4章:世界に抗う不屈者たち 03
土塊の軍勢と魔法で強化された重鎧を着こんだ帝国兵が剣戟を打ち鳴らす街道のその両端、それぞれの陣営の最後方でただ戦況を見守る人物が二人。
彼らはこの狭い街道で市街戦を展開する兵たちを見事に統率していた。
「右翼、その民家の壁を崩して回り込んでください! 中央はやや後退、左翼は前進して敵の後方まで回り込んで!」
「ふむ……右翼左翼を前に出し包み込む気かの……最前線構えっ! 突撃!」
左右の味方が前進すると同時に、退がる帝国兵たちは見た。自分たちの目の前、横一列に展開した敵の最前列。その土塊の集団が、同じく土塊でできた槍の穂先をこちらに向けて突撃してくる様を。
両脇を民家に遮られた一本道であるからこそ、その突撃の威力は従来よりも莫大だ。帝国側は右翼が民家の破壊をすることで街路を広くしようと試みているが、とても追いつかない。相手は倒しても倒しても地面より湧き出てくるのだ。
「最前列の人たちはその場でしゃがんで!! 第二列、狙いを定める必要はないですっ! 前方にその魔法を全力で撃ってください」
『応!!』
統率された動きで最前列の全身鎧たちが身を屈めた。そして露わになるのは見るからに巨大な、中を括り抜かれた柱状の道具を携えた第二列。それは帝国の誇る魔導兵器。彼らの直属の上司である鱗堂 仄華自らが刻印魔法を施した、殲滅兵器。
その突端が白く発光した、と思った瞬間。
「……ほう」
ブルが驚くのも無理はない、圧倒的な破壊が吹き荒れた。
かの「真白き炎を放ちし魔剣」の劣化版である。いくら数は居ようともたかが土塊にその熱を耐えきることはできなかった。液状にまで融解し地面に溜まる赤い粘ついた成れの果て。その惨劇を免れた最前列以外の土塊たちもその形がゆがんでいる。
さらにダメ押しで彼らの左手の民家を破壊し帝国兵が流れ込み、右より回り込んだ帝国兵が同じく押しつぶす。急激に数を減らし、融解した地面からでは新たな兵士が作れず、ブルへの道が、彼ら帝国兵たちの前に開けた。
「全員左右に退避!」
しかし帝国兵は敵将ともいえるブルへと辿り着くことが可能ながら、自分たちの上司の命令に忠実だった。ザァッと兵たちが左右に割れて繋がる道に立つのは、帝国下将アミナ・シールズ。
相手を打ち抜くように人差し指を向け、その左手の下に支える右手を添えて立つ。彼女のグローブに刻まれた紋様が煌めいた。
「――霧斬剥」
指先から延びるのは霧の線。見た目には何の変哲もないただの霧だが、街路に未だ残っていた土塊を難なく貫き、掠っただけでその表面を大きく削ぎ落したのを目にとってブルは慌てて転げることで避けた。
膝立ちながらに後方へと顔を向ければ街路のそのずっと奥、突き当りに存在していた何かの商店だろう大きな建物がその外壁を削ぎ落され、内装を抉られ呆気なく崩れ落ちるところだった。
思わずヒヤリとしたブルだったが、敵はそんな感慨すらも許してはくれないようで、彼の周囲に白く霧が立ち込める。同時に地面に魔法文字を刻んだ。
「――隆起防壁!」
ばきごきぐしゃ!
