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不屈の七鐘  作者: losedog
第一幕:アルヘオ王国編
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序章:滅び行く王国で

 いまだ戦闘の音が続く街中を走る一人の少女。

 派手ではないが素材のよさそうな服を着ていることから、どこか裕福な家のものなのかもしれない。

 しかし、動きやすそうな服装は――上半身は袖のない服の上に胸当てを付け、下半身は膝上までのパンツでブーツを履いている――裕福な家の少女とは違う印象を受ける。

 そしてその印象を更に薄れさせるのが彼女の背負う、布で包まれたものだ。長さは彼女の身丈よりも長く、二メートルほどはあるだろうか。それが彼女の印象をただの少女に収めさせなかった。

 崩れかけたとある民家に沿って道を曲がった時、不意に彼女の足が止まる。前方にこちらを向いて別の一人の少女が立っている。

 黒を基調としながらもところどころに赤い装飾が入った服を着て、腰の後ろで二本の剣を交差させて吊っている。背にまで届く黒髪を先のほうで一つに結び、凛とした顔立ちをした少女だった。黒髪の少女が口を開く。


「危うく逃がすところだ。アンナ・アルヘオ・モリートヴァ」


「……一人くらい逃してくれてもいいんじゃない? 鱗堂 仄華上将。帝国十二将はもう少し寛大だと思っていたわ」


 そう応えながらも周囲に他の人間がいないかを探りながら、ゆっくりと背負っていたものをおろし、布を解いていく。


「生憎だが、あなたを逃がすということは帝国皇帝が許してくれそうにもないのさ。私としては思うところがないわけではないが……観念してもらおう」


 布が完全に解かれて姿を現したのは、刃渡り70~80センチの切先の鋭い片刃の穂先を持つ長柄武器――グレイブだ。


「月並みな台詞だけど……私はまだ死にたくないの。まだまだやりたいことは沢山あるし、これから経験していくだろうことにも興味がある。そして何より、死ぬことはやっぱり怖いもの。これからを、明日を、また次の年だって。わたしはまだ生きて、生きて、生き抜いて、人生を全うするために! 観念することは出来ないわ」


 そのアンナの言葉を聞いて向かい合う少女――仄華も腰から両手にそれぞれ剣を抜く。


「……では強硬手段を持って観念してもらうしかないな。覚悟してもらおう。いま、この時、この場所が、あなたの死線だ」


 仄華がゆっくりと双剣を構えていく。左半身。左の剣を相手に向けて前方に、右の剣は顔のやや前上方に掲げるように。

 対しアンナも構えをとる。こちらも左半身。切先を相手に向けて構える。


「エタン帝国、十二将が一人。上将・鱗堂 仄華。相手になろう」

「アルヘオ王国、フィリップ・アルヘオ・モリートヴァの娘、第一王女アンナ・アルヘオ・モリートヴァ。押し通る!」


 戦闘が終わりつつあるアルヘオ王国であった地において二人の少女がぶつかり合う。



     ●



 アンナは相手の双剣と己のグレイブを打ち合いながら内心で歯がみしていた。


――なんて反応速度と剣捌き! これが帝国十二将のなかでも最上位の四人、上将の実力っていうの!


 こちらのグレイブは長柄武器だ。リーチはこちらが有利だと言える。突いた勢いを殺さずそのまま切り上げるが左の剣で払われる。右足をこちらへ踏み込み相手が懐へ。その勢いで右の剣がこちらを襲う。

 左半身が前に突っ込んだ体勢のところに左からの斬撃。体は前に伸びた状態だ。腕を引き戻すにも間に合わず、柄で防御しようものなら柄もろとも真っ二つだ。

 判断は一瞬。グレイブを手放し前方宙返り。相手の斬撃を飛び越える。着地と同時に左手で己の得物を確保。しかし振り返らずにそのまま数歩を走り距離を取った上で振り返り、再び左半身で構える。

