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不屈の七鐘  作者: losedog
第一幕:アルヘオ王国編
27/43

4章:世界に抗う不屈者たち 05

あんまりに期間が空きすぎたので、ちょっと前後編にわけることにしてとりあえず投稿します。確認してくれている人はお待たせしました! すみません……。


なんかこの小説、迷走している気がするのは私だけでしょうか?

とりあえず何かご意見・ご感想・ご指摘でもいただければうれしいです。

「くそっ……! どこに行きやがった?」


 黒の全身鎧が一人、瓦礫に囲まれた街路であたりを見回す。何かを探す、いや誰かを探している。しかし彼の周りにはただ物言わぬ瓦礫が鎮座するだけだ。

 もう一つ。それらが地に落とす影がその場にはあった。瓦礫の数だけ無数に伸びるその影が、揺れた。


「そこかっ!?」


 手に持つ剣を振り向くと同時に背後の影へと突き刺し、そこで彼は気が付いた。

 己を取り囲む影の全てが、波紋を生んでいることに。


「……なんだ、これは……」


 瞬間、剣が地面に刺さった部分から消えた。

 しかし男も流石というべきか。帝国の、しかもエヘクトルという役職についているため荒事にも慣れている。そこで動きを止めることはせず即座に逃げに入った。

 この場に存在するあらゆる影は既に少女の魔法によって掌握されている。故に彼のこの場から脱するべきだという判断は正しかった。

 問題があるとすれば、影が存在しない場所などなかったということのみ。

 逃げるエヘクトルの影から手が伸びる。

 順に肘、肩、顔。ついには一人の少女が飛び出す。ベルデ・メルクリオ。彼女の培った暗殺術が牙を剥く。

 最短距離で鎧の隙間へと滑り込もうとする短剣とそれに気づいたエヘクトルの鎧で覆われた拳が交錯する。

 弾かれた勢いを乗せ、回転。反対側から速度の増した致死の刃が襲う。対してただ鋭く呼気を吐き、腰を落とすのは全身鎧の姿。

 短剣と拳の連撃音が轟いた。

 身軽に、軽やかに翻るは銀の弧を描く、死を運ぶ短剣。時に影に沈み死角から標的を仕留めるまでは止まらない。

 鈍重に、堅実に叩き落とすは黒鉄の直線で放たれる、身を守る拳。視覚より襲いくる襲撃を経験と研鑚、そして勘を頼りに的確に打ち据える。


「――思ったよりも、やりますね」

「あの小僧を相手にした一人と俺は今回アルヘオに出向いた四人の中でもより上位の者だ。舐めてもらっては困る」


 言葉と伴に今までとは違う、防御ではなく攻撃の拳が放たれる。

 転瞬、攻守が入れ替わった。

 宙に回転するのは、死を運ぶはずの短剣。

 地に足付けて、少女を襲うのは身を守ってきた拳。


「――ッシ!」


 動き全体は速くない。すり足で、腰を落とした体勢は動き回るためよりも言葉通り、身構えるものだからだ。その身が語る。避けるまでもない。ただこの身に培ってきた技術で防いでみせると。

 そして防ぎきったならばその構えは、意味を変える。その力を溜め解き放つことに特化した体勢はまた語る。武器など要らぬ。我が拳こそが敵を撃ち抜く弾丸だと。

 避けるベルデが身軽な動きを得意としていても、エヘクトルが逆に身軽ではないにしても、その拳だけは違う。彼女に迫る姿は山を崩れ落ちる土石流のごとき勢いだ。

 ベルデが紙一重で避ける、避ける、避ける。その耳には空気を裂く擦過音。鎧に覆われた拳は、その硬さを以て岩をも砕くだろう。一撃すら受けることは許されない。


「しつこい、ですっ!」


 ベルデが拳を避けるために退いた右足が、沈む。その分、左足が宙を翔る。狙うは相手の顎。彼女のマントが夜色の閃きを放つ。


「――ぬん!」


 相手がとった行動は避けるでもなく防御でもなく、受ける。その全身に力を漲らせる。同時に鎧に走る紋様――刻印魔法サイン――が赤く瞬いた。

 放たれた蹴りの一撃に対して響いた音は七つ。

 ベルデの「影」の魔法則により隠蔽された高速の七連蹴りを、エヘクトルが鎧にまとった魔法則で耐えたのだ。


「……魔法大国、と謳うだけはあります。本人に魔法が使えなくても兵隊一人一人にまで魔法の恩恵が行き渡る。それがここまで厄介だとは思いませんでした」

「貴様の魔法、隠蔽や妨害には長けているが直接的な攻撃、身体能力の強化という点では並み以下だな。しかしその魔法を交えた戦闘方法は厄介だ」


 ベルデの解放感覚は「目」と「鼻」、「耳」の三つ。つまり大規模な詠唱魔法ソング、特異な加護魔法プロテクションは使えない。出来ることは補助的な刻印魔法、相手の感覚を阻害する攪乱魔法コンフューズ妨害魔法ノイズ。そして己の感覚を増幅して魔法に対して感度を敏感にすることまでだ。

