3章:鳴り響くは、鐘の音 03
ついに林道を抜ける。アウグストゥス達の活動の手伝いとしてあの林の中を出ずに待機していたカネミツにとって初めて見る光景。
道の先に壁に囲まれた街が見える。アルヘオ跡地だ。
アンナがアミナに連れていかれてから三日、カネミツが目を覚ましてから二日。彼らは二日を掛けてできる限りの準備を行った。
戦闘準備。
目的達成後の逃走準備。
その他にも潜入のための準備などできることを全て行った。
その間の情報収集も忘れなかった。そして入手した情報によれば、
「今日、アンナの公開処刑がある。そこが最初で最後のチャンスってわけか」
「そうです。そもそも城の中に連れていかれては、侵入はできてもバレずに救出は不可能です。外に姿を現すアンナを正面から連れ出す。これが最もやりやすいでしょう」
カネミツにそう答えるベルデ。その彼女に林の中では遮られていた陽光に目を細めながらグレイが質問する。
「そこまで忍び込むことはできないのか?」
「だから近づくことはできても二人でその場を脱することが出来ない、と言っているんです」
「……なるほど」
アンナは身を拘束されているだろうことは想像に難くない。その拘束を解くという段階で周りの人間にバレてしまうだろう。
帝国は他の国にも自分たちに抗った国の末路がどうなるのかという警告を込めて、今回の公開処刑を行う。なにも初めてのことではない。侵略が完了した大抵の国で行われることであり、その光景を魔法により全世界へと見せつける。取り仕切るのは帝国の法の象徴であるエヘクトル。
「ふむ。ワシらの行動も世界へと知れることになるの」
顎を撫でながらブルが呟く。
「いいんだよ。アウグストゥスの爺も言ってただろ? あたしらが成功すれば帝国に抗う動きも大きくなるってよ」
「でもそれは戦火も拡大するということじゃないのかい?」
アスワドの懸念も尤もである。そんな疑問に答えるのは一行の一番前を行くヴィオレッタ。
「まずは、帝国に対する抑止力が生まれないとどうしようもないのよ。今、帝国は思うままに侵略を続けているわ。それを躊躇させられる存在がいないのよ。だからわたし達がその架け橋になれれば、という目論見もあるのでしょうね」
自分たちの行動を見て、他の大国が手を取り合い「人道的な観念」から帝国と向き合ってくれれば、小国家群も小国のみでなく大国とも協力できるだろう。
「帝国の力の前に、強く出られない現状をたった七人で変えるか……。今までで一番過酷になりそうだ」
「そんなことを言いますけれど、カネミツ。この二日の準備であなたの身体を見ましたが、あなた過去に何があったんです? それこそ余程のことでしょう?」
横を歩くベルデが見上げてそんなことを言ってくるが、カネミツはベルデを含みこの中の数人に言いたいことがあったのでこの機会に言うことにした。
「お前なぁ、そりゃ俺が聞きたいよ。林に来たアミナとかいう下将もお前とヴィオとブルの過去を知っていて、それで警戒してたんだぞ? どう考えてもお前らのほうが衝撃のある過去だろうよ……」
後ろを歩くブルが横に並んでくる。
「まぁまぁ。それは仕方ないことだろう。それよりもあの場までお前さんの身体に気付かせんかったあの技術もすごい。やはりブリスコア製か?」
「そうだけど、あからさまに話を逸らすなよ……」
「ハイ、そこまでよ」
ヴィオレッタの声が一行の動きを止める。もうアルヘオの城壁が大分近づいていた。しかし堅牢そうな印象はない。
ところどころ崩れたそのさまは帝国の力を物語る。門は崩れ落ち、中まで見通せる。中に入ること自体は難しくなさそうだ。
「目的地は王城前の広場。そこでアンナの処刑が行われる予定よ。そこまでは大した問題もないでしょうけど、そこからは大変よ? 皆大丈夫でしょうね?」
ヴィオレッタが皆を鋭い目つきで見る、そんなものを意に返さず彼らの中のムード―メーカーが吠える。
「ボクたちなら問題ないさ! いや、ボクたちだからこそ出来ること。ただそれを為すのに今更何の覚悟がいるんだい?」
瞼を閉じ微笑むヴィオレッタ。
「そう。じゃあ最後に、コキア。あなた本当についてくるの?」
一行の最後尾に隠れるように付いてきていたコキアがその眼に決意を秘めて言う。
「行くよ。わたしだけ待ってるなんて、いや」
コキアの答えを聞いて、どうしようもないとばかりに嘆息するのはグレイ。彼はこれ見よがしに額に手を当てる。
