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不屈の七鐘  作者: losedog
第二幕:芸術大国・アサギ編
35/43

1章:その出会いは必然か 04

遅れて申し訳ありませんでした。

試行錯誤して書いたところですので色々ご意見など頂けると嬉しいです。

 関所内の裏道は表道と比べてやはり治安は悪いのだが、今まで訪れてきたどの国よりも十分に人が通れる道だとブルは思った。

 最初こそ兵士崩れに絡まれたが、それ以降は特に問題なく道を進んでいる。ならず者と言えど、世界最高の武人を擁すると謳う国なだけに住民も彼我の実力差を見抜くことに長けているのかもしれない。そう感じるのも、路上に直接座り込む子どもやボロボロの建物の壁、居た戸板の間からこちらを確認する男たちがブルと浅緋を見止めた瞬間悔しそうに舌打ちするのである。まるで、獲物じゃなかったかと言う様に。


「……ブル。一つ聞いていいかな?」

「なんだ? 答えられることならいくらでも構わんぞ?」

「……この国には、何をしに? 今、この国は帝国との緊張状態が著しく悪化してきているのだけど、そんな中わざわざ来るのは珍しいわね」

「ぬ? そうなのか? 緊張状態は常に起こっていたのであろう、帝国との間では」

「やっぱり知らないのね……」


 浅緋の嘆息に、ブルもきな臭さを感じ聞き返すのに一拍の間が空いた。


「……何かあるのか?」

「帝国はアサギに対して降伏勧告を出したわ」

「なんだと!?」


 ブルはその情報を未だ知らなかったので当然だが、かなりの衝撃を受けてしまったようだ。自分たちが起こした「アルヘオ事変」のほとぼりを冷ますために帝国と最も均衡した国力を有する大国と言われるここへ訪れたのだ。

 浅緋の方へ振り返ると、彼女はジッとブルの方を見ていた。黒い瞳は良く見ると茶色の虹彩を内包しており、とても澄んでいることにブルは気が付く。


「アルヘオ事変。あの出来事が帝国の姿勢をより強硬にしてしまった」


 歩きながら、聞き、もう一人が話す。帝国がアサギに対して示した講和の条件を聞きながら。そこから両国の意図をできる限り探りながら。


「帝国に逆らいながらも、無事目的を達成した人たち。当然己の武力を当てにしている帝国にとってそれは許しがたいものだった。だから、別の方面で、より圧倒的な武力を示そうと躍起になっているの」


 それを、大国の併呑という形で示そうというのだ。


「なるほど。この国でもゆっくりすることはできなさそうだの」

「とにかく、そんなワケでこの国は今岐路に立っているの。折れるのか、否か。そんな国に何しにやってきたかのかと思ったけれど……」

「うむ。まぁそんな事情は知らんかったのでな。ただワシらも色々厄介事を抱え込んでおるので、この国で少し身を落ち着かせようというところだったんだが……まぁそこは仲間たちと情報を共有したうえで今後の予定を決めよう」


 特に狼狽えることもなくそう結論する。そんなブルを、浅緋はどこか眩しそうなものを見るような眼で見ていることに、彼は気が付かない。


「ブルは、強いな」

「ふむ?」

「普通は自分が訪れた国の事情が、ここまで緊迫したものならば逃げ出したくなったりしない? 自分に何が出来るのか模索して、自分の無力に嘆いたりしない? こんな状況に自分を置く世界に、失望しない? 少なくとも私は……悔しかった」


 未だに自分の右手を握って引いていく、小さな背を見ながら浅緋は内心を吐露した。


「自分の大切な人が、生まれ故郷が危機に瀕しているのに。この国のために、私が出来ることなど限られていると、そんな事実を突きつけられたことが悔しい」


 それが浅緋の切っ掛け。ブルは浅緋の正体について把握していないので知る由もないが、浅緋は浅葱が危地に陥った時、影武者という役割を背負っていた。普段から、妹の近衛として守ってきた身だ。その役割に不満があったというわけではなかった。

