4章:世界に抗う不屈者たち 06
なんか前回区切らないほうがよかった……
中途半端な感じになっちゃってます。
閉じた両腕のその間。
そこに想像した肉片は存在しなかった。血の赤もなくただ合わさった両掌があるだけだ。
ゴキ、ゴキと両腕をもとの構造に戻しながら人外と化したエヘクトルは首を傾げた。
「……ドコに、行っタ?」
先ほどの破裂音は彼の両腕が発した音。聞いたことも無いような爆音だったので彼自身、敵を確実に捉えたと一瞬思った。
回避は間に合わなかったはずだ。
では、何故いない?
何かを見落としてはいないか? エヘクトルの思考が回転する。先ほどの交錯を思い出す。
こちらの攻撃を受けながらも影を伝い自分の背後を取る敵。
肩の駆動範囲を無視した動きで後方の敵を、前を向きながら両腕で挟み潰す自分。
そして輝きを発する、敵のマント。
そこまで思い至り、しかし遅かった。
「……これで、終わりです」
視界の下から赤い液体が霧状に吹きあがった。
今度こそ敵の攻撃が彼の首を斬り裂いている。
「ナ、ぜ……?」
息も絶え絶えの様子のベルデへ、自分を上回った敵へとエヘクトルの男は聞いていた。一武人として何もわからないままに死ぬことに彼は耐えられなかった。
「大規模魔法陣〝失影〟。それがわたしのマントに施された刻印魔法の中でも、切り札とも言える魔法です」
武器を収め、地に伏し地面を赤く染める敵を見下ろす彼女は更に言う。
「その効果は名前の通り、影を失うというもの。影とはそこに人が、物が存在する証。それを無くしてしまえば逆に存在を消すことだって出来ます」
足元に広がる血が、ベルデの靴にも染み込んだ。彼女には鎧の中でエヘクトルの呼吸が弱くなっていくのがわかる。いつまで経っても人の命を狩る感触というものは慣れるものではないし、慣れたいとも思わない。
そもそもこの選択は最終手段だった。敵が〝人柱〟の魔法に侵された瞬間、ベルデは相手を殺す気構えを持たねばならなかったのだ。でないと自分が殺されてしまうという確信があった。
「存在を、消しタから……捉えラレなかっタノか……」
「まぁ長く使いすぎると本当に消滅してしまいます。必要以上には使いたくない回避手段であり、超短期的な潜伏手段です……何か言い残すことはありますか?」
それは相対者として、敵であろうとも人の最期を看取ることに彼女なりの誠意を見せたもの。
「エタンのチカラニ、負けはナイ!」
答えは起き上がっての反撃だった。
鎧を内側からゆがめる筋肉。
急所を斬られて未だに意識のある生命力。
そこに帝国皇帝が扱う魔法則の強大さが見て取れる。本来人を変質させることは出来ない筈の刻印魔法で、鎧に施した刻印魔法で人の身に効果を及ぼす魔法則。
しかしベルデはそれでもエヘクトルの上を行く。油断もなく自惚れもなくただ最善と思える魔法を使っていた。
「……アスワドとグレイという二人の例外を知っていても恐ろしいですね。さすが帝国皇帝、概念型〝人〟の魔法則を扱う、世界最強に語られる一人と言うところでしょうか」
アスワドとグレイは生身に直接刻印魔法を施された言わば〝魔法そのもの〟である。しかしエヘクトルは鎧が対象になっている。恐らく鎧のみでも同じ効果を生むのだろう。
「〝擬人化〟の魔法が、本物の人を呑み込むほどとは思いませんでしたが。それも含めて〝人柱〟と言うのでしょうね」
「……キ、サマ……!」
〝人〟を表すだけあって、こと人に効果を及ぼす魔法では絶大の効果を及ぼすと音に聞く。人の姿を歪めるほどに。
その魔法を身に受けたエヘクトルの攻撃は、ただ感触なくベルデを貫いていた。そんな彼が、最早全ての手を出し尽くし為す術の無くなったまま呻く。
「ドコマデ、知ッテいル!? 陛下ノ情報ハ、ホンゴクで封鎖サレテいル筈ダ!」
「かつての仕事柄、情報は集まる立場だったので。あぁ、冥途の土産に最後の魔法も教えてあげます。同じく大規模魔法陣〝影写し〟という、全く別の場所に自分の姿を投射するものです……何か、言い残すことは?」
