1章:類は友を呼ぶ 01
またやってしまったと、カネミツは溜息を吐きそうになったのをこらえた。
ここは世界にある大国と呼ばれる四国のうちの一つ、「技術大国・ブリスコア」と呼ばれている国の首都「コラジエム」。
更にその首都にある、とある公園に今カネミツはいる。
彼はいま自分の膝に両肘を着き、頭を両腕で抱えているので周りはよく見えないが、彼が座っているベンチの両脇にもベンチが並び、後ろには木が壁を為すように並んで植えられている。目の前には舗装された道を挟んで芝生になっており、緩やかに傾斜を描いた丘には幾人かの家族連れなどが食事をし、また子どもが駆け回っている。
とくに変わったことなどない穏やかな日常に見える公園で、カネミツが何故溜息を吐きそうな状況なのかというと、その原因のひとつは彼の周りにあった。
ベンチに座ったり、立ったままであったり、あまつさえ目の前の舗道にそのまま胡坐を掻いたりしながら六人の男女が彼の周りを取り囲んでいた。
一言で言ってものすごく周りから浮いている。今も近づいてきた子どもが親であろう大人に大慌てで抱えられ離れていった。
「……なあ、なんでここに集まってんだ? お前ら」
問いに応えたのはカネミツの右手側のベンチに座る少女。
「私たちは先程の出来事でもはや一蓮托生といってもいい関係になったと思いませんか? それに先程のあの状況で私たち七人が全く同じ目的の為に行動を起こした、という事実はこれはもう運命といってもいいような出会いだと思うのです」
そんな運命はご免こうむりたいカネミツだったが、他の五人は神妙に頷いており、彼自身も強く否定できないと感じてしまうことがまた哀しい。
今度は先程の少女ではなく舗道に直接胡坐をかいている、細身の男が言う。
「そう、その通り! まさに奇跡とも言うべき確率だよ! なんせ自分たちがお尋ね者になることを構わずに、ただ目の前で理不尽に虐げられる少女を助けるという目的のために軍人を相手にしたのだから」
またも他の五人が頷くのを横目で確認しながら、今度こそ溜息を吐いてしまう。
この男が言った事を分かりやすく言うなら、カネミツたちは一人の少女の都合を国家の都合よりも優先し、国に逆らったのだ。
国より課せられた義務を止むを得ない状況で果たせなくなった少女が、罰を受けそうになっていた。どんな理由があろうといま世界中の国々の大半は戦争という状態である。
そんな状態で課せられた義務を果たせないということは、平時では考えられない罰が与えられたりすることがあるのだ。この時もそうであった。
まだ十歳ほどの少女を戦場の最前線に送るか、現在この国で開発中の戦争に役立つであろう技術の実験台にするというのである。
おかしいと思うなかれ。戦争とはそれほどまでに国中を切羽詰まらせ、平時とは異なる判断基準が出来上がる出来事であるのだ。実際この時の少女に周りの大人たちが向けたのは〝同情〟ではなく国民としての義務を果たせなかった事に対する〝軽蔑〟の視線だった。
勝利こそ全て。そう思うほどに敗戦というのは国にとって、そしてそこに住まう人々にとって恐怖なのだ。
全員がそんな考えであるわけでもないのだが、そういった思想が台頭していることもまた事実。同情して行動に移せば自分たちに飛び火する。いい年をした大人たちですら忌避するような罰にそんな理由で巻き添えとなるリスクを負ってまで、少女を助けようと思う者は居なかった。
カネミツたち七人を除けば。
彼らはこの時代の世界中の人々からすれば、馬鹿かと言われるくらいにどうしようもなく、お人よしだった。
●
時間は、カネミツら七人の「運命の出会い」とやらに遡る。
首都のとある一角で人だかりが出来ていた。その中央で、
「特戦税を納められない理由をもう一度述べてみろ」
二メートル近い体躯を折り曲げ覗きこむような姿勢で目の前の少女をその男は見下ろしていた。
