1章:その出会いは必然か 02
大分短いですけど、キリが良かったので……
三台走る魔動力車の内、先頭を走る物にアウグストゥス・テンペストは乗っていた。彼は仲間の男たちと途中に寄った集落で購入した情報誌をいくつも広げていた。
「……帝国は大国も呑みこみ始める気だな」
記事には帝国軍がアサギの国境近辺にまで迫っているということが書いてある。今までも小競り合いが続いていたのでその記事自体はそこまで驚くものではない。だが確かに今までの記事とは異なる情報が載っていた。
「帝国上将が二人も出てくるたぁ、ついにアサギ攻めに本腰を入れるつもりか」
記事に乗るのは二人の名前。
北の亀甲黒雨軍を率いるセグロ・トルトゥガ。
西の虎爪白嵐軍を率いるティグレ・ガラ。
「……やはり我々の起こしたアルヘオ事変の影響でしょうか?」
記事を取り囲む男の一人がぼそりと言う。
七人の人情が引き起こした帝国への敵対行動。彼らも後方支援として参加していた事件である。あの出来事で小さいながらも帝国は面子を潰されている。武力を己の最大の強みとして掲げる大国が、個人単位の戦力に自分たちの行いを咎められ阻止されたのだ。魔法によって世界中に届けられた映像を見て、
『帝国も無敵ではない。帝国に抗って目的を達した者が居る』
と思った者は居るだろう。少なくとも小国家群は意気を取り戻したはずだ。今までの敗北しかない中で曝け出された、帝国の綻び。
「アルヘオ事変が関係ないということはあるめぇ。アサギと言えば……当代浅葱は年端もいかねぇガキだが肝っ玉はある。小国家群とともに逸早く反帝国を掲げたのもこの国だ。
だからこそ帝国は一番にアサギを落としたい。しかも大国の中でも一番帝国に抗する力を持つと言われてる国だ。アサギを落とせばアルヘオ事変で生じた打倒帝国の気運も呆気なく潰えるだろうよ」
近くに置いてある引き出しから過巻を取り出し、噛むアウグストゥス。
「……このような時期にアサギに入国しても大丈夫でしょうか?」
「今しかあるめぇ。これより後だと戦闘に巻き込まれちまう。それにあの七人の装備も含めて色々上等なものを揃えようとなればアサギに出向くしかなかっただろう?」
「それは……」
「あのバカどもがアサギでどういった行動をとるかまでは分からんがバックアップを請け負った以上、奴らのコンディションを最高にしてやることも一つの仕事だ」
なんだかんだ言いつつも彼らもお人よしである。元々戦災に巻きこまれた集落などを訪れて自分勝手な施しを与える物好き集団である。カネミツ達に感化されてというより、同じような仲間が増えたとしか思っていないのだ。そんな彼らだからこそ仲間の心配をし、補助をする。
「それに見ろ」
アウグストゥスが記事の一か所を指差した。そこは帝国軍に関する記事ではなく、アサギ国内の事件に関する記事が書かれていた。
「帝国の兵量に削られる国力、帝国の講和条約の打診、アサギの返答、帝国の顔として出てきた二人の上将。講和条約締結に伴い帝国が求めたのは、天子の首だ」
老人というには鋭い眼光を車内の男たちに巡らせる。
「当代浅葱は――双子だ」
「っ!?」
空気が張り詰める。今までの活動の所以か各国の内部事情などにはある程度詳しい男たちであったが、国家の象徴の血縁関係にまでは踏み込んでいなかった。
「反帝国を唱えた〝旧い国主〟はいらねぇと言うのが帝国の魂胆。
で、この記事に戻るわけだが……天下八絶、天子の近衛兵を反逆者として追う、とある。まぁ行方は知れずと続くからこの場は切り抜けたんだろうが……」
誰も記事から視線を上げなかった。全員がアウグストゥスの指先へと視線を集めている。
「そして双子の片割れ、名を琴吹 浅緋という。天子の近衛を務める実力を持ち合わせてはいるが……バケモノ八人相手に到底逃げられるとは思えん」