「――クク……帝国ノ覇道ニ、栄光アレ!」
直後。
エヘクトルの後方から両手の短剣を交差させて、ベルデが通り過ぎた。
目を伏せ、意識して済ました表情を保った彼女の背後で「ゴトッ」という、何かが落ちる音の後に、何かが崩れ落ちる音が続いた。
「……そこまで力を信奉させる、帝国皇帝こそが恐ろしいですよ、わたしは」
そのまま歩みを止めず、道を塞ぐひときわ大きな瓦礫の塊へと向かいながら、誰も聞くことの無い言葉を吐き出す。
「でも、だからこそ――力に呑まれる恐怖を知るからこそ、抗うのでしょう」
歩む先には、大きな影。
「自分で選んだ道です。あらゆる理不尽に抗ってみせましょう。まずはアンナを助けることで世界に知らしめましょう。コキアが放った疑問に答えるために」
即ち、死ぬために生まれた人は存在するのか。
「答えは〝いいえ〟。でも、誰かを助けるために生まれた人はいるのでしょうね」
ベルデの右足が影を踏み、
「わたし達みたいな、お人よしがいるように、ね」
チャポン、と言う音と伴にベルデの姿が影に沈んだ。
●
甲高い音が、崩壊した街で響いている。
太陽光を反射して翻る両手剣が、しかし獲物を斬り裂くこと叶わず弾かれる。
弾くのは薄く、青の燐光を纏う少年の左義腕。
金属と金属がぶつかる、物悲しい音が反響する。
「――いい加減に、くたばれっ! 小僧!!」
「嫌、だねっ!」
大上段からの、袈裟斬り。
それをただの握り拳で、弾く。
カネミツが右手に持った片手剣で、無防備な敵を突く。
「ぬぅん!」
鎧の刻印魔法が発動する。
瞬間、振り降ろされた剣が力づくで持ち上がる。
「うおっ!?」
あり得ない連続攻撃。ミチミチ、と鎧の中から身体の軋む音がカネミツの耳にまで届いた。魔法による強化を用いた、無理矢理の肉体機動。その膂力はカネミツの片手剣を呆気ないほどに砕いた。
右腕が、跳ね上がる。
上体が、無防備に。
エヘクトルはそれを勿論、見逃さなかった。
三度、剣が、翻る。
同時、カネミツの身体が、青の燐光による輝きを増した。
そして一閃。続き砕音。細かな欠片が飛び散り、粉煙が舞う。
「――……」
振り降ろした剣は、地面を砕いてなお、切っ先が更に下方を貫いていた。エヘクトルを中心に円形に広がる陥没がその威力を物語る。
しかし兜の中にある彼の表情は芳しいものではない。それも当然。自分の攻撃は獲物に当たることなく、躱されているからだ。
鎧姿の後方、およそ五メートルに片膝を付いたカネミツが、無傷で息を吐いていたのだ。
「……バカげた怪力だな。相変わらず出鱈目な魔法則だよ、あいつの魔法則は」
「……皇帝陛下をあいつ呼ばわりする小僧は五年前以来だな。やはり、貴様か、神楽の小僧」
ゆっくりと振り向き、憎々しげに吐き捨てる。
「あの時、崖下に落ちたまま死んだと思ったが……」
「こう見えて、しぶといんでね……あんた、五年前、あの場に居たのか?」
カネミツもゆっくりと立ち上がる。彼の武器は先程砕けているので、徒手空拳になってしまった。片手剣はブリスコアで拝借した大量生産品なので思い入れもなく、カネミツ自身は剣がなくとも特に焦りはしなかったが。
「確かに、あの場に居た。陛下が神楽の一派を取り込むべく貴様らの集落に赴いた際、一兵士として同行しただけだが」
カネミツに向かい、歩き出す。陥没した石畳の街道から徐々に露わになる姿は、異様な迫力を持って、カネミツの眼に映った。
「精神型の魔法則。その特徴は感情が人の行動の源になるように、各々の感情があらゆる魔法則の源になることにある。
喜びが溢れるように、その身へと超常法則が溢れ。
怒りが湧くように、超常法則が身の内から湧き。
哀しみに浸るように、その身を超常法則に浸らせ。
楽しく騒ぐように、超常法則をその身に騒がせる。
感情の起伏とともに、その規模が増す、五つの魔法則種のなかでも万能に最も近い魔法則種。唯一の欠点は感情が大きすぎれば暴走、逆に時につれ収まれば望む、望まないにかかわらず減衰というように、魔法の規模が左右されること。