「……このお金が無くなっちゃったらご飯が買えなくなってしまうから、今日は待ってください」
見下ろされているのは男と比べると踏みつぶされるのではないかと心配してしまうほど小さな少女。
男は戦時中の国策として施行されている武国化政策の中に含まれる特別戦時税金、いわゆる「特戦税」の徴収を行っているのである。
武国化政策とは、他国に劣らぬ武力を持つ国へなる為に国を挙げて取り組んでいる政策であり、徴兵制度の改変や新兵器の開発計画の立案、民間組織の持つあらゆる技術を国へ公開することを定めた法の制定など軍備を整えることを第一に考えそれ以外を度外視した政策である。
そして特戦税は戦時に対する国民の義務としての納税により戦費を賄うことを目的として貨幣は当然のごとく、鉄などの金属や魔導核といった兵器開発の材料になるものまでも国民から毟り取っていく。
それは誰一人として例外はなく、容赦なく、救いもない。
義務ゆえに払えないまたは払わないということは即座に違反者としての烙印を押され、懲罰の対象になるということを意味する。
男が無言のまま手の甲で少女の頬を弾いた。
男にとっては軽くだったのだろうが、あまりに違う体格差のために少女は一メートル近く飛ばされてしまった。
しかし泣くのでもなく、頬を抑えながらも、気丈に自分を張り飛ばした大男を睨み付ける少女。だが周りの大人たちから少女に向けられる視線は冷ややかなものだった。
「国の事情よりも己の都合を優先するその事情は受け入れられん。今すぐ特戦税を納めなければ武国化政策による貧困者のための措置として、技術院での勤労義務が課せられることになるがそれを希望するということで構わないのだな?」
「うそつき! ほんとうは技術院の実験で犠牲になるだけだって聞いたもん!」
技術院とはブリスコアが誇る技術のすべてが集まり、大陸随一と言われる技術が生み出される場所である。そこに所属する科学者や技術者、発明家といった人間たちは確かに優秀なのだが、彼らは己の研究のためには他のあらゆるものを切り捨てる。
それは、人の命も例外ではない。
「その言葉は国家反逆罪になってもおかしくないな。いくら子どもといっても見過ごせん国への暴言だ」
「ご飯を買うお金も持って行っちゃう国なんて大っ嫌い!」
ついにその目から涙をぽろぽろと流す少女に対してそれでも大人たちは冷たかった。
「ふん。やはり反逆者の遺した娘だな」
「愛国心っていうものを知らないのね」
「国のために節制も出来んとは、なんて身勝手な小娘だ」
何の問題もなく納税できる大人たちにはわからないのだろう。彼らにしてみればお金を払うことで普通の生活を買っているようなものなのだ。戦時中でありながら戦場に出ずに生活する彼らは、国から守られている。
しかし彼らの一人が言った言葉から推測できることだがこの少女は親を亡くしており、一人で生きている。それは納めるべきお金を稼ぐことのできない子どもの立場からすると絶望的といってもいい状況だ。
少女が国から課せられた税金は、「国のために死ね」という言葉を放たれているに等しい。少女からすれば今まさに国から殺されそうになっている。
武国化政策は普通に生活する人間にとっては戦時中の生活を買うための政策だが、戦災孤児や貧困者などの弱者にとっては死刑宣告に等しかったのだ。
「技術院へ連れて行け……あぁそれと」
その言葉に青ざめる少女だが大男の言葉にはまだ続きがあった。
「その小娘の金をむしり取ることも忘れるなよ」
「離して! やだっ! やめて!」
いつの間にか三人の軍人が少女を取り囲み取り押さえる。
「やはり反逆者の娘は反逆者か。せめて母娘ともどもこの国の技術の糧となるがいい」
「お前らなんかにお母さんの思いがわかるもんか!」
泣き叫び、暴れて逃れようとしながら少女が叫ぶ。しかし軍人たちの腕はびくともしなかった。
