1章:その出会いは必然か 01
第一幕の反省を生かせず、説明回……。
ごみん……。
土が簡単に均されただけの道を三台の魔動力車が走っている。その最後尾の車内――
「……今日の勉強を始める」
「はーい」
灰色の髪の青年、グレイ・プルトナスの言葉に手を上げて返事をするのは、十に届くかというような少女コキア・アルクス。他にも七人の人間が車内には居たが、グレイと一緒にコキアの正面に陣取るのは、一二〇センチほどの身長しかないサギール族のブル・テッラ。
「今日はワシら担当の、世界の国々について簡単な講釈だな」
ブルが言った通り、彼らは少女に教える知識を分担し日々話をしている。コキアはとある事情により彼女の故郷、ブリスコアの軍人に捕えられそうになっていた。そんなときコキアを救ったのが、今は前方の運転席にきれいな銀髪を肩甲骨あたりにまで垂らした少女アンナと二人、軽食を食べながら座っているカネミツを含めた七人。
カグラ・カネミツ。
ヴィオレッタ・サートゥルヌス。
ベルデ・メルクリオ。
アスワド・ネブトン。
グレイ・プルトナス。
ブル・テッラ。
ファン・ムシン。
現在の世界情勢を鑑みると彼らの行為は異端だった。誰もが歯を食いしばり何とか生きようと必死な世界で、他人に手を差し伸べる余裕もない人がほとんどだからだ。またその場で助けたとしても、その後も面倒を見続けられることはほとんどない。今の世界はそれほどに厳しい情勢を一般人に強いていた。
魔術大国エタン。世界最強の軍事力を有すると言われている大国が武力侵攻を開始して、世界にかの国と肩を並べる他の三国の間に存在した小国家群が次々と呑まれていった。結果世界にもたらされたのは、緊迫と難民、武力衝突。緊迫した国々はエタンに抗する体制を整えようと国民から財を集め、エタンに敗れた国は蹂躙され国民の尊厳は蹂躙される。そんな中逃げ延びたものが他国に押し寄せるが、当然簡単に受け入れるような国はない。人を養うのにも財が必要で、国はそれを軍備に使いたいからだ。そして今まさに武力衝突の最中にある国では誰かがその戦火に呑まれ死んでいく。
一般人がそんな中、無償で誰かに助けの手を差し伸べようとするはずもなく。
だから、コキアは幸運だと言えるのかもしれない。カネミツ達七人はそんなもの好きだったのだから。
ただ、なぜ「かもしれない」なのか。それは七人の内でもなくコキアでもないもう一人の少女、アンナに起因する。
アンナ・アルヘオ・モリートヴァ。
彼女は今は亡きアルヘオ王国の王女だった。彼女の故郷も帝国の武力侵攻に呑まれた国の一つだったのだ。彼女はなんとか逃げ、生き延びた先でカネミツ達に拾われるが、帝国の追手が姿を現した際、王族としての最期を迎えることを決意した。
本来なら、此処でおわり……のはずだった。
国家間の問題だ。助けようなどと思える筈がない。助けたいと思っても諦めるだろう状況だった。
それでも、彼らはアンナを助けに行った。帝国にたった七人で抗ったのだ。彼らはこの時代にはまず類を見ないほど人の情を重んじるお人よしだったのだ。
彼らは見事、アンナを助け出した。
しかし勿論、代償はなかったというわけでも無く。そうした行動の結果彼らは世界中に存在を知られると同時、帝国からも敵として認識されることになった。
「不屈の七鐘」。彼らの後ろ盾としてバックアップするアウグストゥス・テンペストという老人が名づけた、運命共同体の名前。彼らはいみじくも変わった集団として、帝国の反抗組織として認知されることになった。それがどういった未来を招くのかは、彼ら自身にも未だわからない――
●
「さて。今日は大国の一つについて語ろうか」
「……大国っていうと、四つあるんだよね?」
コキアが顎に人差し指を当て、首を傾げる。魔動力車の狭い空間内、隅に設置された寝台の上で表情に乏しそうな少女、ベルデが膝を抱え溜息を吐いた。
「……和みますねぇ」
「そうだ。今回は俺たちの現在の目的地でもある……アサギについて簡単に話そう」
狭い車内のためグレイの耳にもベルデの呟きは聞こえただろうが無視した。またコキアの後ろで何とかメモを取り唸っているアスワドは眼中に入れていない。
「アサギ。この国は通称〝芸術大国〟と呼ばれる国だ。とにかく何らかの技術を極める傾向が強く、実際あらゆる分野での技術が総じて高いことが知られている」
