者たち! 光栄に思え! 我の飲食代をおごらせてやるぞ!」
カネミツがあんぐりと口を開けて、
「なんて図々しいねだり方だ……」
グレイが諦めたように首を振り、
「ここでブルが来れば、こちらもあちらも問題を解決できるな」
アンナが額に手を当てたうえで空を仰ぎ、
「……次から次へと、厄介な……」
三者三様に呻いた。
●
「……もう一度言ってみろ、黄櫨」
「ふぁはは! そう威圧するな――〝想いの煌めき〟」
ドスの効いた声を放ったのは、アウグストゥスだった。対面には天下八絶の一人、黄櫨。二人の老人は関所の入り口、その傍にある兵舎の一番奥の部屋で向かい合っていた。
「貴様……」
「儂ら五人。捨てきれぬ過去の異名じゃろう」
「…………それはこの際どうでもいい。何故、今この関所内にヤツらを放った?」
アウグストゥスが射殺すように睨んでも黄櫨は動じない。愉快そうに笑いながら会話するだけだった。
「お主もまさかこの国に来て歓迎されるとは思ってはいないじゃろう? アサギは今、中々厄介な状況にあってのぅ。まぁ、天子が姉を救うためにお主らを利用したことは確かじゃ」
そこで黄櫨は笑みを消し、真っ向からアウグストゥスの視線を受け止めた。
「しかし、お主らがアサギの現状を掻き回す材料になれる力があるのかまではハッキリと把握しとらん。かの〝アルヘオ事変〟については聞き及んどるが、前回はお主らが自ら首を突っ込んで掻き回したが、今回は儂らの動きにお主らを巻き込む形になるだろう。ただ翻弄される程度なれば、逆に浅緋には関わってほしくないんじゃよ」
「……浅葱は何を考えている?」
黄櫨が、ゆっくりと笑みを浮かべていく。
「大反攻、じゃよ」
「帝国軍を本国へ撤退させると?」
「そのための天下八絶への出撃要請。そこで浅葱は姉の存在を公にするじゃろう」
その言葉にアウグストゥスは眉をしかめる。彼には意味が分からないことのようだった。
「何故今更? 今まで存在を隠してきたのは影武者の役割もあってのことだろう。今後の浅緋についての扱いはどうするつもりだ」
「わからんか? 帝国の要請は浅葱を差し出せというモノだったが、向かったのは本人ではないと明言することで国としての姿勢をこれ以上ないくらい強烈に示すのじゃ」
天子を差し出す気はない。
天下八絶を使ってまで抗う。
帝国には譲るものなど何ひとつない。
それが、浅葱の――アサギの答え。
だがそれは、
「非戦派が黙ってねぇだろう。それを予測したのならばすぐにでも浅緋の確保に動くだろう。捕えたならば即座に帝国に引き渡しだ。
それにお前らの目論見が上手くいったとしても浅緋の危険は変わらねぇ。帝国からは謀った見せしめとして真っ先に狙われるだろうし、更にその考え方だと国から見捨てられたと浅緋が認識するぞ」
浅緋が帝国陣地に向かったのは、上将を始め帝国十二将といった主だった実力者を排除することでアサギを有利にするためだが、その動きも帝国の要請が切っ掛けであり、それを利用して陣地深くまでは己が天子と名乗ることで踏み入るつもりだろう。
その行動をとる人物を本物の天子が偽物だと暴露するのだ。恐らく公表と同時に帝国軍へと強襲するのだろう。相手はアサギが降伏したと思っているのだ。何しろ浅葱に瓜二つの浅緋が、天子だと名乗り陣地に現れたのだ。帝国の提示した条件を呑んだと判断してもおかしくはない。帝国にとっては騙し討ちであり憤慨も当然だと言える。
またアサギとしては、帝国に一矢報いた影武者の〝弔い〟が期待できる。命を懸けて、帝国を油断させ、打ち砕くチャンスをくれた少女の勇気に応えろ、と。生きているなどと思われている筈がない。
そして、その状況に立たされた浅緋はどう思うだろうか? 己の行動を利用した反攻作戦だ。妹に、故郷のために、我儘であったとはいえ動いた結果が〝コレ〟ならば。
「――自分が抱いた想いを裏切られたと思うんじゃねぇのか……!」
「……相変わらず、人の想いに共感する奴よ。しかしこの状況で抗戦を主張する為政者としてはあながち否定できんじゃろう? 影武者を使った潜入作戦とも言える。浅葱も天子としての立場と妹としての立場で相当迷ったんじゃ」
ふっ、と力を抜くように息を吐く黄櫨。
「じゃから、期待しておるのだよ〝不屈の七鐘〟に。世界の流れに翻弄される姉妹を、その人柄で救ってほしいとな。その為の試練だと思うてくれ。この話が知られると意味が無いのでお主はここで監視させてもらうがのぅ」
「……浅葱は浅緋の存在を公にすることで、個人としての人生を姉に歩ませるつもりだろうが、無茶苦茶にもほどがあるんじゃねぇか?」
「そのためのお人よし、じゃろう?」
「……くそじじぃめ」
「お互い様じゃのぅ」
忌々しい呟きと、朗らかな笑声が空気に溶ける。
誤字報告含めた感想やご意見などお待ちしています。
特に今回のアサギの方針なんかは、素人考えなので不安です……。
おかしいと思うことがあれば、ご指摘いただけると嬉しいです。