だが――」
ついに陥没した部分から完全に這い上がる。太陽に照らされ、黒い鎧に更に濃く影を落とす姿は、命を採りに地獄から来た悪魔のごとく。
風も無く、ただエヘクトルの言葉が聞こえるままにカネミツは立っている。その立ち姿にはいつもと違う点は見られない。ただ平常心で、戦闘の機微を見逃さないように、意志強くその場に在った。
「――貴様ら神楽の、意志の魔法則はまた別だ。時に感情を束ね、時に感情を抑えつけるように魔法の規模を制御し、その意志の下に人が集うように、超常法則が集う。外的要因からくる自発的な感情を下に行動するのではなく、貴様らは意志からなる積極的な行動を以て形を成す。
故に、至高の精神型。本来の欠点を克服し、かつ確固とした目的意識からなる超常現象。その意志一つで、神すら殺すとはよく言ったものだ。それほどの魔法則だからこそ、皇帝陛下は手中におさめたかったのだろう」
精神型の欠点は、魔法則の源が曖昧なことにある。自然現象型なら、火や水と言うようにわかりやすい。動作型にしても己の動きを源にしているため把握は容易い。
魂魄型は言ってしまえば己の特徴だ。長所、短所、それらを含めた性格。概念型も曖昧に思えるかもしれないが、これは大多数の認識が源だ。つまり多数意見が、常識が、未知の物でもこうあってほしい、こうだろうという確信に近い予測が元になる。世界全ての決定事項とも取れるそれらを知る機会が無いわけがない。
しかし感情は目に見えないし、目に見えないものをどう捉えれば把握と言えるのだろうか。長所、短所のように理解が及ばない場合がある。そもそも揺れ動くことが常とも言える感情に確たる認識を求めることが間違いだ。
それほどに不安定なものが源だからこそ、超常法則も不安定なものになる。それが精神型の「当たり前」だった。
「しかし、貴様らはその確たる意志を持って陛下に背いた。だが、いかに貴様ら神楽と言えども相手は帝国皇帝。集落ごと滅びの道を辿った」
「……五年前、あいつが俺達に言ったのはただ一つ。帝国に降れというものだった。だけど俺達神楽にとってそれはありえない選択肢だ。
何故なら、俺達の意志は常に抗うためにある。運命に、逆境に、理不尽に抗うことで、その戦いざまで戦神を楽しませる一派、それが神楽だ。強きに折れず立ち向かうことが本懐。弱きを立たせる心こそが唯一の武器。そんな俺達に、力になびけと言うあいつが間違えている」
「その結末が、全滅でもか?」
「全滅などしてたまるかという意志があったからこそ、俺が今ここに居る」
エヘクトルは既にカネミツの前方三メートルほどにまで近づいていた。
それでもカネミツは身動き一つ、しなかった。ただ真っ直ぐ立ち続ける。
「あの集落には神楽以外の者もいた。それを失念した選択だったとは後悔しないのか? 貴様らの選択で巻き込まれたことは事実だろう?」
「それは違うな。神楽は意志の体現者であって意志の決定者ではない。あの選択は集落の決定そのものだった」
「かつて魔法も使えなかった、鱗堂 仄華を命の危険に晒し、左腕まで失ってもか?」
「かつて魔法を使えなかった、鱗堂 仄華の命を守ることに、左腕一本で済んだ」
「……解せんな。力の前に敗れながらも何故そんな言葉が吐ける?」
「……わからないか? 力ごときに折られる意志じゃないこその言葉だろう?」
そして。
どこまでも相容れぬ、力の信奉者と、意志の体現者が、再び激突する。
●
先手は、エヘクトル。
右足の踏込、左下段からの斬り上げる起動で両手剣をカネミツへと叩き込んだ。
対するカネミツは、ただ一歩前に踏み出した。それだけでエヘクトルは彼の姿を見失ってしまう。
「――っ!?」
空振る斬撃がその動きを完遂した瞬間、エヘクトルは次の動きに入る。
即ち、カネミツを探す動きだ。後方を振り向いて。
