3章:鳴り響くは、鐘の音 01
「起きなさい! カネミツ!」
まだ朝もやの残る林にヴィオレッタの声が響き渡る。カネミツが薄く目を開けると目に涙を溜めたコキアが右に、険しい顔つきのヴィオレッタが左に居た。その後方にはベルデとアスワドが見える。
朝の涼気を滴らす草に横たわるカネミツは、そこで完全に意識を取り戻した。
「……ファン、あれからどれくらい経っている?」
「……あれから一夜が明けたとこだ。あたしらはヴィオ達が帰ってくるのを待ってからここに戻ってきたんだが……そこであんたが倒れてたってわけ」
「……そうか」
「アンナはどうしたんですか?」
身を起こしたカネミツの前にベルデが屈みこみ尋ねる。
「帝国の奴らに連れていかれたよ」
カネミツはアンナがアルヘオの王女であったことも含め皆に説明する。皆はただ黙って聞いていた。小鳥の囀りが静かな林にはとてもよく響く。
「それで、どうするんだ?」
辛そうな表情で話し終えたカネミツを見下ろし、グレイが問いかける。カネミツの表情はどうするべきかを悩んでいるようでもあった。
「……助けに行くとは言わんのだな? グレイ」
「相手は大国だぞ? しかも十二将までいるんだ。俺達がどれだけ助けたいと思っても、普通なら助けるという選択は採れないだろう?」
彼はカネミツ達六人、コキア、アウグストゥス達全員を見まわしながら己の考えを言う。
「……わたしは知り合った人が死ぬのをみすみす見過ごしたくはありません」
俯きながらベルデが小さく言う。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、ヴィオレッタ。
「そうね……でも世の中にはたった数人でなど抗うことのできない〝流れ〟というものがある。これはまさにそれでしょうね……」
「おいおい、なんだ皆して。あたしはアンナを見捨てる選択は採れない。一週間とはいえ共に過ごした〝家族〟だろ?」
ニヤッと笑うファン。続くのはアスワドだ。
「そうだよ! コキアを助けた時と同じさ!」
「アスワド。規模が違う。アンナは帝国に追われていたのだぞ? 助けたとしてその後も追われん保証はないし、助けたワシら自身が帝国に敵対視されるかもしれん。それで今後の生活をどうするつもりだ?」
「……ただ助けたいと思うだけじゃだめなの?」
まとまらない会話に幼い声が混じる。コキアだ。彼女の眉を下げた表情は失望を如実に表している。
「アンナ、死んじゃうんでしょ? だったら助けに行きたいよ。なんでアンナが死ななきゃいけないの? ……人を助けることにも、誰かを見捨てることにも理由が必要なの? だったら助けたいって理由じゃだめなの? 自分が死んじゃうかもしれないって理由でアンナを助けることをやめちゃうのは、嫌だよ……」
それは〝賢い大人〟への失望。それは上手く立ち回るということ。己のために他人を踏み台に、またあるときには見捨てる。確かに賢いのだろう。それは生きるという生物の最大の目的につながるのだから。
しかし、人という生き物は他の生き物とは違う部分を持っている。理性と感情だ。理性は本性を抑え込み、感情をコントロールする。感情は理性を壊し、本性を曝け出す。コキアだけでなく、子どもというのは感情を真っ直ぐに訴える。それは無知ゆえの暴走だ。アンナを助けたいという感情の奔流である。そのやさしさが彼女の本性。
「……そうだよな」
その呟きに皆がカネミツを見る。
「今までも同じようなことをやってきたんだ。ここでやらない理由はないよな」
今の自分たちは、感情が「逃げよう」と訴える。本性が「死ぬぞ」と囁くように曝け出される。ある程度、この世界で生きて知識を身に付けた故にできた思考。
だが、コキアは違った。
感情が「助けよう」と訴える。本性が「命を懸けて」と叫ぶように湧き出てくる。自分たちよりも知識が無いための、生まれてから変わることのない内面。
だったら。コキアが感情で訴えるならば、自分たちは理性で叫ぼう。助けたいという感情を、命を懸けようという本性を抑え込むのではなく、逃げたいという感情を、死ぬのは嫌だという本性を抑え込もう。理性という手綱を以て、万人が愚かだと蔑む感情を、心の奥底に潜む本性を確固たる原動力へと変えていこう。
