3章:鳴り響くは、鐘の音 04
どこで区切っていいのかわからなかったので、一話にまとめました。
そのため過去最長です。
各人、魔法のオンパレードになっております。多分。
「一体どこの誰で、この場になんの用で来た?」
エヘクトルの、この場にいる全員の心の声を代弁した誰何が場に響きわたる。
「ただの通りすがりの旅人で、そこの処刑されそうになっている女の子を助けに来た、と言ったらどうする?」
答えたのはカネミツ。彼の周りにいる全員がその言葉を聞いて忍び笑いをする。その態度をどうとったか、当然の反応として激昂するエヘクトル。
「ふざけるなっ!! 貴様ら、我らがどこの誰で、今がどういった状況かわかって言っているんだろうな!?」
「お前らこそわかっているんだろうな?」
静かに、語りかけるようにグレイが言い返す。周りの住人も、エヘクトルも、帝国兵も、テラスの上の仄華達も、アンナも何を言っているのかわからなった。
振り向いた彼は後方に居たコキアを手招きする。それに気づいたコキアが小走りで彼らの元へと向かった。
「今からこの子が言う疑問は、おれ達を代表する問いだと思え。アンナを処刑するということはその答えをお前らは持っている、ということだ。それをわかっているんだな?」
そして緊張した面持ちのコキアがその一言を、王城前広場に投下する。
「死ぬために生まれてきた人なんて、いるの?」
あまりに純粋な疑問に、誰もが絶句する。子どもならではの疑問。だが、誰もが心の中で否と答えそうな疑問。
罪を犯した報いに、誰かを守るために身を擲って、環境が原因で、天災に巻き込まれてなどという形で命を失うという人はいるだろう。しかしそれは自業自得の死でも、強要された死でもない。
人が死ぬということは、「役割」ではない。
しかし今のアンナが置かれている状況は違う。帝国に逆らったというならば、すでに争いの中で討ち取られた命がある。彼女は罪を犯したのでもなく、因果応報の報いを受けるわけでもない。王族だから死ななければならないと言われ、死を強要されているのだ。王族という「役割」によって。
そしてこの場の全員が、気が付いた。
彼らはアンナを「王族」ではなく、同じ「ただの人」として見ている!
「き、貴様ら……!」
呻くエヘクトルを無視してカネミツが大声で言う。
「アンナァ!」
アンナがカネミツへと視線を固定する。それを確認したカネミツが続ける。
「お前、俺のこと散々バカだバカだと言ってくれたけど、まだわかってないようだから、この場で言っとくぞ!! よく聞けよ!?」
「俺のお人よしは、死んでも治らん!!」
それを聞いたアンナは、苦笑する。
「バカ……。ホントに、バカ……。でも、ありがとう……」
ここまでバカをやってくれて、真正面からぶつかってくれる彼らになら、自分も真っ直ぐに答えよう。
「わたしは……わたしはやっぱり、生きたいよ!!」
彼らは、誰かの助けに、打てば響くように答えることを知っているから。人の立場を、状況を考えず応えてくれるから、一人の人間として生への執着を叫ぶ。
「構わん! そいつらを討ち取れ!」
エヘクトルの号令が響き、帝国兵の怒号が場を支配するかに思えた、その瞬間。
「よく言ったわ、カネミツ。雑魚は今ある程度ここで削ってあげる。あとは皆それぞれの役割を果たすように動きましょう。準備はいい?」
ヴィオレッタが皆に最後の確認をとり、その間にグレイは再びアウグストゥスへとコキアを預ける。そして皆が頷いたのを確認したヴィオレッタが戦端の開始を告げるように、詠唱魔法を紡ぎ始める。
「其れは、雨を、雲を、闇を退く、全てを阻む光の大輪」
光の輪が彼女を取り囲む。帝国兵たちがそれを見て怯み、突撃の勢いが明らかに鈍る。
「内を守護せし光輪よ、撃ち放たれし雷撃よ、打ち鳴らされし神鳴りよ」
光の輪が放電現象を始める。その長大な詠唱は、「広域殲滅型魔法」を意味する。
