1章:その出会いは必然か 03
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アサギは帝国のように都市が城壁を備えた造りではない。国の中枢へと繋がる道の各所に関所が設けられており、それが戦時には前線基地や中継地の役割を担うことも有る。そのため関所の周りには村と呼ぶには大規模な集落が出来る。首都を中心に円状に拠点が広がっていることが特徴だ。
そんな関所の中でも首都にほど近い場所。アサギ周辺では頻繁に目にすることのできる木造の建物が連なり、直接土を均しただけの地面からは野草が風に揺れる。
「ん~……っ」
関所の傍で伸びをする少女は十代半ばだろう。白金髪が日を照り返し放つ光はその整った顔立ちも相まって目に眩しい。
「んぅぅうぅ?」
その隣で少女を見上げながら伸びの仕草を真似るのは幼い女の子。
アンナとコキアだ。
彼女らはアルヘオ事変の直後から移動を続けてようやくここまで辿り着いた。ブリスコアが大陸東側、アサギは西側にあるので大陸を横断したとも言える。常に走り続けることが可能な魔動力車が移動手段であったこと、現在の世界情勢下でもスムーズに進行出来る道程を把握していたアウグストゥスたちが居たからこその移動期間と距離である。
二人の後方では関所の門で止まっている魔動力車が三台。丁度入所審査を受け終わりこれから関所内の宿へ向かうところだ。
「ねー、アンナ。あれ壊れちゃったの?」
指差すのは魔動力車である。長距離を移動してきたため少しメンテナンスの為、宿を取りこの関所内に逗留することになっている。その説明を聞いたときに修理と勘違いをしたのだろう。
「ううん、壊れてはいないのよ。少しあの車をきれいにしたりするの。コキアも身体を拭くだけじゃなくて水浴びしたいでしょ?」
「そうねぇ。流石に身体拭くだけじゃ女として廃るもの」
「あ、ヴィオ。皆はー?」
「もう来るわよ。とりあえず今日は夜まで自由行動になるはずだから。ただし二人とも個人行動はダメよ? 最低でも二人一組での行動を心掛けるように」
これはコキアの勉強時間が終わった二時間ほど前にヴィオレッタからアンナに告知された方針である。一応アルヘオ事変は各国で知られることになったので王族という切っ掛けであるアンナは警戒することに越したことはないだろうとのこと。コキアはそもそも一人で行動をさせて安心できるような年齢ではない。
「一か月ぶりの街か。うまいもん食いてぇからお金ちょうだい、ヴィオ」
首を鳴らしながら出てきたファンを先頭にぞろぞろと続く集団。目的地前の小休止。お小遣いを管理されているファンとアスワドがヴィオレッタからお金を受け取り二人、街中へ突貫する。
カネミツとグレイ、ブルの男性陣三人は話をしながら雑踏に紛れていく。そんな仲間を見送った残りの女性陣、アンナとコキア、ヴィオレッタに新たに加わったベルデも並んで魔動力車での閉塞感を発散するため踏み出した。
●
ブルにとって人混みは地上の津波である。サギールという低身長の種族であるため彼はどうしても人混みに呑み込まれるからだ。右を見ても、左を見ても人の壁。一人一人が違う方向へ歩くその中を、足元と空しかまともに確認できないブルが移動するのは大変骨が折れるのだ。
「ぬう……何も見えんではないか」
人にぶつからないように歩こうと思えば、目的地すら視認できないブルは人の流れに従うしかないわけで。今ではもう、自分がどこをどう歩いているのかもわからない。最初は一緒に歩いていたグレイとカネミツの二人とも早々にはぐれてしまった。
と、ちょうど左手の方に民家と民家の間を縫う細い道があった。このままわけもわからず人混みに翻弄されるよりは……と、その隙間に入り込む。板張りの民家は少し陰気な雰囲気というのだろうか。かつて青い葉を茂らせていただろう面影はなく、日の当たらに場所に使われることになった木の板には蜘蛛の巣をはじめ、どす黒いシミ、コケ、数えることもバカらしい羽虫がまとわりついている。
「どこの国でも裏道はじめじめと陰気になるもんだの……」
小刻みな歩幅でサクサク進むブル。裏道と言ってもアサギは大国だ。治安は極めて悪いということはないらしく、物乞いや浮浪者のような一般人はまず関わりたくないような者は少ない。帝国と対立している以上、戦災孤児や戦傷を受けた元兵士と言った者が跋扈していたが。
そしてサギールという種族、何度も言うが小柄なのだ。その外見的特徴は当然大多数には子どもに見えたり、付け入りやすそうに見えたりと侮られやすい。当然、通常の道より治安の悪化した裏道を通ればブルも絡まれるのは必然と言えるものだろう。
「……道を開けてくれんか?」
「身ぐるみ全部置いてけば、道を譲ってやるよ」
ニヤニヤと立ち塞がるのは三人の男。三人とも元兵士なのだろう。一人は左腕が肩から無く、一人は右足が脛から先を木の棒の義足に、一人は左目から顎にかけて肌が引き連れた跡のような火傷痕を持っていた。
「止せ。お前さんらじゃワシの身から何ひとつ剥ぐことも出来ん」
ブルは親切のつもりで言った、溜息交じりの諫言であったが、目の前の男たちはそうは受け取らなかった。彼ら三人、元は兵士として国のために戦った者であるが、怪我で戦線離脱をした後は復帰も果たせず、ただ血の気ばかりを治安の悪い場所で濃くしてしまったのだ。