「アウグストゥスも妙なことを吹き込んでくれたものだな……。俺達がただ理不尽に抗うならば、その理不尽に対し叫び、俺達を動かしたコキアは聖都の聖女と同じようなものだろうとは……」
言ってくれる、と続ける彼を一瞥してから皆がコキアを見る。
始まりはこの少女を助けたことによる出会いだ。
そしてコキアの身を慮って外へと出た。
外では新たな出会いがあり、しかし出会ったアンナもまた時代の波に呑みこまれようとしていた。
コキアの時とは比べ物にならないくらいの、強大な力が彼女に死を強いる。その強大すぎる力の前に誰もが躊躇した。助けることを。
そんな彼らを動かしたのはコキアの一言。助けたいという気持ちだけではダメなのか。
それは誰だって大切な者の窮地に思うこと。ただそれだけで動けるほどこの時代の人は強くなく、時代の波は強大だった。
でも、だからこそ、そんな気持ちだけで動く者がいてもいいだろう。
幸いにも力は、一般の人より遥かに持ちえたのだから。
だからそんな行動に踏み切らせたコキアは、確かに彼ら七人の行動原理の象徴なのかもしれない。
「……わたし達のお姫様の覚悟も確認したことだし、行くわよ」
「さぁて、一つバカをやってきますか」
「……少し緊張感も持ち合わせろよ? ファン」
「アハハ! グレイはいつも堅いね! アウグストゥス達も中で緊張してるだろうね」
「あなたは少し口に封を付けてもいいかもしれませんね」
「どうした、ベルデ? いつもの毒にキレがないの。お前さんも人の子か……」
「まぁただいつものように人助け。変わったことは特にナシ、と」
「むー、カネミツそんなこと言ってるけどいつもより体がカチカチだよ?」
たった八人が、崩れた城壁を乗り越えてゆく。
それはある晴れた昼のこと。強い日差しが大地を舐めるその日は、歴史に残るお人よしたちが初めて、世界の表舞台に現れる日である。
●
アルヘオ王城前広場。
そこは円形の広い空間であり、城の正面に位置している。ここから見える街の様子は、屋根が倒壊した建物がところどころに見え、完全に倒壊した建物が道を塞いでいる。
帝国のアルヘオ侵攻の中でもこの場に留まった住人が、そんな街中から遠巻きに広場を窺っている。
彼らの視線の先には、木製でできた高さが三メートルほどの台があり、そこに一人の少女が手を木の枷で囚われ膝を付いている。アンナだ。アンナの傍らには鎧を纏った、帝国の法の執行者であるエヘクトルが二人。台の下に残りの二人が待機している。更に広場と街へと通じる街路を隔てるように円形に展開した帝国兵が壁を形成し、何人たりとも近づけない。
その様子を、城のテラスから見下ろすのは三人。仄華とアミナとオルソ。
そして、彼女たちが見下ろす広場で動きが生まれる。
「何か言い残すことはあるか? アルヘオ王国第一王女」
「……あるわ」
エヘクトルの言葉に応えるアンナの声は、とても今から処刑される人間とは思えないほど清々しいものだった。
「わたしは、王女として生まれて、今ここで死ぬけれど……」
顔を上げたアンナが浮かべるのは、笑顔。
「この国の皆に愛されて幸せだった。ただ不幸に巻き込まれ死んでしまう人がいる時代の中で、わたしの死が残された民の安全を保障してくれる約束を取り付けられたことは、今まで愛されたことに、報いることが出来る、意味のある死だと思う」
死ぬことは怖い。嫌だ。やっぱり生きたい。
死ぬことに意味なんて、あるのだろうか。
自分が死んだ後の約束など、破られてしまうのではないか。
それでもこれが、この世界、この時代に、自分に与えられた役目ならば、最後まで演じてやろう。
仄華との約束通り、ここで終わりだとは諦めない。終わりまで精一杯、生きてやろう。
「だから……だから、どうかわたしの代わりに生きてほしい。この世界の行く末を、見届けて、わたしの代わりにその人生を全うしてほしい。決して仇をとるとか、国の再興をなどとか考えず、命を危険に晒さずにして欲しい」
大きく息を吸い込んで最後の一言。
「生きろ!」
ああ、終わる。
たった一七年。父や母、今まで当たり前だと思っていた側近たちがいた生活が急に終わりを告げて、自分だけが生きろと言われた。
言葉通りに事が進むほどこの世界は甘くはなかった。だったら自分も皆のように、庇護する者たちのためにこの命を散らそう。
――父上、母上。言葉通りに世界を見ることはできなかったけれど。
――それでも王族の責任ではなく、己の意志でこの場を迎えています。
――そんなわたしを、誇りに思ってくれますか……?