凄惨極まる音が外から聞こえる。とても気体で起こせる破壊力ではない。
「……流石に帝国の将なだけはある。ワシが使える魔法だけでは中々難しい相手だのう……」
ブルが解放した感覚は「視覚」までである。
対するアミナは「味覚」まではほぼ確実だろう。救いは本人が言っていたように「触覚」までは至っていないことだろうが、そんな事実ははっきり言ってなんのハンデにもなっていない。
「さて、どうするか……これは奥の手を出し惜しみなどしてられんかもしれん」
周りを囲んでいた土の壁が崩れ、再び向かい合う両者。また生まれ出ずる土塊の兵たちを見て帝国兵たちも再び身構える。先ほどから同じようなことを繰り返している。
集団が激突し、ブルへの道が出来たらアミナが魔法で討ち取りに来る。それを潜り抜け再び兵を補充したブルが奥へと引っ込む、この繰り返し。
ブルはこの兵たちをここで足止めするのを目的としているが、こうも一方的に自分ばかりが危険に冒され、相手の指揮官が何もないというのは目的どころかこのままではいずれ討ち取られてしまうだろう。
そして数は揃えられるが、兵たちの練度は相手が圧倒的に上回り相手へ被害をほとんど残せない。ジリ貧なのだ。
「速度も速く、数も揃えられるとすれば〝地より湧き出る人形群〟が一番なんだが、一体一体がそこまで強くないのが難点だのう」
ブルが、さてどうしようかと考え。
アミナが再びブルへの道をこじ開けるべく命令を発しようとしたその瞬間。
アミナの後方から眼を灼く閃光と、耳を狂わす爆音が生じた。ワンテンポ遅れて地を振るわせる余波が伝う。それは王城前広場からのものだった。
「上将……!」
アミナが振り向き唸る。仄華とヴィオレッタの相対に何かしらの決着が着いただろうと確信させる出来事だ。彼女が仄華を案じたのも無理はない。
ブルはアミナがこちらから視線を外した好機を逃さなかった。
しゃがみこみ地面に魔法を刻んでいく。それは今までのものより複雑で大きな魔法陣。
「――奈落より出ずる餓鬼の群れ」
さらに地面より数を増やす敵に帝国兵がより一層緊張を露わにする。新たに現れた影は今までの土塊の人形とは違った。その表面にあるのは鈍い輝き。地中の金属を寄せ集めてコーティングした体躯。しかし大きさはブルと同程度、つまり成人男性の膝頭よりも少し高いくらいしかない。手に持つのは鉱物を固めてできた剣、槍、棍棒、斧など様々である。
「……今までとは違う土塊ですが、その姿形以外に何が違うのです?」
「それは己が身を以て確かめよ」
小さな影が今までの土塊たちに混じり帝国兵たちへと殺到する。
●
アミナは再び始まる集団戦を予想しながら溜息を吐きそうになった。
戦端を開いて今までこの繰り返しであったため、油断していたのかもしれない。
だから、その新しく追加されたミニ土塊が部下を軽々と宙に吹き飛ばすのを見て思わずすべての思考を放棄してしまった。
「……え?」
その小柄な土塊は集団の足元の隙間を掻い潜りアミナの元まで辿り着くや否や、忘我の淵にある敵将を討ち取らんと猛然と襲い掛かってくる。
その攻撃に反能したのはアミナの傍に控える霧の巨人、そして四体の霧の人型。
ミニ土塊の振り回す槍が四体の人型をも軽々と消し去る。事ここに居たってアミナの再起動が果たされた。
「くっ……!」
その槍の旋回運動から逃れようとするも今までの土塊とは違い、その練度も桁違いのようで数秒の間硬直していた隙を突かれたアミナは躱しきれない。
彼女と槍の間に立ち塞がるのは残った霧の巨人。右腕で攻撃を受け止め左拳をミニ土塊へと振り降ろす。そして破砕音とともに砕け散った。
霧の巨人の拳が。
「そんなっ!?」
アミナは霧の巨人が作ってくれた猶予を使い大きく後退。残っていた帝国兵たちも続いて後退する。前方に見えるのはミニ土塊が数多くの部下を地に伏した光景。そして止めの槍を胸に受け、雄叫びをあげながら消えゆく霧の巨人。
アミナは必死に考察する。あの大きさ、戦闘技術の練度、霧の巨人拳を受けても逆に相手の拳を砕いたその体躯。
「……この土塊たちは言わばあなたのコピーですね、ブル・テッラ! そしてその身を形作る土の容量は今までの人形達よりも遥かに多い。圧縮されたその身の質量は帝国の重装騎兵すらも軽々と放り投げ、大抵の攻撃は難なく跳ね返す。その膂力と頑丈さがその答え、違いますか!?」