 先程から少し息が乱れてきている。こちらの武器の長所が通用していない。脚を薙ぎにいくと柄の部分を踏まれた。


「――っ! この……!」


 そのまま柄を駆けてきた。

 左の剣がこちらの首を刈りに来る。柄の下に潜り込むように避ける。こちらが相手を下から支えている形だ。とっさに手を離し、落ちてくる相手の顔をめがけて拳を放つ。

 だが相手は既に引いていた。悔しいが気にしない。それどころではない。グレイブを拾って構える。

 そしてまた向かい合う。しかし相手は構えず、両脇に剣を持った腕をだらりと下げていた。その間に息を整えながら先程から疑問に思っていたことを相手に問うた。


「なぜもっと早くにとどめを刺さないの? あなたの実力なら私を殺す機会は今までに何度かあったと思うのだけれど?」

「……帝国の方針としては侵略した国の王族や重鎮、その親族に至るまで全員が処刑されるが……それが全帝国人の共通認識ではない。帝国は多民族国家だ。その中にはもちろん今まで我々が滅ぼしてきた国の民もいる」

「そのなかに王族やそれに順ずる身分であった者たちもいるとでも?」

「そうだ。悪いようにはしない。今ここで降伏さえしてくれればあなたの帝国での身の安全を帝国上将の一人として約束しよう」


 その言葉を聞いて相手がこちらを殺す気がないということを確信した。こちらは命がけで挑んでいたのに、と怒りを感じるしここが死線だと言ったのも向こうだ。しかしもっと気になることを確認したい気持ちがある。


「あの噂は真実だったということかしら? 鱗堂 仄華上将は帝国皇帝を快く思っておらず、それどころか叛意を抱いていると」


 先程相手が言った通り帝国は多民族国家だ。しかしそれは領土が拡大していくなかでの変化の結果で、初めから多民族国家であったわけではない。

 そしてその噂が出たそもそもの切っ掛けだが――鱗堂 仄華という名前自体が帝国どころか大陸でも希少な名前の様式なのだ。彼女自身、侵略された国の民であるという事実がそこに見てとれる。


「そしてあなたが率いる部隊……帝国内で唯一あらゆる亡国の生き残りたちをあなたがまとめ挙げたものであり、帝国内の亡国のひとたちの希望とまで言われているそうね。――いずれ帝国の野望を内から砕く、正義の剣と」


 こちらの言葉に対し相手は苦笑して応える。


「その噂に関して私は何も言えないな。肯定はもちろんだが、必死に否定してもそれはそれで怪しく感じられてしまうのでな」


 そして表情を引き締めなおしてさらに言う。


「ともかくこちらにあなたを殺す気はない。降伏さえしてもらえれば……」


 最後までは言わせないように手で制し、今度はこちらが言う。


「帝国に降る気はないの。国が滅んで多くの民が死んだわ。父も母も兄弟だってもういない。彼らは最後まで戦ったわ。帝国にとってはたかが一小国の時間稼ぎ? でも私たちにとっては故郷を、家族を、アルヘオという歴史を、文化を、そして何よりも自分たちが独立した一国家の人間であるという誇りを守るための死戦だった」


 侵略されたから戦った。確かにそうだろう。だけど何より自分たちは帝国の属国でなく自分たちで自治権をもったひとつの共同体であり、大きさこそ違えど、互いに対等である自負があった。


「帝国の民だと他国の民より偉いの? 違うでしょう! 人としての尊厳がそこにはあった。だからこそ私は、アルヘオは、今まであなたたちに滅ぼされてきた国々は戦ったの、最後まで! ……よく生きていさえすれば何とかなるとは言うけれど」


 それは確かに正しいのだろう。死ぬことは何より怖い。そして死んでしまえば終わるのだ。全てが、そこで。だが、しかし、それでも。



「命を懸けてでも、人として決して譲れないものがある」



 グレイブを構えていた今までとは違い、己の体を支点に回していく。風を切る音が周囲に木霊する。そして思い切り地面を蹴った。

 相手は帝国最高峰の実力者。掛け金は己の命。求めるのは己の未来。

 回したグレイブの勢いそのままに、相手へと向かっていく。



     ●



 今までとは桁違いな勢いで繰り出される、猛攻。

 それが向かってきたアンナを見た、仄華の抱いた思いだった。

 速さ、威力、技のキレ、そして何より彼女の体を包むように渦巻く風が、彼女の全力全開を疑うということを許さなかった。

 「魔導核」を解放したのは間違いないだろう。最低でもあの武器に付属している緑色のモノ――おそらく風系統の魔法がプログラムされている――に加えて身体強化の魔法を内蔵した二種類。