「遥か天上より、遍く地上の全てを呑み込む力、知らしめよ」
そして高速で回転し始め、徐々に、徐々に光量を増していく。
「――弾け、小妖精群の大雷光輪」
そう、ヴィオレッタが詠唱を終えた瞬間、彼女を中心に回転していた光の輪が爆発的な勢いで広がった。
味方は通り抜けたその光輪はしかし、帝国兵を容赦なく弾き飛ばし薙ぎ払う。広場の全域を覆いながら、なお拡大を止めぬ光輪は城を呑み込み、都市全体を包み込む。
そして、轟音と閃光がその場の全員の感覚器官を掻き乱す。
全てが収まった後には、広場に居た帝国兵の半分以上が体から煙を立ち上らせて地に伏していた。
「……建物とか味方に被害が出ないように手加減したなら、この程度で限界かしらね」
「……手加減なしだとどうなっていたんです……?」
「跡形もなく更地でしょうね」
あまりに一瞬で仲間の大半が削られた帝国側は、動きを止めている。
その隙を逃さない手はない。
「――ベルデ!」
「わかっています」
カネミツがベルデと手を繋ぐ。そして、
「……行きます」
ベルデの纏うマントの表面が黒く霞がかる。近くにいた帝国兵は、彼女の纏うマントは黒いのではなく、その表面に隙間なく施された刻印魔法で黒く見えるのだということに気が付いた。
魔法が、発動する。
チャポン、という音とともにベルデ、手を繋いだカネミツの姿が消えた。
処刑台の上からその様子を見ていた二人のエヘクトルも、彼らがどこへどういった魔法で移動、もしくは姿を隠したのかはわからなかった。答えはすぐに背後からくることになる。
「……動かないでください」
二人のエヘクトルの背後からベルデがダガーを突きつける。兜と鎧の隙間、首の部分に刃を潜り込ませられ、下手に動くことが出来ない。
その間にアンナの手枷を外しにかかるカネミツだったが。
「動くなよ」
「ちょ、ちょっとわたしの手も斬らないでよ……?」
鍵がないため当然壊すという選択になる。しかし加減を間違えるとアンナの手を傷つけてしまうため、慎重にならざるを得なかった。そのために、ほんの僅か――二〇秒ほどの猶予がカネミツ達をこのまま逃がすことを許さなかった。
上方から、圧倒的な熱気が降り注ぐ。
ベルデが自分の影に沈み込み、二人のエヘクトルもその瞬間に処刑台を飛び下りた。
カネミツがアンナを抱えて退く前に、霧がアンナを連れ去る。
「くそっ」
そして全員が去った処刑台が、発火するという過程を飛び越えて、誰の目にも炎を見せることなく燃え尽きた。
処刑台があった場所に立つのは、一人の少女。
「……まさか、生きているとは思わなかった。あなただろう? 神楽 兼光」
「……同郷の人間は、互いに俺達だけか? 鱗堂 仄華」
両手に剣、纏うのは彼女の戦意がそのまま熱を得たかのような、燻る熱波。
「五年前は、世界屈指の実力どころか魔法すら使えなかったのにな。今こうして対峙しているというのは、助けることができたということが嬉しくも、相容れない今の状況がやるせないな」
対し左手を軽く前に突きだし、腰を落としながら右手に持った剣を下段に構え、左半身で向かい合う。
「それは、こちらも同じだ。あのときは礼を言うことが出来なかったので、今ここで言っておこう。……命を懸けたあなたの献身が、今わたしを生かしている」
そっと目を伏せ、右腕を握る剣をそのままに胸へと、中央左寄り、心臓がある場所へと持ち上げる。
「そのおかげで、やるべきこと、為したいと思えることを追い求められる。……ありがとう。そして、そんなあなただからこそ死なせたくはないし、手を掛けたくはない。……どうか降伏してはくれないか?」
開いた眼に宿るは、強い煌めき。己が道を歩むためには、決して妥協はしないと決めた人間の覚悟が視線に圧力を伴わせる。
「そこで降伏する人間じゃないことも、知っているだろ?」
