第一幕・最終章:今を生きる
というわけで、少々ページレイアウトをこの機会に変えました。
タイトル通り、一つの区切りになります。
光が消えたその後には変わらぬ街並み。仄華の灼天剣の効果が一切受け止められていた。コキアは迫りくる脅威からしっかりと守られていたのだ。
アンナの纏う夕日色の光に。
そして、
「……みんな」
一番前にはブルの造りだした土塊の壁が融解し。
土塊のすぐ後ろをグレイの操る大量の灰が降り積もり。
それでも衰えぬ熱気を、〝星屑の女帝〟により左手で払うヴィオレッタがいて。
灼天剣の威力に崩壊する周りの瓦礫を、〝自由奔放〟で弾くファンが欠伸して。
アンナの目の前に大きな背中を晒して立つ、異形のアスワドが立ちはだかり。
そんな彼らをまとめて連れてきたベルデが、波打つ影の上で安堵の息を吐き。
アンナの右に、青の燐光を纏う左腕を突き出して最後の熱波を受け止めたカネミツが居た。
「……助けに来たぞ」
ニヤッと笑いカネミツが言うのでアンナはただ一言、
「……信じてた」
とだけ答えた。
●
「退け、仄華。お前らの負けだ」
「……どうして、兼光?」
アンナの下に全員が集まった状況。いくら仄華とアミナが帝国十二将という実力者であっても、自分たちに匹敵する者を交えた実力者七人を相手にうまく立ち回ることは難しい。
そのことを理解しているからこそのカネミツの勝利宣言であり、カネミツの過去を知るからこそ、今の彼の行動が受け入れがたい仄華の応答だった。
「五年前、あなたは帝国皇帝ラルゴにその信念が砕かれたはず。あなたに護られたわたしが言うのもなんだけど、あの光景は想いでは、想いだけではどうにもならないことがあると刷り込まれるには充分な光景だった」
今でも思い出せる。当時、自分たちの小さな集落に訪れた帝国皇帝と少数のお供。彼らの要求は帝国に与しろという「命令」で、集落の代表であった「神楽」の者たちはその信念から断った。
『弱者を虐げる力は振るえない。我らが振るうのは弱者を助け起こす力であるゆえに』
一言一句覚えている。その言葉には誰も反対しなかった。集落の住人は「神楽一派」とかつて彼らに助けられた者たちだったからだ。だからこそ皆は身の内に大切な想いを一つ、抱いていた。
その果てに訪れたのは虐殺だった。
圧倒的。抗うことが罪だというような暴虐の化身が、「善行」という想いの下に出来た小さな集落を屠った。
エタン帝国皇帝、ラルゴ・ヴァサーク・エンペリア・エタン。
彼の振るう大剣が、彼の身に滴る返り血が、彼の口から洩れる嘲笑が。今なお仄華の脳裏にこびり付いている。
そして最後に。いつも話をしていた同い年の「神楽」である少年が、目の前に立ってラルゴに立ち向かった光景を。斬り飛ばされる左腕。皇帝の顔を掠める青い燐光。地に伏す少年を一瞥した皇帝。見下ろす皇帝を睨む少年。ニヤリと嗤う皇帝が放つ言葉。
『小僧。光栄に思え。このエタン帝国の皇帝である俺に一矢を報いたのは、この集落でお前だけだ。しかし、哀しいかな。想いごときでは最早俺は止められん。この身に宿した力こそが、我が軌跡にして想い、そして〝帝国そのもの〟なれば小僧一人の手には負えんよ』
頬に一筋血を流しながら、少年の右腕を掴み持ち上げる。高台に位置した集落から放り出される少年に差し出した腕は届かなくて――
『その小娘は連れてこい。生存者は一人。この小娘が生きて語るだろう、今日の出来事を。帝国に背けばどうなるか、その生き証人が全てを知らしめる――その怯えが全てを物語る』
数人の帝国兵に担ぎ上げられ連れて行かれる。
その日、圧倒的な力の前にはそれを上回る力でしか抗えないと少女は心に刻まされた。その光景を見れば誰だってそうなるだろうと思っていた。
かつての少年が生きているとは今日まで思わなかったが、だからこそ。
見物していただけの自分より、実際敗れた当事者だからこそ、その思いは強いはずではないのか。
「どうして、あの日と変わらない優しさを貫けるの……?」
真摯に放たれた声だった。仄華自身はあの日以来、意識して造り上げた口調が素に戻っていることにすら気づいていない。それだけ心から素直に出てきた疑問。
カネミツの答えは、決まっている。
「……仄華。それはもう、この国で一度答えている」
彼の周りで皆が表情を和らげた。
ヴィオレッタが嘆息とともに微笑み、
ベルデがそっと口角を上げ、
アスワドが得意げに呵々大笑し、
ブルがやれやれと苦笑し、
ファンがニヤッと歯を見せ、
グレイが気障に片頬を吊り上げ、
コキアが無邪気に笑顔を咲かせ、
アンナが感謝に破顔した。
「――俺のお人よしは、死んでも治らん」
これが生き様なのだと。これが性分なのだと。これがどうしようもなく湧き出る行動原理なのだと。これこそが、神楽 兼光なのだと。
どうしようもないお人よしは、過去から今までその信念を貫いてきた。
「過去には力の前に折れた信念だ。ここに来る前にも鈍った想いだ」
迷い、躊躇だってする。でもそれだけ大きな流れを前に、そういう風に「葛藤」出来る人間がどれだけいるだろう――?