 エヘクトルも魔法は使えない。鎧にこそ魔法が施されているが彼もまた魔法そのものが攻撃の手段にはなりえない。

 相手を仕留めるのはあくまで身に付けた戦闘技術。

 広場のヴィオレッタと仄華、その二人とは違う、しかし極致とも言うべき交錯が今この場で展開されている。

 あの二人が魔法の応酬ならば。

 この二人は戦闘技術の応酬。

 魔法はただの端役であり。

 魔法はなくとも多くの魔法使いをも葬ってきた実績がある。

 人は、魔に導かれなくとも、逆に魔を己の技術に合成することで超常の域に達することが出来る。


「――フッ」

「――シッ」


 呼吸と同時、エヘクトルの視界からベルデか消える。彼は狼狽えず後方に右手で裏拳。

 背後にあった影が打ち抜かれた。ダミーだ。

 瞬間、鎧にできた小さな影、左脇の下から右腕だけが新たな短剣を突き刺すべく伸びる。

 全身鎧は動きを止めない。裏拳を放ったまま身体を円運動させてゆく。上半身がねじれ短剣が虚空を刺した。

 左手でそれを掴み、


「ぬんっ!」


 己の身体から少女を引きずり出した。そのまま叩きつける、


「!?」


 寸前、エヘクトルの脳内に激痛が走る。耳鳴りのような音が鳴った途端、頭を貫くように痛みを感じたのだ。


 ――妨害魔法か!


 掴んだ手を放してしまった。しかし真の驚きは目の前にこそあった。

 放した相手の宙に浮かんだ姿が、霞のように解けたのだ。同時にくらっとくる甘い匂い。


「攪乱魔法だと……!?」


 そして彼は三つ目の感覚を得た。それは首、肘や膝など鎧の隙間がある部分にひんやりとした、まるで刃物が当てられるような感触。


「――――」


 気づくと膝を付いていた。鎧の隙間から鮮血が舞う。その先には赤を引き連れた二本の短剣。そしてそれを両手に携える、ベルデ・メルクリオの後ろ姿。


「私が得意とするのは正面からのぶつかり合いではないので。首に関しては刃を当てただけです、命の心配はありません」


 いつでも殺せるぞという警告ではあったが。

 暗殺の極意は気づかれぬこと。彼女は姿を見せながらも、その戦闘に於いて見事に気付かれることなく相手を仕留めていた。

 黒一色の、刻印魔法によって本来の色が分からなくなり疑似的に加護魔法にまで届きそうなそれを靡かせて、勝者はただつまらなさそうにつぶやいた。


「…………貴様っ……」

「何か言いたそうですね。いいですよ少しなら時間が余っているので答えましょう」


 エヘクトルの怨嗟の声に応える、ベルデの理由は嫌味に満ちていたが、彼はそれに取り合わない。敗者の立場を弁えていたのか。さておき。


「……俺は貴様らに、何のためにあの王女を助けるのかなど問わん。貴様のような輩は今までも帝国に楯突いてきたからな。だがその都度力の前に屈服させてきた」


 ベルデは無言。


「貴様らも知っている筈だ。だがそれでもなお助けに来た。

 何故、そこまでできる? 助けることに理由はいらない。己の行為に後悔はしたくない。その不遇を見過ごせない。心の赴くままに。そうだろう、貴様のような者は皆そう言う。

 だからこそ、解せん。

 貴様ら、死ぬことが恐ろしくないのか?」


 息苦しそうに問いかける。

 彼が問うたのは覚悟。他人の不幸に、悲劇に介入するという、自ら窮地に、面倒事に踏み入るという勇気。

 誰だって命は惜しい。それが生き物の生存本能だ。回避できる危険は回避することが、普通なのだ。寧ろベルデ達こそが異常なのだろう。

 だがそれは「生き物」として、である。

 なら、「人」としては?


「……命が惜しくて、誰かの〝友達〟が務まりますか?

 わたしは逆にあなたたち帝国こそが不思議で仕方ありません。力で全てが思い通りになるという、考え。一体そこにどんなメリットがあるのです?