「この時代、思いだけではどうにもならないと、五年前に体験したはずだ。残酷だが、必要な犠牲というものは確かにあるのだということも、あの時、わたし達は思い知っただろう」
「だけど、それは今、俺達がアンナを見捨ててもいいという免罪符にはならない」
次の仄華の返答がわずかに遅れる。
いや、答えはあった。
双剣を構える、という形で。
「……ならばもう一度現実を突きつけるまで。あなた達を捕え、王女の処遇を完遂することで、わたしはわたしの道を往こう。〝神楽〟の名を賜ったあなたとて、今のわたしに勝てると思うな。――帝国上将がどれ程のものか、知るがいい」
敵として会いたくはなかった。だが、目的のためには、ここで止まるわけにはいかない。それだけの死を積み上げて、血を流させてきた。その先にこそ求める未来があると信じて。
既に散って行った者たちに、自分に付いてきてくれる者たちのために。この小さな両肩に恨みと悲しみを背負う覚悟を、決めたのだから。
それは、決別だった。
仄華が、加護魔法を発動する。
「――灼塵領域」
その影響は、膨張した空気の爆発という形で表れる。
仄華を中心にした三メートルほどの石畳が赤熱する。
「……その左腕、義腕だな? それもあなたの魔法則で刻印魔法が施されている」
一番近くにいたカネミツはしかし、踏みとどまっていた。前に翳した左腕が薄青い、ぼんやりとした光を放ち、仄華の灼塵領域と拮抗する。
「今なお帝国上層部で、至高の精神型として語られる〝意志〟の魔法則。だからこそ皇帝自らが懐柔に来て、拒んだからこそ滅ぼされた。古に戦神を楽しませると言われたその魔法で、わたしにどこまで抗えるか……」
瞬間、カネミツは目を見開いた。
「なっ!?」
仄華が一瞬で、カネミツに肉薄する。
「見せてみろ!」
彼は危ういところで仄華の双剣を、右手の剣と、左の義腕で弾き落とす。
バックステップで距離をとろうとするが、仄華は逃がさない。
弾いた際に、義腕の生体塗装が剥げ、武骨な金属色が露わになる。
左右から連続で迫る斬撃。
近くにいるだけで、万物を塵へと変える熱波。
単純な体術だけでも男のカネミツを圧倒し得る使い手である仄華が全力で魔法を使えば、抗える者など世界でも数えるほどしかいない。
しかし、カネミツは今、一人で戦っているわけではない。
「……邪魔をするか。わたしと渡り合えるという自負はあるのか?」
咄嗟に退いた彼女に相対するのも、女性。
「どうやら、今この場で彼女に対抗し得るのはわたしだけのようね。カネミツ、あなたの役割は、アンナの確保でしょう? ここはわたしに任せて行きなさい」
カネミツの目の前には、眩く輝くヴィオレッタの背中。
仄華とヴィオレッタの間の石畳は、何かしらの魔法によるものだろう。数多くの穴が穿たれていた。
崩れた街へとつながる広場の入り口を見る。
霧の巨人に抱えられたアンナが、その使い手により二人のエヘクトルへと渡され、この場を去っていく。
返事をする間も惜しいとばかりに、二人の横を駆け抜ける。
「待てっ!」
「あら、行かせると思っているの?」
カネミツを追おうとして振り向いた仄華が見たのは、再び自分の目の前に立ち塞がる女性の姿。
「……その速度、加護魔法だな?」
「〝星屑の女帝〟です、上将」
カネミツと入れ違いに、アミナが仄華の傍に立つ。
「彼女には気を付けてください。帝国史上唯一、武術の心得なしに魔法のみで上将にまで至った人です。それだけ数多く強力な魔法を扱います」
ただ悠然と立つヴィオレッタに、アミナは畏怖さえ感じる。
広場を覆う光輪、光り輝く加護魔法。既に規格外の力を見せているのだ。
しかしもう一人の規格外は動じることなく、己の配下たちへと命じる。
「オルソ! あなたは王女を追っていった者を追撃しろ! アミナは兵を率いてこの都市内に居る反抗者の鎮圧だ! わたしの直属を使っても構わない。この女性はわたしが抑えよう」
「よし来た」