「間違っとらんよ。圧縮されて固められたからの防御力であり、その重量から見た目とは反して反動力が凄まじい」
何かを叩けば分かると思うが、硬い壁などを思い切り叩けば掌も痛い。これは「反作用」が働いているためである。物理法則として何かに働きかける運動エネルギーには逆方向にも同じだけ力が働く。その物体が脆いものだったり軽いものだったりすれば、そのエネルギーを受けきれず、壊れるか吹き飛ばされるなどするだろうが、頑丈且つ重いものであればその反作用は完全に牙を剥く。
「でも、それだけじゃ納得できない。その大きさで倍近くもある帝国兵を逆に吹き飛ばすのは物理法則を無視しているはず……」
魔法は超常の法則だが、今のブルの魔法に至っては「人形を形作る」までが魔法でその後の人形の働きは魔法ではないので物理法則も普通に適応される。
「お前さん、先ほど己で答えを言ったろうに。圧縮、とな」
そこまで聞いてアミナも気づいた。
「密度ですか……」
苦々しく呟いたその瞬間も考察を止めない。
圧縮されたあの身の誇る密度はこの場の何よりも高いのだろう。ならばこの場の誰よりも質量が重い可能性も出てくる。そして重装騎兵を吹き飛ばしたということは間違いなくこの場の何よりも最重量。
そして固体と気体では密度に大きな差がある。圧縮された固体と圧縮された気体がぶつかれば、もともとの物理法則から密度の薄く質量の軽い気体の方が破れるのは自明の理というものだろう。
「単純な力のぶつかり合いでは分が悪いと気付いたかの? できればここで見逃してもらえれば助かるのだが……」
「何故ですか?」
ブルの言葉には答えず、アミナは質問を放つ。
「何故そこまでして抗うのです? より大きな力の前には屈するのが当たり前でしょう? 他人の命を助けることは世界にケンカを売ってまで行うことですか? 命が幾つあっても足りないでしょう?」
時間稼ぎのつもりで放った問いだった。
だから相手が真面目に答えを返すことなど期待していなかった。
「では、何もせずに後悔して泣き寝入りするのかの? 結果がどうとか世界がどうとかではなかろう。今、自分が、何をしたいか。そうではないか? それに……」
敵が顎に手を当て首を傾げる。その様は言葉を探しているようだった。
その様は帝国に逆らって王女を助けるということに一切の後悔もなく、大きな障害にも挫けないことを当然としている様のようで、アミナにはとても眩しく思えた。
その、我が道を往く生き方は誰だって一度は夢見て、現実に屈し諦めるだろうものであると思うし、そんな信念は自分には貫けないだろうと、事実貫けなかったと思う。
「それに、誰かに手を差し伸べることに、許可が必要なのかの?」
故に。
不思議そうに放たれた言葉に、アミナは「キレた」。
「世界は、そんなに単純でも、やさしくもないっ!! 今この瞬間でだって世界のどこかで誰かが泣いて、飢えて、蹴落とされて、死んでいるんです! この世界は、誰かに気安く手を差し伸べられるほど暖かくないし、人が生きるには残酷じゃないですか!!」
アミナは思う。
世界はいつだってそうなのだ。
何かを強いるのも強者。何かを救うのも強者。この世の真理はいつだって力をもつ物にこそ微笑んでいる。
だったら。
自分のように、上を見上げれば数えきれないほどの強者が存在するような人間は。
「こんな世界で! 一体何を成せと言うんですかっ!! 一体何が出来るというんですかっ!!」
●
ブルは目の前の、十代半ばでありながら帝国の下将である少女の叫びを聞いた。
急に激昂したため驚いたが、それでも彼は真面目に聞いていた。
アミナの様子はまるで幼子が泣いているようだと思えるものであり、その年齢で帝国軍の将軍にまでなっているのならば、外見にそぐわず色々な悲劇や理不尽を目の当たりにしてきたのかもしれない。
彼女の心は既に一度折れたのだろう。過去に経験した出来事によって大きな力に抗うということに、意味を見いだせなくなってしまったのだろう。
「……何も大きな力に抗うということ全てが正しいというわけじゃない。そのことはわかっておるのだろう?」
相手の反応はないが、構わず続ける。
「しかし、だ。正しいことにしろ間違ったことにしろ、大勢に示すには力が必要になってくることも事実。それが正しいと思えるものならば、従えばよかろう。だが、違ったならば?