 さすがに王族といったところだろうか。プログラムされていた魔法はかなり上位なもののようだ。防戦一方になる。

 まともに受ければこちらの双剣が折られる。グレイブという武器はもともとがかなりの威力を誇る武器なのだ。それに切れ味を増すように魔導核を発動されたのだから、厄介なことこの上ない。

 ときに避け、相手の刃を側面から弾き、双剣を交差して受け止める。

 何合うち交わしただろうか。相手の覚悟は本物だ。

 だから。

 鱗堂 仄華という一人の少女の情けではなく。

 鱗堂 仄華という一人の武人の礼儀として。

 世界有数とまで言わしめた、その実力を持って応えることにした。



    ●



 その瞬間。

 もし神が実際にいるとして。

 彼らが一人一人の人の人生を、一冊の本として物語のように認識し、そのストーリーに一喜一憂しているとしたならば。

 この相対の初めに仄華が言った「死線」が、アンナの「人生」という本の一文にたしかに引かれた。



     ●



 視界が紅蓮に染まる。

 あまりの熱量に、呼吸するたびに胸が焼けつくように痛む。

 そしてアンナの目の前には。

 渦巻く炎を身に纏い。

 その圧倒的な熱エネルギーから、発光現象すら起こして輝く双剣を携えて。

 〝全力全開〟の鱗堂 仄華が立っていた。


「――……っ」


 言葉すら出ない。これが帝国の武人たちの頂点、十二将。その中でも更にトップの四人。

 その一角。

 エタン帝国十二将。「上将・鱗堂 仄華」。


「……もはや語る言葉はなく、覚悟も見た。ならばあとは」


 仄華が輝く双剣をゆっくりと振りかぶる。

 こちらに背を向けるように右肩を後ろへ捻り、両の手の剣は地面と水平に。


「己の力で臨む未来を切り拓くがいい。私も力を以ってあなたの覚悟を叩き折ろう」


 今度こそ間違いなく、いま、このとき、この瞬間、この場所が死線だとアンナは悟る。ここを乗り越えさえすれば、まだ己の未来は続いていくと。

 グレイブを大上段に構え、今まで己の周囲に吹き荒んでいた風をグレイブの刃へと集めていくアンナ。

 お互い狙うは一撃必殺。

 アンナはもともとの実力差もあり持久戦は愚の骨頂たる選択であり。

 仄華は相手の覚悟に応えての全力で相手を消し飛ばす為に。

 互いの最高の技を持ってこの戦闘の終局を迎えるために、これまでの手数による応酬が嘘のように静寂が訪れる。

 それでも無音ではなく、互いの魔法詠唱が小さく響く。



「――其れは、空を、海を、大地を駆け抜ける、妨げることすら叶わぬ不可視の刃」



「――其れは、千を、万を、世界すら焼き尽くす、逃げることすら許さぬ劫火の剣」



「――斬り伏せろ、断風(たちかぜ)



「――無に帰せ、灼天剣(しゃくてんけん)



 そして二人の少女が同時に動いた。

 大上段のグレイブを振りおろす少女と、振りかぶった双剣を振り抜く少女。

 一直線に全てを割って駆け抜ける風の刃と、その高熱に発火という過程を飛び超え、発光という現象にまで昇華された斬撃がぶつかった。

 体を削るような痛みを与え、立つことすら困難な暴風と、視界を奪い身も焼く光が場に満ちて、轟音が鳴り響く。



     ●



 「ソムニオン」と呼ばれる世界がある。

魔法が存在しながらも、科学技術の進歩の兆しも見られる世界。

 しかしながら、かつて魔法が科学を圧倒的に上回ることを実証した戦争があり、未だなお魔法が絶対的である世界。

 そして魔法の技術、質、才能ある人々などあらゆる魔法に関するモノが世界一である帝国、「魔術大国・エタン」が自国の軍事力を以って侵略を行う激動の時代を迎えた世界。

 侵略され続けることを阻止できぬ小国群と、侵略を続けるエタン帝国と同じように大国と呼ばれる三国、絶対不可侵を過去より暗黙の了解として、今も姿変わらずあり続ける「聖都」。

 それらの国々が一つの大陸上に跋扈する世界。

 

 これは、そんな世界の、物語。

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