「はい!」
この場に残った二人のエヘクトルにも命じる。
「貴様らも、やるべきことを為せ。戦闘に関する事態に於いて、全ての役職者は帝国十二将に従うべきだということを忘れたわけではあるまい?」
そして動き始める人間たちが、己のやるべきことを遂行しながらも気に掛けざるを得ない、今この場での最強同士が戦端を開こうとしていた。
「待たせたな。始めよう」
「お構いなく。先輩として少し胸を貸してあげるわ」
熱波と白光。二人の纏う加護魔法が一際強く、場を支配する。
●
「ヴィオは派手にやるね」
「アスワド、俺達もそろそろ戦闘をしなければならないようだ」
広場の外縁部。街へと通じる入り口に立つアスワドとグレイは、幾人かの兵を率いてこちらへと向かってくる、中年の巨漢を目にしていた。
彼ら二人の役割は、アンナを確保する役目であるカネミツとベルデに降りかかる障害の排除。
つまり追手の足止めである。
「はっはぁ! 命惜しくば道を開けろ! 小童ども!」
「それはできない相談だね」
「お引き取り願おう」
アスワドの身体が膨れ上がり、グレイが両手にザグナルを携えてただ一歩前へと進む。
帝国兵たちが突き出した、剣、槍などといった武器はアスワドの黒く巨大に変化した身体に弾かれ、踏み込んできたグレイの身体に呆気なく呑み込まれた。
アスワドがただ右腕を横に振るっただけで、十人単位の帝国兵が吹き飛ばされ、グレイのザグナルが鎧の隙間から帝国兵の身体を容赦なく斬りつける。
「……ホントに人間か? おめぇら」
オルソが当然の疑問を投げかける。
彼ら帝国の人間の目の前には。
二メートルを軽く超え、膨れ上がった筋肉を黒い体毛で覆い、背には蝙蝠にも似た羽を、下半身には尻尾を生やし、頭部から角を突き出した、いかにも悪魔然としたアスワド。
その身に数多くの武器を突き刺されながら平然と立ち、両手には鎌のような形状をした不気味な武器を血に塗らしたグレイ。
「ブリスコア技術院で、まともな形を失った、肉片と化した人間に〝魔物〟の概念型による刻印魔法を施された実験体。〝得体の知れない〟というイメージのままに、自らの身体を己の赴くままに練り捏ねる、錬筋術師。〝死して尚、その身を糧に、掴む者〟。それがボク、アスワド・ネブトンの正体さ」
「同じく、既に火葬され、灰となった人間に、〝霊〟という概念型の刻印魔法を施され、生前の記憶や人格を残し、〝未練ある人間が至る〟というイメージを体現し現世に留まる、遺灰に宿る霊魂。〝死して尚、その身を楯に、守る者〟。俺、グレイ・プルトナスを簡単に殺せると思うな」
その場に君臨する悪魔と化したアスワドと、淡々と自分に突き刺さった武器を抜いていくグレイ。
その常軌を逸した魔法の産物に帝国兵が恐れ、後退する。
ただ一人を除いて。
「ほう……。おめぇら、噂のブリスコアが産み出したっていう虎の子か。なんでこの場に居るのか疑問は残るが……」
オルソの雰囲気が急変する。
周りに残っていた帝国兵が、一人残さずその場に崩れた。
失神したのだ。
背に吊った大剣を静かに抜く。
鈍く、太陽光を反射するそれを軽々と構えるオルソ。
「エタン帝国十二将、中将、オルソ・ギガント。世にも珍しい魂魄型である〝戦闘狂〟の魔法則を扱う人間だ」
彼の瞳が赤く変色していく。
姿形はそのままだが、二回りほどその身体が膨張し、撒き散らすのは殺し合いをできるということに対する、狂喜。
生まれついての、戦闘の執着者。
他を隔絶する異常な本質がもたらす、加護魔法。
その異常性が、形を成して他の存在を侵す。
並の人間には意識を保つことすら許さない。
自分がただの人間の能力に収まることを許さない。
己の戦闘を殺し合いにまで至らぬことを許さない。
「はっはぁ!! 始めようぜ、小童ども! 嬉しいぜぇ! ただの人間には到達することすら許されぬ殺し合いを、楽しもう! 人を逸脱した者だけが至れる境地で踊ろう!」