ガリッと葉巻を噛む音が鳴る。そう広くはない車内だ。それでもその程度の音が隅の寝台に居たとしてもハッキリ聞こえるほど男たちは沈黙を保っていた。
「アサギの魂胆は二つあるな。
一つは非戦派。現状では帝国には敵わねぇと見て尻尾を振りやがった。講和条約締結を受けたのはこの派閥の奴らだろう。奴らはアサギを帝国の一部にした後で〝元〟アサギの地を治める地位を得る約束を取り付けた筈だ。
もう一つは抗戦派。天子はこちらだが如何せん少数すぎたな。帝国との交渉にはあくまで象徴に過ぎんガキに全ての決定権はあるめぇ。数に押されたんだろう。奴ら天下八絶まで使って奪うつもりのねぇ命の追跡を演じてやがる」
「……どういうことです?」
「非戦派もさすがに迂闊に全て言う通りにはしまい。いずれ時機を見て再び反旗を翻すつもりなのだろう。浅葱はその旗印に残しておきたい。人民の支持を得るためにな。さっきも言ったが琴吹 浅緋は当代浅葱の双子の姉だ。これが何を意味するのか……分かるだろう?」
影武者。その言葉が男たちの脳裏に浮かぶ。
そこで葉巻に火をつけていないことに気が付いたアウグストゥスが隣の男から火を貰い、一服。
「だが天子はそれを良しとはしなかったんだろう。まぁ己の姉だ。浅葱も甘いと言えばそれまでだが、おれ達と同類だな。
とにかく……そこで一つ手を打つことにした。浅緋を天下八絶まで使って追っているという事実を暗に示しやがった。記事では反逆者としているが浅緋が逃げたのは事実、国の決定に背いたという弁は立つ。浅緋の正体はそうそう知られているもんじゃねぇし、名前が出ても帝国内部に気づく奴はいないだろう」
天子とはアサギ設立の人物の血筋の子孫だ。代々一子相伝の技・役職であったが生まれた子らが双子だったなら? 混乱を避けるため当然一方はその血筋を隠すだろう。恐らくアサギ内部でも知っているのはごく少数に限られる。
「どうしてボスはそんなこと知ってんスか……?」
「なに。いろいろ旧知の伝手があってな。ともかく奴ら自分たちの現状打破とともに浅緋の救出も求めてるな」
アウグストゥスの言葉に男たちが顔を上げる。全員が眉をしかめ、どういうことだと問い詰めたいと顔に書いてある。アウグストゥスがニィッと笑い顎に手を当てた。
「分からねぇか? 浅葱と天下八絶は呼んでるぜ――不屈の七鐘を」
行き先がアサギである理由はいくつか挙げられるが……最大にして最重要な理由がこれであった。七人はそもそもアサギに関する情報について、帝国上将が出張っていることすらまだ知らないが。
「しかしボス。ただ命惜しさに逃げたのであれば、彼女のために彼らは動くのでしょうか?」
「助ける条件に高潔さは必要か?」
アウグストゥスの言葉に誰一人、答えを返せない。
「誰だって生きたいだろうよ。おめぇら、アルヘオ事変でコキアが謳った文句を覚えているか?」
死ぬために生まれてきた人間は居るのか。彼らはその問いの答えを〝否〟と断じて動いた。その結果がアルヘオ事変。助けを求められれば応えよう。それが彼らの生き様。
不屈の七鐘は決して不遇に呑まれそうになっている人間を、見捨てないのだから。
「あと恐らくだが……自ら妹の近衛を務める姉だ。死の恐怖を前に妹を見捨てるような性格でもないだろう」
情報誌をたたむ。次にテーブルに広げられるのはアサギ周辺とアサギ内部の地図。後方支援の彼らは常に逃走経路などのために地理を、情報を把握することに努めている。未だその努力の時間が終わらぬ車内で、
――逃げたんじゃあねぇな。影武者という形で妹に不利な立場を遺すんじゃなく死地に活路を見出すつもりか……妹に少しでも有利な未来を遺すために。妹が妹なら姉も姉か。
アウグストゥスはただ一人、長い溜息を吐いた。