言葉も無しにいきなり襲いかかてくる。元兵士と推測できるだけに鋭い身のこなしである。それに加えてここはアサギ。世界の中でも最も洗練された技を用いる国だ。かつてコキアを助けた時に相対したブリスコアの現役兵士と比べても遜色ない。
相手がこちらに害及ぼすのであれば仕方ないと、ブルも身構えたその時。
「――同じアサギの民として、恥ずかしいな」
ブルの目の前に、一人の背中。その背に舞うのは艶やかな黒髪。声はどんな喧噪のなかでも届くのではと思うほど芯のある透き通った声音。
「このような子どもに、大の男が三人がかりで襲い掛かるとは……かつてこの国の技を振るった誇りはどこに置いてきた?」
左手で腰に佩いている太刀の鯉口を切る。チン、と涼やかな金属のすれ合う音が裏道で鳴る。
ブルはその人物――声からして年若い女性だと判断できる――が一体どうやって、いつの間に自分の前に庇うように立ったのか把握できなかった。誰にも悟られず、瞬きの間に入り込んできたその技量は絡んできた三人とは練度が違うものだった。
しかしブルは更に驚くことになる。いきなり、三人の男が地面へと崩れ落ちたのだ。ようやくその意味を理解したのはきっかり一秒固まった後。先ほどの金属音は鯉口を切った際のものではなく、納刀の際に生じたものだったのだ。
「安心しろ、峰打ちだ……さて」
目の前に立つ人物が振り返る。一重の瞼が彩る眼は凛々しい。その中央で煌めくのは深く、しかし澄んだ黒。顔の輪郭と合わせて大人びて見えるがそれでも二十代前半がいいところだろう。もしかしたら二十歳にもなっていないのかもしれない。
「大丈夫か、少年? 子どもはこんな裏道を通るものではない。すぐに引き返して表道へと出るといい。この国の技は健全な肉体、精神にこそふさわしいと言われたのも今は昔。今の世の中ではこの通り、荒みが顕著になってきたからな」
「……色々と言いたいことや、お礼もあるが。まず……ワシはこれでも十九だ」
「……なんと。これまた小柄な人がいたものだ。失礼したかな?」
「いや、正直助かった。礼を言う。見ての通り背が低く、表道では人の波のおかげで目的地すら目に入らん。そのために入った道であったが、やはり見た目で面倒事に巻き込まれるのはいい気分ではないのでな」
そう答えると少女――ブルは内心女性と判断するべきか迷ったが雰囲気からして少女の方が嵌まると判断した――が微笑した。
「しかしその外見のおかげで私も助けに入ろうと思えたんだ。そう自分の身体を卑下することも無いじゃないか」
「それはそうだの。それにしても……お前さんこそ、このような裏道を利用するには向いていないのではないか?」
ブルがそう問いかけた理由は少女の身なりにある。腰に佩いている太刀も相当な業物らしいと分かるが、服の装飾が細かく手間が掛けられたものだったのだ。アサギの一般人が身に纏うような反物を地とした足元までの着物ではなく、上半身は黒い胴当ての下に白の袂の長い服。下は朱袴と上下別になっているのだ。アサギで上下別の服装は珍しい。
「……まぁ、少し理由があって人目に付きたくないのだ」
「……ふむ?」
何やら厄介事のようだがそこはブルもお人よしである。特に気にすることなく、手助けできるなら手を差し伸べるべきか申し出ようとして……気が付いた。
「お前さん、ところどころ怪我しておるではないか」
少女の服も良く見れば擦り切れ、綻んでいる。服から覗く肌には出血して大分経つだろう黒い血がこびり付いている。顔も少し青白いようだった。
「あぁ……いや、少し厄介な状況にあって一昨日に負った傷だ。なんとか五体満足で抜け出せただけでも奇跡的だったんだが……手当てする暇もなく中央からここまで走り詰めだったんで放っておいたんだ」
「中央……ここまで走ってきたのか!? その傷で!? 馬でも二日三日は掛かる道程だろう!?」
中央とは首都のことだ。見たところ深刻なまでに深い傷でもないが、だからと言って放っておいてもいいような浅い傷でもなかった。全治に一週間近くは必要だろう。
「え?」
唐突な疑問の声は少女の口から。ワケは己の右手に感じた感触。ブルが少女の手を取っていた。
「お前さんも女子なら自分の身体には気を遣え。折角綺麗な顔をしとるんだ。身体に一生モノの傷を作るつもりか?」
数度瞬きを繰り返す。生まれて初めてそんな心配をされたとその表情が語る。
「いや……私は武人だ。生傷くらい気にしない」
「武人だからこそ自分の身体の手入れをしっかりせんか」
「そう言われると、返す言葉も無いな」
少女が苦笑して、ブルに引かれるままに歩きはじめる。ブルは裏通りを出るという選択を採らなかった。少女が人目を憚っているという事情を汲んで裏道から自分たちの宿の近くまで行こうと考えたのだ。
「ワシたちの宿に行けば手当くらい出来る。急いでおるのかもしれんが先ほど露払いをしてもらった礼くらいはさせてもらってもいいのだろう?」
「じゃあ……お言葉に甘えて少しだけ世話になろう。袖触れ合うも他生の縁とも言うしな。あなたとの出会いも何か意味があるのだろう。名前を聞いてもいいか?」
「お前さん、武人なら名前を聞く時自分から名乗るのではないか?」
「え? あっ!」
少しからかうと面白いくらいに狼狽し、血の気の欠けた青い顔にも朱が走る。
「……冗談だ。ブル・テッラ。よろしくの」
「……中々意地が悪いな、ブル。私は琴吹 浅緋。短い付き合いだろうがよろしく頼むよ」
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