自分の言葉に、アルヘオの民がこの広場へ押し入ろうとしているのが見える。帝国の兵がびくともせずに遮る壁は、まるで決して抗えない運命を体現したかのようで。
「……言ってくれるな、王女。今の言葉でこの国の民は、帝国にいい感情は決して抱くまい。だが、無駄に抵抗することもないだろう。そういった者たちが一番厄介だというのに……」
それには応えず、アンナはただ瞳を閉じた。暗闇の感覚の中、両脇のエヘクトルがその手に持った処刑用の剣――エクゼキューショナーズ・ソードを持ち上げる音がする。
『姫様っ!!』
続いて民衆たちの叫び。
そこで彼女は不思議なことに、父や母の声を聴いたような気がした。
――諦めるのは、どうやらまだ早いようよ? アンナ。
――そら、生きるチャンスが転がり込んできたぞ。我が娘なら見事掴み取ってみろ。
「な、なんだ!?」
「て、敵襲だ!!」
帝国兵たちが騒ぎ始める。いったい何があったのかと目をうっすらと開く。
「騒ぐな! 賊は何人いるのかをまずは報告しろ!」
エヘクトルが大声で兵士たちを落ち着かせる。広場の一角で帝国兵の壁が崩れ、その先が見通せるようになっていた。
いきなりの事態にテラスで見下ろしていた仄華達も身構え始める。
「な、なんでしょうか……?」
「さあな。オレたちゃただ目的のためにやるべきことをやるだけさ。今この場では、帝国に従う姿を見せるために、王女の処刑を進行させる、だろ、嬢ちゃん? ……嬢ちゃん?」
反応が返ってこない仄華の方を見たオルソは思ってもいなかった光景に息を呑んだ。仄華が目を限界にまで見開いて、固まっている。顔は蒼白だ。
「……上将?」
アミナも仄華の異常に気づき、声を掛けるがまるで聞こえていない。そんな彼女はただ小さな声で呟いた。
「馬鹿な……。なぜ、ここに居る? ……あのとき死んだんじゃなかったのか……?」
「武器を所持した者が七名、その後ろに子どもが一名です!」
「なんだと……?」
そんな馬鹿げた、冗談としか思えない報告に疑問を返すエヘクトルの横で。
その人数に、アンナには心当たりがあった。
「い、いえ! その他にも援護とみられる数名が紛れ込んでいるようであります!」
その残りの者たちも、想像できる。林で会った集団が、脳裏に浮かぶ。
――どうして……? 皆来ちゃったってこと?
そしてアンナは見た。
横一列に並ぶ七人。その五メートルほど後ろに小さな女の子。その周りに大柄な老人と数人の男たち。
一番右に、上半身に体の線をそのまま見せるスーツ、余裕のあるズボンのアスワド。
一番左に、黒いフードつきのマントを羽織り、軽さを重視した脛までの脚甲のベルデ。
右から二番目に、両手にザグナルを持ち、だらりと下げたグレイ。
左から二番目に、ところどころはねた髪を靡かせ自然体のファン。
中央右隣に、白を基調とし青色で刻印が施されたローブを纏ったヴィオレッタ。
中央左隣に、全身を黒い刻印の入った鉛色の鎧で覆い、右手に己を超す斧槍を持つブル。
中央に、右手に片手剣、丈夫そうなベストを着て、これまた丈夫そうなブーツのカネミツ。
そしてその七人を筆頭に、後ろに続くコキア、アウグストゥス、数人の男たち。
ただ心の赴くままに、一人の命を助けるためだけに、世界一の武力をもつであろう大国にケンカを売りに来た、七人のお人よしを筆頭とした集団がアンナの目に映った。
あれ、まだ戦闘にいけないぞ……?




