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不屈の七鐘  作者: losedog
第一幕:アルヘオ王国編
29/43

4章:世界に抗う不屈者たち 07

もう少しのはずなのに、終わらない。

あれ、おかしいぞ?

とりあえず一週間経っちゃうので更新です。短めです。

 ところどころに黒く焦げたような跡を見つけては唇を噛み、子どものころに家族で訪れた大衆劇場が崩れているのを見つけては眉をしかめる。

 己の故郷がもう二度と元の姿を取り戻すことはないだろう。立ち直りはする。でもそれは帝国という新たな指導者の下でのことだ。だからかつての「アルヘオ王国」はもう心の中にしか存在しないのだろうと、どこか心に穴が開いたような気持ちでアンナは駆けていた。

 処刑直前、カネミツ達が助けに来てその場を離れた後は帝国と彼らとでアンナの争奪戦が始まった。当事者であるアンナはこんな状況で何もできない自分に不甲斐なさも感じていたが別れる直前に掛けられたカネミツの、


「こんな状況だからこそ、素直に人の好意に甘えろよ。アンナも一人の人間なんだから誰かに頼ってもいいんだ」


 という言葉に、素直に甘えることにした。

 今まではそんなこと考えられなかった。

 ダメだと思っていた。王族という生まれであるがゆえに、いずれ民を率いる、導く存在であるがゆえに誰かに頼られるべきで、自分は弱さを見せてはならないのだと。

 出来ないと思っていた。皆が自分を支えに耐えていることを知っていて、知っているからこそ当てにされていて、そんな立場だからこそ誰かの好意はありがたく思っても、甘えることは遠慮するものだと。

 だから、うれしかった。

 王族であるアンナではなく、ただ女の子であるアンナを助けに来てくれた彼らの行為が。自分に生きてもいいのだと、死んだら悲しむという好意が。

 誰もが生まれ持ってくる当たり前を、いまここで明確に示してくれたことがうれしかった。

 それは、責任を背負って役割として死ぬ覚悟はへし折ったけれど。

 それは、覚悟を背負って人間として生きる覚悟を打ち立ててくれた。

 今、走るのは何のため?

 当然こう答える。


 ――また明日、笑って、泣いて、怒って、喜んで、その先もすっと生きるため。


 だから。

 ずっと目の前にある交差路で見える人影が、求めていた七人のものでも、彼らの協力者でもあるアウグストゥス達のものでも、ましてや知り合って間もないコキアという少女のものでもなく。

 良く知っている、だけど戦闘の後が痛々しく見える同世代の敵将の影であっても、そのことはアンナの脚を止める理由にはなり得なかった。


「――止まってもらおう、王女」

「――道を開けなさい、帝国上将!」


 立ち塞がる仄華の姿が徐々に近づいてくる。速度は緩めることなく、勢いのままにアンナは突き進んだ。

 残り十メートルを切ったところで仄華が右足を引き、腰から右手に剣を取る。

 同時、彼女の傍に控えていたアミナがその両手を構え、霧を生み出した。

 仄華とアンナの視線が交錯した。火花は、散らなかった。ただ彼女たちだけにわかる、想いの交錯のみがそこにはあった。

 目的のため、自ずから修羅の道を往くと決めた少女と。

 明日のため、自ずから王家の道に背くと決めた少女が。

 一人は培った戦闘技術で迎え撃ち。

 一人は抱いた希望一つで立ち向かう。


「……残念だが、やはりここであなたを逃がすわけにはいかないんだ。さよならだ、アンナ」

「……どうしても、生きたくなったの。だからごめんね、仄華。わたしは行くわ」


 双方の、覚悟がぶつかった。

「――真白き炎を放ちし魔剣(ディルンウィン)!!」


 その目じりに光るは、永別の涙か。


「――ああぁぁぁぁっ!!」


 その口から漏れ出るは、抑えきれぬ生への渇望。

 しかし今、戦闘手段を持たないアンナにとってこの激突は絶望的なものだ。仄華からの魔法をその身に受けるほかにないのだから。

 その、筈だった。

 だからその現象が、誰もが――当事者たるアンナですら思いもよらなかった現象が起きた時、仄華の後ろに万が一のために予防線として備えたアミナが驚愕の声を上げた。


「そんなことが、ありえるのですか……?」


 右手一本の、上段斬りから放たれた白き炎は確かに真っ直ぐこちらに向かうアンナを呑みこむように迎え撃った。

 そしてアンナと白き炎が激突する、その瞬間。

 アンナの身体が朱く発光したのだ。それは血のように鮮烈な紅でどこか寒気をもたらすような色ではなく、暗闇で暖かく瞬く炎のような、やさしく世界を包む夕日のような柔らかな朱の光だった。