「医者として最後まで人のけがを治し続けたお母さんを悪く言わないで!」
「助けるべき人間は国が決める。勝手に治療行為に及んだ時点で貴様の母親はこの国の意思を無視したに等しい」
治療行為にも必要な物資が出てくる。軍備強化のためにありとあらゆる物資を集めるこの国において、誰であろうと軍が必要としているものを許可なく使うことは違法とされた。
そして薬や包帯なといった、けがの治療に必要な物資は食料や武器などと並んで重要な物資である。
これが戦争。国を挙げて戦うということは国民の生活に多大な影響を与える。自分たちの仕事すら満足にできず、助け合う行為すら違反行為とみなされることがあるのだ。
「連れて行け」
「はっ」
「任しておきたまえ、君たち」
そうして四人の男が少女を抱きかかえる。
そこで大男を含め軍人たちが、自分たちに混じり一人増えていることに初めて気づいた。
「誰だ!」
「ボクかい? ボクはアスワド・ネブトンというものさ! 宜しく!」
白い歯をみせにっこりと笑う、アスワドと名乗った青年が軍人たちの手からさり気なく少女を抱き寄せ一歩離れる。
「大人がこんな幼気な少女を集団でいじめるとは感心しないよ、まったく。戦争だとかわめく前に人としてどうかと思うな、ボクは」
「反逆者だ! 捕えろ!」
大男の命令に即座に動く三人の軍人。普段鍛えているだけあってその動きは鋭く力強い。獲物を駆る群れの狼のように距離を詰め、襲い掛かる。
対するアスワドは細い体躯をしている。貧弱とは言わないが軍人と比べるとどうにも頼りなさが際立つ。
まず一人が殴りかかった。その後ろには追撃と万が一のための援護として二人目が続く。三人目は退路を断つつもりだろう。アスワドの後ろへと回り込む。
一人目の男が拳を放つ。走った勢いを乗せた一撃だ。常人なら目で捉えることも出来ないだろう一撃が最短距離でアスワドの顔へ行く。
そして難なく受け止められた。しかも片手で、だ。
「ふむ、非力だね。その程度じゃボクの体はびくともしないよ?」
殴りかかった男はつかまれた腕を動かそうとしているがまるで動かない。その他の部位に至ってはわずかに身じろぎするので、その腕を掴むアスワドの力の程が窺える。
だが二人目、三人目が続いて襲い掛かる。いや襲い掛かろうとした。
突然彼らの前に人影が割り込んだ。背は見下ろすほど、アスワドよりも細い体つきは女性のものだ。
割り込んできた時点で同罪であると判断したのだろう。気にせずその女性二人を排除にかかる二人。
一人は勢いのままに左手で相手の襟元を掴みに行く。そのまま相手の右肩を押し込むようにして、己の右手で相手の左裾を掴みこちらへ引き込む。そして左斜め前へ踏み込み右足で相手の足元を薙ぎ払う。
もう一人は相手のわきを通り抜けるような動きだ。右足を相手の左側へと踏み込んでいる。そして相手との身長差を利用するように右手で相手の服を掴み引き倒し、左手を相手の頭上をまたぐように、倒れていく体をさらに地面へと押し付ける。
その動きが起こした結果は、推移を見ていたすべての人間の予想を裏切った。
うめき声をあげて地に伏しているのは軍人二人。対し技を仕掛けられた二人の女性は平然と立っていた。
一人は誰が見ても十代前半だと判断してしまうほどに小柄であった。黒髪のボブカット、表情の乏しい顔をしているが、整った顔立ちをしている。黒色のフードつきのマントを羽織っており、いまはそのマントの表面が目で捉えることが難しく揺らぎ、煙が出ているように見える。
もう一人は女性としては高いであろう身長だ。百六十五センチにはわずかに届かないくらい。ゆるくウェーブのかかった栗色の髪が腰まで届いている。どこかおっとりした雰囲気を思わせる顔立ちをしているが、いまは体がわずかに発光しており、近寄りがたい印象のほうが強い。
小柄な少女のほうが口を開いた。