 ただ、今のアサギで。

 帝国に言われるままに「妹の死」を演じることには抵抗があった。


「……私は身代わりなんかじゃなくて、盾になってあげたかったから今まで頑張ってきたのに」


 差し出される生贄なんかじゃなく。

 妹を死なせないために背負った任と、磨いた技だった。

 なのに。

 帝国に媚びるために、天子の姉という身分を活かせと言うこの世界の状況が。

 悔しくて、悔しくて、仕方が無かった。

 そんな時に、見たのだ。

 想いのままに行動する者たちを。

 助けたいままに人を助ける者たちを。

 それは、とても眩しくて。

 それは、とても羨ましくて。

 だから。

 我儘だとしても、妹のためになることの方が可能性が低いとしても。

 自分も、想いのままに行動してやろうと決心がついた。

 人の想いを揺り動かすその生き様が、とても強いと思ったのだ。

 ブルは気付かれていないと思っているのかもしれないけれど。

 たしかに、アルヘオ事変の映像は荒いもので、個人の顔は判別しにくいものだったけれど。

 帝国に手配されたのは、組織としてであって個人の名前は広く知られることが無かったけれど。

 それでも、自分の目に、耳に、あの時見た映像の全てが残っている。目の前の人物が誰かということを一目見て疑い、名前を聞いて確信をした。


「……でも、その強さに救われたよ」

「先ほどから何のことかわからんぞ?」


 自分の背を押してくれたその強さに、感謝しよう。

 そう、思ったのだ。

 そう、したかった。

 なんとなく、今、言っておきたいと感じたから。


「おかげで私も真っ直ぐ、想いを貫けそうだよ。結果はどう転ぶかわからないけど……ありがとう、ブル。その強さは失わないでほしい」


 生まれて初めて、妹以外の相手に心の底から笑顔を向けられたと思う。


「――――」

「むっ。なんだ呆けて。いや……確かに脈絡のない会話ではあったが、そんな間抜け面することも無いじゃないか」

「いや、スマン。いきなりのことで驚いたのでな……ふむ、怪我の手当てのために少し急ごうか」

「あ、おいブル? ちょっと速いぞ」


 ブルの顔が上気していたことに、浅緋が気づくことはなかった。



     ●



 そこは正方形に区切られた部屋だった。四面の内、一つが出入り口ために(ふすま)で開閉可能の面となっている。その両脇の壁はどちらも板張りになっており、磨かれた表面はこの部屋が身分の高い人間の部屋だと慎ましく主張している。そして、襖の反対側。壁よりも光を反射する板張りの床よりも一段高くなった畳、御簾に囲まれた小さな空間。そこには御簾に映し出された影で人が居ることが分かった。


「……それで、姉さんは?」


 御簾からの声はまだ幾分幼さを残した、少女のもの。


「かなり手加減したとはいえ、儂らから逃げ切ったぞ」

「そう……これで姉さんを縛る鎖を一つ、切ることが出来た」

「……浅葱(あさぎ)、良かったのか? 国としては非戦派の考えを受け入れたほうが国力を削ぐこともないのじゃぞ?」

「でも、こうでもしないと非戦派に文句を言わせずに姉さんを逃がすことが出来なかった」

「確かにそうじゃのう……明らかに手加減したことくらいは分かるとは言っても〝追撃した〟という事実がある以上、非戦派も強く出られまい。それが儂ら天下八絶ならなおさらじゃろう」


 少女と話すのは老人。天下八絶、黄櫨(はぜ)。正方形の部屋には彼と少女――浅葱の二人だけしかいない。


「浅緋が居なければ、非戦派も浅葱を失いたくない以上考え直す可能性が出てくるとは言え我儘なお願いをするものよ」

「それでは、姉さんを見殺しにしろと? 今ではたった一人の家族で、今まで一番近くで私を支えてくれたのよ? 天子という役割を背負うことになったあの日から、浅葱という少女の顔を今も失わずに来れたのは姉さんがいたから。そんな姉さんを〝天子の影武者〟として差し出すなんて〝浅葱という人間〟として断じて許すことはできない」

「……情を捨てることも政治には必要じゃぞ?」

「人を愛することが出来なくて、どうして国を愛せるというの? 国を動かす人間として、国を愛するために、この国の人間を易々と切り捨てることを私は決して選ばない」

「…………それは、逆に国を追いこむことになってもか?」

「それを食い止めるための天下八絶、そして天子の血筋でしょう。少なくとも情を切り捨てた選択を提示するのは私の役目ではないの」


 黄櫨は御簾の奥で少女がぷいっと顔を背けるのを空気の動きで感じ取る。


「拗ねるな拗ねるな。問題はまだあるんじゃから。そのことで話があるのだろう?」

「……そうね。このままどこか逃げてくれれば嬉しかったのだけれど、姉さんは十二将を直接討ち取ろうと考えているのね?」


 黄櫨の問いに渋々という感じを隠すことなく浅葱が聞きたかったことを尋ねる。それは浅緋が打ち倒した〝門弟級〟の追手たちの証言だ。


「妹のために、じゃな。妹が情に厚いなら姉も同じというところか。生贄になるくらいなら己の全てを掛けて、妹の、故郷の命運を決めたいのだろう。そのリスクを押し殺して突き進む気概、お前たち姉妹は今まで律しておったが……」

「アルヘオ事変で見た、〝不屈の七鐘〟の影響だと思う。守ってくれてたとは言え、姉さんは今まで自分を押し殺して、私のためにリスクを避ける行動をとっていたもの」


 黄櫨もその考えが正しいだろうと思う。浅緋は極めて己を律することに長けた少女だが、本当に嫌なことは律することやめて、色々な事情を吹っ切って行動するところがあることを知っている。姉妹の両親亡き後、姉妹の面倒を見てきた一人としてそれくらいは把握しているのだ。

 今回は正に吹っ切ったのだろう。ただし、妹のためにというなら影武者として命を散らすことも一つの選択だ。それを選ばなかったということは、その道だけは絶対に嫌だったということなのだろう。

 一度でも、僅かな期間でも公に妹が死亡したとされることが?