「あれ? でも……ブリスコアは〝技術大国〟じゃなかったの?」
ここで的確に質問を挟めるコキアは幼いながらに本当に将来有望だとグレイの隣でブルは思った。ベルデの上の寝台でイビキをかいているファンにも見習わせたいぐらいであった。
ブリスコアとは彼らが出会った国。コキアの故郷であり、エタンと最も険悪な大国の一つである。この国が行っている武力化政策の一環として特戦税というモノがあった。両親を亡くしたコキアにそれを満足に支払えるはずも無く、幼いながらに捕えられそうになるなど少女にとっては故郷でありながらあまりいい印象が持てない国だ。
この国は大国の一つとして〝技術大国〟と呼ばれ発達させた工業技術から「魔導核」や彼らが今まさに乗っている「魔動力車」を造りだした国である。
「良い質問だ。ブリスコアの技術は知識の産物だ。ありていに言えば〝効率〟と〝汎用性〟を求め、人の手を煩わせずに結果を生み出す〝術〟だと言える。
対してアサギの技術は人の練磨の産物だ。〝極限〟と〝専門性〟を追求したこの国の人間たちの求めたものは、己が一番だという自負を確固にするための〝技〟だ」
「……何が違うの?」
「ふむ。そうだな。ブリスコアとアサギの二つの国に外套を作らせてみるとしよう」
その質問にはブルが例を取り上げて説明する。
「ブリスコアは、あっという間に完成させてしまうだろう。どこででも目にするようなありふれたデザインの物が機械によって、人の手より早く、効率的に生地を織り一度に何着も同じものが出来上がる。
対してアサギは時間を掛けて作り始める。まず本人に要望を聞く。デザイン、用途、サイズ。ブリスコアではそれぞれ並べられた数種の中から自分で選ぶが、アサギでは頼んだその場で自分に聞かれる。その上で彼らは一針一針縫っていく。途中で広げて確認してはまた縫い始め……出来上がった其れは世界で一つ〝自分のために作られた外套〟となっておるだろう」
「よくわかんないよぅ」
「つまり、だ。ブリスコアの技術は新たに造りだすものではなく、既に在るモノを効率よく再現する〝手段〟であり、アサギの技術は未知のモノであれ、そうでないモノであれ常に最良の結果を掴むための〝実力〟だと言うことだ」
ブルのこの言葉に、眉尻を下げていたコキアの表情が華やいだ。ベルデとファンの反対側の寝台に腰掛けていたヴィオレッタがそんな光景を見て頬を緩ませる。
「ブリスコアの技術は、足し算みたいに答えを得るための式で、アサギの技術はそう言った式や答えをゼロから見つけ出す知識!」
グレイとブルは顔を見合わせる。このコキアという少女時々どこで覚えたのだろうという単語を言う。知識などという単語、こんな少女がそう易々と口にするのだろうかと思うのだが、どうやら医師であった母親から小さいころから簡単な計算や読み書きなど教わっていたらしい。コキアの母親はこの時代に、娘に必要だと思われるモノを己のできる限りの範囲で遺していたのだ。彼女の想いは愛娘に確かに届いていた。
「まぁ、そうなるかの。ブリスコアはアサギの技を見て、それを効率よく大規模に生み出そうとした結果生まれておる。己の目指すものが既に分かっておった」
完成度は劣るし大量生産が最大の目標の為妥協も出てくるがの、という言葉を続け、
「まぁ日々技術の向上は図られておるが。
アサギはひたすら腕を磨く。目標は常に新しく動いておるし、彼らの目的には際限が無いと言っても間違いではあるまい。あの国はいつだって最高を求めておる」
ブルはそう締めくくった。
言わば、アサギは開拓者でありブリスコアは普及者だ。己の磨いた技を以て独自の、新たな境地を拓くものと、それを見てもっと効率的に大衆に浸透させようとするもの。
だから芸術。それは個人の身に付けた〝芸〟であり極めた〝技〟なれば。専門分野を単なる作業にまで落とし込む〝技〟であり大衆に普及させる〝術〟たる技術とは異なる。
世界最高練度の人材と、世界最巧練磨の人財を保有した大国の一。それが芸術大国・アサギなのだ。
「さて、では何故俺達が現在の目的地にアサギを選んだのかだが……」
グレイとブルの講釈はまだ続く。コキアは真っ直ぐな目で彼らを眺め素直に聞き入っている。そんなコキアの後ろではアスワドがメモを丸めて匙を投げ、ベルデがそんな彼に半眼で毒舌を吐く。ファンのイビキが呑気に響き渡る中、車内の光景を眺めるヴィオレッタはやがて立ち上がると前方の運転席の方へと向かっていった。