ただ黙って見ておるのも一つの選択。抗い間違いだと叫ぶことも一つの選択だろうの」
先程とは打って変わって静かな場に己の声のみを聞きながらブルは語る。
「ワシは別に抗うことに理由も力も必要ないと思っておる。ワシら人には、暴力振るう手を掴み止める、寒さに凍える者を抱きしめ温めるこの腕がある。理不尽蔓延る世界を歩む、助けを呼ぶ者の元へと駆けつけるこの脚がある。間違いを訴える、正しさを願うこの声がある。
力があるから、動くのではない。行動した果てに力は身に付くのだろうよ。この世で何かを為せとも、何が出来るとも誰も言ってはおらん。このやさしくもない、残酷な世界だからこそ、誰になんと言われることもなく、己の意志で行動するんだ」
「……力無い者は、力が身に付くまでに果てる。たとえ行動してもそのような結末しか迎えられない人が多い世界で、そんな人に今の言葉を再び言えますか?」
「お前さんが手を差し伸べればいいではないか」
「……え?」
自分は何か相手が驚くようなことを言っただろうか。しかしブルにはわからない。己が抱いている考えをそのままに言う。
「お前さんのような、力持つ者がそのことを分かっておるのならばお前さんがその力無き者を助ければいい」
その言葉を聞いたアミナが一度俯く。そして再び顔を上げて訴える。その顔にブルが見て取った感情は懇願だった。
「では……では、私よりも力ある強者が立ち塞がった場合は、どうすればいいんです?」
それは、年相応で、見たそのままの気弱そうな少女の本心からの言葉だと感じる。この少女は、この問いの答えをずっとさがしていたんじゃないだろうか?
「そのときは、お前さんが助けを叫べばよかろう。お前さん、先ほどこの世界は残酷だと言ったが、この世界はそれほど捨てたもんでもないぞ? お前さんが心を痛めるように、同じように心を痛める力持つ者もおる」
ブルは他の六人も同じように答えるだろうと思いながら、言葉を作った。自分たちがいつだって誰かの助けを求める声に応えるように、自分たちが助けを求めても誰かが応えてくれると思っていた。いや、今は仲間と言える同類と出会ったことでそれは最早確信だ。何も全てを自分が解決しなければいけないわけではないのだ。誰かを助けるように、誰かに助けられたっていいはずだ。
「……そんな考えもあるのですね。何かうじうじしていた自分がバカらしくなってきました。今後は迷いなく、自分の意志を信じて行動できそうです」
だから何かを吹っ切ったような声音で言うアミナを見て、思わず微笑んでしまった。そして敵にまでそんな心境になってしまう自分のお人よし加減に、カネミツのことをあまりバカにできないと思ったその時。
「!?」
一寸先すら容易に見通せぬ濃霧が立ち込めた。
「ありがとうございます、と礼を一応言っておきましょう。やはりあなたは死なすには惜しい人ですね、ブル・テッラ」
戦闘中に真面目に敵の質問に答えて、隙が出来たなど自分でもバカらしくて思わず顔が引き攣ったブルだが、
「それと、もう一つ聞きたいのですが……」
続くアミナの言葉で完全に固まった。
「もし私が助けを求めたならば、あなたは今と変わらず助けてくれますか?」
●
霧立ち込める街道で、幾ばくかの沈黙の時が過ぎる。
その切っ掛けとなる問いを発したアミナは、やはり敵の助けになど応えることはないかと諦めの溜息を吐き、展開した魔法を続けようとしたときに、声を聴いた。
「お前さんが、心から必要とした叫びならば、ワシだけではなく仲間たちも迷いなく応えるだろうの。
なんたってワシらはお人よしだからの」