 〝鬼の国〟とまで言われた、最も洗練された武人を擁する故郷が屈することが?

 無抵抗に、ただ言うなりに帝国に命を散らされることが?

 恐らくすべてが重なっての決断だろうと黄櫨は思う。浅緋も武人として積み上げた〝己〟というモノを持っている。理屈ではなく感情の面で譲れないモノがあるのだ。

 浅慮だと、無謀だと、無責任だと罵られようとも。

 想いのままに行動することでしか、守れないモノというものもあるのだ。

 それは、今の戦乱が広まりつつある世界ではより顕著に表れる。


「ねぇ、黄櫨?」

「なんじゃ」

「……姉さんは、私のために、この国のために〝最高〟の結果を掴むために行動してるのね?」


 浅緋を影武者として差し出すことは国として〝良質〟の選択と言える。天子という国主を失うことなく、戦闘を中断することで人的被害を抑えることが出来る。講和を受け入れることでどのような扱いを受けるかは未知数だが、未来に可能性を残すという点では現実味があるのだ。


「そうじゃな。浅緋は可能性ではなく、生か死かをきっぱりと意識して行動しておるの。それも……浅葱。お前の、この国の生と死じゃ」


 対して浅緋の行動は当然褒められたものではない。しかし浅緋の目的が十全に達成されたならこの国は今まで以上の勢いを得るだろう。帝国の誘いを蹴るばかりか帝国十二将をも討ち取るということはそれほど大きな影響だ。帝国が躓きを得た後に本気になったところを、更に転倒させるのだ。

 反帝国の勢いは当然強くなり、今まで帝国に抱いていた「逆らっても無駄だ」という諦めを払拭できる。それは、今のアサギに一番欲しいものだ。

 追い詰められたこの国に、帝国に抗う歩みを生み出そう。

 それは、妹を、故郷を救う手立てになるだろうから。

 アサギだけではなく、小国家群も同調するだろう。資源が少ないからこそまとまることが大切だから。


「あ奴はこの国の現状をよくわかっとるよ。ただこの国の未来を引き延ばす為じゃダメだと。本当にこの先も今までどおり生活したいなら、まとまって対抗するしか現状の手立てはないと。帝国はそれほどに強大だと。そのために妹の味方を増やす必要が、この現状にこそ抵抗する必要があると。

 本当に必要なモノはただ流されることでは手に入らん。

 流されたその先に、本当に必要なモノはないからのう。押し流そうとする流れの源泉。その場所まで抗って初めて、ソレは見えてくる」

「そう、ね。だから姉さんは……ううん、私も抗うの」

「それで、アレを呼び込むために一つ手を打ったんじゃな? わざわざ儂等に〝命令〟という形を使いおって。傍から見ればアルヘオ事変によく似た、強要された死に抗う少女という図じゃしのう」


 天下八絶は今まで政治に絡んでこなかった。それは介入することで大きく流れを変えることが出来るため本人たちが不用意に動かなかったこともそうだが、その実力から誰もおいそれと協力を要請などできなかったのだ。不興を買えばどうなるか。味方したものに必ず成功をもたらすとまで言わしめた実力は、逆に敵になれば確実に負けるということも示唆している。そしてそれは、天子であっても不用意に命令できないほどに。天下八絶という名は、それだけの実力と、影響を意味している。


「なによ。旧知の人物があの組織に関わってるって(そそのか)したのは誰あろうあなたじゃない」

「ふぁっはっは! 違いない! なぁに、もうこの国に来とるぞ。懐かしい気配が幾多の気配とともに先ほど浅緋の気配と同じ関所にたどり着いたとこじゃ。どうやら世界の流れは浅緋を見捨ててはおらん。狙い通り、浅緋を助けてくれるじゃろう。一月前のようにのう」


 懐かしげに眼を細め、顎を髭と一緒にさする黄櫨。その黄櫨の言葉に一つの条件をクリアしたことを知った浅葱は安堵のため息とともに呟いた。


「それじゃあ、私たちも動きましょうか。帝国との講和などという僅かな延命ではなく、帝国に勝つ道を往くために。姉さんを影武者なんかにさせないために。私も、この国も終わらないために。

 何より、いつだって最高の未来(あした)を迎えたいという――この想いを貫くために」


次は、あまり悩むことなく書きたいです……。

今後ともよろしくお願いします。

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