●
眼前に大きく備えられたガラスからは先行する二台の魔動力車の後部が見える。自動運転の為、ただ座席に座るカネミツは同じく隣で席に腰掛けるアンナに横目を向けた。今はコキアの勉強の為、車内であまり声を大にして会話が出来ない。そのためアンナがこの運転席に行こうと提案したのだ。
「で、カネミツ? どうしてアサギに向かっているのかは分かった?」
どこか、からかう様にアンナが問うてくる。カネミツは苦虫をかみつぶしたような表情だ。切っ掛けは二日前ほどだったろうか。ヴィオレッタの一言、
『ひとまず私たちの目的地は……とりあえずはアサギね』
『まぁ、今の俺達の現状を考えると一度あそこに身を寄せるのが最善だろう』
『そうだのう。まさかブリスコアには行けまいし』
グレイとブルが賛意を示す中、個人的な理由で気が進まないのはベルデだったが彼女も己の我儘に他の皆を巻き込むことを良しとはしなかった。そんな中に約三名、理由が分からない者が居たのだった。その一人であることをアンナに看破され、
『教えてあげよっか?』
と言われるも、なんとなく意地で断り今に至るまでずっと考えていた。因みにほか二名は言わずもがなである。
「……わからん」
「……教えてあげよっか?」
ますますニヤニヤと楽しそうに笑みを深くするアンナに溜息一つ吐くことで降参を示し、答えた。
「……お願いします」
「よろしい」
得意気にひとつ頷いて、アンナが人差し指を立てる。
「まず私たちが帝国にとって良い印象を持たれていない為に、あまり帝国と関わらに方がいいということくらいは分かるわよね?」
「まぁ……それくらいは」
「そう。であるならば私たちは帝国が手を出しにくい土地へ身を潜めるなり、態勢を整えるなり、不測の事態に備えるなりしないといけないのよ」
アルヘオ事変において彼らは上手く目的を果たした。しかし帝国が己の武力に楯突いた者を放っておくはずもない。今後、追手が放たれることや人海戦術を用いて広範囲に包囲網を敷かれたりするかもしれない。最悪は……
「帝国十二将が直接出張ってくること」
その言葉にカネミツは眉根を寄せる。アルヘオ事変で彼らとは敵として会っている。
帝国十二将「上将」鱗堂 仄華。
帝国十二将「中将」オルソ・ギガント。
帝国十二将「下将」アミナ・シールズ。
彼らの実力を文字通り、肌で体感している。そう何度も正面から戦いたいと思えるような相手ではない。武力を誇る帝国の、最高峰の十二人。その内三人だけだが彼らの脅威は十分に知れた。
「前回は誰も欠けることなく切り抜けることが出来たけれど、次も上手くいく保証なんて無いでしょ? だから彼らもそう易々と手を出せない国を目的地に定めたの」
「それが、アサギなのか? でも帝国に対して一番抵抗の姿勢を取っているのはブリスコアだろ? そりゃコキアの問題もあるし、おれ達自身あの国に居ようとは思わねぇけど帝国に抗う意味ではあの国が一番なんじゃないのか?」
エタンと一番小競り合いを行っているのはブリスコアである。カネミツは帝国の政策に対して反抗の姿勢を見せるならば、既に行動として抵抗を続けている国に身を寄せることが当然ではないのかと思ったのだ。アンナは少し呆れたが。
「あのね、カネミツ? 帝国のやり方に反対だからってブリスコアに行くことが最善なんかじゃないわよ? そもそも頻繁に帝国軍と小競り合いを続けているあの国はいつ帝国と本格的な戦闘に入ってもおかしくないの。そうなったら巻き込まれることは必然だわ。
それに大国同士の戦闘になれば帝国十二将は勿論、その上の元帥、もしかしたら帝国皇帝その人まで出陣するかもしれない。そんなことになったらブリスコアを抜け出すことだけでも相当過酷になるわ」
戦闘中の国というのは大概人の出入りの制限が厳しい。それは敵国のスパイを入国させない為でもあるし、また情報を外に持ち出させない為でもある。また国民が身の安全を求めて大量に出ていけば、人員や税収などの戦闘を行うための基盤だって崩壊しかねないからだ。