理性で感情を、本性を制御することにより生まれる行動原理を、人は、「意志」と呼ぶ。
「俺はアンナを助けに行くよ。ここで行くのがいつものお人よしだからさ。……お前らはどうする?」
ゆっくりと立ち上がりながらカネミツが皆に問う。
「……はぁ。言っとくけど、コキアが悲しむのが嫌だからよ?」
ヴィオレッタが髪の毛を掻き揚げ、
「あなたならそう言うと思っていましたよ、カネミツ」
顔を上げたベルデがいつもの調子を取り戻し、
「やれやれ。お前さんらだけじゃどうにもならんだろう。ワシも乗ってやるとするか」
ブルが腕を組み、
「……だからどうしていつも厄介な選択を採るんだ、お前らは? 本当に退屈しないな」
清々しい笑顔でグレイが窘め、
「あんたも同じだろうに……。まっ、当然と言えば当然の成り行きかもな!」
ファンが気楽に伸びをして、
「さて、ボクらでちょっと世界を掻き回してあげようか!」
アスワドが高らかに宣言する。
「決まったか? ……ったく、コキアの一言で全員が覚悟を決めるたぁ、お前らのトップはまるでコキアであるかのようだぜ?」
アウグストゥスが呆れたように七人へと声を掛ける。顔を見合わせてから答えたのはヴィオレッタだった。
「そうね。わたしたちはそれでいいのかもしれない。いろんな不幸があふれる世界で、最も素直に助けを、望みを叫ぶのはいつだって子どもだもの。だったらわたしたちはただその声に応えましょう。……お人よしとして、ね」
「言うなれば、コキアの優しさに応える〝祝福の鐘〟といったところでしょうか」
「おう、ベルデ。そいつはいいことを言った。……いかなる困難、状況にも折れることなき七つの鐘の音……不屈の七鐘と言ったところか?」
アウグストゥスが顎に手を遣りながら呟くと、当然の疑問がグレイから発せられる。
「……なんだ、それは? 童話や演劇の話じゃあるまいし、いったい何の話をしてる?」
「あん? 何って組織名みてぇなモンさ。いくら帝国のような大国であっても、相手が集団であれば個人相手よりも手を出し渋るし、俺達も今後の活動がスムーズに行えるってモンよ。今の時代、溢れる理不尽にうんざりしてんのは、何もお前らだけじゃないんだ。探せば協力者だって出てくるだろうしな。呼び名ってのは重要だろう?」
その言葉には、カネミツ達七人は呆然とするしかなかった。わざわざそんなことを言うということは、彼らは自分たちに協力してくれるということだ。
「……いいのか? ただでさえ今までも世話になってたんだ。これからのことまで巻き込むつもりはなかったんだけどな……」
だからカネミツがアウグストゥス達に確認をとったのは彼にしては当然のことだったのだが、アウグストゥスは何を今更と言わんばかりの表情だ。
「あのなぁ、カネミツ。一週間も過ごせば俺だって、アンナがみすみす処刑されるのを黙って見ようとは思わん。そもそもアンナが死ぬ必要があるとは思えん。抵抗の旗頭にされるから、アルヘオの王族だから、他にもあるだろうがそれらは全部他人の都合だ。理不尽だと思わんか? 他人のためにではなく他人のせいで、だ。知り合いを……いやいつもの活動の果てに加わった新しい家族をそんな都合で失ってやるものか」
フン、と鼻息も荒くそこまで一気に言い募った老巨漢はさらに一言。
「俺達にも、お前の小さな善意が宿ったのさ」
そして周りの男たちも頷く。
「ま、バックアップになるだろうが任せな」
「……一文の得にもならないことだぞ?」
カネミツが苦笑してここに居る全員の顔を見ながら呟いた。そんな彼の袖を引っ張る者がいる。コキアだ。
「別にそんなの求めてないくせに!」
満面の笑顔でそう言うのだから、敵わない。だから最後に一言わかることだけを言うことにした。
「ここにいる全員がお人よしということだな」
『違いない』
全員が自分以外の笑い声を聞きながら、それぞれ準備を始める。先ほどまで物悲しく聞こえていた小鳥の囀りは、今は自分たちを鼓舞する歌のように響いていた。




