4章:世界に抗う不屈者たち 02
広場近郊の街路。その両脇に連なる建物が順に崩壊する。こちらへと向かってだ。帝国十二将がここまでふざけた存在だとは流石に予想していなかっただけに、焦りばかりが募るグレイだ。
彼は後ろを振り返りながら街路を駆ける。その後方では徐々にこちらへと追い掛けてくるかのように、建物の崩壊が連鎖している。
いや。
追い掛けるかのようにではなく、追い掛けてくる副産物として建物の崩壊がこちらへと迫ってきているのだ。
同時に近づいてくるのは、哄笑。
「はっはぁ! 楽しいなぁ。簡単に死なねぇ身体ってのが気に入った。あとどれくらい切り刻めばその命、尽き果てる!?」
「チッ!」
瓦礫の奔流から飛び出すのは敵だ。
エタン帝国「中将」オルソ・ギガント。彼の大剣が周りの瓦礫をさらに細かく砕きながら迫りくる。
しかし不思議なことに大剣は瓦礫を物理的に砕いているのではない。オルソを覆う赤い靄が、彼に触れることを許さない。
グレイは戦闘を開始して数分でオルソの魔法則の「異常」を悟った。
正常な物理法則が影響することを許さない。
常套手段で傷つけられることを許さない。
彼が定めた「ある一定」の実力しか持たない者には戦闘することすら許さない。
これが、戦闘狂。
それは世界のあるべき姿から逸脱した、数というこの世に存在する圧倒的な力を否定する能力。
大多数が思いつく戦略などでは倒せない。
誰もが知っている常識など糞喰らえ。
世界を統べる物理法則など如きには捉えることはできない。
「うがぁぁぁぁぁ!」
オルソが、吠えた。
その雄叫びが真っ直ぐにこちらへと――グレイに向かって襲い掛かる。
ただの雄叫びがオルソの詠唱魔法。
石畳が捲りあがり、飛び散る瓦礫が急に地面へと垂直に落下する。道端の草が鋭利な刃物のごとく空気を切り裂き舞い踊る。
「……!」
グレイの右腕が弾き飛ぶ。左腕が破壊と再生を繰り返し原形を留めず、両足は骨が無くなったかのように彼に立つということを奪い去る。
オルソの雄叫びが届く範囲の全てが「狂う」。
あらゆる物質がその本来の性質を保てず、物理法則も破られる。
そしてグレイが跡形もなく破裂した。
「はははははっ! さぁ、まだ生きてるんだろう! まだまだ始まったばかりだ! 人にはあるまじき闘争を続けよう!! バケモノ!」
グレイが破裂して飛び散ったのは赤い血潮ではなかった。
白い、灰だ。
その灰は周りの瓦礫を巻き込みその量を増やしながら集まり一つの形を作っていく。それは人の形。やがてそこには何事もなかったかのようにグレイの姿が再び現れる。
「いいねいいね! 亡霊とはよく言ったもんだ!! 貴様を生んだブリスコアの技術院には感謝しよう!」
笑う。
嘲う。
嗤う。
簡単には死なない、一般では忌避されるような存在を前にして、嬉しくてたまらないというように。己も戦闘の狂喜に憑りつかれた者だからだろうか。その狂喜をぶつけてもなお生きている者を全力で消し去りたいとでもいうように、オルソはその大剣を、雄叫びを、グレイへとぶつける。
大剣を軽々と振り回し、その暴風圏へとグレイを巻き込む。
グレイもただ巻き込まれるだけではない。両手に持つザグナルで応戦する。その鎌状の武器で相手の武器を絡め取り軌道を操作し、カラスの嘴のような鋭い切っ先は鎧の上からでも楽々と相手を貫く威力を誇る。
しかしグレイのザグナルは刻印魔法が施されたものではない、ただの武器だ。そのため、
「くそっ」
そのためオルソには通じない。しかも彼の剣戟はただの剣戟ではなかった。
周囲の建物に切り傷を付けるたび、それだけで崩れ去る、コマ切れになる、粉末になるなど、およそ大剣で斬ることで起こせる事象ではないことばかりが起こる。
「ははっ! くはははは! どうした! その程度では俺を傷つけることなど一生叶わんぞ!」