ブルの声は、嘘もなく真剣なものであることが窺える。心の底からそう行動するであろうことを疑わない真正直さ。
「だったら私は、この世界の捨てたものではない部分も信じることが出来そうです。だからこそ、この場は譲れません。今、この場で王女が犠牲になろうとも、仄華と同様私もこの道の先にこそ追い求めてきたものがあるのだと信じています。
同情もしましょう。懺悔もしましょう。でも、止まることはありません。あなた達がその無償の優しさを貫くように、私も犠牲を容認した覇道を支えることを貫きます。その果てに身に付けた強さを以て、この世界で成し遂げましょう」
霧が、蠢いた。ブルがそう感じ身構える。
「力ある者たちが好きに振る舞うのではなく、力ある者こそ秩序を担う世界を作ることを」
「……それがお前さんらの目的か。それならば王女の救出は確かに見逃せんだろうの」
秩序を担う者は例外を認めてはならない。一度認めた例外は後に反対意見を増長させる枷となるからだ。時には非情さも持ち合わせること。それが罪を犯すことのリスクを何よりも明確に知らしめる。
それは仲間たちで予測したように帝国上層部の考えとは違うものだろう。帝国は力づくでの統一を目的としているが、そこには秩序は存在しないのだから。
「お前さんらは力を以て弱者を支配するのではなく、力を以て世に仇為す強者を断罪する秩序ある〝大きな力〟を求める、いやそのものになろうというのだな?」
「そうです。しかし私は帝国本国を知るがゆえに迷っていました」
その迷いを吹っ切ったのは、ブルである。しかしその結果が今までにも増して本領を発揮したこの現状なら流石に自重した、いややっぱりどうだろうなどと思考が逸れた彼にアミナの言葉は続く。
「より大きな力の前には屈する。それが今までの考え。でもあなたが言ったように同じ志の者たちで支え合うこともあるのだと言うのならば、あなたのように無償で敵も助けることもあるのだと言うものがいるのならば」
ブルは己の斧槍の柄で地面に魔法陣を刻んでいく。周りの霧が渦を巻く。
「大きな力が理不尽を振りまく世界に、秩序を生むための抵抗を貫く道を、私は往きます。だから、ここで王女の処刑をたった七人に防がれたという帝国十二将にはあるまじき躓きを得るわけにはいきません。
理解してくださいとは言いません。
ただ、勝手に謝りましょう。今この時に弱者を助けることが出来ない、未だ力及ばぬ私達を赦してください」
魔法陣の最後の部分を描き終えてからブルも言う。
「ふむ……。その考えは素晴らしい。だが目の前の助けも切り捨てる、その非情さはワシらとは相容れんの。ワシらはお前さんらのように秩序とか世界の先を見据えてはおらん。
ただ、助けを求める人を、救うのみ」
「意見は、割れたということですね?」
「言葉は尽くした。ならば後は……」
ブルが武器を地面に突き立てる。
アミナが両腕を広げる。
『力を尽くすのみ!!』
それが合図。
今まで待機していた〝奈落より出ずる餓鬼の群れ〟と帝国兵が全速力で駆けてぶつかり合う。その剣戟をバックコーラスに、決着を付けるための最後の応酬が始まった。
「其れは、人を、街を、国を喰らう神隠し」
ブルの魔法が発動する。出てくるのは全て腕だけの土塊。その数、数十にも及ぶ。それらが一斉に地面に魔法を刻む。しかしそれぞれが一つ一つの模様を描くのではなく、それだけの数で一つの大規模な魔法陣を描いていく。
「隔すのは現の世界、画すのは実力の限界、隠すのは人の境界」