 それは間違いなく魔法の光。アミナたち帝国の情報ではアルヘオ王国第一王女アンナ・アルヘオ・モリートヴァは魔導核の使用は確認されていても魔法則の発現は確認されていなかった筈だ。だからこそアミナ達は現状のアンナに抗する術が無いと認識していたし、アンナ自身も、そして彼女を助けに来たカネミツ達もそうだった。

 それでもアンナはその現象に驚くことも狼狽えることもなく、受け入れた。

 少し前に仄華から逃げる際にも似たようなことはあったからだ。何が起こったのかは理解できなくて、しかし無事に生きてその窮地を脱したことが。

 アンナは今回も信じたのだ。ただ、自分の勇気を。

 愚直なまでの勇気に「魔法」は応えた。

 踏みしめた地面が急速にその距離を縮める感覚がアンナに流れ込む。今ならたった一歩で仄華の横、いや彼女のわずか後方にまで踏み込めそうだと思った。

 必ず生きると、逆境を覚悟の上でそれでも勇気一つで踏んだ一歩は、一瞬で迫りくる白い炎の斬撃を置き去りにして、仄華の横すらすり抜け。

 アンナの身を一メートルの距離を置き仄華の左後方にまで運んだ。



     ●



 アンナが自分の左後方まで一瞬で距離を詰めるのを見て仄華は全てを悟った。今、アンナが見せたのは動作型の魔法則、歩くという動作の超常――「縮地」だ。


 ――そういう、ことか!


 思考は止めずに振り返る。ここで必ず仕留めると決心した意志を燃え上がらせる。辛くとも、本心では殺したくないと思っていても。この残酷すぎる世界に、力が弱者を屠るこの世界に、力を抑える秩序という楔を打つために。

 今までだって、時代に呑まれた敗者たちを手にかけてきたのだから。


 ――彼女の発現した魔法則は動作型などではない。恐らく……


 アンナもこの時代に呑み込まれた一人だった。少し話をしてこちらの目的も覚悟も知っているだろう。こちらも本心では生きてほしいと語った。それでもどうしようもなく世界は自分たちに厳しくて。抗うにも生きるにも力が必要なのだと悟って、嘆いて。


 ――この窮地で、その覚悟に応えるかのような魔法など、精神型しかない!


 許してくれと、その命を背負うと言った。

 相手も自分という敗者がいたことを覚えていてほしいと言った。

 そんな時、自分が思いもしなかったことが起こった。

 たった七人で真正面から助けに来たという啖呵を切って乗り込んできた者がいて。

 その啖呵に生きたいのだという本心を曝け出し、行くと言う彼女がいて。

 何より。かつて自分を助けてくれた、兼光が。今度は自分ではなくアンナを助けに来たと言って自分と敵対している。


 ――今の縮地からその身に動作型が集っているのは確実。だが魔法に慣れていない今ならまだ大した労もなく勝負を決められる……!


 視界にアンナの背を捉える。その身を包む光は優しい印象を見る者すべてに抱かせるようだった。一日の嫌なことも一緒に連れて沈めてくれる夕日のような朱。


 ――どうしてあなたなんだ? わたしだって。幾多の死を悲しんで。幾多の血に塗れて。幾多の力に屈し屈させ。あとどれだけの月日を、この身とこの信念を擦り減らし耐えていけばいいのだろう?


 起動詞、展開詞、確定詞の詠唱を破棄。具現詞と魔法名のみで発動するように魔法則から超常現象を導いてゆく。


 ――わたしだって、助けてほしいんだ、兼光……!