「本当にどこまでも狂った魔法を使う……ただの切り傷が刻印魔法になるとは、なっ!」
グレイのザグナルとオルソの大剣が打ち鳴らされる。
一瞬の均衡も無いままにグレイが爆発した。
「グレイッ!」
ちょうど周りの瓦礫から這い出てきたアスワドがその光景を見て叫ぶ。全身が己の血であろう赤色に染まっているが不思議と傷は見当たらない。
「やっと出てきたか! 悪魔! 貴様の肉体創造能力もいつまで持つか、直々に試してやろう!」
「お断りだね! ボクの身体でも痛みは感じるんでね!」
アスワドが異形の姿で駆ける。その巨体はオルソすらも上回る。アスワドの黒い毛に覆われた巨腕が金属質の輝きに覆われていた。
「いいぞ! 殺し合いを楽しもう!」
大剣と交錯し、耳障りな音と伴に硬化したアスワドの腕が砕け散った。
「う、あぁぁぁぁ!」
「くはははははは!」
瞬時に下がろうとしたアスワドだが、急に体勢を崩し大きな隙となってしまう。
「な……!?」
石畳が牙を生やしてアスワドの脚に噛みつき離さない。どこまでも異常。オルソの加護魔法が撒き散らす赤い靄が、触れる全てを狂わしていく。
「……バケモノめ……」
「褒め言葉として受け取っておこう!!」
再び、咆声が響く。
周囲一帯の全てが天空へと撒き散らされ、砲弾として降り注ぐ。
ただ、オルソの哄笑が響き渡る。
●
吹き飛ばされた先で、呻く。
「なんていう、出鱈目さなのかね……ボクも大概だけれど、あそこまでじゃないと思うよ」
砕け散った腕が歪な音をたてて、再生していく。悪魔のごとき醜悪さを以て展開される肉体創造能力。それが、アスワドの一度は死んだことにより手に入れた能力。
これがあれば、かつての無力感を補って余りあるほどだと思った。しかしどうだろう。今彼は一方的に痛めつけられている。
「世界は広い、ということかな?」
だが、だからこそこんな化け物と化した自分でも必要としてくれる人がいるかもしれないという期待が持てるというものだ。
「――悪魔の戦歌」
右腕と左腕を一本に融合させて出来るのは、禍々しい黒い光を漏れこぼす大砲。
「くるか! ディアブロ!」
戦闘に酔った男がアスワドの変化に気づき、慌てることなく、寧ろ嬉しそうに身構える。
「戦いは手段であり、目的にしてしまってはいけないというのが、バカなボクの持論でね。人の人生を、キミの狂った快感に巻き込むことは許せないな」
「くはははは! だからなんだ!? 同情、期待、絶望、共感、この時代に人の抱く思いは数あれど、ただそれだけで何かを変えられたことがあったか!? 必要になってくるのはいつだって力さ! 戦闘力然り! 政治の影響力然り! 経済力然り! この世は力ある者しか目的は果たせん!
ならば俺は目的など要らん!! ただ時代の波に翻弄されることを楽しむのみ! 今この瞬間の殺し合いに〝生の実感〟を見出そう!」
オルソの言葉は、アスワド達とは相入れない。
「キミは哀しいね……。目に見える物しか信じられない。想いの、意志の伴わない力はただの空虚なものさ。勝敗を決するのはいつだって力の大きさのみならず、その力を身に付けた〝過程〟の果てに抱いた想いと力を求める〝契機〟となった想いだと信じてきたんだ、人は。
想いだけでは何も救えない? だから力が全て? 違うよ。想いがあってこその力だ!」
耳に痛みを感じるような高音が大砲と化した両腕から発生し、黒い輝きがその砲身の中へと収束していくのがわかる。
「キミはただの災厄だ。人はいつだって苦難の歴史を歩んでる。たかが狂喜に満ちた力ごときで、ボクたちの、誰かを助けたいと思う力を打ち破れるなどと、思わないでほしいねっ!!」
「来い! 貴様らが想いを信じるように、俺は戦闘の快楽に溺れることで得られる実感こそを求めている!」
――ボクらの想いとキミの狂気。どちらがより満ちた力なのか、勝負!