哄笑が、遥か遠くにまで避難してこの場を窺っていた住人達の意識を刈り取った。
「……この身でなんだけど、上には上がいると感じたよ」
「……狂ってるな」
化け物たちの狂宴が幕を開ける。
●
アルヘオの城下街。
その街中、一本の街道で佇むのは、全身を鎧に覆われた小さな影。
「あなた一人ですか?」
幾人もの兵士を率いてその影へと話しかけるのは、帝国下将、アミナ。
「ふむ。ワシにも仕事がくるものだの。アスワドとグレイの二人だけでは流石に全てを抑えることはできんか……」
ブルの役割は近場の住人を避難させること。
そしてもう一つは、人数では圧倒的に勝る帝国側の人海戦術の防波堤。
「あなた一人で、十二将であるわたしを含むこの人数を相手にすることは無謀です。降伏してください。今なら傭兵として帝国に貢献したという実績を鑑みて、殺さずに済ますことができます。〝傭兵将軍〟ブル・テッラ」
「ふむ。お前さん、ワシのその通り名を知っておるなら、ワシが得意な戦闘も知っておるだろうに……」
手に持つ斧槍の柄で地面に何かを描きながら、話を続けるブル。
「集団戦を得意とするワシに、人数が武器になると思うのは、滑稽だぞ?」
彼の足元から、石畳なども巻き込んで人型の土人形が起き上がる。
しかし、ブルは柄で地面に何かを描くことをやめない。
それどころか、土人形までもが屈みこんで何かを描き始める。
それは、刻印魔法。
次に盛り上がるのは、二つの影と、小さな土の腕が数本。
それら全てが次々と刻印魔法を、石畳の街路へと施していく。
一度に盛り上がる影は二倍、四倍、八倍、十六倍という風に増加していく。
並列施行により、土くれの軍勢があっという間に出現する。
魔法名を〝地より湧き出る人形群〟という。
「……あくまで反抗しますか」
アミナのグローブに施された刻印魔法も発動する。
霧が、瓦礫転がる街路に漂い始める。
「残念です。彼らをただの帝国兵と同じに思わないでください。仄華上将直属の精鋭たちです。それに、加護魔法は使えなくともわたしも十二将の一人。そう簡単に事が運ぶと思われるのは心外です」
霧が巨人を形作る。
それに加え、アミナの周りに漂う霧がいくつもの人型を成していく。
ブルよりも遥かに少ないが、彼女を守護する親衛隊くらいにはなるのだろう。
「エタン帝国の名に於いて、反抗者としてブル・テッラ。あなたを処断します」
「不屈の七鐘、ブル・テッラ。この場で討ち取られる気は、一切ない。悪いがお前さんらこそ五体満足で帰れると思わんでくれ」
その会話の終了を合図に、帝国兵たちと、土くれの人形の群れが前方へと突撃する。
数と数。
武器が打ち鳴らされる、野蛮極まりない剣戟が展開する。
●
四人いるエヘクトルの内、二人が、広場を出てアンナを連れたほかの二人に合流するため街路を駆けているところだった。
そこかしこにある瓦礫に腰掛けていたファンは、そんな二人を見つけてしまったために、憂鬱そうに溜息を吐く。
彼女の周りには既に幾人もの帝国兵が折り重なっている。
当然、そんな光景を見過ごすわけがなくエヘクトルが足を止めてファンを睨んだ。
「貴様が、これほどの数の兵士を負かしたのか?」
緊張を滲ませた声であるエヘクトルとは対照的に、
「ったく。数が多くて面倒になっちゃうよなぁ……」
うんざりとした様子を隠そうともしないファン。
彼女が持ち受けた役割は、都市内を思うままに彷徨い、各個撃破するという遊撃。
しかし如何せん、数に差がありすぎる。
ヴィオレッタが広場で数を削ったにしろ。
ブルが多くの兵を受け持ったにしろ。
それでもこの都市内に帝国兵はまだ数多く展開されている。
たった七人の戦闘要員しかいないのだから、誰もが多くの接敵を果たすのは当然なのだが、それでもファンにとっては面倒極まりないことだった。