 左手にも剣を取る。完全には振り返らず顔のみでアンナの姿を追う。上半身と二本の剣はその場に残し、身体を捻る体勢に。身体のバネを引き絞る。


 ――一撃で、仕留める。相手が魔法を使うと知れればただ相応に対応すればいい。


 思考が戦闘から、己の目的から、信念から逸れている。何かの感情に引っ張られるように心の底から湧きあがる思考はそれでもその動きを止めるには至らない。ただそのおかげで唐突に本心を悟った。


 ――あぁ、わたしは嫉妬してるんだな、アンナに。そして羨ましいんだ。ただ生きるということに真っ直ぐに向かうアンナが。


 自分は目的のために多くのものを犠牲にしてきた。思い出を、仲間を、慈悲を、未来への淡い期待も、年相応の感性を。ただ覚悟があればいいと切り捨てたもの。

 アンナのそれらを「切り捨てない覚悟」が妬ましく、羨ましかった。

 だが今更と思う自分が心の中に居たのも確かだった。何より既に去って行った者たちに懸けてもう止まれないのだと思った。だから彼女はあらゆる思いを「切り捨てる覚悟」を今一度決めた。

 身体に溜めた力と導いた超常を解き放つ。


「――無に返せ、灼天剣」



    ●



 その輝きを見た瞬間、アミナは霧を使い一気に高空へと飛び出すことで退避した。

 対照的にアンナは背中に焼け付く熱気を感じながら、動きを止めてしまっていた。大きく見開いた目に驚愕の感情を宿らせて、視線の先にあるものを認めたからだ。


「――アンナ!」


 コキアだ。何故今この時に限って。どうしてこんな危険な土地で一人なんだ。色々思うことはあったがそれは少女自身が語る。


「よかったよぅ……アウグストゥスのおじいちゃんたちとはぐれちゃって……」


 コキアは仄華の存在に気が付いていない。コキアの位置からではアンナの姿に隠れてしまっているのだ。

 つまり少女のいる方向に放たれる魔法にも気が付いていない。


「アンナも無事だったんだね! カネミツ達はどこ? みんなで一緒に帰るって、ここに来る前に約束したのに……。

 あ! アンナはあとでみんなにお礼言わないとだめだよ?」


 そんな少女の笑顔を見て。正に素直な、子どもゆえに何ものにも染まっていない人の善性を体現したかのような、アンナを助けに来た七人の心の善性をも刺激した始まりの善性を彼女も目の当たりにして、決めた。

 図らずも背後に生まれた覚悟とは真逆の覚悟。「切り捨てない覚悟」。それをより一層硬く胸に刻みつけた。


 ――わたしが助かるためにコキアを見捨てるなんて、出来ない!


 先ほどのように移動すれば避けることも出来るかもしれない。

 でもそれはできなかった。助けに来てもらった自分だからこそ、そのやさしさを向けられた自分だからこそ、その優しさを少しでも誰かに分け与えるべきだと思えたからだ。

 朱が一層強く周囲を照らし出した。コキアがその異変に足を止める。そんな少女に笑顔で一言。


「大丈夫。わたしの後ろにしっかりと隠れてるのよ?」

「……アンナ?」


 その笑顔の奥に何を見たのか、眉尻を下げた表情は泣きそうな顔だ。めまぐるしく変わる表情にはやっぱり子どもらしさがあって、こんな世界だからこそそれはとても眩しく、アンナは笑顔を深めて振り返る。

 ちょうど、仄華がその両剣を振りかぶるところだった。

 光熱の魔法剣を前に、ただ両手を広げてその場に真っ直ぐ立つ。


 ――お人よし(バカ)をやってる皆もこんな心境だったのかな。


 頼られて応えるのではなく、自分の意志でわがままに誰かを助ける行為はどこか晴れ晴れとした。それは結局自己満足としか言えないのかもしれないけれど。


 ――それでも自分で決めて、やりたいことだからかな……カネミツが言ってたっけ。世界中の皆に知ってほしいんだって。この優しさが広がることで、こんな世界でも暖かい人情があるのだと。


 そう思うと怖くなんかなくて不思議だった。今、自分にはカネミツが広げた優しさが確かに根付いている。仄華の攻撃に立ち向かう勇気が無限に湧いてくる気がした。

 誰かの助けになれるということは、誰かが自分の助けになるということはこんなにも勇気をくれる。口から言葉が勝手に出てくる。溢れる勇気が漏れ出したかのように。


「――掛かってきなさい」


 不敵な笑顔で言い放ったとき。無情なまでに全てを焼き尽くす白光が、情のままに温かく包み込むような夕焼け色の光を呑みこむべく爆発した。


よろしければご意見・ご感想など待っています。

自分なりに色々反省点が思い浮かぶ小説ですが皆様の意見も聞けたらと思います。


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