「くらえっ!」
「はっはぁ!」
黒い一本の光条と赤い靄を引き連れた大剣が真正面からぶつかった。
瞬間、力の衝突地点でドーム状に力が渦を巻く。両腕にかかる負担が爆発的に増した。
「まさかとは思うけれど、大剣一本で拮抗しているというのかっ!?」
「――楽しいなぁ、オイ!! なぁ、ディアブロ! 貴様らそんなにあの王女を助けたいか!? 俺には理解できねぇぜ! 一体どんな見返りを求めてるんだ?」
「見返りだって? そんなもの、求めるわけがないじゃないか!」
「はっはぁ! バカだな貴様ら!! このご時世、自分の身を守ることすら必死な人間が満ち満ちているのに、他人を無償で助けようというのか!? いつ時代の波に呑まれて死ぬかもわからぬ、安息の無い時代だ! 己の好きなように生きるほうが利口だろう!!」
――そうさ。だから、
「だから、好きに生きているんじゃないか! 困っている人を見たら大丈夫かなと思う! 苦しんでいる人が居たら早く良くなってほしいと思う! そのために手を差し伸べてあげたいと思う!! 見返りが欲しいんじゃない!
ただそうすることが当たり前だと、そう思う人間が何故少ないんだ!? 安息がないなら、安息を得られる努力をすればいいじゃないか!!」
誰かを蹴落として、犠牲にして得られる猶予に心から喜べるのだろうか? 本当に安息が欲しいのなら、苦しくても、いま、闘うべきじゃないのだろうか?
「ボクはバカだから、頭のいいことは言えないさっ! だけど誰かを生贄のようにすることは後味が悪いことくらいわかる! たとえそれで満足する人間が居ても、全部がそうじゃない! ボクは、皆が一人の例外もなく笑える世界が、見たいっ!」
ぴしっと、未だ黒い光条を吐き出す腕から不穏をはらむ音が聞こえた。
見ると、表面にひびが入っている。射出限界が迫っているということもあるのだろうけれど、ここまでわずかに届く赤い狂気が目に映る。
「そりゃあ、戯けた理想論だ! 理想ってのは現実じゃねぇから理想なんだよ!! 見ろ! 貴様の想いすらも呑み込んで、俺の狂気が勝ってる! 貴様も俺を楽しませる時代の波から派生した、一飛沫に過ぎん!!」
――一体どこまでこの男の狂気は深いんだ!
戦うことでしか解決できないこともあるということはアスワドにだってわかる。だが戦いを手段に選んだとしても、被害を最小限に抑えるために短期で決着を付けようとする考えだってあるだろうに。それどころか、戦闘こそが目的なのだと言う。
――目的の達成による恩恵よりも、多くの悲劇を生み出す危険をはらんだこの男を、どうすれば止められる!?
そんな焦るばかりの状況で、右肩に誰かの手の重みを感じた。
「――よく言った、アスワド」
「グレイ!?」
「理想を語れよ、アスワド。理想とは夢であり目標だ。求める物がハッキリしていれば何も迷うことはないだろう?」
そう言ってグレイが横を通り過ぎ、進んでいく。狂った波動を撒き散らす大男へと。
「次は貴様かスペクター! とことん楽しませてくれ! 殺しても殺しても起き上がる貴様らは最高の玩具だ!」
「黙れよ、オルソ・ギガント」
グレイの身体が一瞬ぼやけるように、ブレた。
アスワドが肉体創造能力を身に付けたように、グレイも技術院の非人道的な実験で何らかの能力を身に付けているのだろう。しかしアスワドはまだグレイから教わってもいないし、自力で把握できるほど賢くもない。今のも何かの能力だろうかと推測する位しかできなかった。
「貴様らはつくづく勿体ない! それほどの力を持ちながら戦うことに快感を感じないのだからな! もっと己の欲に忠実に生きたらどうだ!?」
「――うわっ!?」
相手が大剣を一振りするとアスワドの攻撃が完全に砕け散った。光という流動体だったが、まるで固体の氷が砕けるかのように済んだ音を響かせて、彼の両腕までその崩壊を広げてくる。
「黙れと言ったぞ」
そこで初めてグレイ以外の二人は周りの変化に気が付いた。
「ほう……。貴様の能力がこれか」
周りの瓦礫が、落ちていた武器が、民家が一軒丸ごと、白い灰が揺蕩う街路でフワフワと浮いている。
「俺の能力は物体浸透能力。己が身を形作る灰が揺蕩う範囲は俺の領域だ。欠点としては灰を充満させることに手間が掛かることか」