「帝国の法の番人たるエヘクトルとして、貴様を見過ごすわけにはいかんな。命乞いをしても無駄だぞ。貴様らはふざけたことをしてくれた。しかし貴様らも処刑することで再び世界は帝国に刃向うということがどういうことか、思い知るだろう」
その言葉に、ファンがピクリと顔を上げる。
「……へぇ。ふざけた、か。面白いことを言うね。あんたら」
全ての感情を削ぎ落したかのような、平坦な声。
瓦礫が多く転がるこの場だからこそ、余計に寒々しくその声は通った。
「この、あたしを、法なんてもので縛れるのだと、そう言うんだ?」
二人は、己の脳が発する危険信号に逆らうことなくそれぞれ抜剣する。
その様子をファンが嗤う。
彼女の本質は〝自由奔放〟。
自由に振る舞えるということは、周りの環境に屈しない力を持つということ。他人の制止や意志など意に介さずに、思うままに行動することを許された才能を持つということ。
誰の指図も受けず、如何なる状況も彼女を止めることを許さない。
感情の赴くままに、才能が許すままに、自由を保障された存在。それがファン・ムシンという女性の、生まれながらにしてその身に宿す資質。
そして、彼女と二人のエヘクトルが話している間にも続々と集まってきていた帝国兵。
ファン以外の全ての人間がそれを見た。
魂魄型の魔法則、〝自由奔放〟。その加護魔法による彼女の変化を。
瞳が煌々と金色を発する。
その髪の毛はどこまでも、気高い狼のような、銀。
鋭く、何かを叩く音とともに彼女の周りにある瓦礫が弾かれる。
気安く触れられることすら、己の気持ちひとつでコントロールする、圧倒的な強者としての覇気が彼女から発される。
「たかが法ごときで、数ごときで、世界最強という国の人間であるという事実ごときで、このあたしを縛れると、妨げられると、抗しきれると、あんたらはそう、言うんだね?」
ユルルモンという種族特有の、鋭い犬歯が不敵に笑った際に姿を見せる。
それは、捕食者の、狩人の表情だ。
誰もが息を呑む。悲鳴とともに。
彼女がゆっくりと立ち上がるだけで、空気が張り詰めた。
「だったら、止めてみな。このあたしの振る舞いを、想いを、あたしに許された全てを、あんたらが持つ全てを以て、阻んで見せろ!」
たった一人の、天賦の資質を持つ女。
彼女の自由で奔放な行動が、幾人もの男たちの掲げる思想や正義といった理念を内包する行いと相反する。
●
アンナは変わり果ててしまった故郷を、二人の男に連れられるままに駆ける。
「くそっ! 一体なんだと言うのだ! たったあれだけの人間を相手に、帝国の人間たる我らが一時的とはいえ退かねばならんとは」
「ぼやいていても仕方あるまい。あの場にヴィオレッタ・サートゥルヌスを含め各国でも名の知れた人間が幾人かいたことは事実なのだ。この混乱が収まった後、奴らを含めて、王女の処刑を世界へと発信する。それで帝国の威厳は保たれる」
二人のエヘクトルの会話をただ聞いている。
手枷が彼女に抵抗するという選択を許さない。
皆が助けに来てくれたのに、ただ従うしかできない今の状況をもどかしく思う。どうにかして打開したいが、魔導核なしでは魔法の恩恵を受けられないアンナにはそれは不可能だ。
だからアンナはただ信じている。
助けに来てくれた彼らが、すぐこの状況を打開してくれると。
そして、すぐにその期待は現実のものとなる。
「なんだとっ!?」
「魔法も使えない、ただ刻印魔法を施した鎧を纏うだけの武人を追跡するくらい朝飯前です。〝鼻〟で施された魔法の痕跡を追えばいいだけですからね」
目の前に鎮座していた、大きな瓦礫の影からベルデが抜き出てくる。
「貴様っ! 確かに我らは魔法を使うことは出来ないが、この鎧には魔法を探知するための刻印も施されているのに、どうやって気づかれることなく我らを追跡出来た!?」
ベルデは呆れたように鼻で嘲い、冷たく言い放つ。