アミナの詠唱が続くに連れて、霧がざわめく。何かがずれるような感覚とともに外から霧に覆われた場所への干渉が防がれる。ブルの手に持つ武器の重さが急激に重く感じるように、ブルの身体能力が極度に低下する。そしてブルの身体が霧によって無へと分解されてゆく。
「軌跡を喰らう、理由なき浸食、次元を穿て」
己の身が霧に分解されようと、ブルは怯まない。アミナは相手のことを侮らず全力を以てブルを倒しにかかる。二人の魔法の完成は、同時だった。ブルが勢いよく穂先を地面に突きさし、アミナは広げた両掌を打ち鳴らし、閉じる。
「――地殻変動」
「――飲み砕け。霧渦手縛縄」
腹の底まで響く重低音とともに、ある場所は沈下し、ある場所は隆起する。街道の姿を書き換えながら蠢く地面は真っ直ぐにアミナへと続いていく。
あらゆるものを地面のズレによる摩擦で磨り潰し、生じた裂け目へと誘う破壊の咢。
対しアミナの放った魔法は霧で形成された数十メートルに及ぶとぐろ巻くムカデ。その中央に取り込まれたブルが見上げれば、その巨大な牙が打ち鳴らされている。あらゆるものを分解する超常の霧。それに形作られた化け物に呑み込まれればどうなるかなど一目瞭然だ。
互いに防ぐ術はない。どちらも速さの勝負であったが、魔法の完成も同時であったため同士討ちかと、両者が顔を強張らせたとき。
霧の大ムカデに呑み込まれる寸前のブルを光が連れ去り。
アミナを呑み込まんとする地割れを熱が溶かした。
「――ヴィオか!」
「――上将!?」
両者が思わぬ介入者に顔を向けた。
そこには無傷ながらも苦い表情のヴィオレッタと、満身創痍ながらも力ある眼光の仄華。彼女たちは仲間の窮地を救い、続けざまに言った。
「ブル。予定より早いけれど皆と合流して撤退の準備に入るわよ」
「……何か問題があったのか?」
その問いにヴィオレッタの表情は更に歪む。
「問題どころじゃないわ。あの娘、正真正銘の天才よ。今ここで手の内の全てを明かしても仕留めきれるかわからない上に、この先立ちはだかるなら間違いなく対処されてしまう。これ以上の戦闘はわたしにとってナンセンス」
「アミナ。オルソはどこだ?」
「い、いまだ戦闘中だと思いますけれど……」
頭上のヴィオレッタと抱えられたブルを睨みながらひとつ頷く。
「どうやら戦闘をしている暇はなさそうだ。相手がそう早くに決着を付けられる相手ではないのでな。先に王女を確保した方が良さそうだ。数はこちらが圧倒的だが突出した実力者が事実上七対三だ」
アミナはこの言葉に仄華がエヘクトルを勘定に入れていないことを悟る。魔法を使えないとは言え帝国の法を司る者たちである。そんな彼らを勘定に入れることのできない少数精鋭であると、帝国の上将が判断したのだ。
「先に王女を確保されて逃げに入られるとこちらの負けだ。戦闘は控えて、王女の確保を最優先だ。ここからは力ではなく、スピード勝負。いけるか?」
返す言葉は一言。
「勿論です」
「よし、行くぞ!」
帝国十二将の二人が勢いよく身を翻す。帝国兵も統率された動きで後に続いた。予想外且つ呆気ないブルとアミナの勝負の幕切れだった。
「ワシらも急ぐかの……」
「わたしはほかの皆にも伝えてくるわ。誰がここから一番近いかわかる?」
「アスワドとグレイだの。ここから二つほど街道を挟んだ場所だと思うから行ってみるといい」
瞬きをしたその刹那。フラッシュとともにヴィオレッタが消えた。
「さて。ではアンナを探そうかの……それにしても危なかった。あとでヴィオには感謝しておかんといかんな」
小さな男はそう呟いて砕けた街路の奥へと駆けてゆく。