そして彼は見る。こちらに背を向けた敵の姿を。その敵がもう一歩、ただ歩いた。それだけで、彼の視界から消え去る。
「……〝縮地〟……いや、〝滑歩〟か!」
動作型魔法〝滑歩〟。滑るように柔らかく、滑らかに音もなく、ただ一歩を以て高速で移動する魔法である。
建物の破片の上を、武器の残骸が多く散乱する石畳の道を、高速移動で躓くことなく超常と化した摺り足で駆ける。
「――覚悟しろ、帝国。力であらゆるものを踏みにじる、お前らの心根にこそ、この一撃はふさわしい」
「なっ!?」
すぐ、背後。音もなく、左義腕を腰だめに構えたカネミツ。
しかしエヘクトルもただ立ち尽くす愚は犯さない。瞬時の判断で、一気に前へ――カネミツから逃げるように駆ける。
一歩。右足で最初の踏込み。
二歩。左足に加速を乗せて続けて往く。
三歩。右足が地面に着いた瞬間、左回りに身体を回転させながら、跳ねる。そのまま横なぎに剣を振るい後方の敵を薙いだ、筈だった。
剣が、背中に引っ張られるような感触とともにびくともしない。いや、身体が跳ねた体勢で宙へと固定されていた。石畳の隙間から、数多に伸びる蔓が彼の動きを束縛する。
「……貴様、今この瞬間、その身に一体どれだけの魔法則が集っている!?」
その悲鳴は、精神型と言う魔法使いに会った者が抱く脅威を容易に聞く者に悟らせる。
自然現象型。それは特定の自然現象から、超常の効果を見出した魔法。
動作型。それは己の一挙手一投足を、超常の域にまで高めたことを指す魔法。
魂魄型。それは己の内面に秘めた、周囲の環境に影響を及ぼすほどのエゴを解き放つ魔法。
概念型。それは世界に蔓延る、多数というものの暴力を物語る魔法。
そして。
精神型。それは抱いたモノ一つをこそ、望む結果を掴む糧とする魔法。
想い一つで、その身に数多の魔を導きながらカネミツが、吠える。
「〝汝、貫くお人よしを失うなかれ。さすれば自ずと道は拓けよう〟!!」
今までで一番強く青の燐光が瞬いて、その身を、周りを同じ輝きの魔法文字が取り囲む。
「〝宿せ、確固たる意志。掴め、湧き出る想い。ただ、心のままに撃ち放て〟!!」
口から吐いて出る言葉は、詠唱魔法ではなくただの口訣。しかし、確かに力ある言葉だった。それら全てがカネミツの名づけた魔法名。それだけの意味を、込めている。
「――〝想い貫く一撃を〟」
腰だめに構えた拳を前方へと力の限り振り抜いた。
「……今ここで刃向ったことを後悔するぞ! 再び力の前に敗れるときが来る! 世界は、そんなに簡単じゃない!!」
「……だからこそ、世界はときに想いに応えるんだよ……じゃあな」
カネミツの左拳から放たれた青き光条は、エヘクトルの叫びを呑み込んでいく。光の中で呑まれた人影が徐々に小さくなって、遂には消えていく。
やがて光が収束して、元の、風も止んでいるところどころ崩れた街並みにはカネミツ一人しか立っていなかった。
「……さて、アンナはもう誰かと合流したかな?」
戦闘開始直後、カネミツ達が助けに来た少女は現状戦力には成りえなかったのでこの場を離れさせている。この街にはアウグストゥス達が潜んでいるのでうまく合流できるだろうという目論見だったが、帝国兵が占拠する土地でもあるので少し楽観が過ぎると事前の打ち合わせで問題になった。
戦力となる人間が七人しかいないため、まずは相手を抑えることを第一に。それが彼らの行動指針。相手を無力化した者から逃がしたアンナと合流し最終的には全員で脱出というあまりに無謀な考えだったのだ。
「……そんな現状でも、助けることを選ぶからバカなんだろうけど」
自分たちの状況を思い起こし苦笑しながらも、瓦礫のせいで道とは呼べなくなっている街路をアンナと合流するためにカネミツは駆けていく。
そんな彼の背後で一陣の風が吹いた。
まるで、凝り固まった不条理を吹き飛ばすように、無風だった場所にも動きが生まれていた。
ふう。とりあえず、投稿しときました。
引き続き質問を含めた、感想などをお待ちしています。