「馬鹿ですか、あなたは。〝鼻〟を解放しているということは〝攪乱魔法〟を使えるに決まっているでしょう。そもそも追跡、奇襲、隠蔽といった魔法はわたしが最も得意とする分野です。あなたたちに逃れる術はありません」
しかし、慌てる一人とは別にもう一人は落ち着いている。
「……魔法を使えないとて、その恩恵を受けた武人が二人相手では、貴様一人ではどうも出来まい?」
「だから、あなた達は馬鹿なんです」
二人はそこで初めて、遅まきながら気が付いた。
身柄を確保していた王女の姿がないことに。
咄嗟に背後を振り向くと、一人の少年が王女の手枷を慎重に手に持つ剣で壊したところだった。
「ふう。これで一つ、目標はクリアだな」
「……そんな悠長なことを言って大丈夫なの? カネミツ」
「なに、問題ないさ」
一歩エヘクトルの方へ踏み出すカネミツ。
彼の左義腕に施された刻印魔法が〝アンナを助ける〟という意志に呼応してどんどん力強い青色を放つ。彼はその力強い意志のまま詠う。
「其れは、不幸を、天災を、運命を覆す、想い貫く一本槍」
「真を示すは魂よ、芯を宿すは己が身よ、心を灯すは我が声よ」
「思い一つで、神すら負かすその力、顕われよ」
「――抗え。理不尽嘆く決意人」
それは先ほどの広場でヴィオレッタが見せたようなものでも、かつて仄華が放った灼天剣とも全く異なるものだと、アンナは思った。
青い光が全身を覆い、そしてすぐに身体に染み込むように消えていったのだ。
だがよく見ると、その青い光はぼんやりとカネミツの全身から、夜に瞬く蛍のように放たれている。力強くはないが、暖かく、優しさを感じられる明かり。
「精神型の最大の特徴は、他の魔法への干渉にある。思いだけで、魔法の攻撃を防ぎ、また思いを成すために必要とあれば、如何なる魔法則だって感じる」
勿論、本来の使い手には及ばないことが多いし、思いの強さによりその効果も大きく左右されるが。
あらゆる魔法に対抗し、あらゆる魔法を利用する魔法。
その中でも、至高とまで言わしめた〝意志〟の魔法則。
「これで二対二ですね。始めましょうか?」
為す術もなくただカネミツの変化を見ていたエヘクトルは、意識を取り戻したかのようにベルデを振り返る。
彼女の周りにある、あらゆる影が不気味に鳴動している。
自然現象型〝影〟の魔法則。
その使い手たる、今はベルデ・メルクリオと名乗る稀代の暗殺者が、その殺意を解き放つ。
二人のエヘクトルもここに来てやっと剣を手に握る。アンナの身柄の確保を賭けた四人の相対が、アンナの見守る前で始まる。
今回長いあとがきになるので、興味ない方はスルーでお願いします。
カネミツの啖呵を思いついたのが、この物語のすべての始まり。
それをこうして形にできたのだから、一つ目標達成といってもいいのかな?
またこの話に出てくる単語はいろいろな国の言葉を使っています。
たとえば……
サギールはアラビア語で「小さい」。
ユルルモンはフランス語で「遠吠え」。
エヘクトルはスペイン語で「処刑人」。
クリュエルはフランス語で「残忍」。
フライハイトはドイツ語で「自由」。だったと思います。
その他にも結構使用しているので、そういうのを探してみるのも面白いかもしれません。
そんな人がいればだけれど……。
登場人物の名前も規則がある奴はあったりします。
主要人物の七人のうちカネミツを除いた六人はそれぞれ「色」と「天体」から来ていたりします。全部わかる人はすごいと思います。
またこの話で出てきた「エルブス」。
これは実際に存在する自然現象の名称です。よかったら調べてみてください。
長々と失礼しました。とにかくやっとここまで来ました。
これからの戦闘シーンが、数少ないですけれどこの話を読んでくれている方が面白いと思ってくれれば、いえ思ってくれるように頑張ります。
ご意見・ご感想・ご質問なども待っています。よろしくお願いします!
では、また次回!