 確かにその力の前には委縮するのでしょう。しかしそれでも立ち向かう人たちにはあなた達よりも恐ろしいものがあったのです。だからこそ抗う。今の状況は屈服しているのではなく、雌伏していると言うのです。

 本当に、気づいていないんですか?」

「……何が言いたい?」


 ベルデはまるで厳かに宣誓するように、胸に手を当てて告げた。


「誰だって、己が心に定めた〝想い〟を踏みにじられることをこそ恐れます」


 それを人は〝倫理〟と呼ぶのだろう。己の価値観、義侠心、同情、善悪。それは他人を、世界を測る物差しで。

 それを逸脱する行為に、人物に、現実に、人は一喜一憂し、そして世界は回っている。


「傷つくことが怖い。

 死ぬことが怖い。

 何も恥じることではありません。それは誰もが持ちうる当たり前の感情ですから。

 でも、その恐怖を凌駕する恐怖が立ち塞がれば?

 愛する人が、恩人が、故郷が不遇の道を往こうとするとき、人は己に宿した倫理に試される。

 屈するのか、抗うのか。

 自分じゃない、巻き込まれずに良かった、もうダメだ諦めよう。そんな人を誰が一番責めるのか知っていますか?」


 一拍、呼吸を吸って鋭い眼差しに、エヘクトルには理解できない感情を乗せてベルデが続けた。


「自分です。己の行動が屈した末のものなのか否かを、一番よく知るのは自分なのですから。

 人は自分で自分を赦すことが最も難しい。

 妥協とは違う。他人を許すこととも違う。

 死ぬことが怖くないのか?

 わたしは今ここでアンナを見捨てるという、屈してしまうことこそが一番恐ろしい。帝国の武力よりも、自分の中にある〝想い〟を裏切ることこそが恐ろしい。それを認めてしまうとわたしはもう二度とわたしには戻れないのですから」


 だからベルデは先程、屈服ではなく雌伏だと言った。暴力は他人を屈服させる手段として最も分かりやすいものだが、逆に抵抗を思い起こさせるものでもある。

 帝国の侵略を前に屈服するのか否か。屈したならばその国の統治者は後悔するだろう。万事上手くいく降伏などあり得はしないのだから。世界の小国は、耐えているのだ。


「……わからんな。ならばこの国はなんだった? 貴様の言う雌伏とやらも越えて抵抗の末に滅んでいる。そこに何の意味があった?」


 所詮、最後にものを言うのは力だと彼は語る。

 現実を重視した者と理想を重視した者。もとより平行線の議論しかできない。


「この国は滅ぶことよりも恐ろしいことがあったのです。それこそこの国として掲げる、国民一人一人が宿した倫理が。

 ……彼らは大国と戦う道を選んででも、死ぬ最後の瞬間まで人として在りたかった。奴隷ではなく」


 帝国が属国とした土地では、差別がまかり通っていると聞く。そもそもが力がものを言う文化である。敗戦、または降伏した国の民を帝国民が人として見ている筈が無かったのである。だからこそこの国は、アルヘオは戦った。


「命を賭して人であり続ける価値をあなた達は知らない。その姿はとても尊いもので、何人も無駄だなどと言わせない価値がある。その誇りはまるで天から降り注ぐ福音の鐘の音のように世界を渡るでしょう。

 この国は最後まで気高く戦った。その意志は間違いなく芽吹いていく。数十年、数百年だろうと時を越えて」


 エヘクトルはベルデの眼に宿る感情が何かを初めて悟った。

 それは怒りではない。恨みでもない。では力に呑まれた不幸な者たちへの悲しみか。しかし彼はそれも違うとわかった。

 それは敬意だ。彼女がその目に映すのは、この国の想いである。武力と言う物理的なものに価値を見出していた彼には今まで見当もつかなかった〝力〟。


「敬意を表してその意志を受け取りましょう」


 ベルデは最早エヘクトルの男を見ていなかった。なぜならそれは自分に向けた宣言であり、男との会話は既に彼女の中では終えたものであったからだ。


「貫く想い、如何なる苦境にも屈せぬと。

 その意志、福音のように高らかに。

 行動を以て、世界へと届けましょう」


 彼女たち七人。初めから持ちえたそのお人よし(ひとがら)を、どんな時も貫いて行こうと、誰かにとって祝福の鐘になれるような人助けを行っていこうと、ここに来る前に話し合った。