しかも帝国と頻繁に小競り合いを続けているということは、ブリスコアは帝国にとって最終的には滅ぼす対象なのだろう。あの国の政策上、講和を結ぶなどというような終わりはありえまい。滅ぼすか。呑みこむか。二つに一つだろうことは今までの帝国の武力侵攻からも予想できることだった。そんな国に身を寄せることが安全であるなどと決して言えまい。
もっとも帝国に対して徹底的に反抗の構えを取ることが目的であるならばブリスコアに身を寄せることも有りだろう。そう思うアンナだがカネミツの疑問は既に別の方向へと向いていた。
「……十二将が帝国軍のトップじゃないのか?」
「……カネミツ……そこからなの?」
溜息一つ、思った以上に出来の悪い生徒に講釈を続けるアンナ。
「帝国軍のトップは皇帝よ。そしてそのすぐ下に元帥。皇帝は軍に直接命令を下す立場。最終的な軍の決定を承認する立場ね。で、元帥は帝国軍における軍事的行為の最高責任者。皇帝の命を受けたうえで、あらゆる作戦行動を立案し軍に方針を与えるのはこの元帥」
当然、作戦立案など彼の直属部署である統合幕僚会議に所属する人員も交えたものであるため一人で考えるわけではない。軍全体の指揮も元帥の権限であるためこの統合幕僚会議が関わってくる。
「帝国十二将ってのはそれぞれ十二の部隊の最高責任者。帝国軍は大きく分けて四つある。都市防衛にその役割を振った際に東西南北に分けられる部隊で――」
ここでアンナは話が逸れて、説明も長くなるがこの際「まぁ、いっか」と思うことにして説明を続けた。
「北は――亀甲黒雨軍。東に――竜牙蒼雷軍。南は仄華率いる――鳳翼紅焔軍。西に――虎爪白嵐軍。この四つの軍が帝国軍を構成しているわ。上将が最高階級の、エタン帝国の武力の要。
また、四つの軍はそれぞれに実力・練度から上級軍、中級軍、下級軍と呼ばれてる集団に分かれている。名前の通り上から上将・中将・下将の部隊となっているわ。
帝国軍の十二の部隊を率いる十二人の指揮官。故に――エタン帝国十二将。帝国の武の象徴たる十二人の将軍たち」
一度言葉を切ると、カネミツは感心したように何度も頷いている。アンナの知識に対してなのか帝国の仕組みについての理解を深めている証左なのかはアンナにはわからなかった。
「そうは言うけれど帝国元帥は上将に匹敵する実力を有するとも噂では聞くわね。それに十二人もいると当然彼ら自身の中でまとめ役というモノが必要になったのでしょう。帝国十二将で最も強いと目されているのが――カラミタ・ジャッロ。これくらい知っていればいいでしょう」
「お、おおぅ?」
奇妙な返事は本当に知識として吸収できたのか不安であったが、本来の講釈へと戻ることにして咳払いを一つ。
「話を戻すよ? 何で私たちの目的地がアサギなのか。それはアサギの武力が帝国に最も対抗できるから。アサギは人口こそ少ないけれどお国柄一人一人の練度は帝国だって凌いでいるのは周知の事実。あの国の〝天下八絶〟に至っては十二将どころか帝国皇帝その人にまで匹敵するのではとまで言われてるの」
「皇帝……にか?」
「そう。下手に手を出せば帝国だってただでは済まない。だから今までも帝国はアサギに対して大きな動きはしていない。小競り合いはあったけれどブリスコアに比べると微々たるものだわ。ただ……」
言いよどむアンナにカネミツは首を捻る。彼はやっぱり良く分かっていないようだった。
「人口の少ないアサギは常に国力を削られている。いつ帝国が止めとばかりに〝大侵攻〟を開始するのかもわからない。アサギに身を寄せるにしてもそう長居できないんじゃないかというのが私の考え」
「成る程ぅ……?」
「……あなた、本当に分かった?」
ゴトゴトと揺れ先行する二台の魔動力車を険しく睨みながら唸るカネミツに、半眼横目で頬を膨らませて自分の説明が無駄になったのではと不満そうなアンナ。そんな彼らをヴィオレッタが出歯亀していたが二人は気が付かない。と、そんなヴィオレッタの肩を叩く人物が一人。
「ヴィオ、そんなことしてると、おばさんポイね!」
「…………アスワド、あなた身体が変形できる体質でよかったわね?」
「え? それはどういう……?」
アスワドの言葉は最後まで続かず、代わりに鼓膜が破れるかと思うほどの打撃音と、いつまでも耳の奥にへばりつくような断末魔が響く。緊迫感などどこにも見当たらない、平穏な時間を過ごしながら彼らは一路、アサギへと向かっている。
ご意見・ご感想、誤字報告など待っています。
宜しくお願いします!