グレイが右腕を振り上げると、半壊した建物が一瞬で灰となる。その灰が掲げた右手へと集まり形作るのは一本の槍。
しかし人が持つような大きさではなかった。その長さは三メートルを優に超している。グレイはそれを投げつける。
「下らん!」
オルソが迎撃のため剣を振るう、が。
「えっ?」
「なにっ!?」
オルソの大剣はただ灰となって地面へと降り積もるだけだった。
「今、この街路にある物体は俺が掌握している。それはお前の剣とて例外ではない」
「くははは! だがこんな槍で貫かれる俺ではないわ!!」
「――幽幻焔」
槍が蒼い炎に包まれる。オルソの赤い狂気すらも灰へと変える、幽鬼の炎。
これには流石にオルソも回避しかできなかったようだ。
「どうやら貴様の狂気にもある程度は俺の意識を浸透させることができそうだな」
「……いいぞ。もっと俺を楽しませてくれ! やっと殺し合いらしくなってきた! さぁ長い長い快感の時間を俺にくれ!」
「悪いが、もう終わる」
アスワドの数歩前に立つグレイが両手を合わせる。
揺蕩う灰がすべて集まり現れるのは、上半身だけの巨大な人間の骨だった。
オルソの狂気すら物ともせずに、その巨大な両手で掴み取る。
「うおっ!?」
そしてオルソの顔だけを外に出して、大きな白い灰の山となって固まった。
どうにか抜け出そうとしているが中々強固な灰のようで、一向に動く気配が感じられない。
「なんだ、何故俺の狂気の影響を受けない!?」
「俺を形作る灰は幾人もの成れの果てでもある。貴様の狂気ごときで彼らの無念が破れると思うな。周りの物質の支配権すら捥ぎ取る、死者の想いだ。守るために散って行った彼らの無念によりここで果てるがいいさ――アスワド」
「わかってるよ!」
――すでにこちらも準備はできている。「死して尚、その身を楯に、守る者」とはよく言ったものだね! 相手の攻撃手段である狂気を完全に封じ込めてしまった。だったらボクもその真髄を見せようじゃないか!
「ボクの身体は志半ばで死にゆく人たちの身体を集めて作られた。目的を果たすまでは死んでも死にきれないんだ。キミの狂気はボクら二人が身の内に飼う〝仲間〟の遺志への冒涜だよ」
右腕だけを圧倒的に強化、巨大化する。その握り拳は一軒家の大きさとほぼ等しく、その重量は重装騎兵二〇人ほどもあるかもしれない。
背中の羽を二つより合わせ筒状にし、体内と繋げる。噴出孔だ。
そして心臓を作り変える。人にはあり得ない強固な、莫大な力を生み出す動力炉。
体内を黒い輝きの大きな力が駆け巡る。
「ボクは〝死して尚、その身を糧に、掴むもの〟。死者の肉を糧として困難を打ち破り、その手に結果を掴むものだ!」
「……くくく。いいな貴様ら。ここまで狂気を無力化されたのは初めてだ。来い! 俺をどこまでも楽しませてくれよ!」
「――悪魔の拳!!」
背中から黒い炎のような輝きが一直線に吹き出る。
右拳を振りかぶった体勢で、白い灰の山、その頂上のオルソへと、
「くははははははは!!」
窮地すらも楽しくて仕方ないと嗤う男へと、
「これで終わりだっ!」
悪魔のごとき破壊力の拳を叩きこんだ。
白い灰を巻き上げるとともに、耳元で雷が鳴ったかのような爆音が生まれる。
塵ひとつ見当たらないような更地へと、前方の光景が変わる。
それでも勢いは収まらず、数十メートルを突き進み、地面に足を付けても轍を残すかのように滑り続ける。
しばらく拳を振り切った体勢で地面を滑り、止まったところで顔をあげる。
「……ふう」
「終わりだな」
既に白い灰に乗り追いついてきたグレイの声がした。周りをよく見ると灰がその衝撃を吸収してくれたようで、背後以外は更地ではなかった。
「……どうなったと思う?」
「……少なくともこの場は俺達の勝ちでいいだろう」
あの男がこれで終わったのだろうかという心配は拭えない。それほどまでに狂った魔法だったのだから。
でもとりあえずは、役目を果たせたようだった。
グレイと二人、己以外の魂も宿る拳を打ち合わせた。
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