「軍人が集まって何をしているのかと思えば、権力を笠に着て子どもに暴力までふるっているとは思いもしませんでした。大人なら子供を泣かすのではなくその涙を拭う努力をしたらどうですか」
外見に違わず冷たい声質で大男たちへぴしゃりと言い放つ。
続いてもう一人の女性も口を開いた。
「武力化政策のことはうわさで聞いてたけど、ここまで強硬な態度に出られるほど影響あるものだとは思ってなかったわね。まさか身寄りのない子どもにまで納税の義務が課せられているというのは、いずれ自分も母親になる可能性がある女性としては心苦しいものを感じるわ」
頬に手を当て、ゆっくりと周りを見渡しながらそうつぶやく女性。その視線と言葉から逃れるように事の成り行きを見ていた大人たちの内、女性が気まずそうに顔を逸らした。
「貴様たち、そこのひょろそうな男の仲間か?」
「あ、ひょろそうとはヒドイ言いようだね」
大男が二人の女性に誰何する。アスワドの言葉は誰もが無視をした。
「いいえ、まったくもって赤の他人よ? でもあなたたちに感じた印象は同じようなものでしょうけど」
「……同じくいい印象は得られませんでしたね。戦時中だからという言葉を言い訳に倫理観を捨てているのは人としてどうかと、そこの男が言った通りですね」
大男の顔が憤怒に染まっていく。その怒気が伝わったのか周りの大人たち、件の少女が怯えたように距離をとる。
「貴様ら全員技術院へと連行してやる! これからの人生、まともに日の下を歩けると思うなよ!」
大男の首に下げられていた質素な首飾りのようなものが微かに光を放つ。
アスワドに腕を掴まれている男も腕に付けたブレスレットから光が漏れ、今までわずかばかりも動かなかった腕が 徐々に己のほうへと寄せられていく。
地に伏した二人は何事もなかったかのように立ち上がり、体の調子を確かめるように首を左右に折り曲げ骨を鳴らしていた。彼らはブレスレットを身に着けており、そこからわずかな光が漏れている。
はじめて周りから悲鳴が聞こえた。彼らは軍人としての力をついに発動したのだ。この技術大国ブリスコアが誇る技術の代名詞として知られる兵器――魔導核が唸りをあげる。
「……あの男、いま自分で技術院に入るとたかが勤労程度では済まないと言いましたよ」
「呆れてものも言えないとはいまの心境のことを言うのかしら」
女性二人がそういった会話をしているうちに、軍人の腕を離しこちらへ少女を伴いアスワドが近づいてきていた。
「やあやあ、お二人さん。自己紹介は必要かな? それと共闘できると判断してもいいのかな?」
「自己紹介はいらないわ。先ほどの名乗りを聞いていたもの、アスワド・ネブトン。少なくともその少女を助けるという姿勢なら味方と言っていいでしょうね」
アスワドを横目で見ながら微笑む栗色の髪の女性。そのまま続けて言い募る。
「わたしはヴィオレッタ・サートゥルヌス。気軽にヴィオとでも呼んでもらっていいわよ?」
「ふむ。ではお言葉通りヴィオと呼ぼうかな。ボクもアスワドで結構だよ」
「……ベルデ・メルクリオ」
アスワドとヴィオレッタの会話の合間をついて小柄なほうも名乗る。
「ヴィオ、アスワド。彼らもそろそろこちらに来ます。会話はこの後場所を変えてゆっくりするとして、いまは目の前の問題をさっさと片付けてしまいましょう」
ベルデが言った通り軍人たちがこちらを睨み据えている。完全に戦闘態勢に入ったのは誰が見ても明らかだった。
「やつら四人を国家反逆罪で拘束する。抵抗が激しい場合は生死も問わん。早急に鎮圧するぞ」
「はっ」
大男の言葉に応える三人の軍人。彼らを前にアスワドとヴィオレッタも表情を改める。
「それもそうね。まずは少女の安全を確保する、それでいいかしら?」
「ボクに異論はないよ」
「わたしもそれを最優先にすべきだと思います」
少女を後ろに一歩前に進み出る三人。
対し四人の軍人が襲い掛かる。
四対三。少女の今後を左右する激突が始まった。