「折れたなら、また繋ぐさ。今度は簡単に折れないようにより太く。鈍ったなら奮い立たせるさ。ここに来る前にコキアが俺たちにそうしたように」
仄華はただ見つめている。過去と変わらぬ幼馴染の少年を、ただ真っ直ぐに。
「そうやって迷い、選んで、失敗して、それでも立ち上がって俺たち人は――今を生きている」
その時、カネミツ達の後ろから三台の魔動力車が走ってくる。この崩壊した街中の悪路にもしっかりと走るそれは彼らには見覚えのあるもの。カネミツ達の協力者であるアウグストゥス達が乗ってきたものだ。
「来たようね、皆行くわよ。あまり長居はできないからね」
「ヴィオの言うとおりです。その無駄にでかい図体をどうにかしたらどうです、アスワド」
「……少しは体を張ったボクを労わる言葉はないのかい?」
「お前さんら二人は時と場合を考えんのか? まずは無事に安全圏まで行くことを考えんか」
「あ~、疲れたっ! あたしこの後寝てていい? もう任せても大丈夫だろ?」
「……ファン。助けに来たなら最後まで責任というか務めは果たせよ」
「グレイの言うとおりだよぅ。人助けは帰るまでが人助けだって言ってたもん!」
「……え~と、コキア? それは誰の言葉なの?」
口々に言葉を吐く仲間たちが乗り込んでいく。
「……行くの? あなた、それは生半可ではない人生になるわよ?」
仄華が目を細めてカネミツに問うた。手に持つ剣は脇に下げられている。戦闘する意志はもう無いようだった。
「行くよ。道ってのは歩むもんじゃなくて一番最初は整備するもんだろ? ちょっくら整備してくるよ。世界にお人よしっていう生き様を」
横を通り過ぎる魔動力車から、アンナがカネミツに手を差し伸べた。
「カネミツ!」
その手を掴んで、
「じゃあな! いつか生きてまた会おう、仄華。次は敵じゃなくて――昔馴染みとして」
飛び乗るカネミツに、
「……そうね。そうやって会えるのなら、どれだけいいかしら――さようなら、兼光」
仄華が儚く微笑んで見送った。
かなりの速度で遠ざかっていく三台の魔動力車。それをただ見えなくなるまで眺める彼女に一人、歩み寄る。
「……良かったのですか、行かせて?」
「あぁ。今回は私たちの負けだ。この状況は主要な国々には魔法で中継されているから、これから帝国にとって相当厳しいことになるかもしれんな」
アミナに返す言葉は既に「帝国上将」の口調である。
「しかし、それでもまだ帝国の優位は揺らがない。帝国の力はそれほどまでに強大だからな。彼らの生んだ波紋がどれ程の揺らぎを世界に擲つかまでは分からないが、私たちは私たちで良かれと思った選択を採っていくのさ。今回は躓いたけれど……」
アミナに振り向いて告げる。その顔には躓いたなどと思わせないさっぱりとした笑みが浮かんでいた。
「それでもまた、私たちも今を生きているのだから、止まるわけにはいくまい。行くぞ、アミナ。まずは帝国に戻ろう。厄介事が増えただろうがそれでも強者が生む無秩序を食い止める楔を打ち込むために歩んできた道だ――今更諦めてなるものか」
「――はいっ」
「それと……オルソ。いつまでこそこそしている? 速く出てこい。今の話は聞いていただろう? ここからが本番だ」
と、仄華の左手に面した民家から玄関の戸を開け中年の大男が出てきた。
「はっはぁ、嬢ちゃんよぉ、気づいてたか。なんか出ていきづらい雰囲気だったんでな」
「あなたにしては珍しいことを言う。戦闘狂とは思えん言葉だ」
「なに。楽しみはまた別の機会に持ち越しとくさ」
にぃぃっと嗤う表情に身を強張らせたのは味方であるはずのアミナ。
仄華は周りを見回して行動可能な部下たちに命じる。
「撤収だ! 本国へ帰るぞ! 動けないものには手を貸してやれ!」
その命令は元・アルヘオ王国跡地で起きた戦いの終焉を意味していた。
●
長く続く道を、魔動力車が三台連なっている。
空からは太陽が朱いその姿を地平線の彼方に沈めようというところであった。アルヘオ王国を抜け出してからずっと走り詰めのカネミツ達だ。
そのうちの一台、一番後方を走るものにアンナとカネミツが居た。二人並んで後方に突き出たタラップに腰掛けている。アンナの膝にはコキアが寝息を立てていた。
「改めて、ありがとう。ホントに感謝してる、カネミツ」
「……よせやい、礼なら俺たちの腹を決めることになったコキアに言えよ。俺たちはただコキアの訴えた呼びかけに応えて、アンナの求めた助けに動いただけだ」
「だからこそ、だよ。こうして今も変わらず生きていられることは奇跡だもの。人は色々難が降りかかる中でも感謝の念を抱く動物だと聞いたけれど、実感したわ――だから、有り難う」