 故に、


「我ら〝不屈の七鐘〟。世界にただただ折れない優しさ(祝福)届ける鐘の鳴らし手。

 助けに応じて往く道こそが、わたし達の生き様です」


 正に道化だと罵る者がいるだろう。馬鹿だと弾劾する者がいるだろう。ただ、それでも恩人だと感謝する者が、誇り高いと称賛する者もいるだろう。そして、ここにも。


「くくく……はははははは!」


 地に伏したエヘクトルが付き物が落ちたように噴き出した。


「面白いな、貴様ら! 想いに力があると言うか!」


 そして、徐々にその身に力が入ってゆく。その様子に目を細めて警戒するベルデ。あの手足で立てるとは思えない、単純に気力や肉体の問題ではないだろう。ならば残るは――


「……あなた、その鎧に一体なんの魔法を施しているのです?」


 問いに返ってくるのは答えではなく、哄笑。


「そんな、曖昧なものでどうにか出来るものか! 何故我らが力を振るうのか、貴様らこそ知らんようだ。

 教えてやろう。犠牲無くして世界は先には進めん! 同情、憐憫、共感! それこそが世界の歩みを止める原因よ!

 弱者を切り捨てた闘争の果てに人は発展を得る! 人はどこまでも愚かしい生き物だ!」


 遂に黒の全身鎧が立ち上がる。肘から、膝からどす黒い血が噴き出す。


「弱者こそが足を引っ張ると、何故気づかん! 力とは打ち破るためにこそある! 我ら帝国の覇道、止めることは叶わんと知るがいい!」


 鎧に刻まれた刻印が、蠢いた。それを見てこの男に何が起きているのかを悟る。


「……その魔法、〝人柱〟ですか」


 ベルデは思う。恐らく帝国皇帝、ラルゴが扱う魔法則の刻印魔法。上位の兵には皇帝自ら装備を下賜すると聞く。それら装備に施された魔法の中でも特に知られるのが〝人柱〟。

 その効果は単純明快だ。ただ対象に圧倒的な力をもたらす。その身体と引き換えに、だが。


「――ぐ、お、おぉぉぉぉ!」


 鎧が内側から膨れ上がる。金属を歪ませるほどの筋肉の膨張など最早人の限界を超えている。恐らくその容貌は既に人とはかけ離れたものになっているのだろう。

 一歩を踏み出すだけで、足元が陥没する。

 人は救世主にもなれるのなら、化け物にだってなれる。

 これは「人」を体現した魔法だ――ベルデはそう直感した。人は、自分の価値観、取りうる行動で、神々しくも、醜くだってなれる。

 どちらが神々しく、どちらが醜いのかは、いつだって勝者が語る。


「人は、イツダッテ、チカラガ最後にモノヲ言う! 己がタダシイと証明スルタメの手段、デハ無い! チカラコソガ、真理ダ!!」

「いいえ、違います。人はどんな時も想いを遺してきた。力とは想いを貫くための手段で、想いを貫く過程に身に付くに過ぎません。

 人の真理はそんなに哀しいものじゃ、ありません。たとえ届かなくとも、そこにはたしかに歩んできた事実がある。命を繋いで育んできた、連綿とした歴史おもいこそ真理です」


 変貌したエヘクトルが、また一歩踏み込んだ。

 ベルデが懐から素早くナイフを取り出す。

 瞬間、地面が爆発――それほどの脚力、ただ一歩の踏込で、エヘクトルがベルデに切迫する。その右腕は既に大きく振りかぶられている。

 ベルデは後方に力の限り跳ぶ。同時に両手のナイフを投擲。

 剛腕が空を裂く。ナイフは呆気なく弾かれ、空気は不可視の刃となってベルデを襲う。

 避ける術なく吹き飛ばされたベルデが壁に衝突、かと思われたが壁にある影にそのまま呑み込まれた。

 瞬間、エヘクトルは後方から声を聴く。


「――〝影渡り〟」


 それは、ベルデの移動を目的とした魔法。影から影へ。死角より死神の刃を振り降ろす、絶対不可避の死の足音。

 彼女の右手には、黒塗りの、三十センチほどの鎌状に湾曲した特殊なナイフ。刃はこの内側に、まさに首を狩るようにエヘクトルの動脈を捉えた。

 エヘクトルは振り向きもしなかった。ただ両腕を関節の駆動限界を無視した動きでベルデを挟み込むように閉じる。


「――っ!?」


 息を呑むのはベルデ。いくらなんでもこれでは回避が間に合わない。

 その身にまとったマントが、煌めいて魔法を発動する、


「ガ、アァァァァァァ!」


 同時、人の両腕が打ち鳴らした音とは思えない破裂音が炸裂した。


あ、誤字報告も承っております。

次はこんなに待たせることなく投稿したいです(希望かよ)


とりあえず頑張りますので今後もよろしくお願いします。

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