風に揺らぐ白金髪を抑えながらアンナがはにかんだ。
ちらりとそれを横目で見たカネミツは誰が見ても照れ隠しだろうとわかるくらいの早口で、
「そのアクセサリー」
言葉を放つ。
「え?」
「あの林の中で俺とコキアでアンナに渡したそれだけど」
それはアンナの首に掛けられた小さな金属製の首飾り。仄華と話していたアルヘオ王城の中でも音を生んだそれは今も風に揺られ時折涼やかな音を鳴らす。
「どこか落ち込んでいたようだから、元気が出るようにって。ベルデにある物語を聞かせてもらったコキアがあげるならこの形がいいって……効果は、あったか?」
そう言われてアンナはコキアが参考にした物語に思い至った。それほど大衆に知られたものではないが、逆に全く知名度が無いというモノでもない。それに実に彼ららしいと思えた。
「――祝福の鐘?」
「そう」
主人公が最後に天使の祝福を得る、物語。それまでの行いは最後の最後に認められるという、優しさの報われる物語。
「あったわよ。七人の天使様が、助けてくれたもの」
アンナの笑顔はこれまでカネミツが見てきた中でも極上のものだった。
「コ、コキアを忘れてるぞ」
「コキアはあなた達を呼んでくれた、祝福の鐘よ」
「そ、そうか……」
沈黙が下りる。気まずいものではなく、ただ時に任せるままに佇むこともあるのだとカネミツは実感した。
日はだいぶ沈み、夜の闇が忍び寄ってきている。身体に受ける風も冷たくなってきていた。空には夕焼けではなく星の輝き。どれほどそうしていただろう。
「……ねぇ、カネミツ」
「……なんだ」
「お礼に一ついいこと教えてあげる」
「いいこと?」
アンナに目を向けても彼女は空を見上げているだけだった。
「こういう夜風が涼しい時に、瞼を閉じるともっと心地よい夜になるのよ」
「なんだそりゃ」
苦笑するカネミツ。アンナはずっと星を見上げていた。月と星の輝きに煌めく白金髪が幻想的に踊る。
「いいじゃない、ロマンチックでしょう? そう思うなら少し試してみたらどう?」
実際、アンナは瞼をそっと閉じながら夜風を感じている。薦められたものを無下にするのもどうかと思い、カネミツも目を閉じた。
――お? 案外気持ちいいもんだな。
その時、カネミツは自分の頬にひどく柔らかで、暖かい「何か」が触れるのを感じた。「チュッ」と音を生んだそれは風とは比べ物にならないくらい心地よくて。
「――お、お、お、おまっ!?」
慌てて横を見れば、コキアを抱きかかえたアンナが立ち上がりこちらを覗き込んでいた。心なしか月明かりに照らされた彼女の顔も赤い。
「お礼っ!! ――仄華には負けないからっ!」
「な、何の話だ、一体!?」
と、
「あらあら、カネミツも見せつけちゃって」
「気づかぬは男ばかり、ですね」
「……ごめんよ、カネミツ。ボクはキミの助けにはなれそうにない」
「お前さんが始めた人助けだ、カネミツ。責任は取るんだぞ?」
「あ~、メシまだなのに腹いっぱいだ、あたし」
「身から出た錆だ。ちゃんと受け止めろ」
にやにやと車内から除く六つの顔。当然焦るのはカネミツ。
「おま、お前ら……いつから?」
「そりゃあ……夕日が沈む前から」
ヴィオレッタの答えに愕然とするカネミツとは別に、アンナはごく普通に振る舞っていた。顔の熱はまだ引いていないようだったが。
「皆も、ありがとう」
『どういたしまして』
「おい、ちょっと俺はお前らに文句があるぞ! いい雰囲気で流そうとするな!」
六人が顔を引っ込めて、カネミツが息荒く車内へ突撃する。漏れてくるのは今日、アルヘオで世界でも前代未聞の人助けを行ったとは思えない、どこまでも気の抜けた笑い声。
その音にぐずるコキアの頭を撫でながら、アンナもまた車内へと入って行った。
帝国の侵略で犠牲になるような人がいて、弱者が踏みにじられ強者はただ欲のために振る舞うものが多い理不尽蔓延る現在の世界で。それでも人は笑い生きている。
カネミツ達のようなお人よしも、アンナのように理不尽を被る人も、助けて、助けられ。
そうやって人は、今を、生きているのだから。
これにて第一幕は終わりとなります。長かったです。
本来の想定していたものより三倍以上長くなってます……。
ここまでお付き合いしていただいた方ありがとうございます!
よろしければご意見・ご感想などを頂けると嬉しいです。
第二幕ですが、そんなに待たせることはないと思います。
一応、第三幕終了までの大まかな構想は連載前から決まっていたので。では!




